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47.魔鐘鏡の恐怖

賄賂を贈る。それは道義的に悪いことです。とはいえそんな正論を言っても甘い蜜の前には虚しいだけ。賄賂に御家再興を賭けている騎士には騒音にも劣るでしょう。

 ですからこう言い換えます。賄賂を贈るときは【ワイロ詐欺】に気を付けましょう。

 賄賂を受け取っても何もせず。コトがうまく行けば「賄賂の効果がありました」。コトが成らなければ「頑張ったけどダメでした」と言って賄賂を丸ごといただく。

 非力なものがなけなしの金をかき集めても。賄賂工作をチェックできない情報弱者が大金を貢いでも払い損で終わってしまうリスクが高いということです。

 悪徳の都市、ウァーテルの港。その船着き場では死の旋風が吹き荒れていた。


 「何者だ、てめぇっ!?いったいオレたちの船長に何しやがったぁ!」


 《殺すんじゃねぇっ!そいつは捕らえてっ、捕らえて聞き出すこどがっ》


 「邪魔だぁ!!オレは逃げるぞ。こんなトコロにいられるっ!?ヒューッ!ヒューッ!?」


 死の旋風。シャドウたちを統べる姫長の扇奈がその戦闘力を解放して発生した嵐。それに対して海賊たちは無謀な挑戦をしかけていた。


 ある者は船長室で不審死したキャプテンを殺した最有力候補として殺意をぶつけ。

 航海に重要な聴覚にダメージを受けた船長の配下たちは身柄を確保しようと包囲を行い。

 そして酸欠と魔声で恐怖のどん底に落とされた海賊船はウァーテルから脱出を試みていた。


 「不様だな海の通り魔ども。貴様らの蛮行も今日で終わり。その罪を悔いながら地獄に逝けっ!」


 そんな連携の二文字すらない海賊たちを扇奈は双剣で無慈悲に切り捨てていく。単純に速さ、身体能力で海賊たちを凌駕している扇奈は正面からでも連中を圧倒できただろう。


 「だが、貴様らに戦士としての最期を迎えさせる気などない!」

 「なっ!?」


 だが扇奈は海賊たちにまともな死にかたを許す気などなかった。

 大恩人にして絶対の主であるイセリナ・ルベイリーの人生をめちゃくちゃにした。否、腐臭の漂う盗賊都市に遠征させる原因を作った賊どもにはせいぜい不様に苦しんで死んでもらう。


 そのために大事な修練の術式である小飛竜の使用は最小限にとどめて。

 扇奈、自らの手で海賊を断罪してやらねば気がすまなかった。


 「風よ鳴け『魔鏡鐘』」





 旋天属性である扇奈。元は風属性であった彼女が仮の天属性に成ったのは気流・気圧を操って他属性に干渉しているのが全てではない。音の振動によって解析し揺らしているのも含めて旋天属性だ。


 《だけど歌に呪いを混ぜるのは禁止。それをやったら楽しく歌えない。悲哀を歌で吐き出せない》


 そんな主の助言によって扇奈は呪歌・魔曲を歌えなくなり。代わりに屋内と迷宮とあらゆる戦場で猛威を振るう嵐と強化能力を得た。


 『旋風閃』


 近接戦闘を得意とする英雄、勇者にとっては標準装備と言っても過言ではない強化の魔術。だが凡人や高機動持ちの雑兵にとっては諸刃の剣だ。

 戦場で中途半端に有用な雑兵シャドウなど使い潰されるのは目に視えている。

 否、一族のためという御旗を振るう扇奈の命令で使い潰すのだ。


 しかし旋風閃が安易に使い潰されない価値を持つまで下級シャドウを鍛える資金・時間や修行場所などありはしない。

 

 そんな扇奈に救いの手を差し伸べたのがイリス・レーベロアという主君だ。彼女はアルゴス・ゴールドで視覚の教導を行い。

 そして扇奈を旋天属性に昇華して修練中の強化事故を防ぐ方法を教えてくれた。生身の体が加速したら雷装・怪ヒュームのようにはいかない。転倒どころか水滴にぶつかっても致命傷になるのだ。

 それを防ぐため魔術の音波走査による身体状況の把握が必須となる。修行の場を整え、転倒につながる身体の兆候を察しフォローする。


 旋天属性の音波は元々はそのためのものだ。



 同時に増長して天狗と化したシャドウを制裁するための恐怖でもある。



 「なんだっ?なんだこの音はっ?」

 「鐘の音?いや波が岸壁に打ち付ける音なのか?」

 「バカ野郎、違う!この音は嵐が来る前ちょゴォッ!」


 「戦闘中におしゃべりとはのん気なものね。それとも賊らしく酒宴の酔いが残っているのかしら」


 空気が震える。気圧が変化させられたことで起こる耳鳴りは耐魔・抵抗力の穴であり。同時に凶悪シャドウが打ち鳴らす魔性の鐘だ。


 「チィッ!小娘がっ!嵐の恐ろしさを知らんのか!」

 「そんなことを話しても無駄だっ!今は一刻も早くこのアマを捕らえでっ!?」


 言葉を話す人間にとって聴覚は視覚に続く重要な感覚だ。そして仮にも貿易を行う兼業海賊にとって嵐は死と理不尽をもたらす暴虐である。予兆だから、上陸していれば安心などというのが通るのは陸の住人のもの。たいていの船乗りにとって嵐はいくら警戒してもし過ぎということはないのだ。


 「捕らえて?それからどうする気かしら。肉を削ぐ、骨を砕く。それともコンナ風にする気?」


 耳鳴りと嵐の前兆を告げる音に注意をひかれる。船乗りの本能として嵐の到来に備えようとする兼業水夫たちに扇奈の凶刃が襲いかかった。それは嵐というトラの威を借る行為に過ぎないだろう。

 しかし実際に刃で肉を切られ、みねでたたかれた骨が折られる海賊たちにとって。キツネは悪鬼の化身だった。

 〈こんなことをしている場合ではない〉というセリフが海賊たちの喉から出かけて飲み込まれる。海の男たちのプライドが小娘一人に泣き言を告げての停戦交渉など許さないのだ。


 そして扇奈はそんな海の通り魔たちの思考をかなり詳しく把握していた。『魔鐘鏡』の鐘が奏でる音を聞き続けた者は表層意識を魔鏡の持ち主である扇奈に読みとられてしまう。

 格下にしか効かない。被術者には一定以上の恐怖・痛苦を与えなければならない等の制約はある。だが制裁を与えたりザコたちに地獄を見せるには便利な魔術の一つだ。


 「ガァッ!?頭がっ、頭が割れるっ!!」

 「やめろっ!争っている場合じゃない。この嵐はっ!ギャァー!!」

 「船長、ダメだっ。嵐が近づいている。出航は中止っ!?」


 耳鳴りとそれに伴う頭痛で戦闘に集中できない。怪音と巨大嵐の前触れを感じ取り、気が気でない海賊たちを扇奈は容赦なく血の海に沈めていく。


 既に起こされていた混乱もあいまってそれを止めることができる者もいない。ウァーテルの港は文字通り地獄と化していった。


 しかし【賄賂】はダメですが【授業料】は大事です。

 外様の領主が大王に近い格上の名家に礼儀作法を教えてもらおうという時。お礼の一つも出さないというのは清廉ではありません。講師役の名家を愚弄・なめ切っていると言います。

 もしそれが清廉だというなら平民な塾の先生は授業料を踏み倒されて路頭に迷うでしょう。

 建前でも身分制度がない世界ですらそれはまずいのに。身分制度が絶対の封建社会でそんなことをすれば名家に宣戦布告をしている・・・・・どころか「講師の家柄などくだらない」と広報攻撃しているのも同然です。キレて小刀を振り回したいのは輝講師の名家のほうではないでしょうか。

 とりあえず授業料を踏み倒す無礼者に報復するのは自衛行為です。「あの貴族は侮辱されてもだんまり」などという悪評が流れれば、厚顔無恥な連中に骨の髄までしゃぶりつくされること確定ですから。

 それを防ぐ行為は【嫌がらせ】ではなく【自衛】行為だと思うのです。

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