46.混迷の港
抜け忍には死あるのみ。あるいは死より過酷な制裁でしょうか。
ですがそれは容易なことではありません。忍びの里の近郊・勢力範囲の中なら追手をいくらでも差し向け囲み殺すことも可能でしょう。
ですが敵対する国の領土でそんなことをしたら普通に迎撃されるはずです。もちろん抜け忍も抜けた[ふり]をした密偵と考えられて始末されるでしょうが。まして抜け忍の逃亡先が大国なら合戦・侵略のリスクすらあります。
「大変だっ!船長がっ、船長が死んでいるっ!」
「「「ハァッ!?」」」
《殺せぇ!!あの女を殺せぇ!・・・・・いや駄目だっ。捕らえろっ!捕まえるんだっ!》
「何を言っているんだ船長。いったい何がどうしたとっ」
「出港の準備だっ!急げっ!それと準備が整うまで船の守りを固めろ!!」
「いったい何を言っているんだ船長。気は確かなのか?」
「うるさい黙れっ!出港の準備と言ったら準備だっ!」
悪徳都市ウァーテル。その港に停泊する数隻の海賊船で混乱が起こっていた。
「クスクス。さあ海の通り魔どもよ。その愚行を悔いながら踊り狂え」
そして元凶である姫長シャドウの扇奈はそれらの醜態を聞きつつ嘲笑していた。
身体強化による海面の疾走。加えて浸透掌底による海賊船の防御を突破しての船長室に対する音響攻撃。ありえない二つの技による併用は荒くれ者である海賊たちを混乱のるつぼに突き落としていた。
敵の多い海賊船長には壁透しによる即死の衝撃を。悪名高い海賊の頭には鼓膜の破壊と転落の未来を。
そして偽善の小悪党には小飛竜による酸欠と恐怖を囁いてやった。
扇奈にとって主であるイセリナに不利益をもたらした時点で、その存在はモンスターと同様に抹殺すべき対象である。
まして控えめに言っても海賊など海運業の寄生虫。あるいは直接・偽善の両方で嬲り殺しを行う最低のクズでしかない。
海に死体を放りこんで何人殺したかなどすぐ忘れる殺戮者。
あげく「直接殺すのは面倒」と船を半壊させて危険な海域に放り出す。「無駄な血は流さない」と言って解放しても心身にダメージを受けた船が嵐を乗り切り遭難しないと考えられる腐りきった思考ができるクズ連中。
シャドウが正義のミカタとやらだったら真っ先に討伐すべき対象の一つが海賊だと扇奈は考えている。とはいえ今のシャドウたちはイセリナに忠誠を誓った身。安易な殺戮は許されない。
「おとなしくしろ女!船長がお呼びだ。おとなしくごっ!?」
「海賊風情が薄汚い手で私にふれようとしないでくれるかしら」
旋風閃で強化した掌底を不用意に手を伸ばしてきた海賊にたたきつける。続けて静穏詠唱の呪力を発動して肺の空気を弾けさせた。
「ッ!?、!!!!!?」
当然、肺はその衝撃に耐えられず。悲鳴を上げることすら許されず海賊の男は死に体と化す。
そんな数秒後には死亡が確実となった肉塊を扇奈は下段から蹴り上げた。海賊だった男は〈まだ〉生きたまま放物線を描いてどこかの海賊船に飛ばされる。
「お、おい。大丈夫か?」
「ッ!ッ!ッ!ガァッ!?」
「ヒィッ!」
おっかなびっくり近づいた海賊の船員の眼前で肺を破裂させられた男がありえない量の血をまき散らす。その鮮血に荒事をものともしない海の男たちの顔が恐怖に歪んだ。
「あらごめんなさい。ソレ早く捨てたほうがいいわよ」
「この、化け物がぁっ!!」
その凶行によってようやく扇奈の正体に気づいた海賊たち。だが下手に近づけば無残な姿をさらした男の二の舞になることは確実だ。ならばやるべきことは一つ。
「弓だっ!矢を放てっ!」
《ばっ!?そんなことをしたら!》
制止する声は響くことなく。海賊船からウァーテルの桟橋に立つ扇奈に向けて矢が射かけられた。
《待ちかねたわよ。ここでっ!『舞翅』》
その矢に対し扇奈は風で加速術式をかける。適切に用いれば高速戦闘や飛び道具の威力アップを可能とするはずの風術式。
だが姫長シャドウの悪意によって加速を強制させられた飛矢は彼女の体をかすめても飛び続け。
大事な財貨を収めている港の倉庫に突き刺さった。
《おまけでっ、『鐘鳴』》
そして響き渡るのは嵐か海鳴の前触れを告げる音か。矢の刺さった倉庫から船乗りの不安を煽り立てる怪音が鳴り始める。そして吹き始める突風。
それらの魔術を次々と使用しながら扇奈はおもむろに口を開く。
「ひどい連中ね。ちょっと本当のことを言っただけで狂乱し、こんな危ない魔法の矢を放つなんて」
「・・・・・はいぃ!?」
「ヒドイ~ヒドスギル~」
「アタッタラどうする気なの?」
「とうとうホンショウを現したわねカイゾクがっ!」
扇奈の言いがかり。どころか完全に自作自演のサル芝居に随伴のシャドウ三人が唱和する。
とはいえこれをサル芝居と言えるのは事前に知らされているか。もしくは扇奈と同レベルの強さと思考が必要だろう。
海賊船の甲板にいるものたちに気づかれることなく海面を疾走し。戦船の防御を抜ける術式を編み込んでそれを船長室にたたきこむ。
本来なら巨獣の群れを壊滅させるレベルの暴虐を使う・知っているものでなければ。扇奈の自作自演を見抜くことは不可能だ。
港にいる者が目の当たりにしたのはせいぜい扇奈が船乗りたち?を挑発したこと。
その後、瞬きの間だけ姿がゆらめいたか消えたことなど目の錯覚ですませられるだろう。
むしろ大事なのは海賊たちが勝手に騒ぎ出し大事な港でもめごとを起こした。ケンカでかたづけられないマジュツの矢を放ったことのほうが、よほど問題行動と言える。
だから扇奈は堂々と言い放つ。
「最低限の掟も守れないチンピラ以下に等しい水面の通り魔ども。貴様らの狼藉にはもううんざりよ。この場で私が成敗してあげる」
そう告げて扇奈は海賊船にそれなりの速さで走り突撃する。
扇奈にとって海賊どもを壊滅させることなど容易だ。だが派手な攻撃魔法など放てば無法な竜殺導師である。それでは悪評が流れ今後、港を訪れる船が減りかねない。
だから段取りを踏んだ。あり得ない技を連鎖させ、海賊どもに混乱という醜態をさらさせる。
そうすることで素人には扇奈が身を守るために戦ったと誤認させる。扇奈は被害者で悪いのは海賊という流言を少しは信じさせやすい状況を作り上げる。
「海賊どもよ!今日が貴様らの最期の日と知れ」
そうして海賊連中を壊滅させる。扇奈の主が治める領域に海賊の存在は不要なのだ。
とはいえ秘密を知り、掟を乱す抜け忍は組織として絶対に抹殺しなければならない存在です。さすがに忍軍や国を滅亡させて抜け忍狩りをするバカはいないと思いますが。敵国やその向こうに逃げられただけで制裁をあきらめるとも思えません。
ならばどうするか。おそらく【協定】を結んだのではないでしょうか。
「抜け忍を追うことに関しては協力する」「不可侵や情報共有を行う」という類の協定です。それぐらいの交渉ができなければ忍者は少しばかり腕の立つ盗賊以下でしょう。




