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45.旋天の静音詠唱

海賊には掟があります。「無駄な殺生はするな」「分け前は公平に分けろ」「女に暴行はするな」等。

中世の理不尽な権力者の法と比べれば、かなり人道的と言えるでしょう。海賊は元々、食い詰めた船乗り。権力者やブラック商会によって搾取されていた人々だったため、反権力の意思をこめたルールを作ったのかもしれません。

それに航海生活は山賊の洞窟暮らしと比べはるかに危険が多いです。そのため仲間内の揉め事は即、全体の危機に直結しかねません。それを防ぐため当時の軍規よりまっとうな法を作ったのかもしれません。

静音詠唱という詠唱術がある。それは超音波などの通常、聞こえない音を活用して魔術を行使する詠唱の技術だ。

これだけ聞くと戦士兼魔術師が胸中で呪文を唱えながら武器をふるうのと変わらない。指輪などの発動体で瞬時に魔術を行使するほうが優れている。無詠唱を使えない者があがいていると嘲笑するものも少なくないだろう。


実際、初歩の静音詠唱は無詠唱の下位互換だ。

無詠唱にカウンターを仕掛けるような高速戦闘を行う領域に達する者など万に一人もおらず。無詠唱の魔術を暴走させるような結界より魔術封印のエリアのほうがはるかに多い。

〔ギャンブルでイカサマ〕を使うなら有用な場面もあるかもしれない。だが実戦で静音詠唱を活かせる状況などそうは訪れないのが現実だ。それを会得する労力は別の努力に振り分けるべきだろう。



しかし世の中にはその常識をブラインドぐらいにしか考えていないシャドウがいる。



海賊船改めウァーテルではまっとうなほうに寄っている商船の腹の中。その船長室で一人の男が思案顔をしていた。


「なんだこの悪寒は。どうもイヤな予感がしやがる」


歴戦の海賊として普通にこの船では最強だ。当然、勘も働くしそれによって今まで生き残ってきた。

だがその勘が知らせる脅威の見当がつかない。武装した船は一種の要塞だ。安直に暗殺者が侵入したり攻撃魔術で沈むヤワな小舟ではない。

ましてここは悪徳都市ウァーテルの港。権力の亡者に富をもたらす玄関口は厳重に守られているし停泊している船はお互いに監視しあっている。


それらをかいくぐって船長である自分に害を為せる手段・存在がいるとは思えない。たとえフォールンブレイバーと言われる勇者くずれの力をもってしてもだ。


とはいえ世の中に絶対などというものが存在しないことはこれまでの航海で身にしみている。情報を集めて警鐘の原因を探ろうと男は部下を呼び出すべく口を開きかけた。


「おい!誰か町の様子を・・・ッ!?」


その瞬間に彼の背中に今までの人生で最大級の悪寒が走る。瞬時に大口を閉じ戦闘態勢に移行した。愛用の魔剣を抜き感覚を研ぎ澄ます。船長服に魔力を流し物理と魔術どちらの攻撃にも対応可能な防備を固めた。

海賊船の深奥である船長室で我ながら臆病だとは思うが、男はこういう時の勘を外したことがない。だからこそ生き残り船長にまで上り詰めた。


「・・・・・ガァッ!?」


そんな男の口から苦鳴がもれる。頭の中に警鐘とは違うサイレンが響き、意思が削られるような錯覚に陥った。たまらずたたらを踏むも寸前で踏みとどまる。


「何者だっ!」


誰何の声に応えるものはいない。そしてサイレンの音は止まり追撃もなかった。まるで凶暴なカモメを連想させる一撃離脱の戦法を仕掛けられたかのよう。

だが自分は生きている。軽いめまいはするものの無傷であり、必ずの報復を誓う。やられっ放しである腰抜けなどこの船にいるはずもない。

まずは甲板に上がりこの不始末をウァーテルの強盗共に問いただそう。ふざけたことをぬかしたら奴らも同罪だ。


≪おい!誰かいないか・・・・・≫


そんなことを考えながら発した自分の声を聴いて男の背中は凍り付いた。




静音詠唱という詠唱の術がある。

無詠唱の劣化版と嘲笑できるのは覚えたての第一段階。まばたきや眼球運動によって魔眼能力の拡張を行うような第二段階を活かすには刀身となる瞳などのメイン能力が必要とされる。


「う~ん、おっかない能力だねえ。

色々と使えそうだけど実戦訓練、迷宮探索と戦争。それと○○任務に就く時を除いて使用禁止ということで」

「かしこまりました。マスター」


そんなやり取りが交わされてお蔵入りとなった静音詠唱の第三段階。これは浸透する拳を利用したものだ。打撃によってて響くダメージ。それを詠唱と定義して術を使う。

ダメージが透れば。内部にダメージが蓄積していけば魔術抵抗を無視して心臓部に干渉できる。

〔理論上〕は凶悪な魔術詠唱ができる技能だ。とはいえ痛撃透過の拳と同様に当たらなければどうということはない。巨獣殺しなら有効かとも思えたがダメージが蓄積する前に回復すれば効果はない。



『気分はどうかしら。海原の通り魔』

≪ッ!?≫


そのため扇奈が使う現状の静音詠唱では部屋の空気に干渉することしかできない。

【感覚を研ぎ澄まし気配を探っている】凶賊の鼓膜を破壊する。風を読むのに重要な船乗りの耳を使い物にならなくする邪法を使うのがせいぜいだ。


身体強化で海面を翔けながら。戦船の魔術抵抗を抜けて船長室の空気に干渉する。それが扇奈の実力だ。旋風閃と静音詠唱の両方を知っているシャドウが冷や汗をかく程度でしかない。


『貴様ら海賊は我が主に不利益をもたらした。本来なら万死に値する愚行だが主はお優しい。

よって己の行いを悔いて降伏するなら命だけは助けよう』

≪なっ!?ふざけっ!!≫


風の天属性とも言える旋天のシャドウである扇奈。術者・シャドウどちらの彼女にとっても聴覚は最重要の感覚器であり、それを失うのは積み重ねた人生の終了と同義だ。


それを熟知していながらこの偽りの慈悲を伝える目的は一つ。港の掟を破らせる。先に手を出したと周囲に誤認させるための挑発こそが扇奈の狙いだ。

非道?その行いを海賊どもがやってこなかったと?ちなみに貿易船が沈めば乗組員だけが水死するにとどまらない。その貿易船の持ち主である商人一家が路頭に迷うだけならマシなほう。


生活できなくなった水夫・商会の家族が奴隷落ちして人生終了になる。それが海賊行為のもたらすものなのだ。



≪てめえっ!どこにいやがるっ!姿を現せっ!≫

『さっきから港の桟橋にいるんだけど。そんなことにも気付かないから風を読む力を失う・・・』


みなまで聞くことなく船の主から転落しつつある男は甲板へと向かって走り出す。復讐鬼と化した彼の頭に港の中立ルールなどというものはない。

周囲からは桟橋にたたずんでいただけに見える扇奈。海面を翔けた奇行を目の当たりにした者すらいない状況で停泊した船に呪いをかけたことを納得するものはいないだろう。 何故なら海賊船には高い魔術耐性があるのだから。


まだ船長の地位にいる男の思考が口から垂れ流される。

≪殺してやるぞ売女が!だがその前にこの耳を解呪する方法を聞き出させなければ。面倒だが捕らえて≫


それは完全に術中にはまったエモノのうめき声だった。





しかし実際のところ凶悪な海の殺戮者は無数に存在します。

最初は厳しい掟で海の義賊とでも言うべき存在だった海賊。

そんな彼らも莫大な財宝に目がくらんで道を踏み外した。航海術の発展・安全と比例して、殺戮・略奪を行う軍勢が海原に侵出するようになった。

何より戦争の連勝・狂気が海の男たちを蝕んだと考えます。戦争に勝つため掟破りをしたらタガは一気にはずれるでしょう。奴隷狩りで人を人とも思わなくなれば、弱者・他領のヒトは使い捨ての駒に見えてくるのは時間の問題です。

財宝探しで生きていけるキャプテンや帽子はその時点でヒーローだと言えるでしょう。

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