44.サイレント・ワーク
ドラゴンゾンビというモンスター。それはほぼ全てが厄介で異常な怪物です。
ドラゴンゾンビ。それは討伐の難易度に比べ得られる報酬が低い厄介な怪物です。倒しても素材は腐っているか呪われている。あげくに「ゾンビ化して弱った竜」などという偏見があり名声もドラゴンスレイヤーと比べれば数段落ちる・・・・・どころか竜殺しにカウントされないことも珍しくない。
ドラゴン【アンデット】を浄化して大金・爵位を得たというお話はここ十数年でようやく一件のみ。
その稀少なお話でも「王都」どころか大陸を滅ぼしかねない脅威を退治した救国の英雄に対して値切るどころか敬意もナシというありさま。
ドラゴンゾンビの討伐を理不尽なボランティアに感じるのは気のせいでしょうか。
「『旋風閃』発動!」
悪徳都市ウァーテル。その港で紡がれた発動句の声量は小さいものだった。
しかしそのもたらす影響はウァーテル陥落に匹敵しかねない巨大なものだった。
『姫長、どうかご武運を』
『海賊商人どもに死の制裁を』
『ところでそろそろ発動句の改め・・・』
随伴の精鋭シャドウ三名がウィプストークで激励の光文字を送ってくる。
扇奈はそれに軽くうなずき返して完成形とも言える『旋風閃』の領域に入る。
高地と低地の修行をランダムに行うことで会得した呼吸法と身体。
その身体を高速、機動力を重視して強化しつつも、先人の練武した技を使えるバランスを保ち
仕上げに加速する身体の空気・水滴などの抵抗諸々を無効化する。もしくはより加速するバネや武具として利用する魔導を修めて。
イリス・レーベロア第一の家臣である扇奈。彼女はオリジナルであり最新鋭を兼ねる旋風閃という暴虐の嵐を巻き起こした。
「改名を!もうそれ旋風閃じゃないです。なにか別の次元の強化ですよね!」
そんな叫びを港に響かせて。側近シャドウの忠言を聞こえないふりをして扇奈は跳んだ。
「何だ、あれはっ!?」
「かっ、構えろっ」
「チィッ!」
戦闘厳禁であるはずの港。そこから暴言が放たれていくらもしないうちに殺気が突風となって船の甲板にふきつける。あげくその発生源が桟橋から跳躍したとなれば状況は明白だ。
中立であるべき港のルールが〈また〉愚かな陸の住人によって侵されたのである。悪徳都市ウァーテル〈では〉海運商人として活動している船乗りたちは大急ぎで戦闘準備を整えた。
そして何も起こらなかった。
「??」「ヤロウ、どこに行きやがった!?」「知るかっ!もっとよく探せっ!」
そうやってわずかに慌てふためく兼業水夫たち。それでいて臨戦態勢を解かない海の男たちは実戦経験が豊富なのだろう。海戦要員としては優秀に違いない。
そんな船乗りたちをしり目に扇奈はもとの桟橋にいつの間にか戻ってきていた。一仕事終えた後のように残心しているように見えるのは気のせいではないだろう。
しかし船乗りはもちろん船にも異常が感じられないのは気のせいだろうか。
「おいっ!誰か船長を呼んで来い!」
「もう、呼びに行っている」
「何をのろのろやっているんだ!あんなアマに好き放題言わせておいていいのか」
もちろんいいわけがない。だが船長の許可なく手出しを始めたら、普通に制裁の対象だ。
ここは無力な漁村ではなく悪徳都市ウァーテルである。食料の略奪どころかいちゃもんのネタ一つくれてやるわけにはいかない。
そんな船乗りたちの待ち望むものがようやく発せられた。船室への扉が蹴破るように開き、咽喉も裂けよとばかりに怒声が響き渡った。
「野郎どもっ!!そのアマを絶対に逃がすなっ!矢を放て!上陸してとっ捕まえろ!」
船長の号令。海賊の本性をさらけ出せという命令である。海の男として陸の女ごときに好き放題言わせておく理由などない。雄たけびを上げて男たちは掟に縛られていた暴力を解き放つ。
戦況がどうなっているのかも知らず。その蛮勇を解放させられた。
とはいえ「報酬が少ない」だけではドラゴンゾンビを異常なモンスターとまでは言えないでしょう。
ドラゴンゾンビの異常なところ。それはその【個体数】です。
ドラゴンはレアなモンスターです。少なくとも野獣モンスターと比べれば圧倒的に数が少ない。にもかかわらずアニマ〇ゾンビよりドラゴンゾンビのほうが幻想世界での出番が多いのは何故でしょう。
もちろん獣がゾンビ化などしていれば世界はゾンビであふれるか生態系の破壊。そんな地獄の二択になりかねません。とはいえそんな計算をする創造神や魔王様がいらっしゃるでしょうか?
ヒトアンデットの次に多いドラゴンゾンビ。その数は異常なモンスターだと考えます。




