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42.扇奈の主張

〈騎士道などくだらない〉

最前線の地獄をくぐりぬけた兵士の一部が騎士や武官を罵る時のセリフです。

しかしこのセリフを言うものの大半は騎士の武勲に嫉妬している。それどころか現実が見えてない危険な〈戦争狂い〉ではないでしょうか。

騎士道を守る。それは戦場という地獄で制限を掛けられるというアピールです。それによって「和平を破るのは卑怯」イメージを拡散できれば平和な時間が1秒でも伸びるのではないでしょうか。

『ウァーテルの悪徳に媚びへつらう海賊どもよ!その愚かさを悔いて軍門に降るならば格別の慈悲をもって迎えよう』


悪徳都市ウァーテル。複数の海流が交わるそこは大陸の玄関口として整備された巨大な港がある。

当然、そこには大量の荷物が持ち込まれそれらをあつかう船乗りたちが喧騒を作るにぎやかな場所だ。彼らにかかわる商人、店舗の者も含めれば大都市ウァーテルの繁華街の一角と言っても過言ではないだろう。


そんな様々な人が集う場所でもこんな暴言をすみずみに届く声量で叫ぶ人間は初めてだろう。その非常識さは背後のシャドウ三名が他人のフリをしようと無駄な努力をしている表情を見れば明らかだ。


「何をほざいているんだ、こいつは」

「酔っ払いか?まったくこっちは忙しいっていうのに」

「ケヘッ、いいオンナじゃねえか」


頭の悪い。もしくは挑発をしているとしか思えない扇奈のセリフにそれを耳にしたものは様々な反応を返す。

怒り、あきれ。そして好色と値踏みする視線がシャドウの頭領に投げかけられる。それらを気にすることもなく扇奈の叫び続けた。


『略奪を行う海の賊たちよ。経済封鎖の名のもとまっとうな商船を襲い踏みにじる血に飢えたクズどもよ。

貴様らの罪は復讐者の刃にさらされる。それを厭うならば速やかに自害せよ』


これは正論か。それとも異常者の戯言なのか。



などと迷う者が悪徳都市ウァーテルの港にいるはずがない。

狂信者に関わる厄介を恐れて足早に立ち去るもの。頭がどうなっていようともオンナなら奴隷として売れるだろうと算段をつける者。そして怒りの視線を向けるがこの場所では暴れるのを制限されているモノなど様々な反応が返ってくる。


『海原は銀の地だ。そこからは世界の富が運ばれ、幸までもが産まれてくる。それらの担い手を称えよう。同時に彼らを害する寄生チュウを私は嘲る。私は滅ぼす』


そんな扇奈の口上にあるものは首をかしげ。あるものは先ほどまでと変わらず怒る。そして奴隷商人たちの使用人たちは獲物を見る目を向けてきた。



そして修羅場をくぐって来たものたちはようやく異常に気付く。あれだけの暴言や大声に対し、反論や怒りの声がないことに。


「ちょっ!?」

「こんなものか【静音詠唱・魔鐘鏡を終了】」


蝙蝠やイルカは音の波動によって位置を探り会話を行う。そして人間には呪歌という精神に干渉する範囲魔術がある。


旋天属性の扇奈はそれらを掛け合わせることで人物の解析を広域で行えるのだ。

最初に魔術の声で呼びかけることにより自らに注意をひきつけ船乗りたちに風糸の導線を作り。そうして二言、三言めのセリフに対するつぶやき、反応を精査することで水夫たちの人柄を調べる。


そうすることで扇奈は選別していく。

マスターであるイリスに不利益をもたらした忌むべき海賊たちを。旋天の魔導で尊厳を踏みにじり制裁すべき下衆どもを。



凄惨なそれらを行うにあたって〈間違い〉は許されない。


絶対に一匹も逃がさないと誓いを立てているためでは断じてないのだ。





「騎士道などくだらない」こんなことを言うハグレ魔術師は理想を追い求めて今までの経験を忘れている危険があります。

「騎士道」がなかったら。いったいナニが血に飢えた兵士・戦士の凶行を制限するのでしょう。

騎士道を守る。それは身も蓋もありませんがカネになります。

騎士道を守り勝利する。それによって名声を得られれば人気が出て、平時の護衛依頼が増える。馬上試合などに雇われる確率も高まります。領主・役人の騎士なら平時はもっと誠実に法を守護するものとして信用されるでしょう。

「戦場では卑怯でも平時は公正です」などと言っても信じてくれる人は限られます。そしてスキャンダルが発生すればその人数はさらに減るでしょう。敵が生きていればその悪名をついてくるかもしれません。

騎士道もメリットばかりではありませんが、〈くだらない〉と切り捨てるには惜しい手札だと思うのです。


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