41.港での罵声
異世界召喚で勇者を呼ぶ。召喚術師の性根によっては戦奴、使い捨ての刺客を呼ぶのも同然の誘拐行為と言えるでしょう。自国の力で脅威に対抗できない役立たずの騎士団を抱えて恥ずかしくないのかと罵りたくなります。
とはいえそんなことをすれば「おまえらがそれを言うな」と魔界から言われるでしょう。魔族の力を好き放題に利用して使いつぶす。そんな融〇召〇や合成をやらかした人間やその子孫が異世界の権力者にさらわれるのは自業自得かもしれません。
悪徳都市ウァーテル。そこに建ち並ぶ複数階に及ぶ建物の屋根を一つの影が跳躍していた。
『お待ちください、姫長』
『扇奈様、お一人では危なのうございます』
『待って~、お、待ちく、だ、さい~』
そしてその影を護衛すべく三名のシャドウが懸命に追いかけていた。
彼女たち三名はシャドウの中でも超のつくエリート。シャドウの頭領を大王だとするならそれに仕えるロイヤルガード兼側近に該当する。正門で不向きな防衛にあたっていた精鋭の中でも五指に入る実力者たちだ。
「ハァ、仕方ないわね」
そんなシャドウ娘三人も扇奈の機動性には遠くおよばない。扇奈の柱となる能力は機動力だからだ。
そのため能力を発動していなくても、身体が加速に必要な動きを記憶している。常時、帯びている魔力が高速移動をサポートするよう最適化されているのだ。
万能型の側近シャドウでは身体強化の『旋風閃』でも使わなければ随伴は不可能だろう。
「置いていきたいのはやまやまだけど」
そうすると絶対の権力者であるはずの扇奈の権威を下げかねない諫言を弄する者が呼ばれるだろう。あるいは扇奈が崇拝する聖賢の主が単独行動をする際の交渉ネタが一つ増える。
「クイーンの駒は無暗に動くな、か。しかたないわね。コレでもやっておくか」
そうつぶやいて扇奈は『竜域』の結界を増強しつつ、護衛対象のいるべき位置を疾走する。
そんな頭領に恨みがましい視線を向ける配下に気づかないフリをしながら。
都市ウァーテル。そこは文明の交差点にして大陸の玄関口。エウロペル大陸、最大の貿易港を要する大都市だ。
その港は世界中の富が行き交い、巨万の財が数分ごとに生まれるとも言われていた。それゆえ野心家に狙われ幾度も戦火に見舞われた。商会、海賊と主が替わり続け、現在は各国の利害調整に成功した闇盗賊のギルドが牛耳ることになっている。
「とはいえそんなウァーテルの腐臭も今日で祓われる。
我らが主、イリス・レーベロア様の聖賢がもたらす光によって!」
敬愛する主が見たら引いてしまう眼光を放ちながら。敬愛しているはずの側近三名の忠誠心をグラつかせていることに気付くことなく。
扇奈はウァーテルの港に到着したとたんに戦功を上げるべく挑発を始めた。
「ああん!?」
「何を言っているんだ、この小娘たちは」
小娘〈たち〉ではなく姫長お一人だけが仰っています。言っているのではなくオモいを吐き出しておられるのです。
シャドウ娘三人の考えは誰に聞かれることもなく。主に察してもらえることなく胸中に消えた。
「さ・て・と。それじゃあ始めるとするか」
それに異世界召喚は脅威打倒以外にも人道的に重要なことがあります。それは異世界人なら召喚に条件をつけることで勇者を天涯孤独にできること。
勇者の村が魔族の焼き討ちにあって滅ぼされた。そういう地獄から始まった英雄譚や竜息日があります。ですが異世界召喚で勇者候補を誘拐すればその惨劇を防げる可能性があるでしょう。あくまで可能性であり準備、決断を間違えれば別の殺戮が起こるだけですが。
とはいえバイオレンスな世界で勇者候補を安全に確保できるのは充分に人道的です。「勇者探し・狩り」のために脅威や外道が何をやらかすか。最悪惨劇しか連想できません。




