40.小飛竜の正体
ギリシャ神話ではいまいちなのに最上位の星座と言われる黄道十二星座。ですがいまいちな神話で不可解な星座のトップは別にあります。
それは大熊座。北斗七星を尾に取り込み、北極星の周りを巡るこの星座こそ不可解としか言いようがありません。ギリシャ神話では女神ヘラの呪いによってクマに変身させられた【美女】なのに【雄】熊としてあつかわれることが多いのはとりあえずスルーしましょう。
悪徳都市ウァーテル。宣戦布告の使者であるC.V.イリスに対し、正門の門番たちが襲い掛かったことから端を発した争いは終息に向かいつつあった。
「行けっ!死ぬ気でかかれぇ!」
「・・・・・・・・・・」
ウァーテルの正門。そこでは頭領の扇奈が率いるシャドウたちが闇ギルドの戦闘集団から挟撃を受けていた。
別の門から出撃した騎馬兵が正門の外側に陣取って突撃の機会をうかがい。
正門の都市側には盾を構えた巨漢たちが増援として集まる。その後ろに控えるのは邪術士か邪教に仕える神官なのか。
「それで?いつになったら死ぬ気とやらでかかってくるの?」
「・・・・・ッ!」
戦術的には詰んでいると断言していい正門を占領するシャドウたち。防御より機動力が持ち味であるはずのシャドウたちは冷めた目で闇ギルドの挟み撃ちを見ていた。
挟撃と言っても闇ギルドが封鎖しているのは街道とそこから続く街路のみ。正門と一体化している城壁を確保できていない。正確には確保しようとした数名の兵をシャドウが突き落としただけで城壁から完全撤退したゴロツキ集団など敵と言うに値しなかった。
「いい気になるなよ!貴様らの手の内はわかっている。準備ができ次第、引導を渡してやるぞ‼」
「「「・・・・・」」」
シャドウたちの半数がそのセリフに反応する気を失い。そして残る半数が思った。
〈ウソをつくな〉〈それは無理〉〈もう始末していいですか〉
声が届く所にいる時点で扇奈の竜域・小飛竜の射程範囲である。それを知ってか知らずか都市外の騎馬兵団は様子をうかがうのみ。虚勢をはるより生存が重要であることを察しているのだろう。
風属性から成長した天属性である旋天の魔導を振るう姫長の扇奈様。挟撃をしているつもりの連中など彼女にとっては握りつぶすか踏みつぶすかを気まぐれで決めるザコ以下の存在だ。
そんな連中だが何かの策を弄する支度ができたらしい。頭らしき男が下種な笑みを厚顔に張り付かせて欲望の視線を投げかけてくる。
〈〈〈よし殺そう〉〉〉
そんなシャドウたちの意思を察することもなく男の勝利宣言が始まった。
「行けっ!奴隷ども!霊薬の力によって狂気の戦士と化せ!」
その言葉に従い瞳から光を失った者たちが正門に近づいてくる。はじめはゆっくりと。だが何かの魔術が行使されるのと同時に獣の瞬発力で突撃してくる。
踏み込みの強さから短弓以下の飛び道具では止められないモンスターぐらいの実力はあるだろうか。
『都市側の4名、旋風閃を発動して迎撃せよ。攻撃は最低限でいい。回避に専念しなさい』
『かしこまりました、姫長!』
ウィプストークによる秘密・光学信号によって命令が下る。それによってシャドウ四人が疾風となって狂気の戦士とやらに襲いかかった。
「ッ!」
一陣の風吹き抜ける。それと間をおかずして急造の狂戦士たちは鮮血をまきちらす。
正門を守る扇奈の側付きシャドウたちは都市の各所に散っている下級シャドウとは数段実力が違う精鋭だ。そんなシャドウたちが身体強化の旋風閃を使うとなれば猛獣レベルの麻薬中毒者など敵ではない。
そう。中毒者ならば敵ではないのだ。
『散開!』
「死にやがれぇ!!」
下種の叫びに応じるかのように哀れな奴隷たちの身体がふくらむ。そんな肉風船の一部は破裂して血肉をまきちらし、膨張するにとどまった肉塊は強い死臭を漂わせはじめた。
「これは・・・」
「見たか!これぞアンデット・アレンジ‼殺したばかりの死体を改造した不死者なら貴様の毒も効くまい!闇の力におののきっ」
「くだらないわね」
「はあっ!?」
侮辱のセリフを理解するだけの頭はあるのだろう。
そして救いようがないほど術式・異能を分析する知性が欠落していた。
そんなクズの眼前で次々とおぞましい肉塊が力を失い倒れていく。そして地面の石畳に触れる前に塵と化して消滅していった。
高山病をもたらす薄い酸素・空気の使い魔である小飛竜。それは高山病を知らない平地育ちの者にとって毒の魔術や邪竜のブレスに等しいだろう。
しかし本当の致死毒の魔術をくらって解毒剤を飲めるのはそこそこの実力者だ。高山病にかかったあげく代謝をいじる低級解毒剤など飲めば、苦しいなどと言う間もなく昏倒し命の危機に瀕する。
つまり小飛竜は単なる酸素の少ない空気塊ではなく。高山の清浄な空気を再現し、加えて修行用に被術者を殺さないよう酸素吸入も行う魔導。格下の魔術に容赦なく干渉する魔を導く理不尽ということだ。
よって【ついで】に急造アンデットを清浄な風で分解ぐらいはできる。
「くだらないと言ったのよ。
少しぐらいは悪徳都市の見せ場も作ってやろう手抜きをしていたけど」
そんな傲慢を押し通すほどの隔絶した戦力差が悪徳ギルドに対しシャドウや本隊の騎士団にはある。
とはいえあまりにも実力差を示すと周辺勢力を全て敵に回しかねない。正確には周囲の裏組織が手段を選ばないテロルに走るのは厄介である。
戦争は御立派な競技ではない。広報・情報操作のため命をかけた実力の出し惜しみが必要な時もあるということだ。
とはいえこの連中を生かしておくのは弱者・少し普通に生きるものにとっても害悪だ。聖賢の主たるイリス様の〈資産〉を削る存在などモンスターのように殲滅あるのみ。
「貴様らの常識や理性に期待した私が愚かだったということね。
作戦変更!正門付近の賊どもを全滅させろ!」
その指令にシャドウたちはつがえられた矢のように力をためる。身体強化を使う必要性は低い。外道な切り札が瞬殺されて、腰が引けているシーフ・殺し屋を狩りつくすなど精鋭シャドウにとって造作もないことだ。
「ここは任せた!『私は奴らの〈道〉を塞ぐ』三人ほどついて来なさい」
「かしこまりました、姫長!」
「なっ、ちょっ!?」
かくして正門における偽りの膠着状態は終了した。
大熊座で一番重要なこと。
それは最低でもひしゃく座として水を司る神器が獣の後塵・尾っぽに堕ちていること。ひしゃく座とかの以前に星一つ一つのネームバリューがある。死を司る北の神格と考えれば、いまいち神話の背中・臀部に吸収されるというのは問題ではないでしょうか。
ある程度、有名な熊の神格。せめて眷属・騎獣でもいれば少しはマシなのですが、北斗七星を内包するキャパシティがあるとはとても思えません。拳士はともかく闘士7、8名はお怒りになるでしょう。
「山の神の使い」「狩人の大事な糧」という人類史から星座にした~という考えも【猪、ゾウ】座がない夜空を観ては説得力に欠けると思うのですが。




