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39.掃討戦 鉤鎌の使い方

 道場剣法イコール三流武術。実戦武術を語るアウトローな武芸者はそんな侮辱を述べて自分たちこそ優れていると広報戦を仕掛ける時があります。

 その主張が完全に間違っているとは言いません。個人的に強くても教えるのが下手な道場主の剣法は弱いでしょう。門下生を集めたりする道場経営で腕が鈍る武術家も皆無とは言えません。

 ただしそれを言うなら放浪の武芸者イコール賊の用心棒。人の迷惑を顧みずに他流試合をふっかけ、負ければ逆恨みして闇討ちをする。そういう武芸者が一人でもいれば全体が悪口雑言にさらされる覚悟はあるのでしょうか?

 路地裏。そこは盗賊ギルドのメンバーたちの領域である。彼らはそこで産まれ育ち糧を得ていった。

 だから路地でならシーフたちは他の職業に就いているものたちより速く動ける。包囲さえされなければ勝てないまでも負けることはない。シーフの長所を最大限に生かせる素晴らしい[実戦の場]こそが路地裏だと盗賊たちは信じて疑わなかった。


 たった今さっきまでは。


 『『『旋風閃 ❕』』』


 ウァーテルの秩序を乱す連中がまた誇らしげに呪文を唱える。それは身体強化の魔術であり戦場の華と成るための必須技能だ。断じて盗賊を狩り立てる猟犬が使うような技ではない。


 だが現実にシャドウを名乗るはぐれギルドの連中は使っていた。殺戮の聖騎士が構えるランスのような飛び蹴りが沈んだ空気を割き。

 その着地点を突こうとすれば疾風となって駆けるシャドウが瞬時にカバーに入る。


 「オゴォ!?」「ヘブッ!」


 ちなみにカバーとは援護や防御がメインではない。飛び蹴りからの着地をして隙を見せたシャドウをエサにギルドメンバーの数をさらに減らすことだ。

 片手持ちのダガーで一閃。拳打は骨を砕き、踏み込みは身体を落石の兵器と化す。全身凶器とも言えるそのシャドウ〈たち〉は飛び蹴りよりもはるかに多い損害をギルドメンバーに与えていた。


 「グッ!」「ガッ!?」


 それは恐怖。単純な戦闘力はもちろんのこと。シーフたちに地の利があるはずの路地裏でシャドウたちが縦横無尽に駆けて跳躍している事実が闘争心を蝕んでくる。


 「ありえん。そんなことが許されるはずガァ!?」


 叫びの発生源は路地裏の〈壁〉に全身をたたきつけられて永久に沈黙する。その惨状に腕の立つメンバーたちは一様に背中に冷たいものが流れた。




 どこかの修練場。暖かな日差しのさす道場で聖賢の主が問いかける。


 《不死身の者などいない。同様に無敵の技などというものも存在しない。

  とても強い身体強化。その中でも加速能力は戦術の幅を一気に広げる》


 そんな謙遜を言う主の声は優しく。まるで日だまりのようだと彼らは思った。


 《だけど加速能力は無敵ではないしノーリスクな都合の良い能力じゃない》


 視界が狭まること。高いステータスに溺れ技の修行を怠ること。身体が強化されたぶん、行動の兆候まで大きくなってしまう。体力の消耗に他、他、他。

 敬愛する主君の講義を忘れるはずがない。


 《そんなリスクの中でも最大のものが自壊・自滅の危険だね。猛獣の速さなら強化された身体でもなんとか耐えられるけど。魔獣、群妖の速度や手数に対抗するのに必要な速度となれば自壊の可能性は飛躍的に増大してしまう》


 石壁にたたきつけられて悪態をつくような戦闘民族の耐久性はシャドウにない。視覚サポート完備のライドメイルを量産していたのは超古代の技術かモンスター流用か。英雄兵士がまとうオリハルコン合金鎧に星の加護までついた装備など望むべくもないだろう。


 《だからこんな技を考えてみました。ボクや妹たちは厳しいけどみんななら使いこなせるって信じているよ》


 



 「鉤鎌」「・・・」「・・・」「・・・ッ」


 鉤鎌槍というものがある。長槍の刃に鎌、鉤を付加した異形の槍である。使いこなせれば槍の攻撃範囲を鉤鎌の分だけ拡大でき、敵の武装を絡め取ることもできる。もっとも熟練の域に達しなければ長槍の威力を減じる色物に堕ちるだろう。


 そんな鉤鎌槍のごとく肘を垂直に曲げ腕を身体の芯から突き出す『鉤鎌』の術理。その目的は指を触角として加速中の安全を確保することだ。転ばぬ先の杖ともいう。


 情けないとは言うなかれ。自壊のリスクが無数にある加速能力の会得は慎重すぎるくらいで丁度いいのだ。歩行器を使う赤ん坊のように。自滅を避けることを最優先に修行する。

 そうすることが人間の耐久力と装備しかないシャドウ〈たち〉が機動性を得る近道であり。同時に高速戦闘〈部隊〉を結成するための解でもある。


 「どうした?いつもどおりの追剥、誘拐はしないのか?」

 「走るのが遅いぞ。それで盗賊とはゴロツキ生活でブタになったか?」


 「ヒィッ!」


 侮蔑と挑発の入り混じったセリフをシャドウたちが発する。それに対しシーフ連中は反論どころか逃走すらできずにいた。その理由は単純にシャドウとシーフの実力差が隔絶しているだけではない。


 下級とはいえ集団のシャドウが高速移動している。狭い路地裏の壁に激突することを恐れず加速し続けるという狂気の技に怯えているのだ。


 「あきらめるなっ!こんなスピードでいつまでも動き続けられるわけがァ!?」

 「こらこら人の生き血をすする奴がなに勇士のセリフをさえずっているんだ?」


 そんな皮肉の途中でシーフリーダーの頭は路地裏の壁にたたきつけられ、加速するシャドウのブレーキと化した。朱色で壁を彩るソレに盗賊連中の顔色は逆に青くなっていく。


 『鉤鎌』その術技が加速した自らの安全を確保する感覚器なのは修行の初歩もいいところ。

 『鉤鎌』を使えるもの同士の手合わせに始まり地形の把握。続いてシャドウ同士で鉤鎌をかけあい連携、部隊での演習を行う。

 仕上げとして中の下レベルの魔獣を狩って敵の装甲・防御を解析できるようにする。武具の鉤鎌槍なら敵に刺さって折れたり抜けなくなったら捨てればいい。だが身体強化した身体の四肢を捨てるのは死骸をさらす致命傷となる。


 《そんな風にならないよう鉤鎌を使おう》

 

 「「「「「かしこまりましたイリス様」」」」」


 下級シャドウたちの脳裏に崇拝する主の言葉が響く。それを狂信と嘲笑するならするがいい。

 だが悪徳都市ウァーテルを雑兵であるシャドウが蹂躙する。この痛快な大舞台のためなら大きな代価を払う覚悟をシャドウたちは持っていた。


 道場剣法。平和な時代なら武官の手習いや健康法として有用でしょう。

 同時に道場は実戦に必須の経験を得られる貴重な場です。何故ならどんな戦いも情報戦の要素があるから。常に武術の技を隠し続けるなど不可能だからです。

 道場の上位陣はお互いの手の内を当然、周知しています。そんな情報が知れている状況でどうやって相手の一歩先を行くか。勝つための駆け引きを行い、これはという技を研ぎすまし伸ばす。

 そんな情報開示された状況での鍛錬をできる場が道場だと考えます。人目がないと初見殺しの暗殺技で連戦連勝するハチが出てくる。そんな野試合が道場より常に優れているというのはどうかと愚考します。

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