閑話~歓楽の街~雷鷹鳴羽のゆくえ
ギリシャ神話における『多芸神アポロン』
『月神アルテミス』の双子神であり。芸術・医術に予言など、様々なものを司る。強大な帝国を築いたローマ人が学んだ、ギリシャ『文化』の神格であり。同時に手ひどい失恋の神話が多く、『大神ゼウス』に反逆した神話まであるという。
たまに『伝令神ヘルメス』をトリックスターあつかいする、ギリシャ神話の解釈を聞きますが。私はアポロン神こそ、ギリシャ神話における、最大のトリックスターだと愚考します。
羽矢弥様の施療院を訪れた、眷族C.V.のマリーデは『真実』を知る。
スラム解体を行っていた企画は、雇用の創出・読み書きの教育だけではなく。
羽矢弥様の術式『雷鷹鳴羽』による、『身体強化』に伴う疲労を利用した『回復』が行われており。
それによって、疲弊した住民たちの心身を活性化させ。仕事に慣れて、生活が安定するまでの『つなぎ』にしていた。広範囲に継続的に作用する『雷鷹鳴羽』によって、住民が仕事に慣れるまでの間、心身の底上げをなさっていた。
「これは、かなり有用な『術式』ですわね・・・」
数は力であり、それは歓楽街で働く者たちも変わらない。新人が仕事に慣れて自信がつくまで、励まし続けるに等しい。
同時に『身体強化』に頼りすぎて、依存しないよう、『強化』の効果を抑える。
そんな『術式』を利用できれば、短期間で新人を使えるようにできる。仕事の成否が人生を左右する、厳しい商売・お店で働ける『人材』を、大勢・早期に育成できる。
それは軍勢の兵力をそろえるに等しく。歓楽街に多大な利益をもたらすはずだ。
「そのためには羽矢弥様と取引をする『対価』を用意しなければ・・・とはいえ呼ばれて情報を与えられたのだから、おとなしく待つべきかしら・・・」
マリーデは知るかぎりの情報を精査して、指向をめぐらす。
〔羽矢弥様の立場・・・聖賢の御方様から、施療院を与えられたことを考えれば、たいていのツテを使える。
シャドウ、重騎士の皆様に、C.V.様の力までも使えることを考えれば・・・〕
元娼婦や霧葉様だけを呼び出したのは、秘密裏に進めたい計画があるのか?マリーデは熟考を続け。
「かわいい、寝顔だな」
「・・・`・・・」
「疲れているのか?最近はずいぶんと考え込んでいるようだが・・・」
「・・;・申し訳ありません、サヘル様。『女性』の秘め事に関するコトですので、もう少し考えるお時間をくださいませ」
「そうか。オレに手伝えることがあれば、いつでも言ってくれ」
〔ミスった、しくじった・・失敗したっ!〕
人間の元娼婦としては、赤面ものの失態を演じてしまった。
旦那様のハーレムは、今のところエレイラ、ルサーナのC.V.様二人に、マリーデが加わった3名であり。正妻が確定しておらず、愛妾が割と自由にふるまえる。
ハーレムにおける女主人がいない、貴重な期間だ。
そんな限られた時間に、マリーデが行うべきこと。
それは〔サヘル様と情熱のまま『逢瀬』を楽しむこと〕などではなく。
正妻が決定して、近い将来にハーレムパーティーが軌道に乗る。その際にある程度の立場・発言権を確保するため、布石を打ち備えることだ。
そのためにすべきことは、多岐に渡り。
1)元は人間だった眷族C.V.として、人とC.V.様の仲介役を務める
2)元娼婦の経験を活かし、色事の指南をする
3)主人のC.V.遙和様に利益を提供し、ハーレムには不可侵の『契約』を結ぶ
他にも最下級とはいえ、C.V.としての財力・教養や『魔術能力』諸々を、身につけねばならず。加えて旦那様が定期的に通いたくなる、『誘惑の術』を確立する必要がある。
〔容色・無邪気さでは、『魔術』を使うC.V.様たちにかなわない。だったらサヘル様の心が安らぐ、包容力を身につけて、惹きつけましょう〕
こうしてマリーデは『愛妾』としての自分を磨き。
程度の差こそあれ、サヘル様に甘えることを望む。エレイラ、ルサーナたちとは違う魅力を身につけようと、日頃から努力を惜しまなかったのだが。
〔ううっ・・台無しよ〕
〔夫より先に休まず、夫より長く眠らず〕・・・だったろうか?そんな男性を立てる理念で、マリーデは旦那様に尽くし、もてなしていた。
それなのに『羽矢弥様の雷鷹鳴羽』によって、サヘル様の隣りで寝入ってしまった。寝坊して、醜態をさらしたあげく。
上級娼婦の『たしなみ』の一つに、眠りを浅くすることで、客が望む『眠り姫』を装う『技術』がある。それを今回の醜態で、旦那様に察せられてしまった。
戦士が夜襲に備えて宿を選び、殺気に反応する睡眠状態になるのと同様に。
自分の『体力』を誇りたい客に対して、娼婦は疲労困憊して『眠る小娘』の姿を見せ。身分の低い全ての者に『献身・世話』を求める客には、浅く短い眠りで事実上『徹夜の接客』を行う。
〔男性シャドウの皆様は、お優しいけれど・・・〕
それに甘えて、娼婦が惰眠を貪るわけにはいかない。『女尊男卑』の戦場を生きる殿方は、その鬱憤を発散する場を求めており。
〔夜の歓楽街でくらい、男性上位の気分を少し、ちょっぴりぐらい味わいたい〕と、いう御方が多い傾向だ。
当然、マリーデたちはそれに即した、『接客』を行い続け。サヘル様の愛妾になってからも、”遅く起きる”などという醜態は見せなかったのだけど。
「うらむわよ、羽矢弥様・・・・・」
〔恐れるべきは『雷鷹鳴羽』よ〕と、マリーデは自分に言い聞かせ。
〔歓楽街で『雷鷹鳴羽』を利用するため、マリーデがその効果を把握するのは、必須のことよ!〕と、娼館の経営者として『利益』を見すえ。
そうして、ようやくマリーデは心の平静を取り戻し。
「すまなかった、マリーデ・・本当のことを話すっ!!」
「サヘル様っ!?」
待ちかまえていた旦那様が、『娼婦の睡眠』をとっくに『感知』しており。
〔『たしなみ』を尊重しつつも、解きほぐすのを楽しんでいた〕と、いう【夜の秘密】を打ち明けられ。
それから悪者な旦那様と、今後についてゆっくりオハナシを、マリーデは行い。
それは、とっても長いオハナシになった。
「・・・という感じで、歓楽街の住人たちに『雷鷹鳴羽』を行使するのは、リスクをはらむ。少なくとも旧スラム街と同様に、私が『結界陣』をしかないと、眠気が強くなるのでしょう」
「ふーん、そうなのー~ー」
元侍女シャドウだった羽矢弥の報告を、聞き流している。
何とか接見したものの〔コイツは何を言ってるのかしら〕と、いう態度を隠そうともしない。
そんな上位者の外交をする力を持つ、C.V.様の名を遙和といい。本来なら羽矢弥ごときが、面会を求めることはできない。
物心両面から〔面会するのはリスクを伴う〕と、認識されている凶猛なC.V.様であり。
本来なら、羽矢弥とて余計なリスクを犯す気などないのだが。
「つきましてはマリーデ殿に、ご迷惑をかけた。
同時に貴重な『雷鷹鳴羽』の作用を知る、機会をもたらした。遙和様たちに『謝礼』を、お持ちした次第です」
「ほう・・・」
〔謝礼を出す〕と、告げる羽矢弥に対し、遙和様は目を細め。
「それはケンカを売っているという、解釈でいいのかしら?」
「滅相もございません」
放たれた殺気に、羽矢弥は迅速に対応する。
〔やましい”汚職”に誘うことも、敵意もありません〕と、無害をアピールしつつも。『外交』を行う者として、毅然とした態度を崩さず。
「私が望むのは『雷鷹鳴羽』の改良を行っていただきたい。
最初期にスラム住民に手をさしのべた。幹部シャドウの藤次様に、ぜひ『術式』を献上したいだけでございます」
「・・・-・・・ッ」
羽矢弥の言上に対し、遙和様がわかりやすく動揺する。喜色を浮かべ、それを隠そうと表情を取り繕い。それに失敗して、わざとらしくせき払いをしていた。
〔思わず不安になる、残念な交渉??ね・・・〕
そんなことを羽矢弥は考えるも、相手は凶悪な『魔術能力』を持つ、理不尽なC.V.様だ。ご機嫌で、簡単に取引をまとめられるなら、それに越したことはなく。
羽矢弥は気付かないふりをして、遙和様の動揺が治まるまで、辛抱強く待ち。
それからゆっくりと計画の説明を行い始めた。
「御存知かと思いますが。
私の『雷鷹鳴羽』は『歪んだ魔力』を使っており。羽毛で撫でるように、被術者に『身体強化』をかけ。それに伴う疲労で、深い眠りをもたらす。
本来は屋内の寝所を使った、『結界』で発動すべき『魔術能力』です」
そして屋内戦闘や『結界箱の術式』は、(遙和様の)旦那様が得意とするところであり。早く確実に『雷鷹鳴羽』を、屋内の寝所用にアレンジするため。
C.V.遙和様の魔術文化を利用すれば、間違いなく藤次様の『お手柄』になる。
そう告げる、羽矢弥による企画の説明に、邪鬼C.V.様は飛びついた。
旦那様が好きで、好きでたまらない。藤次様の関心を引くためなら、眷族C.V.をあっさりサヘルにくれてやる。
他にも不穏な前科の枚挙に暇がない。狂愛の深い遙和様が、『藤次様のお手柄』という誘惑に抗うはずもなく。
〔もっとも私が裏切ったり、不誠実な企てをすれば。万が一にも、藤次様に不利益をもたらせば、容赦しないでしょうけど〕
「いいわ、貴女の計画に乗りましょう。必要なものは、いくらでも用意するわ」
「ありがとうございます。必ずや火の四凶刃様に、栄光を!」
瞳の奥にゆらめく情念の鬼火を、けっして直視することがないよう。羽矢弥は自らの『視覚』を操作しながら。危険×高報酬な賭けに、彼女は臨んだ。
こんな“賭け”は、今回限りにしようと、誓いながら。
そしてアポロン神は『太陽神』でもある。正確には『太陽神ヘリオス』と混同されていますが。
それを“無学”などと、さげすまないでください。
何しろアメリカの宇宙探査に『アポロ計画』の名称があるほど、アポロン×ヘリオスは混同されており。ギリシャ神話を日本に伝えた、欧米の学者・文化人がこの有様です。
日本ファンタジーにおいて〔アポロン神は太陽神にあらず〕と、告げるのは〔賢い、資料を調べている〕と、言えなくもないですが。〔それで太陽神ヘリオスは、どこにおわすのですか?〕と、尋ね突っ込みたい。
それと『ヘリオス神』が太陽を司るのはけっこうですが。だからと言って『アポロン神』の神話まで、安直に『ヘリオス神』に置き換えたり。何より『アポロン神×ヘリオス神』を融合させた、膨大な『ローマ文化』をスルーするのはもったいないでしょう。
何より日照時間・太陽の運行が、多彩な文化に影響をもたらしたことを考慮すれば。農作物の成育・美しい景色を見ての感動が、『太陽光』によって、もたらされる文明を考えれば。
『太陽神アポロン』で、別に問題はなく。『太陽神ヘリオス』が登場せず、『多芸神アポロン』だけというのは、大事なローマ文化が欠けていると愚考します。