閑話~落鷹のヒーラー
ギリシャの『裁きの女神テミス』が所有する『神具』の中で、最も重要なのは『天秤』だと推測します。
『冥界の裁き』で『天秤』を使っているのに、『エジプト神話』で〔天秤を使い、心臓と罪の重さを測る〕と、いうのがありますが。
現代では近隣諸国でも、古代世界では『文化の中心』と『魔境』ぐらいの差があったわけで。『エジプト神話』の冥界天秤を、『テミス』が取り込んだなら。
『女神テミス』は広域で信仰された、人気のある女神様になると推測します。
『治療院』:それは傷病に苦しむ人々が、回復の希望をいだいてつかむ『命綱』であり。清潔・穏健な空気が流れるべきところなのですが。
その聖域には現在、非常に不穏な空気が流れていた。
「「「・・・・・ー・ッ」」」〔来るなっ、来るなよっ・^・〕「「・・・;+;」」
市街地とスラムの境界線にある区画に建てられ。元侍女シャドウの羽矢弥が『女性専用の【デリケートな治療を行う】』ことを目的に運営している。
神殿が万人に『癒しの術』を施す『施療院』と、その『治療院』は方針・患者の層が異なっており。
優れた魔術文明を持つC.V.様の予想では、すぐに暇になる。ライゾウたちの『雷鈴電鍾』の術理を、羽矢弥が研究・修練するのがメインとなり。
時折、妊婦の体調を診たり。産婆さんに彼女たちを仲介して引き継ぐだけ。
端的に言えば、名ばかりの『治療院』であり。次代に『雷鈴電鍾の魔術能力』を引き継ぐ、血統を残す。上位C.V.たちの思惑では、羽矢弥とライゾウたちが、絆?を深める新居になる予定だったのだが。
「バカなのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「申し訳ありません、ハヤミの姐御っ!」
現在、治療院の周辺は、『使い魔鷹』を使役する女シャドウの縄張りと化していた。市街地・スラム双方の区域において、羽矢弥の決定は絶対であり。大商人・各種ギルドの幹部やスラムの元締めだろうと、その意向を最大限に尊重しなければならない。
何故か?
「こんなことでは、ますます『電鐘』の時間を削ることになるわね」
「それだけはっ、どうかお慈悲を賜りたくっ!」
小娘一人に、スラムの住人たちを束ねる大の男が平身低頭する。その光景は滑稽ですらあるものの、笑う者は皆無であり。
その理由は『電鐘』の術式によるもの。羽矢弥が『治癒術士』にあるまじき、“怠惰”な心情をもつからだ。
数ヶ月前・・・
「これはいったい、どういうことかしら?ジノス殿」
「どういうことって・・オレに怒鳴り込まれても、困るんだが」
スラムにある地下室の一つ。羽矢弥とライゾウの二人は、スラム大半を仕切るジノスのもとを訪れていた。
ジノスは“盗賊ギルド”と距離を置いているということになっている、裏社会の頭目であり。それなりにスラムの住民を養うことを優先するため、ウァーテル攻略の際に見逃された頭目の一人なのだが。
「金になる『薬』を渡せば、換金する。その金で(酒や)食糧を買うのは自然なことだろう」
「私は傷病を患った者を癒やすために、『薬』を調合したのです。『薬』を奪い取るようなゴロツキ・毒親の酒代にするため、時間を浪費したのではありません」
「そりゃあスラムの常識を知らないアンタが悪い。一つ賢くなったら、次は気をつけるんだな」
「クスクス・・」「「「「「「・^:^・」」」」」」
羽矢弥が何故、ジノスのところに怒鳴り込んだのか?
その理由は『産婦人科(専門医療)』の言葉を知らない。羽矢弥たちの特殊な『治療院』の方針を、理解できないスラムの住民がライゾウに泣きつき。
「妹が・・・お願いします、助けてください!」
「こんなケガで大騒ぎする奴があるか!
(身体の内側に)『雷鈴鐘』で干渉しつつ、マッサージを行い・・・(回復力が増す)身体強化をかければ、どうってことな・;+*」
「“ナニ”をしているのかしら、貴男は?」
スラムのルールも知らず、安易な治療をしようとするボンボンを、羽矢弥が止め。
「神官みたいな『治療』をしたら、神殿と同じように『お布施』を取らなければならないわ」
「大丈夫だ!『魔術能力』による治療なら・/:|・\-*~・-;ー」
『旋風閃鷹』
『使い魔鷹』がライゾウの肩をつかみ、低空飛行を敢行する。同時に羽矢弥の『掌打』が腹部にたたきつけられ、ライゾウの長身を『ペン』代わりにして地面に『爪の痕』を描いた。
そうやってライゾウの軽挙に、一通りの制裁を行い。
「・・・`・」
「「ヒャぅ!?」」
逃げる事もできず、立ちすくんだ兄妹たちに、羽矢弥は秘かに『雷鷹羽』をかけて帰らせ。
それから『使い魔鷹』に狩りを行わせ、肉の無い雑穀スープで『炊き出し』を行う。
“血税”で暮らすシャドウとして、スラムの入り口に住まう『挨拶』を行っただけなのに。
「翌日から患者が殺到し、大忙しになったわ。
まあ、こんなこともあろうかと元娼婦たちを雇っていたのだけど」
「「「「「「「・:^・〔似た者夫婦じゃねぇか?〕・・」」」」」」」
「しばらくしたら、患者のために調合したはずの『薬』が転売されている。
私たちの『薬』は『アルケミスト』が精製するような、『万能(に近い)薬』ではなく。個々の体調・傷病にあわせて調合しただけの『急造薬物』にすぎない。
それを他者が服用したら、死人が出かねないわ」
「・・・^・」
〔ソイツは、大変だな~〕と、いう表情を作りつつ。ジノスと側近たちは口角を歪める。
彼らからすれば、ヘマをしたのはあくまで羽矢弥たちであり。安直に『薬』を奪い、売った連中がどうなろうと、知ったことではない。
その程度の“悲劇”は、スラムで珍しいことではなく。羽矢弥たちがヘマの後始末をしたいなら〔いくらの依頼料を払って、解決する?〕と、いう話になる。
今までのスラムでならば。
「そう・・・せっかくボスとしての『名声』を高めるチャンスを進呈したのだけど。
予想どおり、わずかな報酬に執心するようね・・・」
「悪いか?こちとら慈善事業をする気はねぇんだ。それとも従わないなら、強硬手段に出るか?」
ジノスとしては羽矢弥に・・その後ろのシャドウ一族に交渉を仕掛け。有益な『対価』を得たい。
スラムの住民を束ねる者として『外交』を、成功させたいという思惑なのでしょうけど。
「その必要はないわね。オマエたちは、すぐに私たち二人に泣きつくことになる。
それと『治療院』を血で穢す気など無いし。この程度のことで『人数』を集める必要性など、私はかけらも感じない。
むしろ二人で解決できなければ、“恥”とすら言える」
「ほう・・クソアマがなめてんじゃねぇぞっ!」
かくして交渉は決裂し、争いが始まった。
『疾風の翼は、鈴をゆらし 勇壮なる爪は、魔鐘に挑む
されど嘴に血の滴る肉はなく 目は獲物の影すら、捕らえることあたわず
ただ呪いの杯にのみ、羽根と空はそそがれる・-・ー雷鷹飛夜』
「・・・・『雷輪電昇』ッ!!」
羽矢弥とライゾウにとって、初めての『城』であり。スラムの住民に泣きつかれ、仕方なく『応急手当』と『偽薬?』を渡す。
そんな名ばかりの治療院で、二人は『魔術儀式』を発動させた。
都市ウァーテルにある『この治療院』を、『儀式場』として周囲の『魔力』を利用する。ほとんど『呪術』に近いが、『雷輪電昇』の協力で“穢れ”を祓い。
そうして夜のスラムに『使い魔鷹』が放たれる。灯りのないスラムを『縄張り』と定め。
『執念の魔力』をまとった、『名だけは鷹』が闇夜を旋回し飛翔する。
そんな『使い魔鷹』を意識の端で『感知』しながら、ライゾウは気遣わしげに口を開いた。
「こんな使い方をしていいのか、羽矢弥?『治癒術士』になるなら、もっと別の・・・」
「ありがとう、ライゾウ。だけど『杯の容量』は、まだ『七つ』もあるわ」
「『七つ』しかないだ。体調検査・傷病の鑑定に、薬品の調合を会得して三つ。
『耐性の休眠』・『手術』に『気付け』は魔術だから、もう・・・」
〔『六つ』の容量がなくなる。羽矢弥が創った『意識容量』に登録する、新たな『治癒術式』はたった一つしかない〕
そう続けようとするパートナーに対し、羽矢弥はあっけらかんと告げる。
「私は、それらの『治癒術』を会得してないし。『杯』に登録するつもりも無いわ」
「・・・ハァッ!?」
「確かに〔この術式が基本だよ〕と、『口頭』ですすめられはしたけど。
『光術信号』で同時に『貴女の衝動のまま、杯を使っていいよ』とも伝えられているわ」
「なっ・:・ちょっ`:・ばッ・?!」
混乱しているライゾウには悪いけど。世の中には〔かくあるべし〕と、“善意のつもり”で他人に意見を強制する者が多く。
〔様々な教育・訓練を行い。多角的な視野を持ち。広い心をお持ちになる〕と、言われているC.V.様ですら。〔『ヒーラー』は万能・清廉な『聖女様』であるべし〕と、いう意見を押しつける派閥が少なくない。
〔だけど私は『鷹』、もしくは『鷹使いのシャドウ』でしかない〕
『八鷹輪舞』を捨てたことは、ともかく。羽矢弥は『縄張りを主張し、その範囲で狩りを行う【鷹】』を『魔術能力』にイメージしている。
そんな羽矢弥が『風属性の聖女・巫女』を連想できないのは、自然なことであり。そんな彼女が『ヒーラー』の真似事をしても、破綻するのは目に見えている。
「だったら『鷹』にもできる、『病への抵抗』をするべきでしょう」
それもC.V.様の『聖女様』を信奉する派閥が気付く前に、納得させられる結果を出す必要がある。
そう告げる羽矢弥に対し、幼馴染みはにこやかに告げた。
「『抵抗』と言うより、一方的な殲滅じゃねぇか・・・」
「・:・ー・+・」
「だいいちアレは『鷹』じゃないって・*;・*」
悪ガキシャドウの失言癖は、どうやらいまだに改善してないようであり。
そのことを知った羽矢弥は、徹底的に“失言のリスク”を刻み込む。
『呪いの塗料を灼きつけた杯』に“苦み”が入ってくる。それをまぎらわすために、彼女は普段より苛烈に爪を刻みこんだ。
恐ろしい『死』と結びつく、冥界に住まう『神々』は世界中の神話で恐れられてきました。そんな中で『女神テミス』は目が隠れた、穏やかな外見をしており。人気があったと愚行します。
一応、『テミス』は『剣』で武装もしていますが。権力者なら持って当然の装備ですし。
〔悪いことをすれば、『剣』で切る〕と、わかりやすく宣言しているほうがマシだった。
平民・濡れ衣を着せられた者や、権力争いに敗れた者たちにとって。現世の権力者・裁判官のほうが、はるかに恐ろしい。“冤罪”“権力への忖度”や“モラルレス”など、ロクでもない裁判はいくらでもあり。
『テミスの剣』より、横暴な裁判官に従う衛兵のほうが、よほど恐ろしかったと愚考します。