閑話~ライゾウのその後 裏(予測するイリス)
ギリシャ神話において、法を司る女神テミス。『目隠し』をつけ、手にはそれぞれ『長剣・天秤』を携えており。『星座』などメジャーな神話エピソードがないのに、美術品が製作されている。
珍しい神格であり。異形に近い、異質な女神だと愚考します。
そもそも他の『裁きの神格』たちは『目隠し』などしておらず。〔目隠しをして、罪人の外見にまどわされないようにしている〕と、いうのは〔『裁きの神』なのに、外見にまどわされる可能性がある〕と、『女神テミス』を冒涜しているように意訳してしまうのですが。
皆さんは、いかがお考えでしょう。
いくつかの偶然が重なり、元侍女シャドウの羽矢弥は『雷鈴電鐘』の術理を得る。微弱な『体内電流』を走査して、ほぼ全身に干渉する術理は【デリケートな治療】を行うのに向いており。
偉大な『聖女』様がおらず、『聖霊薬』もない都市ウァーテルで、彼女は『女性専用?』の治療院を開いていた。
ただしウァーテルは混成都市であり。珍しい研究・変わった商売や『魔術能力』であふれている。そんな都市で中級シャドウだった羽矢弥がヒーラーになるのは、それなりの理由があり。
「行くわよ、ライゾウ」
「へいへい。お姫様の護衛は、きっちり務めてみせますよ」
「・・・+・・」
「さあっ!今日も任務をガンバるぜ!!」
こんなやり取りを交わして、二人の一日は始まった。
混成都市ウァーテルにおいて、羽矢弥が『治癒術士』を務める治療院は、いくつか一般的なそれと異なることがある。
その一つは『神殿』を関わらせないこと。
『元娼婦』・『娼婦』としての才能がマイナスな者を半ば強制的に買い上げ。彼女たちを下働きとして雇っている。
何故か?
「それでは新しい『うわさ話』を教えてください」
「承知いたしました、羽矢弥様」
理由は『歓楽街』と契約を結んでいるから。本来、門外不出どころか『一夜の夢』にするのが鉄則な『客の夜語り』を、シャドウ一族が得るためだ。
「来週の天気は晴れるようです」
「雷鈴電鐘、そいつはよかったな」
もちろん右から左へ簡単にやり取りされるわけではなく。
ライゾウの『雷鈴電鐘』で『合言葉』を感知したり。月日付にちなんだ『花の香り』『音曲』を提示するなど、手順をふんで『治療院』の中で極秘に情報はもたらされる。
加えて伝えられる情報は、基本的に『みんなが幸せになる情報』のみと、なっており。物価の変動・有能な人物や不特定多数の『傷病情報』しかあつかえない。
原則として個人情報を得るのは、厳禁であり。娼婦からの情報で、敵対組織を攻撃したり。相場で荒稼ぎするなどして、商家・貴族家を破産させる。合法とはいえ、確実に大勢を破滅させる情報のやり取りは許されない。
万が一、この件がバレても〔『古い情報』で雑談していただけ〕と、言い逃れできる。それが羽矢弥の『治療院』における、情報収集であり。
ケッシテ娼婦の皆様に、面倒な患者の対応をオシツケたり。接客能力の高さに期待して〔他の患者に迷惑をかける連中をさばいて欲しい〕などと、いうことはチットモ考えたりしてイマセン。
〔まあ、酔っ払って横暴な本性を現した、“?客?”よりはるかにマシですけど〕
〔給金はいいし、シャドウと重騎士の皆さんは親切ですし〕
〔妹分を守るコネを得て、自分の店をもつ準備を整えられる〕
〔〔〔いいことずくめですわね~〕〕〕
要するに『歓楽街』は“悪徳の都”だった時と変わらず中立??であり。
ただ例外として、大勢に被害をもたらす『疫病対策』には協力する。生活用水に“毒素”を流したり。“怪物行進”を誘導するような。治療院と歓楽街にとって、共通の敵には、この世から永久に退場してもらう。
そのための情報提供であり。
大金や身体目的で、彼女たちを雇っているわけでは、断じてない。
「ところでライゾウ様ぁ・・・いい『娘』がいるのですけど、いかがですか?」
「・ー・!:!!」
情報提供を行う役の『元娼婦』から、甘ったるい口上が述べられ。
それに対し羽矢弥の『視線』が、瞬時に猛禽のソレに変わる。
『目』ではなく、あくまで『視線(瞳孔)』が狩りをするソレに変わっただけであり。素人には平静に見えるものの。長い付き合いのライゾウは、ソレが無駄に巧みな『身体操作』であることをヨク知っている。
「アアッ、ソレはイイなぁーー―。カワイイ娘は、大事にミンナで愛でるのがイイなぁ~」
『雷YW・:・』
「もうっ、経験済みなのにおとぼけにならないでください。『娘』で外聞が悪いなら、『つぼみ』と言い換えればよろしぃですか?生臭神官の『隠語』は、好きではないのですけど」
「オレも大っ嫌いだ!!!“生臭”とか過激とか、ウンザリだ・・平穏こそ尊い!」
「・・・・・そのようですわね」
ライゾウの心からの主張に対し、元娼婦はカワイソウな者を観る目を向け。
「・・・>・^」
次に剣呑な視線でなくなった羽矢弥に〔断念しました〕と、アピールしてくる。
歓楽街の関係者からすれば、契約するシャドウは『娼館』に理解のある人物であることが望ましく。娼館としては『楽しい夜』を過ごさせて、つながりを深めたいのだろう。
接客能力・無難な情報入手を主目的として、男娼は論外で女遊びもしない。野郎や重騎士たちは、取引相手として不安なのだろうが。
〔大丈夫だ。これからハーレムを作る『勇者』を、いくらでも紹介してやる〕
ライゾウは静かにつぶやく。
そして彼らには『防壁』になってもらう。C.V.様のお誘い・女性シャドウの悋気など、男性シャドウの平穏を脅かすものへの『防壁』になってもらう。
そんな甘い目論見に、ライゾウはしばらくひたった。
ライゾウ君の『雷輪電昇』、及び羽矢弥ちゃん『雷鷹羽』という希有な『治癒術』。二つの『魔術能力』を行使する『治療院』を建設し。
都市ウァーテルを支配するC.V.イリス・レーベロアは、その運営を『予測演算』していた。
〔強い娼婦たちをスタッフに雇ったから、スタッフの問題は解決・・と。経営資金はまともな商人たちに出資させるとして・・・『偽装』は遺跡の宝か、故人の遺産のどちらにしようかな?〕
並列思考の一つで、そんなことを思案しながら。並列思考を束ねる三位一体の深層意識は、この治療院における最大の懸案に対する方策を考えていた。
〔男性の生殖機能を『治癒』する。一番の問題はコレだよね〕
ライゾウ君たちの『治癒』を行う『魔術能力』は、『体内電流によって、身体への「走査と干渉」を行う』ことであり。
女性限定で【デリケート】な治療を行う『魔術能力』ではないし。性別の『誓約』をかけて、『魔術能力』を強化などしていない。
〔まあ即席の『治癒術士』二人が、最初から手を広げるのはキャパオーバーだけど〕
『神殿』の聖人・聖女や“生臭坊主”どもと異なり。シャドウの『魔術能力』で治療院を開くのは歴史上、初のことであり。その運営は手探り状態だ。
だからこそ『歓楽街』の住人と交渉して、海千山千の『元娼婦』たちをスタッフに雇い。さらにスタッフ育成・メンタルケアや『治療院』のイメージアップのために、若い娼婦候補を引き抜いたりもした。
彼女たちの故郷・執着している大事なものは、イリスの影響下にあり。報酬・好待遇というアメと、『質を抑える』というムチでがんじがらめにしている。
〔姉上・:・何もそこまでなさらずとも・-・〕
〔スタッフを従わせるなら報酬と武力の二つさえあれば・・・-・何でもございません〕
C.V.イセリナと姫長の扇奈。信頼する腹心二人を黙らせ、イリスは強行に『治療院』を堅固なものにしていく。
純情な二人には想像すらできないでしょうけど。彼女たちは“男の嫉妬”という、脅威を過小評価している。
“嫉妬”という感情は男女ともにあり。物語では〔女性が恋愛で嫉妬している〕と、いう脚本が圧倒的に多い。
〔だけど男性の“嫉妬”は女性のそれより厄介だと思う〕
都市ウァーテルと近隣諸国の文化的に、人間の女性は『結婚』を中心に人生が構築されており。
『女神官』など一部の例外を除き〔女性は結婚するために、己を磨き。結婚を成功させる『能力』が高いことを求められる〕と、言っても過言では無いとイリスは分析している。
反面、男は自らの能力を活かす職業に就き。仕事を中心に生きて、“嫉妬”などめったにしない。それどころか心が広いなどと“誤認”されているけど。
〔実際は、プライドがからみ。大義名分をふりかざして、“嫉妬”を隠し(ているつもりで)暴走するんだよね~〕
“自分は嫉妬などしていない。家・組織や国を守るため。自分の就いている職業関連のプライドを守るため、未来を見すえている。だから強硬手段に出るのもやむを得ず。嫉妬など全くしていない”
こういう連中がライゾウ君たちの『治療院』の存在を知れば。
〔女性の機能を回復できるなら。男の尊厳も当然、治療すべきだ〕と、理屈をこね回し。何をやらかすか、知れたものではない。
とりあえず『治療院』の建物は、『耐火』の建材で作って。『耐火術式』をかけて、消火設備も用意して。外交手段で守り、人脈を広げ。もしもの時に備えて脱出ルートを準備し、急行する兵力を伏せてから・・・・・・・・・・
まともで悟っている、男性諸氏には悪いけど。イリスとしてはライゾウ君と羽矢弥ちゃんの安全こそ、最優先であり。
〔彼らの安全・安寧を脅かすなら。貴族家・組織や一国が滅びようと、知ったことではないよ〕と、すらイリスは思っている。
そもそも『長子が産まれない』のは、『不運な事』にすぎないけど。
〔『世継ぎ・後継者』を用意できないのは、組織・貴族家の能力に問題がある〕と、イリスは思っており。そんな連中が貴族の義務を果たし、様々なものを守れるとは思えない。むしろ権力を暴走・破綻させる、予兆だと考えている。
〔まして男性当主の“見得”のために、『ヒーラー』の安息を乱すなど論外だよ〕
連中が強硬手段に訴えても、迎撃することは造作もない。
〔だけど、それで羽矢弥ちゃんが負い目を感じたら。ライゾウ君が、普通の患者を癒やすために無理をしたら・・・・・〕
連中は無能だが、無力ではない。卑劣な闇討ちを“カシコイ戦術”とのたまい。羽矢弥ちゃんがつかみとった『術理』を悪用しかねない。
その時、イリスは“悪徳の都”を滅ぼした時のように、手加減をできるか?
〔まあ、無理だね〕
そんなことを考えながら。イリスは『治療院』の維持に関する、膨大な『予測演算』を行っていった。
目隠しをした『女神テミス』の姿から連想すること。それは英雄大戦に登場するメドゥーサであり。そして偉大な『ギリシャの神々』です。
『大神ゼウス』『恋神キューピット』には〔本来の御姿を直視した人間を灼く・灰塵と帰す〕と、いう存在であり。加えて『古代の女神』たちにとって『魔眼?神眼』の権能は標準装備だったとか。
そう考えると『女神テミス』が『目隠し』をしているのは、防御のためなどではなく。罪人にやたらと『神眼』で見据えないようにするため。〔『神の権能』ではなく、『法の裁き』を受けさせるためなのかな~〕・・・と愚考します。
なお『女神テミス』の数少ない神話には〔他の神々が人間を見放して天界に帰る中で、最後まで地上に残った〕とする優しい『女神』の有力候補であり。(あるいは娘の神格?)
『ギリシャ神話』は某一神教の信者に、誹謗中傷され歪められているアレンジ神話が散見されます。日本の『河童』なども、完全に“吸血水妖”あつかいするサイトもありますし。
裁きの『女神テミス』が目隠しをしている由来を、“伝聞神話”だけ鵜吞みにするのはどうかと思うのです。