微風と歓楽街
〔『江戸時代』は太平の世となり。その中で商人達は活発に商売を行い、武士を圧倒する経済力を手に入れました〕
『日本の歴史』を読むと、こういう内容の記述が見受けられます。
しかしこの『太平の世』を否定する要素が二つあり。
一つは“凶賊”と言われる“押し込み強盗集団”の存在です。もし『鬼平犯○帳』のペースで“凶賊”が跋扈していたら。あるいは奉行所の権限・動員人数を考えると〔本当に治安を守れていたのか?〕、と首をかしげます。
まあ、さすがにフィクションですから“凶賊集団”はもっと少ないでしょうけど。〔江戸の火盗改めの実情がアレだと〕、諸藩の捜査・治安維持の能力はそれ以下であり。商売を安心して行える環境だったのか、首をかしげてしまいます。
依頼人・ギルドから万能な完璧を求められる『冒険者』は、過酷な職業と言える。軍法は無いが、無計画に指揮される『兵士』に近い。
『迷宮』・山野や水辺など様々なフィールドで、多様なモンスターに勝利することを求められ。
戦闘だけでなく、野外活動や移動のスキルも否応なく会得する必要があり。
それら『冒険』に関するスキルに加え〔礼儀がなっていない〕〔交渉をガンバッテ〕、という具合に冒険以外の『術』を身につけていないと。容赦なく中傷され、報酬を減らされる。
極めつけは“依頼人の裏切り”があった際の対応だ。端的に言って『冒険者』の“自己責任”であり。『冒険者ギルド』は“知らぬ顔の半兵衛”が原則と言える。
冒険者を守るため“裏切った依頼人”に抗議する『ギルド』は、レアモンスターの出現率より少ない。
そんな中で冒険者がモラルを保つのは『奇跡を起こし続ける』、に等しいと侍女頭のアヤメは考えている。
〔もっともだからこそC.V.様やシャドウ一族が、つけ込めるのだけど〕
そんな冒険者たちに対し、C.V.様とシャドウ一族は共同で二種類の『干渉』を行った。
一つは『薬草採取』の改良から始まった、『依頼の調整』であり。街道整備など、とにかく仕事を斡旋する。そうすることで“依頼書の取り合い”や“軽い財布”を、少しでも減らす。
二つ目は『壮健の杖』による身体ケアであり。冒険者の疲労を軽くするのに加え。前衛の機動力に追いつくため、必死に走る後衛・重装備をまとう者の『足』を癒やす。
こうして冒険者たちをサポートしつつ、シャドウ一族に利益をもたらすよう行動をコントロールする。それが侍女頭であるアヤメの目的なのだが。
「お初にお目にかかりますアヤメ様。9級虹属性C.V.マリーデ・カレイドルと申します」
「シャドウ一族で姫長様の側近を務めるアヤメよ。貴女のことは色々と聞いている」
都市ナーガムの歓楽街において、最も大きい建物の最も豪華な部屋で、アヤメは会見を行っていた。
相手は中級シャドウ、サヘルの愛人であり。都市ウァーテルで複数の娼館を経営する女主人でもあり。
そして厄介なC.V.遙和の眷属でもある。同じ眷属C.V.でも、シャルミナ様の眷属C.V.ポプリスとは異なる『邪法使い』であり。かつてはサヘルと共に、初期の『依頼料の分割払い』を押し進めるべく活動したのだが。
「私が貴女を呼び出した理由は、理解しているわね?」
「・・覚悟はできております。私のことは、いかようにも処分なさってくださってかまいません」
アヤメがマリーデを呼び出した理由。それは彼女が半ば暴走したから。巧妙に『事故・正当防衛?』を装ったものの、眷属C.V.の邪術で“盗賊ギルド”を勝手に攻撃し。各都市で娼館を乗っ取ったからだ。
それは与えられた『魔術能力』の影響で暴走したのか。それとも愛人が別の都市で、別の女と活動していることへの不満によるものか。
〔あるいは私が冒険者ギルドに干渉を始めた。『依頼料の分割払い』を始めとする、冒険者ギルド関連の利権を“横取り”することへの対抗策かしら〕
もともと『冒険者ギルドへの依頼金の分割払い』は、サヘルたちが始めたことだった。
ところがサヘルと組んだC.V.エレイラが“故買屋(盗品を売買する店)”を攻撃し始め。さらに衛兵の待遇改善を行って、治安回復に務めたり。あげくに冒険者が参加する『競技大会・興行』を企画してしまい。
『依頼料の分割払い』は形骸化した。シャドウ・重騎士やC.V.様が、タダに近い報酬で依頼解決を行い。〔分割払いで報酬をもらうから、無償ではない〕、という建前をふりかざすようになってしまった。
「・・:`・・」
〔『依頼料の分割払い』を押し進めようとしていた。マリーデからすれば、裏切り行為なのでしょうけど〕
アヤメの見立てでは、あの時点の『依頼料の分割払い』は失敗した可能性が高いと見ている。
独立を是とする冒険者ギルドの支店長に対し、『魔竜鬼』で脅しをかけたのはともかく。仕事量が激増するギルド職員のサポート(給料アップ・『速読』他のスキル提供・芳香療法によるケア)も行わず。冒険者たちやギルドを、衆目の前でこき下ろす。
“暴行亜人を増殖させて、人々を襲わせ。身売りせざるを得なくなった、人々を奴隷に貶める。そういう奴隷を使い潰して変態性癖を満たす”
こんな“暴言”を言っては、“悪印象を与える”どころではない。まともな思考力に『形』があるのなら、さぞかしヒドイ音をたてて削れていったでしょう。
そのためシャドウの幹部会議で、マリーデは都市ウァーテルに戻るよう命じ。歓楽街の掌握に専念させた。
サヘルとC.V.二人は、冒険者による競技大会の運営に集中させたのだが。
〔サヘル様の計画が、事実上の白紙にされた〕
マリーデがそう考えて不満をいだくのは当然であり。アヤメたちも『依頼料の分割払い』は無期限の封印を行う予定だったのだが。
〔C.V.様の援助がいただけるなら、話は別よ〕
資金・技術サポートを当てにできるのに加え。アメとムチを運用できる。
『身体ケア』『たくさんの依頼』というアメを与えつつ。
“冒険者の自由を制限する”“修練を課したり、依頼内容に干渉し条件をつける”、というムチもふるえる。
そのために黒霊騎士シャルミナ様との契約に必要な【対価】の目星もついた。
ならばアヤメが行うべきことは一つ。
シャドウ一族を束ねる扇奈に代わって、危ない橋を渡ることだった。
「それでは沙汰をくだす。まず貴女の財産はわずかな私物をのぞいて没収する。
“盗賊ギルド”から奪った資産はもちろんのこと。ウァーテルにある娼館も没収よ」
「・・・かしこまりました」
「そして急ぎつつも、慎重に引き継ぎの準備をしなさい。
あらかじめ言っておくけど。貴女の後釜で娼館の経営をする者が、赤字を出したら貴女にもペナルティを課す。後継はせいぜい有能な者を選ぶように」
「承知しました」
その後もアヤメは苛烈な処分を列挙する。『後釜』の失敗まで元経営者に連帯責任を課すなど、聞いたことの無い処分だろうが。
シャドウ一族は歓楽街の運営をメインにする気はなく。『冥加金』を“盗賊ギルド”のように搾り取る気など全くない。
マリーデの影響力の残してでも、歓楽街の安定した運営こそが望みだ。
そうしてマリーデへの判決は続き。
「歓楽街の運営の目処がたったら、サヘルとの合流を命じる」
「・^ッ!?・・本当ですか?」
「ええ、貴方たちには言えない事情があったとはいえ。許可を出した『依頼料の分割払い』を事実上、停止させた。
あげくに、今回の『アルケミックホイール』で、『分割払い』の計画を“かすめ取った”のは“私”の落ち度よ。だから『冒険者ギルド』への干渉はサヘルたちに任せたい。
違うわね・・・サヘルを含めた貴方たちに『計画』を返還する、と言うべきでしょう」
「それはっ・・-・^、恐れ入ります」
アヤメの謝罪に近い言葉に、マリーデが頭を下げる。
だが冒険者による『競技大会』のほうが〔利益が大きい〕、と判断したのはシャドウ上層部であり。それによって『依頼料の分割払い』が、立ち消えになりかけたという面もある。
侍女頭として、扇奈様に頭を下げさせるわけにはいかないものの。
アヤメとしてはマリーデが望むモノを与え。灰色な正当防衛の罰は極力、軽い内容にする。没収されるマリーデの財産など、すぐに取り戻せるチャンスを与えることで謝罪とするつもりであり。
「まだ通告は終わっていない。この計画に関わる人員は増員するけど。
貴方にはこの『壮健の杖』の運用を、次の段階に進めてもらう」
「かしこまりました、侍女頭様」
〔貴女は今日、初めて私に頭を下げたわね〕
そんな本音を言うこと無く。アヤメはマリーデに『壮健の杖』に関する『術理』について、説明を行っていった。
そしてもう一つ『太平の世』において、『商売』の邪魔になる。『京都・大阪・江戸』の諸藩が屋敷が立ち並ぶ、大都市の商売と比べ。地方の大都市で商売を行う際に、圧倒的に不利なことがあります。
それは『国替え』が行われること。『島津家』など国替えが全く行われない、大名の領地は良いのですが。国替えが頻繁に行われた領地は、武家も苦労したでしょうが『商家』こそ一大事です。
普通に“ツケ・借金や藩札”を踏み倒されるにとどまらず。引っ越す大名+新しく領地に赴任する役人の双方から“臨時徴税”をかけられかねない。
〔お家の一大事だ。引っ越し予算を得るため、臨時徴税を行う〕、ならまだマシなほうで。
“条件の良い領地に赴任できるよう。旧領に復帰できるよう、ワイロで裏工作をするぞ”、となれば。“『商家』がつぶれようと知ったことではない”、などという“悪代官・バ家老・バカ殿”が何をするか知れたものではありません。
こうして地方都市の商家は『守りの経営・商家の存続』こそ最優先になってしまい。経済成長も、それに準じた数字におさまると愚考します。
なお私の知るかぎり『天下のご老公』といえど、〔引っ越し大名に手をさしのべる〕エピソードは聞いたことが無く。それほど『国替え』は理不尽だったと推測します。




