微風の標的
伝承の神々・怪物をアレンジするのは楽しい。たとえバケモノ・性別変化やコメディのアレンジだろうと、面白ければ正義であり。アナザー化はその面白い作品を作るための試行錯誤だと考えます。
ただし何事も例外はあり。百の腕を持つギリシャ神話の巨人『ヘカトンケイル』だけは別と言いたい。
その醜さ故にヘカトンケイルは『天空神ウラヌス』によって、地底に幽閉された神話があり。たいていのヒトは“ウラヌスの虐待・ネグレクトだ”、と義憤をいだくと推測しますが。
ですが創作の『ヘカトンケイル』も、ソレに近いレベルであつかいがひどい。今さら『アンデット化』『敵役』にするぐらいで、目くじらを立てませんが。
人に害をなした伝承がない。強いて言えば『大神ゼウスの雷霆を造って、その覇権を維持する手助けをした』、のはアンチギリシャ神話にとって“罪”でしょうけど。それで“『アンデット化』よりおぞましいあつかい”を『ヘカトンケイル』が受ける。
さすがにヒドい。『天空神ウラヌス』の“醜いから幽閉する”というセンスに、近いアレンジが『ヘカトンケイル』にされていると愚考します。
『遠心分離術式?』を編み出した。正確にはC.V.マイアに対し、侍女頭のアヤメはその概念を提案する。
そうして冒険者の薬草採取で、『アルケミックホイール?』を使わせるべく動きだした。
「頼も~ーーーうッ!!」
「「「「「・・:-・」」」」」
都市ナーガムの冒険者ギルド。領主の権勢・都市人口に見合った大きさの冒険者ギルドに、下級シャドウたちを引き連れたアヤメの声が響く。
それは〔変人の依頼人が来た〕、という警告であり。アヤメにとっては開戦の狼煙でもある。
何故なら冒険者ギルドの常として、依頼人・『依頼内容』のどちらも通常は隠すものだからだ。
周囲にいる冒険者には『耳目』があり、誰もが善人ではない。“盗賊ギルド”のメンバーがいれば、モンスターの脅威に苦しむ依頼人の隙につけ込んで襲撃を企て。悪辣な奴隷商人と組んで、流言を流し不安をあおって“詐欺”を仕掛けることなど珍しくない。
そのため冒険者の隣り・表の受付で依頼を行うのは世間知らずか。追い詰められ正常な判断力を失っている。あるいは相場の依頼料を用意できず、冒険者の同情を引こうとする役者かもしれない。
「何の御用でしょうか・;・・?」
それに対しギルドの受付嬢は、アヤメの意図を正確に理解しており。笑顔を浮かべつつも、既に涙目になっていた。
〔貴女に用向きを告げる〕、とアヤメが視線で伝えた受付嬢は動揺を隠そうと努力するも、既に震えだしている。
その原因は中級シャドウのサヘルが行っている、『依頼料の分割払い』で騒然となったギルドの話を聞いているためか。あるいはC.V.エレイラ嬢の企画で、もめている町のウワサが伝わっているのかもしれない。
〔まあ私の知ったことではないけど〕
アヤメはヒーローではない。彼女にとって冒険者ギルドは“盗賊ギルド”の共犯者にすぎず。
ソレへの対処は国の司法・キルドの制裁と同様の苛烈なものになるだろう。
「依頼したいことがあるのだけど・・ギルドマスターには会えるかしら?」
「・:ッ!?ハイ、ただいまっ・・ただ今、呼んでまいります・;!`!」
とはいえさすがに薄給の受付嬢を締めあげても、弱い者イジメがすぎる。
アヤメはアポ無しの無礼な『強制会談』を、ギルドのトップに申し込んだ。
「それでご依頼とは何でしょう?」
「この『遠心分離筒?』を使って、『薬草採取』をお願いしたい。そして使用感や『植生』の資料を作成してもらいたいのよ」
穏やかなアヤメの物言いとは裏腹に、ギルドマスターの部屋には不穏な空気が流れる。下級シャドウと護衛の冒険者がにらみ合う中で、会談の幕は上がった。
「『薬草採取』ですか・・・それで依頼料を安くしろと?」
「そんなわけないでしょう。単純に『アルケミックホイール?』を運送・護衛する料金に加え。
いくつか『資料作成』をしてもらうし、『薬草採取』のやり方に注文もあるわ。
これらを複数の冒険者パーティーに・:・数ヶ月の間、継続して受けてもらうとなると・・・
冒険者のランクや『資料』の出来具合にもよるけど・・こんなところかしら?」
「・・・ご理解、いただけているようでけっこうです」
「「「「・・`!・ー・」」」」
アヤメの提示した金額は、資料作成・冒険者たちに命をかけさせる金額として破格なのだろう。ギルドマスター・護衛の冒険者たちのどちらも、値段交渉をする気は無くなり沈黙する。
彼らとしては〔下位ドラゴンを討伐する依頼料〕をたかが『薬草採取』で得られる。
しかも事実上、都市ウァーテルを支配している貴族様たちが、恥ずかしくない額を用意した依頼料だ。単純な金額にとどまらず、コネができるのもおいしい。
今後、敵対するか否かにかかわらず〔コネができるのは冒険者ギルドの利益になる〕、とでも考えているのだろうが。
「「・・^:`・・」」「「・・-:~:・」」
そんな冒険者ギルドの人員を、下級シャドウたちは冷めた目で見やっていた。
〔アヤメ様・・やはり、このような連中は始末するべきでは?〕
〔ご命令くだされば、すぐにでも・・・:・〕
〔黙りなさい、ライゾウ、フォルカ・・あまり冒険者たちを甘く見ないほうがいい〕
『音波信号』による秘匿会話で、下級シャドウの二人が強攻策をアヤメに提案してくる。その理由は複数あり。この期に及んでシャドウ一族を侮っていたり。アヤメに不躾な視線を送るなど、様々だが。
一番の理由は〔冒険者が採取した『薬草』が、アサシンのふるう“毒刃・毒薬”を作る『毒草』に流用されている〕ため。冒険者ギルドが『薬草』を買いたたき、中抜きしたあげく。暗殺者の活動をサポートする共犯者になっていたことだ。
“知りませんでした”“薬草を都合しただけで、毒薬に使われるかなど知ったことではない”
そんな寝言が通用しない程度に、毒薬・毒剣の犠牲者は出ており。シャドウ一族としては禍根を断つために、〔冒険者ギルドの殲滅〕は一つの選択肢なのだが。
〔“毒薬・毒刃”が私たち一族に、何か被害を与えたかしら?〕
〔それは・・・〕〔ですが、将来的にどうなるかは・・・〕
〔私が毒の感知を行い、姫長様が貴方たちを鍛える。それらの技量に不安があると言うの?〕
〔〔めっそうもございません!〕〕
シャドウ一族は正義の味方ではなく。主君のイリス様は、過去に討たれたC.V.様の復讐を命じていない。
ならば罪のない冒険者たちを巻き込む、〔冒険者ギルドの殲滅〕は控える・・・最終手段にすべきであり。
今は『アルケミックホイール』による冒険者の懐柔こそが、シャドウ一族の利益・利権につながる。そうアヤメは確信していた。
「それでこの『遠心分離筒』は、どのように使えばよいのでしょう?」
ギルドマスターの質問に、アヤメは『音波信号』を打ち切って返答する。
『アルケミックホイール』:その用途は『薬草』の中で混ざり合っている、『薬効』<『不純物』を遠心力によって分離すること。それによりかさばる『薬草』丸ごとを持ち帰る必要がなくなり。
『薬』の材料となる『成分』を大量に持ち帰ることができる。薬草を枯らさないように『枝葉・芽』など一部分を採取するだけでも。『アルケミックホイール』で薬効成分を分離・凝縮すれば、『薬』を調合するのに必要量の『素材』が手に入る。
「もちろん最初からうまくいくなどとは思っていない。
だけど将来的には『薬草採取』で冒険者が生活できる報酬を得られる。それにより大量に『薬』を生産する体制を作り。『薬』を安価で入手できるようにする。
冒険者が活動するのに必要な『魔術薬』はもちろんのこと。冒険者の家族が病にかかっても、薬代を得るため慌てる必要のない。
そういう体制を作るための『資料』が必要であり。あなた達、冒険者にその『資料』を集めてもらう」
「「「「・^:^+;・;ーーーッ!」」」」
「とはいえ一朝一夕で、成せることではない。魔境で『アルケミックホイール』を使う隙をつかれ、魔獣に襲われたり。性根の腐った“賊”が『遠心分離筒』を強奪しようと、凶行におよぶ危険があるわ」
「それはっ・・・」「確かに・・」「おのれぇ~ー、“盗賊”の分際でっ!」
アヤメの依頼・提案に、部屋にいるほとんどの者が目を輝かせる。『儲かる依頼が増える』と聞いて、喜ばない冒険者などおらず。『病を癒す薬が安くなる』という可能性に、まっとうな者ならば多大な期待を寄せるだろう。
権力者サイドのアヤメとしては、『薬の利権』『税収が増える』という俗物にまみれたことを考えているが。そのことは墓まで持って行くとして。
『アルケミックホイール』の防犯に関して、アヤメはいくつか考えがあった。
「モンスターに関しては〔警戒を怠るな〕、としか言いようがないわ。だけど依頼人としては、不要なトラブルを発生させたくない。だから『保険』を提案する」
「『ホケン?』だと・・・?」
「ええ。私の術式の一つ。『風袋』を冒険者たちに提供するというのはどうかしら?」
「「「・ーー・っ!?」」」「・ー~・・ッ」
「その『フータイ』というのは・・‘」
ギルドマスターを無視して、アヤメと冒険者たちの会話が交わされていき。
「いけません、アヤメ様!!『風袋』を冒険者に・:他の勢力に提供するなど許されません!」
「「「・・・:・」」」
シャドウの怒声によって、その日の会談は終了した。
『百腕巨人』が、何故おぞましいアレンジをされるのか。いくつか推測できますが。
私が妄想するのは〔百腕を書くのは大変だ。それを書く苦労をしたなら、元を取れるインパクトを得たい〕、というものです。
『ヘカトンケイル』の兄弟分である『単眼巨人』はそれなりにメジャーです。いくつか『絵』も描かれており。極論すれば巨人をスキンヘッド・独眼にアレンジする。頭髪・鼻を除きシンプルにしているのに、見た目のインパクトがある巨人が誕生している。
描き手・作者にとって、コスパに優れた単眼巨人と言えるでしょう。
それに対し『ヘカトンケイル』は手間をかけて『百腕』を描いても。その苦労にみあった感動・インパクトが得られない。そのため西洋美術で描かれず、マイナー化した。
神話の内容も華がなく。検索にあった『神々の戦に協力して、百腕で石を投げた』という神話は、少しばかり勇ましいものの。
〔手柄を立てたのに、神として認められず。地下で『雷霆』を造りました〕という、報酬が不適切な内容・・・“地下への監禁が継続した”という内容だと愚考します。
そもそも日本人のファンタジーだと。強いイメージでは三面六臂の『阿修羅』に劣り。不気味さなら『触手・怪奇植物』のほうが優れている。
かくして『ヘカトンケイル』は色物の巨人となってしまい。〔百腕を描いて、登場させるならば、その苦労にみあったインパクトを与えたい〕、という思惑によって、おぞましいアレンジをされた。私はそんな妄想しています。