微風のアルケミックホイール(仮)
ギリシャ神話に登場する、百腕多頭の巨人『ヘカトンケイル』!・・・と言われても、おそらくたいていの日本人はピンと来ない。
とりあえず『ヘカトンケイル』は知っていても、『ギリシャ神話に由来している』ことまで知っている人は少なく。そもそも多頭(五十?)の巨人などイメージできない。様々な作品に登場する『ヘカトンケイル』は、多腕であっても頭は一つだけの巨人としてあつかわれているようです。
一応、神代の『単眼巨人』と共に幽閉された、兄弟分の巨人であり。たいていの神々よりも、地母神ガイアに近しい血統を持つ。異形の巨人とはいえ、神々と同程度に『ヘカトンケイル』は崇拝されてもいいはずですが。
とにかく『ヘカトンケイル』にはロクな神話・伝承がない。星座になれず、星座の伝承にからめず。
検索したら神々の戦いに助力したとのことですが。私が知っているのは『神代サイクロプス』と同時に、『アポロン神』によって射殺された。『八つ当たりをするアポロン神の“的”として、理不尽に殺される』、という。
『アポロン神・サイクロプス』とセットで中傷され、貶められた。それが『神代ヘカトンケイル』の扱いだと愚考します。
C.V.マイアから『魔術能力』の術式を学ぶ機会を、侍女頭のアヤメは得る。
その際、アヤメが求めたのは既存の戦闘用な『チャクラムアーム』では無く。『アルケミックホイール』という、『遠心分離術式』を作ることへの協力だった。
遠心分離:混合物を回転させ遠心力を得る。その遠心力により混合物の『成分』を分離する。混ざった比重の異なる『化学物質』を分けて、目当ての『成分』を抽出する。
「そんな物が欲しいのか?
私は錬金術師ではないけれど、『魔女の釜』を使うまでもなく『成分の抽出』は可能だ。
『魔術陣』で必要な成分に『魔力付与』を行い。『魔力付与』がされてない不純物を弾けば、欲しい『成分』を得られるはず。
確かに遠心分離機の回転機構は、廻る『チャクラム』の仕組みを流用できるだろうけど。
『錬金術』の真似事をしたいなら・・」
「いいえ。私たちは『錬金術』はもちろん、『薬品調合』をする気もない」
「だったら何をする気だ?」
「複数あるけど・・・草食動物のマネ、狩人・冒険者ギルドが行っていることを模倣する。
そして星月夜の見物かしら・:・?私たちはシャドウなのだから」
「・・・ー?ー」
「心配せずとも情報共有は行うわ。そしてミンナが幸せになる。そう、誰もが幸せになるわ」
そもそもシャドウ一族には『錬金光術』で成分の比重をいじる手段があり。それなのにアヤメが『アルケミックホイール(?)』を求めるのは、ある目的のためだ。
こうして水筒サイズの『遠心分離術式?』が造られ。『遠心分離』だけを行う『魔術円』もシャドウ一族に伝授された。
冒険者の仕事に〔薬草の採取〕、というものがある。
モンスターの討伐と比べ安全であり。〔若僧とロートル冒険者が行う依頼だ〕、というイメージがもたれている。
しかし、それは不自然な話だ。
〔人の命を救う『薬』が安い〕、などということは古今東西ありえない。ならば〔薬草の採取〕に対する報酬も相応の額になる。〔薬代の何割かが報酬金額になる〕、はずなのに〔薬草の採取〕は最底辺の依頼料しか提示されない。
「そして〔薬草の採取〕依頼には、もう一つ問題がある。問題と言うより、異常なことがあるわ」
「それは?」
「〔薬草の採取〕=〔薬草?を丸ごと採取〕していることよ」
冒険者ギルドに向かう道すがら、アヤメは部下の下級シャドウたちと任務について話す。その内容は“悪徳の都”だったウァーテル周辺の常識であり。アヤメが『遠心分離術式?』を求めた原因でもある。
「草食の獣が、エサの植物を枯らすまで食べることはめったにないわ。
冬場などエサが無くなる時にやむを得ず食べる。〔頭数が多い〕などの理由で飢えてしまう。そういう飢餓から逃れるため、木の皮まで食べることはあるけれど。
本来、獣は植物が枯れないよう、一部分しか食べないようにしている」
「そうなのですか?畑を荒らす獣は好き放題に、作物を食い散らかしているようですが・・」
「そういう獣は深山・魔境にある縄張りから追い出された。縄張り争いに敗れた、弱い獣であることが多く。飢えを満たしたら即離脱するために、必死で早食いをしている。
後先のことを考えている余裕などなく。多少なりとも改良された未知の作物を、適切にかじる経験もないわ」
「「「・・・なるほど」」」
〔あくまで私の推測だけどね〕
あいにくアヤメは草食獣ではないし、狩人・村人でもない。
ただ山賊討伐のついでに、村人たちを助ける機会があり。そこで話を聞いてまとめた。本命の『利権』を得る下準備をするうえで〔そういう可能性があるかもしれない〕、と頭の隅にあったことを話ているにすぎない。
「話がそれたわね。とにかく獣は本来、草木を食い尽くしたりしない。暴食を行えば、未来のエサが無くなってしまうから。
それと同様に薬草を採取し続ける気なら。『薬効』のある部位のみを採って、植物を枯らさないようにする。もしくは薬草採りの『技能』を持つ者だけに薬草の採取を行わせ。『植生』を破壊しないよう〔薬草を採り尽くさない者にのみ、薬草採取を許可する〕、などの制限が必要になるわ」
そして食い詰め冒険者など、飢えた獣より質が悪く。“『薬草採取』など底辺の依頼だ”、となめきっている者たちは“環境破壊=冒険”と考え行動する。
もっともアヤメはそれを糾弾する気はない。彼女とて飢えれば、同じことをするだろう。
何よりそういう“状況”を作っている元凶は、愚かな“冒険者ギルド”であり。あるいはアサシン連中に大量の『毒』を売りさばいている、“売人”こそが黒幕だとアヤメは考えている。
「しかしアヤメ様。新鮮さを保つために、薬草を丸ごと一本採取せざる得ないのではないでしょうか?」
「いい質問よ、イスケ。
〔新鮮な薬草を保存するため。どうせ『根』に薬効があるなら、一本丸ごと採取したほうがいい〕、と考えるのは間違っていない。
だけど薬草には様々な種類があり。『葉・樹液』にのみ、薬効がある種類も多い。私達シャドウが血止め・解熱を行う時に、薬草の全てを使うことは少ないでしょう?」
「それは、まあ・・・」
「『毒キノコ』はともかく、『醜女・バードヘルム』のように全体に毒性がある植物ばかりではない。
むしろ『葉・実や根』などの特定部位にしか薬効はなく。その薬効も〔季節によって、新芽・古木でないと・・・〕というように条件がつく」
単純に花が咲き、『蜜』を出すのは受粉のためだ。そのため『蜜』が出るのはいくつか条件があり。年がら年中、『蜜』を垂れ流しにする植物など皆無に近い。
「とはいえ、ある程度の技能がないと『薬草の特定部位だけを採取する』『その特定部位から薬効を得る』のは難しいわ。
だからこの『遠心分離術式?』を使う。特定部位のみ採取した少量の薬草から、素人冒険者でもその場で『薬効』を抽出できるよう。
この『アルケミックホイール?』を冒険者たちに使わせましょう」
「「「・・・~:・」」」
「そんなっ!?せっかくアヤメ様が開発なさった術式なのですから・・・」
「私が一人で編み出した『術式』ではないわ。『術式』の大半はC.V.マイア殿が開発しており、私は少しばかり提案しただけ。彼女たちにも利益は分け合わないと・・・
それに本命となる『薬の素材』は、私達シャドウがいただく。冒険者が得るのは微々たるものよ」
そんな風に語り、アヤメたちは【穏健】に交渉するため冒険者ギルドを訪れた。
まあ実際のところ。『アポロン神・サイクロプス』は出番があり。昨今は敵役が多いですが、ギリシャ神話の系譜を多少なりとも受け継いでいるだけ、マシなあつかいだと愚考します。
そして巨人の里・国に『ヘカトンケイル』の系譜が登場するのは、最上級のあつかいであり。脳筋な巨人の『サイクロプス』と同様の扱いなら、そういう『世界観』と考えられます。
しかしたいていの『ヘカトンケイル』は、神代に“人食い”・『人間に関わる』類の伝承すらゼロにもかかわらず。何故か“アンデットよりおぞましい素材”で構成された中ボス敵にアレンジされ。“破壊兵器”な巨人像の『モチーフ』ならマシなあつかいというありさま。
ギリシャ神話のファンとしては、〔さすがにヒドすぎない?ヘカトンケイルに何か怨みでもあるの?〕と考えてしまいます。




