帰りの火蛇
先日、大川の一シーンが目に入り。つぎはぎ鎧に腰みの半分をつけている武者姿に、吹き出しました。
しかし考えてみれば、『武者鎧』はタダではありません。〔費え、軍資金が足りない〕と頭を悩ませている大将はともかく。浪人・次男以下の武士にとって、立派な『武者鎧』は手の届かない高価なものでしょう。
一応、戦場で倒れた者から、鎧をはいで売り飛ばす。そういう中古品の市場もあるはずですが。
それは現代の私たちが連想する、中古ショップ・骨董品店とは全く違う。おそらく江戸時代の故買屋(盗品を売り買いする店)の原型だった。闇市よりハードな商売だったと推測します。
密談を行うため展開した、『緋蛇蒼鐘』の呪術から抜け出し。配下のシャドウたちがいる会談の場へと、カヤノは五感の焦点を戻す。
意識が覚醒した状態に近いカヤノを、護衛シャドウたちが迎え。
「このヘビ女っ、マスターにいったい何をした!!」
「落ち着きなさい、ラケル。少しばかり魔術での会話が迷走しただけ。
その程度のことで、取り乱すな」
「マイア様っ!何を甘いことを言っているのです。イセリナ様は、『魔術』による干渉を受けていた。これは明らかにシャドウの裏切り行為であり、速やかな報復を・・・」
C.V.メイドのラケルが、半狂乱になって護衛のC.V.にかみついていた。
彼女からすれば、『緋蛇蒼鐘』による半睡状態は敵からの『精神攻撃』に等しく。
マイア様や重騎士たちが、それを黙認している。その状況は裏切りを連想させる“悪夢”だったに違いない。
「皆さんが動かないなら、私一人で!・・『来なさい、クァス:・-』」
「「「「「・っ!」」」」」「「「「・・-:・ッ」」」」「フゥ・・・」
「おやめなさい、ラケル!!イリス姉上の家臣に、何をする気かしら」
「っ!?マスター・・」
「〔マスター・・〕じゃないっ!私とカヤノ殿は有意義な話し合いをしていただけよ。
それをマスコットの貴女が、騒いで台無しにしたらどうなるか。
別室でよく考えなさい!!」
「・`;ー-っ」
イセリナ様の剣幕に、C.V.ラケルが涙目になる。その様子を見かねて、カヤノは助け船を出した。
イセリナ様に一つでも多く、貸しを作るための『泥船』だが。
「まあまあ。主君を案じ、心配なさるのは配下として当然のことでしょう。私は気にしていませんので、寛大な処置をお願いします」
「そういうわけにはいかないわ。新参者ということで、私はシャドウ一族に『魔導能力』で探りを入れていた。貴方たちの忠勤を考えれば、とっくに解除すべきだったのに。
派閥・権力争いを行う“貴族”と、同レベルな『内偵』を私は(シャドウに)仕掛けていた。
この場を借りて、お詫びさせてもらいましょう」
そう告げて、イセリナ様は頭を下げ。後ろに控えるマイア様、重騎士たちもそれにならう。
なおC.V.ラケルは蒼白な顔でたたずみ。〔イセリナ様が頭を下げる原因を作った〕、という自責の念で死にそうな表情をしていた。
「・・^`-イセリナ様たちの謝罪を受け入れます。これからも協力して聖賢の御方様を盛り立てていきましょう」
一方のカヤノは、内心でため息をついていた。
イセリナ様が頭を下げた理由は、誠実なため。『有意義な話し合い』に返礼したなど、いくつかある。
だが仮にも扇奈様の名代であるカヤノに、不意打ち気味な謝罪を可能にしたのは。
〔シャドウ一族を政敵・脅威と見なしていない〕・・・ためだとカヤノは感じた。
例えるなら『公爵・侯爵』あたりの上位貴族が、一代かぎりの『名誉男爵』に頭を下げたようなものであり。
〔恐れ入って、謝罪とお詫びの品を受け取ればよし。勘違いして、調子に乗れば叩きつぶす〕
それを可能とする身分差ないし、財力・人脈他の隔絶した差異が横たわっている。カヤノはそう感じ。
「・・-;+ーー;~:・・`」
「「・・・・・」」
「本日はワタシの勝手でイセリナ様のお時間を割いていただき、ありがとうございました。
私たちはこれにて失礼させていただきます」
イセリナ様のお気に入りが、本格的に泣き出す前に撤収を決断する。
イセリナ様はともかく、マイア様の目つきからも不穏を察し。カヤノはC.V.様たちの理不尽を目の当たりにする前に、その場を辞した。
『予見』の力。邪神に祈りをささげ、加護を得る『奇跡』はタダではない。『奇跡』を取り仕切る邪神官どもには相応の謝礼が必要であり。さらに邪神には、それぞれ求める『供物』をささげ『奇跡』を請い願わなければならず。
『盗賊ギルド』の隆盛により、邪神の求める『供物』はより高価なモノと成った。
かつては『清らかな乙女』をささげれば、加護どころか邪神の分身まで降臨したそうだが。『盗賊ギルド』の権力をもってすれば、清童・処女などいくらでも誘拐・繁殖できてしまい。
〔いくらでも都合できる、安モノを供物として認めるわけにはいかない〕
そんなことを言ったかどうか。邪神が求める供物は、稀少性が求められるようになり。
〔8級以上のC.V.を供物にささげよ〕、という託宣が与えられ。それを苦労して成し遂げたら、悪徳の都が一夜で落とされてしまい。
『盗賊ギルド』の穏健派としては〔ふざけるな!〕と言いたいが。まずは都市ウァーテルを奪還し、面子・資産や利権を取り戻さなければお話にならない。
加えて〔何としても侍女シャドウのカヤノを殺せ。幹部のシャドウ・C.V.を討ち取れないなら、せめて分岐点の人材を屠って自らの力を示せ〕、と言われれば。
暴力の裏社会で生きる者が〔できません〕などと言えるはずもなく。
「奴らは『外交交渉』とやらで、疲労困ぱいしている。その程度も討てずに、刺客名乗れない」
「「「「「承知っ!」」」」」
かくして侍女シャドウたちの帰り道を、刺客たちは狙う。あえて山砦の防衛戦に遊撃をしかけることで、シャドウの危機感をあおり。
〔姫長が狙われている。護衛を増やさなければ。:それより遊撃・暗殺を仕掛けられたシャドウのメンバーを守る必要がある〕
こんな感じに、シャドウの本隊をかく乱する。一方で敵対派閥のC.V.と会談を行う、外交官モドキの侍女シャドウは予定を安易に変えられない。
まさか〔山砦攻略で遊撃部隊がいたから、怖くて会談をキャンセルします〕、などとは言えないだろう。
かくして暗殺者の精鋭は、本命の標的を狙う。シャドウの乙女なら、『首・心臓』だけでも十分、価値のある『贄』となる。
そうなれば当分の間、『予見』の奇跡を安く利用できる。“奴隷の子供”をささげるだけで標的の情報を入手できるだろう。
『狐焔鍾』
「「「「「gyギャ、^;--ーー」」」」」「っ:コ、かhぁ!」「殺せ、コrお+*」
それなのに部下たちが命乞いをしている。それは単なる敗北より悪い、悪夢の始まりだった。
〔戦場で倒れた武将から鎧をはぎ取り、転売する〕知識としては、ずっと前から知っていますが。
先日『つぎはぎ鎧』を拝見するまで、その実態について想像すらしていない。甲府近くの御曹子と同レベルに、〔死体から鎧をはぐのは、地獄絵図だ〕と考えていました。
〔鎧をはぎ取り、転売する〕言うはやすしですが、それは〔お尋ね者になる〕と同義語ではないでしょうか?
一度の戦で、一つの勢力・一族が全滅するなどということはなく。『はぎ取られた鎧』を取り返すべく、忍者が雇われたり。賞金をかけて『鎧』を回収する。
そうやって〔先代武将の鎧を得た者が、跡継ぎ争いで有利になる〕ぐらいのことはあったと愚考します。
そしてそういう権力争いが無く。単なる中古品として『武者鎧』が売られたとしても。家格はあるけど貧乏な武将の次男以下の前で、身分は低いが金はある地侍が立派な鎧を着る。
どう考えても嫉みそねみの対象でしょう。闇討ちはともかく、最前線送りか殿を命じられるか。冷や飯食いの僻地送りもあり得ます。
これらはあくまで私の推測ですが。〔戦死した武将から、鎧をはいで売り飛ばす〕のは安易な転売はできない。『古着』はともかく、出所がまずい『鎧』は相応の手順が必要であり。
少なくともはぎ取られた『鎧』を、再加工する『鍛冶師』は必要だったと愚考します。