ハナシ合う火蛇
獣と比べ、人間は大きく身体能力で劣ります。ですが惑星改造人によると、『投げる力』は人間のほうが獣より勝っているとか。その理由として〔手首のスナップが優れている。指の握り・掴みを精密に操作できる〕からとのこと。
指がない獣に『投石・投擲』はできず。『猿』には指があっても、握りが甘い。手指の握りに隙間があって、『投擲』の際に力の伝導が十全にいかないそうです。
そのため使える『道具』も猿・類人猿では限度があり。手の平で『水』を満足にすくえない。生命活動に必須の『水』を、摂り、蓄え、計量することもできない。せっかく『大河』の側に住んでいても、『水資源』を有効活用できなかったと愚考します。
秘匿会話用の呪術『緋蛇蒼鐘』を使い。さらに二重起動した『蒼鐘緋蛇』によって、カヤノはイセリナ様と内密の話を行う。
その内容は主君である聖賢の御方様に逆らうに等しい。その意に反し、行動を妨げることだった。
「イリス姉上が〔お隠れになる〕になるですって・・戯れ言にしては笑えないわね」
「実際に〔お亡くなり〕とは考えておりません。ですが『死の偽装』を行ってでも、行方をくらます確率は高いと推測いたします」
「そうして主を失い混乱する勢力を、姉上の血族である私が引き継ぐ・:-と。
ちょっと想像できないわね」
「シャドウ一族も同様でございます。ただ聖賢の御方様なら、波風を立てずに報賞を用意する手段など、いくらでも思いつくでしょう。
それなのにイセリナ様が露骨に、シャドウ一族の財務をも取り仕切るに等しい。現在の方法をとるのは不自然でございます」
シャドウ一族と陸戦師団。二つの軍団が得た戦利品は、全てイセリナ様が預かり換金を行う。そうして得た資産を『報賞』として分配するわけだが。
換金の手間はタダではない。当然、イセリナ様は手数料を得ており。それだけでもシャドウ一族からすれば、〔手柄・戦利品を横取りされている〕感じがするだろう。
さらにイセリナ様は『資産運用』に有用な情報収集を行う、『魔導能力』を行使するため。
同じ給料・報賞をもらっていても。イセリナ様の配下である陸戦師団のほうが、圧倒的に裕福であり。同じように働いているシャドウたちからすれば、“不公平”を強く感じるのだろう。
「言っておくけど。『重装備』を用意しつつ、文官としての教育も並行して行う。
そんな重騎士たちの練度を維持しつつ、彼らに見合う報酬を用意するとなると。シャドウと同じ予算では、とても足りないわ」
「承知しております。そもそも『陸戦師団』はイセリナ様の私兵なのですから。
イセリナ様の財貨によって、維持するのは当然であり。貴女様の技量で軍資金を増やすのも、誰はばかることありません」
ただし人間は感情の生き物であり。『組織』は、そんな人間の集合体だ。
一定の配慮は必要ですし、やり方というものがあります。
「戦利品を聖賢の御方様に全て一旦、献上する。それからイセリナ様が預かり、『資産運用』で増やし。それを聖賢様が召し上げ、報賞として下賜する。
この工程を形だけでも成せば。公平感が産まれ、一族の不満もだいぶおさえられるはずですが」
「姉上に〔面倒な『論功行賞』を行え〕と言う気?」
「『論功行賞』の成否は、組織の命運を左右する大事でございます。その大事を聖賢様、御自身に主動していただきたい。
忠誠を誓う配下でしたら、そう考えるのは当然でしょう」
しかし実際のところイリス様は、その義務を放棄している。暗愚ならそういう間違いもあるのだろうが。
聖賢の御方様にかぎって、そんな考え無しはあり得ない。カヤノの忠誠は扇奈様と一族が最優先とはいえ。そのくらいには聖賢の御方様を信頼している。
「・・・私にトップの座を譲る。その下準備として、報賞の差配を行わせていると言うの?」
「私はそう考えております。今からイセリナ様が『報酬』を払う前例を作っておけば。後にイセリナさまが『俸禄』を与える流れにつなげやすくなります。
そもそも扇奈様では、戦に勝てても金策・政治はできません。
ならばイセリナ様が、莫大な財貨で『忠誠』を得るのは打倒なことでございましょう」
まあ実際のところ、都市ウァーテルやC.V.さまと【親密】になったシャドウも少なくない。彼らは都市ウァーテルに残し、扇奈様やカヤノたちは去ることになると見ている。
「『蒼鐘緋蛇』の中では予測演算は使えないけど・・・貴女の懸念はもっともね。
だけど姉上の意思は全てに優先する。そもそも説得の術があるのかしら?」
「ごもっともでございます。私ごときが聖賢様の願望をねじ曲げるなど、僭越というもの。
そもそも〔シャドウ一族が発展するため、どうかお側にいてください〕などと、言えるはずがございません」
いくら建前を述べようと、カヤノの本当の望みは扇奈様の幸福だ。それは切りが無い要求の連なりであり。主君であり『戦争種族C.V.』であるイリス様に、依存して果たせるモノではない。
「そこまで理解しているなら、イリス姉上の意思を変えるなど不可能でしょう」
「はい、イリス様を説得するのは不可能です。
しかしイリス様を取り巻く状況に変化をもたらす。聖賢の御方様に指示を出している、上位C.V.様に『損得勘定』を行っていただくのは可能かと」
「ッ!?・・よく、そんなことを知っているわね」
イリス様に命令を下している、上位C.V.がいる。心の底から〔聖賢の御方様〕と崇拝している者には想像の埒外であり。姉上様を第一の主君を考えておられる、イセリナ様は認めたくない事実でしょうけど。
イリス様に対し微妙な忠誠心を持つカヤノは、彼ら忠誠の士とは別の視点を持つ。
そもそも魔導師団長クララ・レイシアード様の言動を分析すれば。〔『ティアマトの卵』を侍女シャドウのユリネに与えた〕(他派閥に『魔竜鬼』を与える常識外れの)所業を知っていれば、造作もない推理であり。
加えて一族の男性に執心している遙和様、アン様の気配や(勝手な)言動を観察すると。
イリス様は彼女達の言動に、逐一干渉できる立場ではなく。
『戦争種族C.V.』という『軍事組織』において、イリス様は大王・将軍の階級ではない。
戦闘力・魔術の両方に優れ、カリスマもあるものの。まっとうな勇者のように使われる。
必要ならば賢王の役割を演じる実力者とはいえ。常人とは感性の異なる賢者であり、理不尽な勇者を兼ねる。そのあたりがイリス様の正体でしょう。
「C.V.様たちの言動から、私が勝手に行った妄想でございます。勘違いでしたら、申し訳ございません」
「・・:・まあ、貴女の勝手に考察したコトに目くじらを立てる気など無いわ。
だけどその『推理』で、姿を見せない。連絡手段もない、上位C.V.様たちの思惑を変えることができるかしら」
カヤノの“妄想”を『推理』に変換し。〔上位C.V.様が複数人、存在する〕とイセリナ様は仰った。
カヤノの推理は当たったわけだが。
あいにく探偵物語のように、推理を披露したり。情報収集を行うわけにはいかない。
イリス様は〔重要情報をのぞき見た『観察者』には、命で払ってもらう〕と申されている。
確認するまでもなく、上位者も同様であり。高確率でさらに苛烈な制裁を行う。
うかつな“小細工”は、シャドウ一族をも破滅させてしまうでしょう。
〔『原(始)人』より身体能力で劣る、『新人(類)』が生存競争に勝てた理由。それは信仰心があって団結したから〕
そういう『学説』があるそうですが。古代人類の『団結』とは、どういうことでしょう?宗教関係者なら〔一緒に祈り、心を一つにした〕で満足するかもしれませんが。
いくら『原人』の知性が低くとも、群れで狩りを行う“獣以下”ということはないでしょう。
加えて『新人』の知性が高く、団結したとしても。現代の指揮官から見れば、未熟な古代王朝の“戦術?”より。さらに数段劣る“連携?”を行うのがやっとだと愚考します。
そのため作戦を立てて、『新人』が『原人』を圧倒するのは厳しい。例えるなら『リカオン』の群れが賢くとも、『ハイエナ・ライオン』の巨体・群れを圧倒するのは不可能ということ。単純な暴力・戦闘力では『新人』は『原人』に勝てないはずです。
とはいえ私は別に〔『新人』が団結の力で、『原人』との生存競争に勝った〕ことを否定する気はありません。ただし未熟な『戦術』ではなく、『戦略?』で勝利したと愚考します。
まず古代において、『火』は色々と有用であり。その維持管理を行うのに、『新人』の気質(信仰)・家族が適していた。
そしてもう一つが〔傷病人に『水』を与えて回復させたこと〕です。“その程度”とは言うなかれ。
『獣』では〔傷口をなめて消毒する。寄り添って体温を分け与える。エサを持ってくる〕の3点で、治療行為が終わっており。それらの治療が有効な場面は限られている。原則、『自力再生』と言っていい。そして手の平で水をすくえない、『原人』も似たようなものだった。
一方の『新人』は〔仲間から傷病人に対し『水分補給』を行う〕という。治療の基礎から始まり、それを発展させていった。
かくして『新人』の人数は増えていき、『原人』を圧倒した。加えて『原人』たちは、疫病・野獣からのダメージを回復できず滅んだ。
こんな古代史があったかもしれない・・・と妄想したのですが、いかがでしょう。
とりあえず〔信仰・精神論だけで生存競争に勝ちました〕で完結している説には賛同できない。その理屈なら〔一向宗が戦国時代を統一できたのでは?〕と愚考します。
お知らせ:申し訳ありません。2章の『投石の機動』を決着させる、改稿に失敗しました。彼女の『切り札』は決めているのですが。ソレを出すと、後に出てくる『術』が陳腐になってしまうという。ジレンマに陥っています。(未熟な黒歴史の修正に失敗したとも言います)
当分、週二回の更新を行い。『論功行賞』のほうを優先します。