噛みつく火蛇
『雷の神格』が零落した。『雷』は怪異・大怨霊の出現する、前兆や攻撃手段と化した。
その原因は〔日本で木造建築が発展したから〕だと愚考します。
『木造建築』が発展しなかった、海外ならば。『ゼウス・インドラ・トール』などの『雷神』が、『最高神』やそれに準ずる『上位神格』の地位を維持できました。
しかし日本の場合は、『木造建築』の文化・技術が発展し。『落雷』によって、『木造建築物』が火事になれば。『雷』は災厄以外の何物でも無く。その結果、日本における『雷の神格』は地位が低くなっていったと愚考します。
『火』も木造建築を燃やす、災いですが。『火』は生活に必須であり。暖を取り、命をつなぐ大事なものです。中世あたりまで、その信仰が揺らぐことは無かったと推測します。
山から利権を得るべく、扇奈は一族を率いて出陣する。その山には急造とはいえ魔術要塞が建造されており。山を支配下に収めるため、シャドウ一族は敵の『罠・待ち伏せ』を打ち破った。
そして数時間後・・・
〔これは・・まずいわね〕
山砦陥落の伝令を送ってから、扇奈は内心で頭をかかえていた。
圧倒的な戦力をもって、味方に被害なく山砦を落したのはいい。ユリネと『水那』二人の活躍はいちじるしく。〔風属性(旋風閃)こそ至高だ!〕などと声高に叫ぶ者も、『水属性』の有用性を認めざるえないだろう。
世間一般の将なら、大勝利と言える。
しかし山砦にある『自爆機構』と『宝物庫』が問題だった。
〔汐斗が『自爆機構』を凍結・封印する『術式』を使うことが知れ渡れば。厄介事は避けられない〕
稀少な『術式』を学ぼうと、C.V.勢力が接触してくる。『自爆装置』を封じる厄介者として、刺客を送られる。
あるいは〔『迷宮』が自爆するのを封じて、その宝物を根こそぎ得よう〕などと言う。冒険者の類が現れるか。
そしてそれらすべてをひっくるめたより、厄介なのがC.V.アンの存在だ。汐斗に懸想している、彼女の実力は底が見えず。
アヤメからは〔絶対に探りを入れるな。可能な限り、距離を置き。もし関わったら【誠実】に対応すること〕・・・と周知徹底されている。
そして扇奈にとってもう一つの悩みの種が、山砦の内部から発見された莫大な『財宝』だ。
〔そもそも軍事施設の山砦に、『宝物庫』があるなんて不自然すぎる。
まるで私たちに「宝を奪ってくれ」と言っている。あるいは「宝を物色して、厄介事にまみれろ」という悪意を感じるわ〕
もし汐斗が『一凍刃』で『自爆機構』を凍らせなければ。『宝物庫』を物色しているシャドウたちは、『自爆機構』による崩壊に巻き込まれたかもしれない。幸い、そうはならなかったものの。
〔既に報告された宝物だけでも、莫大な量になっている。これをいつもどおり財務C.V.に預けて、換金するのは無理でしょうね〕
一般的なヒトの軍団ならば。略奪したモノは、略奪を行った兵の所有となり。それに“難癖・軍法?を反故にして”権力者が略奪品の上前をはねる。
それに対しマスターの軍勢は、敵勢力から奪った財貨のほぼ全てをイセリナに預け。金策・交渉に長けたイセリナが、預かった財貨を運用して資産を増やす。
〔かなりヤクザな商売を行っているそうね〕
〔失礼なことを言わないでもらおう。これは『投資』と言うのよ〕
〔“詐欺商売”は『投資』と言わないでしょう〕
〔まあ奪われた財宝を、持ち主に返却する。その貸しを利用して、断れない商取引を結ぶ。
それを“詐欺”とは一応言わないよね〕
〔・・^・・〕
〔だけどねイセリナ・:・相場の『情報操作』をしたり、暴落させて商会を破産させる。そういう荒稼ぎは、そろそろ止めた方がいいと思うな〕
〔すみません、姉上。狭い領地でボス猿よろしく経済を牛耳っている。“重税”を課し、奴隷商人を放し飼いにしている連中を見ていると。つい・・・〕
「つい」で『魔導王の黄金』を使われてはたまらない。
“窃盗・詐欺や略奪”など、不当な手段によって財貨・情報の所有が移動することを条件に発動する。イセリナの『魔導能力』は、『奪われたモノ』を楔にして。盗賊・悪漢たちからあらゆる『情報』を抜き取ってしまうのだ。
財貨は『釣り針』に、情報は吸血鬼の『呪牙』と化し。悪徳の住人たちを知らぬ間に、情報提供を行う“下層吸血鬼”に貶めてしまう。
現状、『ソロモンゴールド』は“盗賊”から前科・被害者の情報を抜き取り。裁判を公平かつ円滑にすすめ。被害者救済を行いつつ、イセリナは人脈を急拡大させている。
無論、名声に関してはイリス様に配慮しているが。扇奈は政争・経済力で、イセリナに勝てる気がしない。特に財政面において、シャドウ一族はイセリナに“飼われている”状態だ。
〔何とか財政面で、自立したいけれど。その件は慎重に行わないと〕
降って湧いたような、山砦の財宝に頼って自立できるほど。イセリナと『魔導能力』は甘くは無い。
そしてシャドウ一族の少なくない人数が、そのことを理解せず。無謀な独立を行おうとしている。
扇奈は内心で、頭をかかえるしかなかった。
山砦の内部にある宝物庫。そこでは狂宴が催されていた。
「ヒャッハァーー!金貨だ、金貨の山だ!!」
「そんなモノより『宝石』だろう。見ろ、この輝きを!」
「これで・:これで貧しい暮らしとはオサラバ!魔術装置のある家で、貴族の暮らしを^`・」
文字通り財宝の山に、シャドウたちが狂喜乱舞する。各自で物欲を刺激する『宝』を袋・箱に詰め込み。『誰か』が来る前に、一つでも多くの財貨を運びだそうと、手足を動かし続け。
「・・/:>-^~、もういいわ。『お宝』を元の状態に戻しなさい」
「「「かしこまりました、カヤノ様!」」」
侍女シャドウの一員、カヤノの一言で三文芝居の幕を降ろした。
「何だか“盗賊”にでもなった気分ですね」
「このようなことに、一体何の意味が・・?」
「黙って働きなさい。カヤノ様には深いお考えがあるのよ」
子飼いの部下たちの声を聞き流し、カヤノの感覚は『呪力』の逆探知に集中する。
『呪力』は精神負荷と魔力を混ぜて、練られ。長期間・長距離に作用する、『呪術』の薪となる力だ。
かつては他人を苦しめ、呪い殺すことにも使われたそうだが。『魔力』を視えるC.V.様たちによって、『呪術』は看破されてしまい。現在、“呪殺”が行われることは無くなったとか。
〔だけど『呪術』は消滅したわけではない〕
扇奈様の側近シャドウとして、カヤノが『呪術』を使うのは別に才能があるからではない。『呪術対策』をしないと、間接的に殺されてしまう。一族に不幸をもたらし、確実に厄災を招く。そんな『呪術』への魔除けとして、カヤノは『呪術系統』の能力を得て。
「・・+:/やはりね」
カヤノは予想していたモノを感知する。宝物庫の中で行われた三文芝居により、仮とはいえ『物欲』が発露された。
それにより財宝にかけられていた、呪術の『楔』が大騒ぎを行った標的たちへと向けられ。
『緋水晶』
カヤノは呪術の『楔』を灼く。いかに大呪術とはいえ、標的を特定する感覚器は繊細にできており。その箇所を解析できれば、カヤノの技量でも『解呪?』は可能だ。
『火口に藁を 火床に灰を 生じて鎮まる火勢は命脈をつなぐ 緋円蛇!』
続けて呪いの残滓をあえて活性・肥大化させ、財宝にかけられた『呪術』の解析を行う。ロウソクの灯火と同様に、呪いが最期の焔を放ち。その焔をカヤノは呑み込んだ。
「さて・・それではイセリナ様をお迎えに行きましょう」
「っ!?よろしいのですか?」
「姫長様に報告は・・・」
「・:ー~・・」
「扇奈様にお伝えすることはできない。それと貴方たちの命をささげてもらいます」
「「「・・・承知っ」」」
実際のところ首が飛ぶ可能性が高いのは、カヤノ一人だが。部下たちに覚悟を強いてから、カヤノは一族の政敵と会談すべく思考を組み立てていった。
火事の災い・暖の恵み両方をもたらす『火』と比べ。『落雷』は木造建築に火災をもたらし、人を感電死させる。
災いばかりもたらす『雷の神格』が不人気になるのは、自然なことであり。その眷属・分身が『怪異』として扱われ。
『日本の雷神』が主役となる。『加護』を与える物語が創られず、マイナー化したと愚考します。
そもそも『雷』が落ちるような、『木造建築』を建てられるのは権力者たちであり。彼らの『建物』が落雷によって被害が出れば。
〔邪悪な怨霊が『雷』を落した。いつも祀っている神様が『雷』を落すはずが無い〕・・・と声高に叫び。自らが被害者だとアピールしたでしょう。
それは“重税”さえかけてなければ、悪いことではありません。何故なら権力者が『神罰の雷』を受けたとなれば、悪者あつかいされ政情不安になったり。
〔家来・大工が不埒なことをしたから、『神罰の雷』を受けた。責任を取れ!〕・・・などというように。罪?・責任をなすりつけた可能性が高く。
これで『日本の雷神』が人気を維持できるはずがありません。
他にも『落雷』によって、高価な建築材料となる『大木』が燃えた。大事な『木』の生えた森に被害が出たとなれば。金持ちや、その下で働く人々が〔『雷』は尊い〕などと考えられるはずもなく。
最悪、権力者に〔大木を切り倒して持ってこい。できなければ重税だ〕などと命じられた時に、『雷』の被害が出れば。人気どころか、憎しみの対象になりかねません。
こうして日本の『雷神』は、残念なことになったと愚考します。いくら『鬼』とはいえ、妖怪太郎の悪者に『雷神』が登場したのも、〔やむなし〕ではないでしょうか。