旋天の一石
『地母神ガイア』の息子である上位『単眼巨人』。そのネームバリューは日本ではとても低く。『上位』サイクロプスと言われても、大半の人がピンとこないでしょう。
日本で『サイクロプス』と言えば、人食いの脳筋巨人であり。海神の系譜で、島で暮らしていたほうでしょう。
トロイア戦争で活躍した『英雄オデュッセウス』とその部下たちを捕らえ。食い殺そうとした。人語を解するとはいえ、その所業は悪鬼のそれであり。
まさにモンスターと言えます。
シャドウ一族を束ねる扇奈にとって、アヤメは無二の腹心だ。
遠慮のない意見を言い合い。心情を吐露できる、親友であるのに加え。
とにかく強い。魔力こそ平均より少し上という程度だが。あらゆる戦い・局面で重要な一手を、考え実行する強さを持つ。
長老たちとの政争・C.V.勢力との駆け引きから、後進の育成まで。表裏の戦場・怪物狩りなどの『死闘』に関しては、数えるだけ無駄な。『切り札』の二文字がぬるい懐刀だ。
しかしアヤメには大きな欠点がある。いつまでたっても子供の感覚がぬけない。
大人として〔手柄を立てたら、褒賞をもらう〕という、常識ができていない。
そのためアヤメの立てた手柄に比べ、得た恩賞は圧倒的に少なく。
扇奈としては、〔大金が必要になったとき〕〔傷病で動けなくなったとき〕どうするのか。心配でならない。
〔というかアヤメに寄生して、厄介事を押しつけている。そんな現状に耐えられない〕
組織のトップとして、扇奈が“厚顔無恥”の所業・言動を行ったことは一度や二度ではない。
だが親友に対して、恩賞を踏み倒したに等しい。一族の権力バランスを保つことを優先して、論功行賞を行うのは心底ウンザリだ。
〔だから何か欲しい物を言いなさい。一つぐらいあるでしょう?〕
〔そう言われてもね。長老たちが言うように、一族のために働くのが喜び?なのよ〕
〔貴女ねぇ・・・〕
こんな感じで、今までアヤメは恩賞を受け取らず。
〔だけど今回、ようやく隙を見せた。
アヤメ・・貴女の欲を刺激するモノを、私は絶対に用意して見せる〕
かくして〔アヤメvsアンによる贈り物の競合〕は、あさっての方向に『飛び立つ』ことになる。
「イリス様、少しよろしいでしょうか?」
「・・扇奈?いったいどうしたの」
「本日は『提案』と、その許可をいただきに参りました」
「・・・聞こうか」
アヤメの『喜ぶモノ』を造るにあたって。扇奈はまず都市ウァーテルの支配者であるイリス様に面会を求めた。
それに対し、マスターは快く応じてくださり。
「何の用かしらっ!・・・今は仕事中なのですけど・:`;」
敏感に殺気を感じとり。扇奈にかみついてきたのは小柄なメイドC.V.だった。
9級水属性のC.V.ラケル・ファフニーと言ったか。C.V.イセリナの側付きであり。パーティーリーダーの政敵である、扇奈にわかりやすく殺気を飛ばしてくる。
扇奈にとってはカワイイC.V.であり。今後、お世話になるかもしれない水属性のC.V.術者だ。
だから姫長としての親愛をこめて、スマイルを送る。
「・・‘`ッ!?ーー^~;」
血に飢えた魔獣と遭遇した、表情を向けられた。扇奈はマスターに誓って、ラケルを害する気など欠片もないのに。ひどいあつかいである。
「ラケルちゃん。向こうでお茶とお菓子の準備を、お願いできるかしら」
「ハイっ・・ただいま、すぐにっ・:;」
そんなカワイイC.V.が足早に去ってから。
「それで、いったいどんな『戦争(提案)』なの?」
「マスターまで、そんなことを仰るのですか・・・」
「違うの?割と殺気の風がダダ漏れだけど」
「違います。国家間の勢力図を変えたり。商人たちの利権を脅かすことは一切しません。
ただそろそろ“山賊”たちに引導を渡したいだけです」
山賊退治。それはシャドウたちが定期的に行っている『治安維持』であり。街道の安全を維持するとともに、商人たちへの人気取りでもある。
商隊に被害が出る、はるか以前に山賊狩りを行う。隠れ待ち伏せする山賊たちを、壊滅させ白日の下にさらす。
それにより大きな商隊は、護衛への報酬を商取引に振り分け。個人の行商人も、安心して商売に集中できるようになった。
無論、職を失った傭兵・冒険者たちはいい顔をしなかったが。“山賊”に転職する連中を、速やかに容赦なく掃討し。
C.V.イセリナが雇用情報を知らせ。移動手段(駅馬車)をC.V.技術で改造し、その料金を補助する。それにより働き口が増え、広範囲に人々が移動できるようになり。
“悪徳の都ウァーテルのほうが良かった”という声は聞こえなくなった。
「山賊狩りなら、いつもしているんじゃないの?」
「はい。ですが“盗賊ギルド”があるかぎり。戦や貧困があるかぎり、山賊たちが完全に消滅することはありません」
「それはねぇ・・・(どうしようもない)」
「ですが(シャドウ)一族の大半を、永久的に山賊狩りをさせる。御下賜くださった『錬金術式』を使い。研究・商売をしながら、山賊への警戒を続けるのは非効率的です」
「・・・・・確かにね」
『兼業』と言うだけなら、たやすいが。人の才能には『容量』というものがあり。一芸に秀で、集中したいという者も多い。
例外的にC.V.種族は『武術・魔術』のどちらも併せて使える・・・と錯覚するが。あれは高度な教育システムのたまものであり。シャドウと同じ条件なら、先程のラケルあたりは魔術しか使えないと、扇奈は見ている。
「そこで“山賊”どもは、『山城の疑惑』を使い。“人類の敵”に墜ちてもらいます」
「『山城の疑惑』ね。たしか軍事拠点のせいで、狩猟・移動が不便だった・・・かもしれないという話だったかな?」
「はい、マスター。もちろん証明手段のない歴史書の話ですので。
普通なら、この周辺では関係のないことです」
ただし“人食いモンスター”がいるなら、話は違ってくる
そもそも『人食いモンスター』がいる山中に、盗賊の落伍者がいる。拠点をかまえ、暮らしているのは不自然だ。単なる獣なら、追い払うのは可能だとしても。
“タチの悪い邪神”の加護でもあるのか。あるいは高額・邪法の『魔物除け』を大量に使って、魔物を退けているのか。
詳細は扇奈の知るところではない。
「ですがかつての『山城』のように。『モンスター』たちの移動を、“山賊アジト”が阻害する。
エサ場・水場を“山賊”どもが利用することにより。『人食いモンスター』が街道に迷い出てきたり。村落の周囲で食料採取を行う、幼子たちを襲っている。
そんなことを*愚考するしだいです」
「・・・・・ふうん。とってもオモシロイ『推論』だよね」
その瞬間、扇奈は『鏡』を目の当たりにした。先程、ラケルが扇奈の殺気をどう見ていたのか。
よく理解できる激情がマスターから放たれ、凝縮される。
「まあ、あくまで扇奈の推論だし・・・情報の裏付けを取ってもいない。これからゆっくりしっかり、実地のデータをとる/壊滅決定だね」
「マスターの御心のままに・・」
「とりあえずこの件は、主要な幹部も集めて対応しよう。
ところで扇奈は“山賊”を人類の敵あつかいして、壊滅させた後のことも考えているんだよね」
「はい、実は・・・」
扇奈の計画が、聖賢の御力によって練り上げられていく。
そう確信しながら、扇奈は自らの渇望を述べていき。
「全て承認するよ。資金はボクの金庫から、いくらでも出す。
思いっきり、徹底的にやっちゃって」
「ありがとうございます」
こうして計画は動きだした。
『英雄オデュッセウス』が故郷に帰るまでの冒険・・・というより艱難辛苦の物語である『オデッセア』。その中でオデュッセウスたちを捕らえ、食おうとしたサイクロプスはまさにモンスター・・・と言いたいですが。
しかし何か忘れていないでしょうか?それは『トロイア戦争』であり、そこでギリシャ軍がやらかしたこと。“オデュッセウス”がトロイアの都市を破壊し、略奪を行ったことです。
トロイアの都市群は『海神ポセイドン』が守護しており。トロイア文明を滅亡させたギリシャ軍は、海神および眷属たちの絶対に殺すリストに乗っているわけで。
トロイの木馬など。トロイアを滅亡させる、様々な策をねった『オデュッセウス』はその中でも怨敵のトップでしょう。そのため海神の眷属『サイクロプス』が、『オデュッセウス』たちを害するのは当然のことであり。
因果応報・自業自得な『海賊の戯言』に怪物あつかいされる筋合いはない。
そんな風に愚考します。