ゆらぐ計画
天災を『神々』、過酷な自然現象を『怪物』とするならば。
ギリシャ神話の『カリュブディス』はそのまま大渦モンスターであり。『スキュラ』は暗礁・岩礁がモンスター化したもの。
そして『セイレーン』は突風・突然吹き付ける強風を、モンスターに見立てたものでしょうか。
古代ギリシャの航海術・造船技術では、地中海でも普通に遭難したとか。そのため今の船なら問題のない突風の吹く海域も、古代では遭難しかねない難所だったでしょう。
そんな強風と風音への畏れが、『セイレーン』という海神の眷属を生み出したと愚考します。
『借金奴隷』を大勢、ウァーテルに流入させた。不穏な動きを見せたマネス商会に対し、イリスたちは多角から大量の情報を流す。
まともに商売をしている店なら、〔そんなニュースがある〕〔儲けに活かせるか、否か〕で済むことも。“盗賊ギルド”と契約しているマネス商会はいちいち調べ、対策を練り、連絡員に伝えなければならず。
こうして馬脚を現したマネス商会は、四凶刃の藤次によって締め上げられた。
それから数日後・・・
「今日は忙しいところを集まってもらい、礼を言います」
「「「滅相もございません」」」「聖賢イリス様の呼び出しなら、いつでも時間を空けましょう」
C.V.イセリナ・ルベイリーの前に、ウァーテルで商いをする大店の責任者たちが集う。彼らは比較的、まっとうな商売を行っている者たちであり。暗殺者の類に依頼すればどうなるか、知ることができた。そうして生き残れた幸運な者たちだ。
ただし今日集まった者たちの額には冷や汗が浮かんでおり。愛想笑いもぎこちない。
そんな商人たちを安心させるべく、イセリナは穏やかに語りかける。
「先日、通達した扉の『鍵穴』をふさぐ不届き者ですが。原因は『鍵開けの術式』を仕損じた者のせいだと、判明しました。
今後はこのようなことは無い。万が一があった場合は政庁で対応すると約束しましょう」
「・・おおっ!」「これで冒険者に依頼する必要もないっ・・」
「「「良かった、ヨカッタ・^`・」」」
商人たちのセリフとは裏腹に、その表情がはれることは無い。そんな商人たちにイセリナは望むモノを与える。
「それと残念なお知らせがあります」
「「「「「・^^・ッ!!」」」」」
「一部の商人が『借金奴隷』の苦労を知らず、悲哀を理解せず。詐欺師に近い連中の甘言に乗り。都市に不利益をもたらそうとしました。
彼らには『借金奴隷』の危険を理解してもらうため、別室で座学を受けています」
「「「「「・・-ー・・」」」」」
「彼らと何らかの取引きがある者は、数日中に申し出てください。損失は政庁が補填しましょう。
それと親類縁者を罰する気はありません。経営に関わっていない嫁・子供は親族で引き取るように。
もし、持て余すようなら私達が引き取りましょう」
「「「・・・フゥ」」」「格別のご配慮、ありがとうございます!」「このご恩は必ず・・・」
権力者の言葉を聞いて、ようやく商人たちに安堵の色が広がる。商人の資金力で動かせる武力・権力には限度があり。それが一切通用しないことは“悪徳の都”が陥落してから、よく知れ渡っている。
よって現在のウァーテル上層部が〔連座制で親族・商売相手も罰する〕と言い出せば。
生き馬の目を抜く商売の世界で生きた者たちは、大半が罰せられかねない。
商人たちは胸をなでおろし。
〔“ウソだぁーー^;`、こんなバカなことが、ガ・・・--”〕〔“イ`サマだ*/:`、”〕
〔“あん/^*あったカネがっ!?:*・・:ーー~認めっ・:+;”〕
「「「「「「・・・・・+:」」」」」」
どこからともなく聞こえてきた叫びに、凍りついた。
そんな商人たちにイセリナはヤサしく説明を行う。
「言い忘れていましたが。座学に興味がある方は、いつでも別室に案内しましょう。
少しおイタが過ぎた者たちには、『合法的』にゲームを行い。幸運の女神が微笑めば、今回はお咎め無しという・・・C.V.裁判を行っています」
「「「「「・・・・・」」」」」
「もちろんゲーム初心者の者に、本気を出すなど大人げないですから。しっかりハンデをつけて、勝てば大金を得られる。(戦争種族の)ルールを丁寧に説明しています」
「「「「「・・:^;/*・・」」」」」」
言の葉とは裏腹に、イセリナは殺気で雄弁に告げる。
〔罪人に勝ち目など一切無く。不届き者を逃す気など全くない〕・・・と。
「まあ〔他人に迷惑をかけない〕という、大原則を守っている商売人には、必要の無い“座学”にすぎません。
それでも興味がある方は、“別室”に案内しましょう。その情報を高く買う賊もいるでしょうし」
無論、そんな商人は1人としておらず。彼らはその後、本業にまい進することになる。
治安が良く、流通の一大要衝で、司法も(他国に比べて)公正なのだ。普通に商いをすればいくらでも儲けられるのに、C.V.勢力と敵対して破滅などしたくない。
誰もがそう考えるのは、当然のことだった。
一方、その頃・・・
「さあっ、買った、買った!」「そんじょそこらの、安物と一緒にするな!」
「酒のお供、旅のお供に、買ってくださー~い!」
「何だこりゃ?」「おいおい・・」「お前ら、頭は大丈夫なのか?」
市場の片隅ではこんなやり取りが交わされていた。
もう少し詳しく言うと。布をしいた最低限の露店で、孤児たちが『干し魚』を並べて売り出し。
大人たちがその『干し魚』を、首をかしげながら冷やかしていた。
『干し魚』:魚を塩水に漬け、干した物である。はっきり言って、美味しくない。魔術の力を使わず、内地で魚を食べる数少ない手段と言える。まあ水槽・氷を用意して『魚』を内陸部に輸送するくらいなら。魔術で運んだほうが、ずっと安くつくだろう。
戦乱・海賊連中のため製塩を行う余裕がなく、塩が足りなかったころ。『塩分』をとるため、とにかく海水に浸し。塩の塊に近い魚を乾燥させて『干し魚』と言ったとか。
「まったく。魚なんぞ海からとればいいだけだろう」「酒と一緒に食べるなら、ハムだろうが」
「そんな贅沢ができるか。干し肉こそが旅の御馳走だろう」
「「「ハァ・^・」」」
言いたいことをしゃべる、冷やかしに対し。子供たちは“カワイソウな者”を見る目を向け、ため息をつく。その“憐れみ”に満ちた視線に、気付いた大人の目が険しいモノになり。
「ガキがっ!生意気、言ってるんじゃねぇっ!」
「何も言って無いけど」
「その目は何だっ!!」
「そりゃあ、オッサンたちが物知らずだからね。おかげでオイラたちは御馳走を食べられる」
そんなやり取りから、間をおかず。青色の髪を伸ばした、女性がやって来る。その背には寸胴が背負われ、両手には薪・野菜の束があった。
「「「アン姉ちゃん!」」」
「さあさあ、可愛い子供たち。お魚スープを作るから、手伝ってね」
「「「「「ハ~イ」」」」」
水属性C.V.アンの指示に従い、子供たちがスープを作る準備を行う。火をおこし、野菜を切り。
その間、アンは『干し魚』を戻す調理に取りかかる。
『干し魚』はまずい。その理由は多岐に渡るが。
その主な原因は“料理をしてない”“保存を最優先にして、味にリソースを割いていない”ため。
そうアンは分析している。ただしそれを漁師さんの“怠慢”とさげすむ気は一切ない。全ては海賊の妨害で、漁業の安全が脅かされるため。そのため無事に船が帰ることが最優先となり。即席で作った『塩漬け魚』が、『干し魚』と認識されている。それで味が良くなるはずが無い。
「美味しい魚は血抜きが大事。干すだけ簡単に『干し魚』になる、お魚はアレとコレだけ
お日様あびて、風吹く浜で乾かしましょう 綺麗な銀と青い海から、お魚は獲れる~」
「「「「「お魚獲れる~」」」」」
鼻唄と言うには、響く声でアンは唄う。それにつられて、子供たちもハミングを口ずさみ。
同時に魚介の食欲をそそる香りが、鍋から漂い始めた。
「「「「「ッ・:・・」」」」」
冷やかしの客たちがつばを飲み込む。喉が鳴り、それが周囲に伝播していく。
「さあさあ、元気な子供たち。スープ二杯がいいか、一杯の麦粥がいいかしら」
「オイっ!?」
「「「「「麦粥がいい!」」」」」
そんな回りの空気を読まず、アンは孤児たちへ報酬の前払いをする。客が何か言っているが、気にしない。『干し魚』を侮った人々にはお預けだ。
そうして子供たちが薄塩麦粥を飲んでる間に、アンはさらに味を調え。売り物にふさわしくなるよう、切った野菜を寸胴に投入していき。
「それじゃあ、みんな。食べ終わったら、また売り子になってくれるかな」
「「「ハイッ!」」」「「「ウンっ!」」」「「わかったよ、アン姉ちゃん!」」
「「「「「・:・ーー:」」」」」
こうして改めてアンの露店が開店した。
7日後、
「大変よ!扇奈」
「何かしらアヤメ」
シャドウ一族に与えられた屋敷。そこに侍女頭が重要情報を、姫長の扇奈に持ち帰る。
「例の計画がアン様に先取りされたわ。急ぎ計画を前倒しするよう、聖賢様に申し上げましょう」
「アン殿が?・・・それじゃあ金銭・物品のどちらでも交渉にならないわね・・・」
「言っておくけど、契約はもう無理よ」
先日、散々シャドウの都合で振り回した借りがある。これ以上はもう無理だ。
「だったらっ・・」
「ヤ・メ・テ。汐斗を利用したら・・政略結婚の材料にするのは、アン様の逆鱗よ。
私達がすべきことは、お館様にご報告すること。勝手に外交工作をすることではないわ」
「くっ・・」
扇奈がうめく。脅かされている計画は、それほど重要であり。C.V.勢力のシャドウ一族にとって、莫大な利益をもたらす。
その価値は『ラビリントス』から得る財宝の売却益をも超え。“山賊・盗賊”どものお宝など、はした金にすらならない。“不浄のカネ”として、政敵にくれてやっていい程だ。
それほど『計画』はシャドウにとって重要事項だった。
「焦らないで扇奈。アン様の恋慕は必ず汐斗に届く。それを待ってから汐斗を通じて、お願いすればいい。
こちらから彼女に干渉するのは悪手よ」
「アヤメがそこまで言うなら・・・まずはマスターに面会しましょう」
こうしてシャドウのトップ二人は、政庁へと疾走した。
ギリシャ神話の三大海魔『カリュブディス』『スキュラ』に『セイレーン』。
その共通点は、英雄と戦っていないこと。名だたるギリシャの英雄たちが、矢の一つも射かけていないことです。
『オデュッセウス』はともかく。『アタランテ』や大英雄『ヘラクレス』すら遭遇した海魔に攻撃を仕掛けない。さすがに陸の英雄に対し〔○ンダムのように海に飛び込んで戦え〕とは言いませんが。
弓の伝承を持つ英雄が、構えすらしないなど。戦闘放棄の誹りを受けても、文句は言えないでしょう。
その理由として〔海魔たちが、自然現象だから攻撃を無効化する〕・・・ではつまらない。
1:〔元はニンフの『スキュラ』、『セイレーン』も人食いをすることで巨大化してしまい。
『カリュブディス』と同等のサイズなので、陸上ならともかく海上・船上では手を出せない〕
2:〔『オデュッセウス』のように“海賊行為”を行う者にとって。海魔の脅威で航路が限られているほうが、活動しやすい。船を襲いやすい〕
3:〔眷属が退治されても知らんぷりな薄情者と異なり。海神ポセイドンは配下モンスターを倒した人間の大半に報復する。そのため大英雄といえど、海魔を討伐できない〕
こんなところでしょうか。ギリシャ神話のファンとしては3:一択ですが。『トロイア戦争』の略奪っぷりを考えると。〔2:も有りかな〕と考えてしまいます。




