21.神聖ではない光
殴り合いをメインとする『戦闘職』は〔目をつぶるな〕、と教えられるそうです。目をつぶっては敵の攻撃を見れない。対応できないの敗北連鎖に一直線だから〔目をつぶるな〕と教えられるのでしょう。
ですがそれは〔怯えて安易に目をつぶるな〕が正しいと思います。敵が視覚を狙ってきたら、目をつぶることこそが最大の防御であり。加えて長期戦・高速戦闘ともなれば、視力を維持するため。
『まばたき』を計画的に行う必要がある。戦闘において『防御』『体力回復』を行うように。『眼球』の『防御・眼精疲労の回復』も重要だと愚考します。
結局のところ〔目をつぶるな〕という教えは、安易に目をつぶるタマネギ拳士への戒め。もしくは『眼球への攻撃』が皆無なのに加え。砂/氷雪嵐・怪虫に毒霧も存在しない。
『平和な環境』でもなければ通用しないと愚考します。
副官である扇奈を殿に残し。それから数分後、イリスは正門の方角をにらんでいた。その行動に対し護衛のシャドウたちが、訝しげに問いかけてくる。
「いかがなされました、イリス様?」
「扇奈が弱いもの殲滅を、やっている気がする」
そう告げてイリスは遠くを見通すように目を細め。同時にその瞳へ極小の光の粒子が集約していき、『遠見の術式』が構築されていく。
「気のせいでございましょう。姫長にかぎって無益な殺生をするとは思えません」
「然り。この町は聖賢の御方である、イリス様の物となる領地です。姫長の扇奈様が、無体をなさるはずございません」
左右からそう告げつつ。シャドウの「ウルカ」と「サキラ」姉妹は、さりげない風を装って主君の視界を妨げようとする。護衛を務めるだけあって、なかなかに巧みな動きだが。本来主君の視界を遮るなど、忠実な家来が行うことではない。
そもそも微妙に泳ぐ視線が、雄弁に語っている。
〔主君と上司兼幼馴染にはさまれて、どうしたらいいのだろう〕・・・と。
そんなウルカたちを後押しするように絶叫が響く。
「ヒィッ!!」「「「キャーーーーー」」」
何か怖いモノでも見たのか、モンスターにでも遭遇したのだろうか。正門のほうから悲鳴が響いてくる。それなのに扇奈からは、緊急を知らせる合図はなく。
それらを総合して、導き出される結論は一つしかない。殺戮の元凶は殿を志願した扇奈だろう。
「・・・・・っ」
「さあ、イリス様!早く悪徳の首領を討ち取り、この戦いを終わらせましょう!」
「そうです!戦が早く終われば終わるほど、流れる血の量は減ります(多分きっと!)」
目をあわせて話そうとしないウルカ/サキラ姉妹たちに、ため息をつきつつ。
イリスは思考をウァーテル攻略に切り替える。そうしてサキラたちが『遠見の術式』と誤認した、『魔導能力』を発動させた。
『フォトンポイント』
イリスの意思が込められた『瞬き』が拡散していく。それは光の灯であり刻印だ。人間の瞳に侵入し、その『眼球情報』をわかりやすくする。イリスに情報提供を行う『光術のサイン』を刻む。
本来は魔眼の能力者を育てるための、トレーニング用の『術式』なのだが。それをアレンジして、今は『魔眼』の能力者を即席・劣化状態で量産している。そうやってできた『急造魔眼』は魔力を不用意に放出し、『眼球運動』の感知を容易なものとする。
かくしてイリスたち(自称)感知タイプの『魔眼能力』を持つ者は、『急造魔眼』の持ち主たちから『情報』を一方的に収集する。
〔周囲の人数は40・・43名〕
〔弓兵はおらず。ウォッチャーは・・・5名確認〕
対策をたてようにも。『瞬き』の魔力はたいていの人間には、視認できない。日の光には『可視光』『透過光』に『反射光』と数種類あり。イリスはその内の『不可視光』と同じ光を、『瞬き』にして、放出したのだ。
空気中の『瞬き』は数秒で消失するが。人間の『瞳』に侵入した『瞬き』は宿主の魔力を吸って、『不可視光』の『魔力光』を視線から発する。イリスたちにしか見えず、情報の宝庫である『魔力光』を放ち続ける。
こうしてイリスの『魔術能力』は周囲の人々に『目印』を刻み。それを見れれば、単純明快に『眼球』を持つ者の人数がわかる。まばたきの回数や質を解析すれば、職業・技量も解析可能だ。
「魔術師はいない。弓兵は山なりに射掛ける腕があれば・・・現状確認できずと」
「現状、『感知能力』による、『観測』は確認されません」
「私は物理的な『トラップ』の警戒にあたります」
イリスとシャドウ姉妹たちに、周囲の情報が流入してくる。無警戒・無防備に、『瞬く瞳』から貴重な『眼球情報』が垂れ流され。イリスは貪欲にそれらを収集・解析して、『戦術』を練っていく。
基本、人間にとって『発光の術式』など、たいまつか『街灯』がわりであり。
“最底辺術式”と同義語と言っても、過言ではない。普通に『魔術』と認識していない、インテリ・賢者も珍しくないだろう。
そんな連中の『思考』は、イリスたちにとって“壁のない宝物庫”も同然であり。
重要で致命的な『情報』という宝が、『視線』によってダダ洩れになっている。
イリスはそれらの情報を精査して、さらに必要なものを選別していき。都市ウァーテルの政庁へと、侵攻するルートを組み立てていった。
すみません。はっきり言います。
まばたきをしないイコール超越の無敵武人というのはおかしいと思います。
せいぜい『目を見開きっぱなしの武術』が有利な舞台もある。そのぐらいだと思うのです。




