197.表裏の街道
大昔の学者は〔蟻は草食だ〕と誤認していたとか。
ですが蝶やハチが花の蜜を吸うのを見るように。蟻が虫の死骸を集めるのを、大昔の人々は見ていなかったのでしょうか?
それより〔シロアリは蟻の仲間だ〕と考え。〔草食のシロアリとライオンが交わり『ミルメコレオ』という奇獣を作った〕・・・と私は愚考します。
『絵の具』どころか『染料』を作るのも、大昔は苦労していました。そんな時代にシロアリの色が、西欧の学者へ正確に伝わるのは困難であり。ライオンと融合させられたのは草食のアリだと妄想します。
もっともそれを証明する資料はありません。人々の生活に影響しない虫は忘れられていた。
“悪霊”などの、迷信で片付けられていた時期があったと思うのです。
都市ウァーテルの宰相にして陸戦師団の団長を務める。C.V.イセリナ・ルベイリーは複数の『魔導能力』を持つ。
その一つ『ハンドレッドデイ』は魔力を蓄え、投資する。『金』のように条件付きで魔力を貯めて、然るべき術者の魔術を増幅する『魔導能力』だ。
巨大な『魔晶石』、『禁断の塔』のように魔力を蓄積し補給する。先人の魔術と類似した点が多いが、決定的に違うことが一つ。
〔金銭・経済の力を“ナメている”“侮っている”術者は、絶対に『ハンドレッドデイ』の魔力を利用できない〕・・・ということだ。
他にも『魔晶石』『龍脈』のように爆発・暴走しない。『契約』やらイセリナの独自ルールなど諸々あるが。
“金など魔術でいくらでも稼げる”“財貨・財宝など略奪すればいい”
こういう不届き者たちを蹂躙するのが『ハンドレッドデイ』という【魔導能力】である。
「ここは工事中だ。迂回路を作ったから、そこを歩け!」
「そんなっ!街道を通れないなんて。あんまりだ!」
「やかましい!文句があるなら今後は街道に関所を設けて、通行料を取るぞ!
それがイヤなら黙って従え」
都市ウァーテルへと至る街道の一つ。交通の要と言っていいそこで、重騎士アイヴァン率いる部隊が事実上の通行止めを行っていた。
だが旅人。特に商人たちにとって街道は安全に速く移動するための、重要施設だ。〔そこを外れて迂回路に行け〕と言われて、簡単に納得などできないだろう。
〔山賊・モンスターが襲いかかってくるかもしれない、急造の道を行け。
目的地まで何日かかるかなど知らん。お前らの予定など知ったことではない。
ただ命令どおりに未知の道を移動しろ〕
実質、こんなことを言っているに等しい。〔街道封鎖に従え〕と言われれば、商人たちが騒ぐのも当然だろう。
しかし重騎士たちが街道封鎖を行っているのは、単なる道路工事のためではない。
イセリナ団長閣下が『魔導能力』を発動し“賊の愚行”に対処なさっている。それは万が一の敗北も許されない戦だ。
その戦場に素性の知れない者、非戦闘員を通行させるなど論外である。
そんなアイヴァンと旅人たちのにらみ合いは唐突に終了した。
『『『『『『『『『『ランドランダー!!』』』』』』』』』』
「っ!*・:!?」
街道の遠くから大音声で『術式』が響く。それは巨漢の重騎士たちが専用の『身体強化』を行った証であり。陸戦師団が開戦の狼煙をあげたということだ。
「なっ、な、なあっ!?」
「・・・!・・!?*」
「これはっ、いったい・・・」
「「「「「「「「「「ウォオオオオーーーーー!!!」」」」」」」」」」
鬨の声と共に大地が震え鳴動する。そんな『錯覚』を抱かせる音源は街道の地面が引き裂かれていく爪痕だ。
重騎士たちがメイスの逆側・角の部分をツルハシのように地面に打ちつける。そうして地面に刺さったままの角を『強化したパワー』で引っ張り、地面に爪痕を刻んでいく。
やっていることは牛馬が鋤で農地を耕すのを部隊で行っているわけだが。
「「「・・ーーーっ!!」」」「「「「「「ドラァッ!!」」」」」」「フンッ!」
地中に潜む土竜・怪樹を穿ち踏み砕く。殺気をこめた武具?が怪力によって振り下ろされ。続けて地面が悲鳴をあげ、爪痕が刻まれていく。
その光景は農作業どころか整地・街道整備の類でないのは明らかであり。商人たちの思考を容赦なく削っていく。
そうして旅商人たちが気付いたとき。筋骨隆々の人壁が眼前にできていた。
「全員、整列っ!!」
「「「「「「「「「・・・・・ッ」」」」」」」」」
横一列の横陣から、三列縦隊へと重騎士たちが整列する。それは待機状態であるにもかかわらず。
商人たちを威圧するのに充分な存在感を放っており。
「下級騎士アイヴァンよ!何か問題でもあったか!!」
「「「・・・っ!?」」」「ア・・、あ*ア・・・」「ッ・・----」
大喝一声で商人たちの心が折れる。〔ワイロを払って、近道をさせてもらおう〕などという思考が砕け散り。
商人たちの存在・不満が“問題”と判断されれば、重騎士たちに踏み潰される。そんな確信が商人たちの心身両方を硬直させて。
「いいえ、何の問題もございません(『通行止めに不満が高まりつつあります』)」
口では〔問題無し〕と言いつつ。『光術信号』で本当の報告を行う。
それを視て重騎士たちを率いる隊長はうなづき。
「よかろう。団長閣下より軍資金を預かっている。何か問題が発生すればこれを渡して、対処しろ!」
「承知しました」
「我々はここで魔力回復のために小休止を行う。全員、楽にしてよし!」
号令に従い、重騎士たちが休憩に入る。とはいえ旅商人たちの目があっては、楽な姿勢を取るわけにもいかない。アイヴァンは旅商人たちを追い払う、交渉をしようと考え。
「おい、商人たち。何か売り物があるなら・・・・・・」
そう言いながらアイヴァンが振り向いた先には誰もおらず。必死に元来た道へと逃げる背中が、かろうじて数人見えるだけだった。
下級シャドウのウェアル。伝令役を務めた若者が、待ち伏せされ。『土』と『矢』を持ち帰った林とは、別の街道近くの林は一種の魔境と化していた。
『ドラゴンクロウ!クロウビースト・・・ビーストアラクネ!!』
その原因となっているのは『竜爪獣』というクリーチャーだ。古の『竜牙兵』をアレンジして造られたクモ型魔獣。
『竜牙』に劣るが、安価?な『竜爪』を素材にして。二足歩行な『兵』の万能性を断念して、『獣』の走破性を求めた。『古の神秘』より、低コストという合理性を優先していたはずの魔術生物は妖獣と化していた。
「キャ‥;ギャァアアアア*」「ゴボッ・・…⁉」「やめっ、やベっ・:^---」
林を探っていた密偵たちに、容赦なく爪脚が突き立てられる。腹をえぐり、奇襲を成し遂げ、顔面を圧壊させる。その狂猛な動作は怪物のそれであり。
かつて八本脚の操作に難儀していた痕跡は欠片もなかった。
そんな『竜爪獣』を操る元凶が、樹木の影から姿を浮かび上がらせる。
「どうしたの?“穢土”の禁術に手を出した時点で、こうなると。
当然、覚悟はできていたわよねぇ?」
「貴様はっ・・術者か!ノコノコ姿を現した己の愚かっ、ガッかか・:---」
「「「:+*^---・:;っ!?」」」
『竜爪獣』を造り、操る女シャドウの霧葉。彼女に注目してできた死角・意識の間隙をついて、小型の竜爪獣が襲いかかる。
数人が即死し。“悲惨”な数人が糸に絡め取られ、茂みの暗がりに引きずり込まれ。
「ッ!!!?;+*ーーーー」「ンンーーっ*ゴッ/・・:*」「ヤメっ・・やめt・:^!!」
人が・・。生き物があげてはいけない断末魔が、昏い木々の間に響く。
なお世の中には“車裂き”“牛・馬裂き”という処刑法があり。それらを執行する牛馬と同等以上のパワーを『竜爪獣』たちは持つ。さらにここには四肢をくくる縄より、はるかに頑丈な『魔術糸』がタクサンあるわけで。
むせかえるような血の臭いが漂う。闇の世界で生きる密偵たちの意識を侵蝕する、おぞましい魔力が地面から放出され。
「なるほどねぇ。これが“穢土”の結界というわけか。別に脅威でも何でもない、嫌がらせな妖術だけど。
義弟がコレを発動させる悪名を被せられたら・・ちょっと、少しだけ、頭に来るかなぁ」
「「「「「・・・・・・」」」」」
おぞましいと思った魔力を圧倒する邪気が、脱出ルートから放たれる。言の刃より雄弁な殺気が密偵たちの意識を覆いつくし。
『ドラゴンブラッド!ブラッドキャプチャー・・キャプチャーアラクネ!!』
名ばかりの『捕縛呪術』が発動する。
そうして“八つ裂き”より悲惨な地獄が始まった。
昔は今よりも人の命が軽く。生きるのに必死であり。生活に直接、影響しない(と考えられた)虫はろくな資料がなかった。
神話に出番がなく、神々の乗騎・眷属にならない。奇獣・合成獣の一部にすらなれず、虫は人々に認識されなかったと愚考します。
もちろん例外はあり。蚊・サソリなど死をもたらす病毒の虫。作物を全滅させ、餓死者を出すイナゴやバッタ。それとエジプトで神聖視された『フンコロガシ』。人の魂に関わるとされた蝶などは、人々も気にしていたでしょう。
しかしそれらはあくまで例外であり。恐れられ神聖視された獣の数・種類に比べれば微々たるものではないでしょうか。
そのため下手をすると。ほとんどの『虫』の資料は二~三千年以上まともに作られていない。『化石で発見される古代虫』のほうが、現代の我々は知ることができる。
『アントライオン』について色々、考えると。そんな奇妙なことになっていると愚考します。




