190.歓楽の街~モラッドの一夜
『マンティコア』老爺の顔・ライオンの身体にサソリの尾を併せ持つ、邪悪な人食い魔獣です。
もっとも『マンティコア』が登場する神話はなく。『コカトリス』のような親・誕生の話すらありません。そのため『マンティコア』は神話・おとぎ話由来の怪物ではなく。
『人食いライオン』『絶滅した古代種ライオン』を目の当たりにした、人々がそれらをベースに『マンティコア』というモンスターを作ったと愚考します。
一例として『マンティコア』は『サソリの尾』を持っていますが。他の猛獣は尾が完全に毛で覆われているのに対し。ライオンの尾は先端に一房の毛があるというもの。初見・暗闇でライオンを見た者が、『サソリの尾』と誤認する可能性は充分あると考えます。
そしてそれを“迷信”と笑えません。飢えたライオンに襲われ、九死に一生を得た人々。彼らにとって、その存在は正真正銘『人食いのバケモノ』であり。見間違いなど心底どうでもいいことでしょう。
夜遅くまで、冒険者ギルドのモラッド支部代表とサヘルは話し続け。『宝探し競技・改』の企画を練り込む。
中級シャドウと冒険者ギルドマスター。互いに思うところはあるものの、ソレを露わにしていたら不毛な争いが続くのみ。かくして外交交渉により、『宝探し競技・改』には冒険者ギルドも協力することになり。
その『契約』をまとめたサヘルは暗い裏路地に入っていった。
「やれやれ。交渉は長引いたが、何とかなりそうだな」
そうつぶやくサヘルの足取りは軽く、迷う様子はない。中級シャドウの特権でモラッドの最新地図をサヘルは閲覧しており。『旋風閃(身体強化)』の機動力により、その確認も入念に行っている。
『歓楽街』を担当していて〔道がわかりません〕〔住処・建物の所在は何処?〕などと言っていては仕事にならず。信用以前にいつまでもお客様だろう。
『歓楽街』に携わるサヘルが、モラッドの地理を把握するのは当然のことだ。
「ついでに“エダ打ち”もやっておくか」
路地の角を曲がってから、サヘルは気配を消して立ち止まる。それから唐突に暗がりに手を伸ばし。
「・・:ーー・・っ!?」
「おっとビックリした。俺を尾行するなんて、何者だ?」
サヘルが伸ばした片手には、尾行者の喉笛がつかみ取られていた。そしておざなりに質問しつつ、その身体をゆっくりと宙に浮かせていく。
「・・ッ:+;・・/・っ」
無論、喉笛を圧迫された尾行者が、サヘルの問いに答えられるはずがない。それを百も承知で、サヘルは悶絶する尾行者に問いを重ね。
「キサマッ、その手をはな・・:」
『火打閃光』
尾行チームの一人をあぶり出す。設置していた『閃光』の術式で、視覚を灼き。たまらず身体を丸める男に、つかんでいた尾行者の身体を投げつけた。
「ぐっ・・こんなぁ・・・・-」「ガッ、ケホっ・・」
『加重/浮遊する怪光』
「「・・;・*-^ーーー」」
折り重なって倒れる二人に『錬金光術』をかける。覆い被さっている肉体に『加重』の呪縛をかけ。下に挟まれている者には『疑似軽量化』で身体を浮かせ、混乱を誘う。
そうしてサヘルは動き封じた尾行者たちに、容赦ない踏みつけを行い。骨がきしむ音が路地裏に響き渡った。
“盗賊ギルド”各地のシーフ・山賊に密偵が集まった。裏社会の組織連合とでも言うべきものであり。当然、物量でシャドウたちがかなうはずがない。
そのため中級シャドウのサヘルは奴等の分断・離間の策を行わねばならず。腕ききの『尾行者』を再起不能に近い重傷を負わせるのもその一つだ。
〔尾行がバレたのは裏切り者がいるせい/オマエの腕が悪いためだ〕
〔尾行がバレたのに殺されないのは、裏取引をしているためだろう〕
〔重傷者の治療をする必要がある/尾行がバレた役立たずなど放っておけ〕
こういう具合に内輪もめが起こるのを期待し。サヘルは悪意をもって『尾行者』をたたきのめしている。
正義の味方なら絶対、行わない凶行だろうが。あいにくサヘルの腕では“盗賊ギルド”の数に対抗できない。よって定期的にシーフを間引く闇討ちを行っているのだ。
こういうことをしていると、自分の性根がゴロツキと変わらない。サヘルは心底そう思う。
「遅いですサヘル様。いったいナニをしておられたのですか!」
「冒険者ギルドのモンブル殿と会合をしていただけだ。不届きなことはしていない!」
歓楽街の建物の一つ。今夜、サヘルが泊まる?娼館で、中級シャドウは締め上げられていた。
今回の『宝探し競技・改』では娼婦及びその見習いたちの力を借りることになっており。聖賢の御方様から軍資金をいただいたものの、乱用などできるはずもない。
よってサヘルは労働力でその対価を払わねばならず。こうして毎晩、厳粛に決められた娼館を泊まり歩いていた。
〔サヘル様なら上客として、いつまでもお泊まりになってください〕
そう告げる最高級娼婦の誘惑を丁重にお断りするため。サヘルは『アルケミックライト』による風呂掃除・酒の成分調整の術式を放出することになり。連日連夜、その教導と術式陣を描く時間をすごしている。
「こらこら、貴女たち。サヘル様はお忙しい身。あまり困らせてはいけませんわ」
「「「ハ~イ、かしこまりました~」」」
「・・・っ!」
甘く優しい、とろけるような響きが発せられる。だがそれは色街における狩りの始まりであり。
〔据え膳食ったら、逃げられない。男としてしっかり責任を取りましょう〕という一本道だ。野郎の恥ぐらいで、そこから逃れられるなら。サヘルは迷わず恥をかき、泥にまみれる。
「おっと、イケナイ。下水道の浄化術式を完成させなければ!少しだけ、ちょ~っと時間をもらうぞ」
「まあ大変。きっと汚れた水の匂いが漂っているのですね!掃除担当は何をしているのでしょう。
すぐに掃除担当の者を呼びなさい」
「かしこまりました~」
こういう場合、接客業(色街)は〔そんなことはございません。何かの間違いでしょう〕・・と続くべきではないだろうか。それなのにサヘルの想定と違う返事がされて。
あわれな掃除担当の下働きが引っ立てられてくる。
〔げっ・・〕
「アナタが仕事をしないせいで、サヘル様が席を外すと仰る。どうしてくれるのですか!」
「ごめんなさい。申し訳ございません」
そこにいたのは“追放”されかけた冒険者の一人だった。
一人ぐらいならともかく(普通、一人でもアウト)、複数人の“追放未遂”を助けてしまい。当然、彼らが力に『覚醒』して独り立ちするなどということはない。
よって一時的に彼らを『歓楽街』に預けたのだが。当然〔働かざる者食うべからず〕なわけで。
彼らは娼館の下働きとして、こき使われていた・・・
〔そんなわけがあるか!どう考えても俺を追い詰める、役者として利用されているのだろう〕
やはり〔行き倒れを見つけたので、しばらく預かってくれ〕という設定は無理があっただろうか。真摯に“追放未遂”の冒険者に向き合わなかったのも、まずかったかもしれない。
「さあサヘル様。お忙しい身に雑事を増やした不届き者を、存分に罰してください」
〔それが嫌なら、私たちと熱い夜をすごしてください〕
「・・・・・・・・・・」
いったい何がまずかったのだろう。こうしてサヘルの夜は過ぎていった。
とはいえファンタジー好きとしては『マンティコア』=『人食いライオン』だけで終わるのは面白くない。それで終わったら〔あの幻獣も、動物の見間違い〕で終わってしまい。〔怪現象はプラズマだ〕と言っていた昔と同レベルです。
なので『マンティコア』の別パターンとして。『ライオンの悪者』を提案します。
かなりの日本人は『ライオン』を『百獣の王』とイメージしており。たくさんの文明で『ライオン』は『王権』を表している。人気のある強い『猛獣』と言っていいでしょう。
しかし『ライオン』の『魔物・怪物』も存在します。ヘラクレスと戦い、星座になった『ネメアの獅子』。誕生から退治されるまでの神話がある『キマイラ』。
そしてライオンの頭部を持ち悪霊を統括する『邪神パズス』。その妻『ラマシュトゥ』
中世以降の『ライオン』は王を表していますが。古代神話の『ライオン』は災いをもたらす“害獣”のようであり。『マンティコア』はそんな怪物の末裔だと愚考します。




