189.歓楽の街~追放のハジマリ
『マンティコア』というモンスターがいます。サソリの尾を持ち、ライオンの身体と老爺の顔を併せ持つ。怪奇物では珍しくない人面を持つモンスターで有り。
人気のある『ライオン』の身体を持ちながら、『グリフォン』『スフィンクス』のような神獣・守護獣の類ではなく。同じく人間に災いをもたらす『キマイラ』と比べても、不気味・邪悪さが際だった怪物であり。
まさに異形の怪物として、『マンティコア』は特記すべきだと思います。
モラッドの街を訪れたサヘル。彼は娼館で豪遊?することで、娼館の支配人に自らを印象づけ。『儲け話』を彼に持ちかける。それから数日間、他の娼館でも同様のことを繰り返し準備をすすめ。
次の目的地である冒険者ギルドに向かい。そこでサヘルは反吐を吐きたくなる光景を目の当たりにした。
「そらっ、冒険に行くぞ!」「もたもたするな」「奢った分はしっかり稼げ」
「ハイッ、がんばります!」
「・・・・・ッ」
一見すると珍しくない冒険者パーティー。主要メンバーたちに雑用・荷物持ちの少年が従い。冒険・依頼をこなすため街から出て行く。
おそらく誰に尋ねても、そう答える光景を見て。サヘルの胸中に昏い感情がわきあがる。
サヘルは娼婦たちと接することが多く。ほんの少しだけ、世の中の仕組みを彼女たちから教えてもらっており。そのヒントをもとに、冒険者パーティーを観察すると。
極めてロクでもない事実に気付いてしまった。
それは冒険者パーティーの“メンバー追放”について。
金銭・痴情他の様々なトラブル。あるいは心情の違いで冒険者パーティーが解散したり。パーティーメンバーを追放することがある。
〔その後、追放された主人公は『力』に目覚め。かつての冒険者パーティーを見返すヒーローになりました〕
とても爽快なお話であり。夢と希望と活力をもたらす伝説だろう。
サヘルも四凶刃の上司に“刃傷沙汰”“狂愛”の処理を押しつけられた時など。心底、そういう『力』を求めたくなる。
しかしヒーローになれるのはあくまで一握りの主人公だけであり。ほとんどの追放者・奴隷や“名ばかりパーティーメンバー”は惨めに殺されていく。
〔馴染みの冒険者が死んだのに、残されたパーティーメンバーが明るく楽しそう〕
〔あの冒険者パーティーは、雑用・荷物持ちの入れ替わりが明らかに多いです〕
〔娼館に泊まる冒険者が悪夢にうなされ、不穏な寝言を口走っている〕
娼婦たちとほんの少し親しくなったサヘルは、こういう話を耳にすることがあり。他のシャドウより少しだけ事情通になった。
〔・・・ケッ〕〔もててウラヤマシイなぁ!〕〔あやかりたいもんだぜ〕
同僚シャドウの言うことはもっともであり。本来ならサヘル程度が娼婦たちの秘密を知れるハズがなく。知るべきではない。
しかしこの世界には『魔術』・“邪法”が存在する。それらで益々、狂った連中が歓楽街で流血沙汰を起こし。連続殺人を引き起こしかけた。
その時の“猟奇事件”に対応するため。条件付きでサヘルは『歓楽街の情報』を知ることを許され。
〔『視線・瞬き』を分析・・・『表情筋』は緊張で硬く。
『重心』はいつでも追放者の動きに対応できるよう・・〕
戦士は『殺気』を、術者は『魔力』を、そして名将は軍勢の動きを察知するように。
“歓楽街の事件”に対応したサヘルは、“殺人者・殺人鬼”の『気配』に特化して感知を行える。おかげで文字通り“反吐が出る”挙動を『認識』できるようになり。
〔こいつら合法的に抹殺する気だ〕
安物の最低限な装備をつけた雑用係の足どりが軽い。やせて栄養の足りてない顔面の表情が明るく、口元が汚れている。偽善者がメンバーを追放する際、〔最期にお腹いっぱい食べさせたから、追放されてもいいだろう〕という自己肯定をふりかざすことは多い。
それにより珍しくまともな食事にありつけ。パーティー最底辺の自分にも、明るい未来が訪れると、希望を抱いているのだろうが。
〔残念だが、そんなモノはない。明るい未来など決して来ない〕
胸中でそうつぶやき、サヘルは彼らに背を向けた。
それから数日後・・・
「頼もー~~う!!!」
「「「・・・・・ッ!?」」」
サヘルは“厄介事”の処理を複数、行い。呆然自失となった“追放未遂”を一時的に各所に預け。その後、ようやく冒険者ギルドの門をたたいていた。
「どのような御用でしょうか?」
異様な気配を放ち。大音声で注目を集めるサヘルに、受付嬢が引きつった顔で話しかけてくる。その『目』は観察するまでもなく怯えていた。
そんな受付嬢にサヘルは容赦なく告げる。
「冒険者ギルドに依頼をしたい。責任者を出してくれ!」
「わかりました。この『申請書』に依頼内容を記入して・・っ!?」
カウンターを破壊するギリギリの衝撃を、サヘルは掌打でカウンターにたたきつける。そうして憐れな受付嬢の間違いを正した。
「俺はギルドに依頼すると言ったんだ。冒険者を仲介しろなどと言った覚えはない。
とっとと責任者を出せ!」
「ヒッ!?・・ア、アァ!」
非戦闘員の眼前で、カウンターをきしませる掌打が放たれ。殺気と威圧が真面目に働く受付嬢に放たれる。きっと彼女は〔この世の理不尽を目の当たりにしている〕と思っているのだろう。
しかし真面目に生きて、働き理不尽を避けられるなら。パーティーメンバーから“酷使”“搾取”され続け。あげくに冒険中に“事故を装い抹殺”される者などいない。
ましてサヘルがたった数日、一廻りした。それだけで複数パーティーが“追放未遂”をやらかすなど、狂気の沙汰にも程がある。そして冒険者ギルドが“黙認”“助長”していなければ、こんな事態は発生しない。
サヘルはモラッドの冒険者ギルドを、“怠慢”“職務放棄”と認定した。
「そこまでにしてもらおう。ギルドを敵に回したくないなら、おとなしくするがいい」
〔だったらおとなしくする、必要はないな〕・・・・・・・・・・と言うわけにはいかず。
「お初にお目にかかる。俺の名はサヘル・ロードレル。今日はギルマスに依頼を持ってきた」
「ワシがギルドマスターのモンブルだ。二階の執務室で依頼とやらを聞かせてもらおう」
こうして場所が移り。
「それで?いったい依頼とは何なのだ?」
ギルドマスターの執務室。そこには殺気がはりつめていた。モンブルの後ろには護衛の冒険者が控え。
サヘルはソファーに座るのを断り、臨戦態勢でたたずんでいた。魔術攻撃に警戒するとなれば、壁を背にしても安心できない。全方位を警戒しつつ、サヘルはゆっくりと口を開く。
「まずは回収と弔いを依頼したい」
そう言いながら、サヘルは地図を取り出し広げてみせる。
「・・・弔いだと?」
「ああ。この印しがつけているところに、(メンバーを追放しようとした)冒険者パーティーが埋まっている。どうしようもない連中だが、死者にムチ打つ気はない。
装備も所持金も埋まっているから、埋葬してやってくれ」
サヘルが英雄なら憐れな冒険者パーティーを追い払うだけですましただろう。
だが魔術が存在し、“邪教”“盗賊ギルド”の人捜し能力は底が知れない。よって歓楽街を束ねる者として、後顧の憂いは絶っておく必要がある。
万が一にも、奴等が歓楽街の住民に手を出すのを許すわけにはいかない。サヘルはその程度の小者なのだ。
「・・・承った。これは預からせてもらう」
「事情は聞かなくていいのか?」
「何となく察してはいる。だがギルドが冒険者たちを完全にコントロールするのは不可能だ。
先日、そちらのC.V.殿にも言ったがな」
先日、エレイラ様は〔詐欺の借金証文で、冒険者が破滅させられている。それを阻止するため食糧の援助・各種サポートを行うべき〕・・・と提案したが。そのさじ加減は極めて難しい。
善意のサポートが、かえって冒険者たちを堕落させる元凶になりかねない。
「ふん。自分は“盗賊ギルド”の影響を受けていない。
ガンバッテ働いているとでも、言うつもりか?」
「・・・・・っ!」
「ああ、その通りだ。ワシらは必死に働いている。浅はかなセイギを振りかざしたりせずにな」
実際問題として、モンブルはよくやっているのだろう。冒険者ギルドの『本部』からの意向を受けて、〔“盗賊ギルド”と権力争いをしているだけ〕と言えなくもないが。
モンブルと同じ『手札・能力』をサヘルが得たとして。モラッドの冒険者ギルド支部を今と同じくらいマシにできる自信などない。
よってメンバーを“追放”する冒険者パーティーがいる原因を、〔モラッドのギルドの怠慢が原因〕と決めつけるのは浅はかだろう。
ならば冒険者ギルドとは協力するべきか。
「別にセイギを振りかざす気などない。ただ冒険者が無能だと、周りへの被害がシャレにならず。
ギルドはその原因を『分析』せず、野放しにしているようだからな。口も手も出したくなるというものだ」
「冒険者は実力が物を言う世界だ。性根が歪んだ者は、いずれ現実が見えなくなり消えていく」
「だがすぐに消えるわけではない。奴等が消えるまでの間、どれほどの被害をまき散らす?」
〔そしてその被害を冒険者ギルドは補償できるのか?今までは被害請求をする者、ギルドにまで復讐をする者はいなかったが。
だけどこれからはオレの手助けで、被害請求・復讐する者(娼婦)が現れるかもな〕
サヘルの視線は正確にモンブルに意向を伝え。ギルドマスターはしぶい表情になる。
〈今は〉サヘルのみだが。その後ろにいるC.V.様が動けば、冒険者ギルド本部にまで被害が広がりかねない。
そのリスク計算をすれば、サヘルの『依頼』を受けて被害を最小限にとどめるべきだろう。
「だが冒険者ですらないアンタ等が、冒険者ギルドの運営に口出しするのはやめてもらおう」
「当然のことだな」
だからエレイラ様による善意の『提案』を、サヘルは押しとどめ。モンブルはその『提案』が失敗することを見こし、受け入れた。
貧しい冒険者たちに食糧・道具の援助を行うという『提案』は、冒険者たちの風潮にあわず。『援助』に依存する者を増やしたり。高ランク冒険者が低ランク冒険者を〔俺たちの稼ぎで食っている穀潰し〕などと侮り差別しかねない。
おおかたモンブルはそれを解決することで、C.V.エレイラ様への外交で有利に立ちたかったのだろうが。サヘルが来た以上、それは断念してもらう。
「しかし口出しはしないが、まともな『頭』があるかは確認させてもらおう。
冒険者パーティーは何故、メンバーの“追放”を行うようになった?
本来、冒険者が唾棄している“クズ貴族”と同じことをするまでに、性根が歪んだか。
冒険者ギルドは把握して、対策をとっているのか?」
「それはっ・・・チカラに溺れて、即物的に物事をすすめるようになってしまい・・」
「話にならないな。そんなことでは、いつまでたっても“追放”される者が減ることはない」
パーティーメンバーを追い出したり、“追放”する冒険者パーティーには傾向がある。
まず新米冒険者と高ランク冒険者は、早々“追放”など行わない。新米にとって数は力であり、メンバーが減るのはイコール戦力減だ。そんなことをする余裕はない。
そして本当の高ランク冒険者なら器が大きく、人脈・金銭的な余裕もある。メンバーには穏便に『引退』してもらい。引退後の生活も最低限、フォローする。
ならばメンバーを“追放”する冒険者パーティーはどんな連中か?
サヘルが歓楽街で得た情報を総合すると、中ランク~高ランクに成りたてのパーティーが危ない。
「だから力を求めて、道を踏み外したのだろう」
「違う。力を求めるのは、ランクに関係なく全ての冒険者が行っている。俺も含めてあらゆる武人・術者が力を求めてやまない。
中ランクの冒険者は食べるのには困らなくなり。そうすると様々な知見を広め、力を高めようとする。そうして中途半端に知識を得て、〔賢くなった〕と自惚れ。
一部の者はこう考える。
〔冒険者が他ではあり得ない、“不公平”“二重基準”によって搾取されている〕・・・・・と」
冒険者は極めて不公平なあつかいを受けている(場合がある)。その一つが【名誉】だ。
数度の戦で勝利すれば、名将と称えられる騎士。略奪暴行を行い、不利になれば逃亡できる傭兵。そして注文ばかり多い不誠実な依頼人。
奴らは名士・貴族として常日頃から称えられ。戦に勝てばパレードを催し、住民から総出で喝采を受ける。
一方の冒険者はどうか。大物を命がけで仕留めても。冒険者ギルドの建物内という“箱”の中で〔おおすげぇ、すごいですね〕の一瞬一言で終わってしまう。
連日、命がけで怪物退治を行ったとしても。お飾り騎士すら持っている【名誉・名声】が認められないため、安い年金・役職手当すら得られない。
「こうして不満を抱いた中ランク冒険者は、騎士・傭兵と同様の名声を求め。身の丈にあわないチカラを望むようになる。策士を気取り、非情な軍隊の猿真似を始め。地味なメンバーを“追放”する」
実際、問題として。騎士たちが優遇されているのは理由がある。戦を避ける外交を行いつつも、戦争となれば必勝を義務づけられ。権力争いはしても、安易に武力を行使せず。『貴人の護衛』では騎馬を操り、高速の『馬車』を護衛する。全身鎧で賊を威圧し、公私両面で主君を支える。
これらの技能・ノウハウや【信用】は、高ランク冒険者ですら持ち合わせておらず。中ランク冒険者など完全に論外だ。
しかし“中途半端”に学んだ連中は“お飾り騎士”に嫉妬したあげく。“非道な策”を実行する〔自分たちこそ実戦的で賢い〕と夢想して暴走する。
「一度でも味をしめたら益々、賢くなったと考え。次は他者を陥れる“陰謀”を企てたり、無謀なクエストに挑み・・」
「そんなことはっ・・・」
「あるんだよ。それと『我流』で鍛える頭はあっても。武人のように他者を育成するノウハウが一握りの冒険者にしか無い。
それで大器晩成型のメンバーを切り捨て〔効率を追い求める、俺たちは賢い〕という自己満足にひたる。
中途半端な知識しか得られず、生兵法な策をめぐらす。そういう冒険者による暴走の一歩が“メンバーの追放”だ」
「ぐっ、くくっ・・言いたい放題、言いおって」
そんなことはない。サヘルは冒険者を侮辱したが。冒険者ギルドの横暴・不公平については今回、指摘してない。
〔勝敗は兵家の常〕と言い。ほとんどの指揮官には、撤退の決断も求められる。傭兵などは〔生き残った者が勝ち〕と胸を張って言うぐらいだ。
だが冒険者は〔依頼に失敗したら降格・違約金を払う〕と定められている。ギルドが情報収集を怠り、依頼人が裏切り・不誠実を行った時には“罰則無し”に等しいのに。
冒険者を破産させる『罰金』を、冒険者ギルドは臆面も無く要求する。
確かに『罰金』は冒険者の行動を牽制し、ある程度の秩序をもたらすが。
同時に〔破産するくらいなら賭に出た方が良い〕〔狡猾な策で一発逆転を狙おう〕という迷惑極まりない考えを、冒険者に抱かせる。
〔まあ、コレを指摘する時は冒険者ギルドと戦争になるだろう。今はまだその時ではない〕
今、サヘルが行うべきなのは『宝探し競技・改』を成功させること。本拠地に近いモラッドの街を活性化させ、周囲の信用を得ることだ。
「そろそろ本命の依頼について、話をさせてもらおう。
中ランク冒険者たちの暴走を少しは抑え。歓楽街の住民に、利益をもたらす『依頼』をな」
その話し合いは深夜まで続いた。
『マンティコア』ヒトを喰らう怪物『マンイーター』に関連する怪物だとか。私の場合、『食人植物』=マンイーターというイメージですが。人間の天敵モンスター全般が『マンイーター』と昔の人は考えたそうです。
確かに人間の血の味を覚え。人間を狩り捕食する猛獣はリアルモンスターであり。その中でも『人食いライオン』こそ『マンイーター』と呼ぶにふさわしい怪物でしょう。
さらに考えられるのは、ライオンの多様性です。子供のころから日本人はライオンの『番組』を見知っており。〔ライオンは草原で一種類のみが生息している〕・・・と誤認していないでしょうか。私はそういうイメージしかできません。
実際は豊かな水場のある『林』でも、ライオンは生息しており。かつてはアフリカ大陸以外にも分布し、様々な種類のライオンがいたとか(現在は絶滅してます)
よって『マンティコア』の正体は、暗がりの林で現代とは違うライオンを見た。〔幽霊の正体見たり枯れ尾花〕と同様に。〔余所から迷い込んだ、未知の珍しいライオンを遮蔽物の多い暗がりで見た。その飢えた『人食いライオン』が『マンティコア』と化した〕と私は愚考します。




