187.今昔:エレイラとサヘル
いくつかの多神教には『鍛冶の神』がおり。その作品は格上の神に一矢報いることも珍しくないです。
そのため鍛冶技術の粋である『刀身』は神聖視され過ぎてしまい。
『聖剣の鞘』は英雄大戦が開幕するまでスルーされ続け。『鍔』に機能があるのはサムライ戦群ぐらい。『柄』に至っては〔罰当たりにも聖人?の骨を使った〕という話を聞いても、誰もピンとこないでしょう。
確かに『刀身』は技術の結晶であり。鍛冶師が身を焼き、血と汗を流して作った尊い存在です。だからと言って、刀剣を構成する他の部分を軽視するのは問題ありでしょう。
『鞘』がなければ『刀身』は錆びてしまう・・・以前に危ない凶器です。『柄』が安物では『剣術』を披露するどころか、剣がすっぽ抜ける喜劇になり。『鍔』は『鍔迫り合い』を行う立派な『武具』でしょう。
そのため『刀身』がいくら尊くとも、他の部分を軽視するのは問題だと考えます。
エレイラは中級シャドウのサヘル殿と共に、『冒険者ギルド』への対応について話し合っていた。
それなのに護衛に借りていた下級シャドウたちが割り込んできて、サヘル殿に模擬戦を挑み。
サヘル殿もエレイラを置き去りにして、模擬戦を受けるありさま。
その結果は中級シャドウが、ケンザたち三人を圧倒し。サヘルが“歓楽街の○○”とも言われる、汚名をそそぐ結果に終わった。
「まだだっ!模擬戦なんだから、もう一勝負だ!」
「「・・・・・」」
「おいおい。連戦はきついぞ?」
「三対一でこんな結果なんて・・・納得できるかっ!」
模擬戦の結果に納得のいかないケンザが再戦を求める。だがエレイラはそれをあえて放置した。彼らには良い薬だろう。それに決着までもう時間はかからない。
「行くぞっ『旋風せっ*」
『火打閃光』
「んnベッァァアーー!」「なっ、な・・!?」「っ!?」
ケンザの背後を『五感を灼く』光術が打つ。『旋風閃』の発動を、最悪のタイミングで妨害され。脚の『身体操作』を狂わされた体が宙を舞った後に、地面を削る。
その『フリントスパーク』が放たれたのは仲間の片腕であり。先程の試合で『妖糸』に『加重付与』をかけたとき、並列で『光術トラップ』を仕掛けていたのだろう。
なかなか悪辣な手段だが。サヘル殿は〔連戦〕と言ってヒントを与えている。三対一でそれに気付かない、ケンザたちが未熟なだけだ。
『旋風閃光!』
そして動揺さめやらぬ三人に、サヘル殿が身体強化の突進をかけ。模擬戦の二戦目もあっけなく決着してしまい。
「何故だ、何故勝てないっ!」「無念っ・:+;」「こんな事が・・・」
「まあこんなところか。勝てない理由に気付けないと、何回やっても同じ結果だぞ」
それからもケンザたち三人は連戦連敗を積み重ね。その理由はサヘル殿の豊富な手札『旋風閃光』に対応できないから・・・だけではない。
ケンザたちが厳しい教導を受け、お行儀が良いシャドウだからだ。そのため姫長の扇奈様が任じ、イリス様が定めたサヘル殿を“私刑”にするわけにはいかない。
事実上“リンチ”に等しい、三人がかりでサヘル殿を“袋叩き”などできるはずも無く。
〔ケンザが攻撃して、キマリとトウヤはサポートに徹する〕
〔サヘル殿に大ダメージを与えるわけにはいかない〕
〔エレイラ様にカッコイイ自分たちの実力を見せたい〕
こんな心情でまともな連携などできるはずも無く。サヘル殿はその隙をついて、傷口を広げていけばいい。初戦の飛び蹴りでサヘル殿が派手に倒れたのも、その一環であり。
〔やったぞ!〕〔やった!?〕〔やり過ぎだっ!〕
シャドウ三人の胸中はこんな感じだろうか。この時点で連携の足並みは乱れており。あとは連敗すれば、悪い流れが連携の乱れを拡大させていく。これで格上のサヘル殿に勝てるわけがない。
「まあそれはそれとして。私はいつまで模擬戦の“観覧”をしていればいいのでしょう」
「「「っ!!」」」
「申し訳ございません!」
勝者への対価も定めず。『議論』で決めるべき〔冒険者ギルドへの対応〕を、テキトウな模擬戦で決めようとする。
そんな趣味はエレイラにはないし。そもそも領主の館は無人ではないのだ。
見物人こそいないものの、物陰の気配が『守秘義務』を守ることなど期待できず。代官としては〔余計な仕事を増やして!〕と叱責したい。
戦争種族(C.V.)としては別の思惑もあるが。今は代官としてシャドウたちを怒るところだろう。
「少々(チョット)、お待ちください・・・・・・・・・・思案がまとまりました」
「聞きましょう」
「貧しい冒険者が借金漬けになるのを防ぐ。詐欺な借用書に縛られるのを少なくするため。
エレイラ様は〔冒険者ギルドで食糧・道具をまとめ買いして、冒険者に安く提供する〕とのこと」
「ええ。だけど貴方はそれに反対した。貧しい者が安易に冒険者になり、不良冒険者が増える。
下級冒険者が〔まず食べることを優先する〕ように。冒険者のランクを上げる『評価ポイント』の代わりに、『食事ポイント』を渡す。そのシステムにも反対した。
そこで模擬戦が始まったわけですね。改めて私の案に反対した、理由を教えてください」
エレイラの問いかけに、サヘル殿が答える。その口調に先程のためらいはない。
「良くも悪くも、冒険者にはプライドがあります。そのため『評価/食事』の『ポイント制度』で冒険者のランクを隔絶させるのは危険だと考えます」
依頼を成功させて『評価ポイント』を得る上位冒険者は、『食事ポイント』を優先する下位冒険者を侮る。
〔高ランク冒険者の稼ぎで、『食事ポイント』がもたらされ。貧乏冒険者が食べている〕
こんな話が広まれば。性悪な冒険者は格下の者を、侮辱し虐待して使い潰すだろう。
あるいは〔高ランク冒険者に成るため。低ランク冒険者に転落しないために、手段を選ばなくなる〕と予測する。
今でさえ“金銭・痴情トラブル”で冒険者パーティーが崩壊する話があるのだ。『評価/食事』の『ポイント制度』はゆるい冒険者のランク分けを、殺伐とした階級制度にしかねない。
「冒険者ギルドが冒険者の相談に乗ったり、カウンセラーを行う。もしくはギルドマスターが不届きモノを威圧して、トラブル防止に務めればいいのですが・・・」
「『カウンセラー』の言葉すら知らない。報酬から手数料を取るのに忙しい冒険者ギルドに、C.V.様の道理を期待するのは無理があるかと」
C.V.。特にイリス様のような『認識変動』に類似した、他人の才能を飛躍的に伸ばし力を与える。そういう【魔導能力】を行使する上位C.V.にとって、『カウンセリング』は必須事項だ。
人道・道徳の問題ではなく。急激に能力を高めた者が、“暴走”し災厄をもたらしたら。力を与えた上位C.V.は責任をもって、その暴走を止めなければならない。
その手間や“悲劇”をなくすために、『カウンセラー』は行って当然のこと。それがC.V.やその配下の共通認識であり。
冒険者による“パーティーメンバーの虐待”“危険な封印の破壊”“怪物の誘導”“山賊・暗殺者との兼業”etc.ete.
これら悪行三昧を放置するギルドは信用に価せず。威圧・教導をしない・できない・やる気のないギルドマスターは、冒険者の横暴を助長しているに等しい。
C.V.勢力が単純な正義のミカタなら、大勢のギルドマスターを粛清しただろう。
「もっともソレを行えば、モンスターが増殖するか。冒険者がチンピラ・スラムの住民と化して、治安がさらに悪化しかねないわ」
「理解しております、エレイラ様。中級シャドウとして故郷の里を滅ぼした魔神。及びその封印を解いた冒険者への復讐を忘れることはできません。
しかしこの身は聖賢の御方様の魔導能力によって鍛えられました。御心に従い、冒険者ギルドの仕組みを変える。それにより復讐の成立とします」
サヘル殿の言葉に、エレイラはうなづくも。彼女が把握しているだけで、〔“冒険者”を誅殺すべし〕と考えているシャドウは両手の指に余る。
そういう強硬派のシャドウを鎮め、抑えられなければ。サヘル殿たち穏健派も、ギルマスのことを言えないだろう。
そんなエレイラの内心を見透かすように。サヘル殿が提案をしてくる。
「低ランクの冒険者が飢えないように食事の援助を行う。そのための食料確保・買取を冒険者ギルドに行わせること自体は賛成です。
ただしそれを『日常』的に行う。冒険者ランクの格差を広げるような、食料提供の制度はリスクが高い。
そこで『非日常』に食料を供給してはいかがでしょう」
「『非日常』・・・・・『祭り』を利用しようということですか」
「仰る通りでございます。ちょうど手頃な『お宝探し競技』がございますし。
その商品に『食糧提供』を行い。同時に『お宝探し競技』で好成績を出した者には『名誉』を進呈する。
報われない冒険者たちが一時、英雄の夢を見る場を作るのです」
どうやら興味深い話は、まだまだ続きそうだ。
〔『刀身』以外のパーツも大事なのは当たりまえ〕
そう考えた人にお尋ねします。『鎧』で大事な『パーツ』は何でしょう?あるいはかつての『聖剣の鞘』のように〔軽視されている『パーツ』は何か?〕と問われたら何を連想するでしょうか。
『マスク』に『シューズ』。あるいは指を覆う『ガントレット』という解答もあるでしょう。
おそらく鎧下の『シャツ?』『着衣』を思い浮かべた方は少数派だと推測します。星鎧のようなチートアーマーで〔コス〇が万能シャツ〕という例外はあるにしても。
『鎧』を身体にフィットさせるには、その下のシャツ?も相応の品を用意しなければならない。身体に直接『鎧』をまとい、汗で表皮が悲惨なことになれば。『シャツ』や『ズボン』を安物にするのは、もはや自殺行為だと愚考します。
そう考えると『服部』の苗字も意味が違ってくる。少なくともデメリットの山ということはなくなると思うのです。




