183.今昔:怪火の招集
夜空に『星座』は数あれど。最も不思議な星座を一つ上げるとしたら、何でしょう?私は『魚座』を上げます。
ギリシャ神話で愛と美を司る『アフロディーテ』と『エロース』。二柱の神が変身した『双魚星座』が『魚座』です。『大神ゼウス』の化身である『牡牛座』に次ぐ、神が変身した星座であり。『山羊座』も神の化身ですが、知名度を考えると。
『牡牛座』『魚座』こそ神の化身が星座となった双璧でしょう。
エレイラが行うモラッドの街行う、大商いのパートナーを決定する。そのために開催された『宝探し競技』は街に混乱をもたらす。
〔人に迷惑をかけない〕というルールにより、平穏な競技になるはずが。『トレジャーハンター』の感覚で、商人に雇われた冒険者たちが参加に必要なアイテムをめぐって相争い。
審判役のシャドウがそれをとがめ、連中を失格にしたら反感を抱き。『宝探し競技』を台無しにする計画を立て始めた。
それに対しエレイラは断固たる態度で、取り締まりを行おうとするが。
「エレイラ様。それは悪手でございます」
モラッドの街を訪れた、中級シャドウのサヘルによって諫められる。
「“悪手”とはどういうことでしょうか?」
「街の住民、エレイラ様にとっての〔迷惑〕と、冒険者パーティーが考える〔迷惑〕はかけ離れている・・ということです」
住民にとって器物・建物破壊など論外であり。それに伴う騒音・戦闘音が響くだけでも迷惑だが。
トレジャーハンターにとって古代遺跡など、秘宝を覆っている殻弁当箱に等しい。宝を素早く得るためなら破壊して当然であり。まして参加資格の紅石を『空き屋』に隠したのは、『宝探し競技』の主催者だ。
冒険者たちからすれば〔いつも通りの宝探し〕をしただけであり。エレイラもそれを承知していると、思っていたのだろう。
「カルチャーギャップというものですね。ですがここは周りが人外魔境の遺跡ではなく。住民が税を納めて暮らすモラッドの街です。
ならば当然、冒険者たちも住民の習慣にあわせるべきでしょう」
「エレイラ様の仰る通りでございます。この機会にそれを周知徹底すべきでしょう。
しかし初の『宝探し競技』でそれを冒険者に求めるのは、無理があります。
正確には『怪物退治』が専門の冒険者に、〔畑違いな、街中の初『宝探し』をお行儀よく行え〕というのは不可能であり。
『宝探し競技』の不明なルールを調べるため、少なくない情報料を払っている。雇い主である商人からの評価が、これからの人生を左右しかねない。
それら物心両面から焦りのある冒険者に、街のルールを求めるのは無理があるかと」
「・・・・・」
エレイラはサヘルの言葉を吟味する。逆の立場になって経済担当のC.V.が、『真の迷宮探索』を行うなど不可能であり。荒野での活動がメインの冒険者に、街中での『宝探し競技』を〔穏便に行え〕というのは難しい。準備不足だったかもしれない。
エレイラがそう考えはじめたところで、怒声が響く。
「ふざけるな!悪辣な冒険者たちを制裁できるチャンスだぞ。それを逃せというのか!」
「そうだ!里の近くで『魔神の封印』を解いたあげく。それを俺たちにけしかけた“冒険者”のことを忘れたのか!」
エレイラの護衛についた下級シャドウたちが、中級シャドウのサヘルに罵声をぶつける。
「・・・・・」
「そういえば、あんたの担当は“色街”だったな。今回の件で冒険者との関係が悪くなったら、“色街”の売り上げにひびく。それを避けるための意見じゃないのか?」
嘲りを含んだ妄想推理にも、サヘルの表情は変わらない。下級シャドウの雑言など馴れており。
「まず里を滅ぼした連中とモラッドの冒険者たちは違う存在だ。盗賊ギルドが『魔法』でも使わないかぎり、シャドウたちに成れない。それと同様にあの時あの場にいた連中と、この街にいる冒険者は関係ない」
「「・・・・・っ」」
「そして確かにオレは『歓楽街』の運営について考えている。そして冒険者たちは『客』である以前に、重要な存在だ」
「なっ!?冒険者が重要だなんて・・・」「信じられん」「そんなバカなことが・・・」
サヘルの言葉に下級シャドウたちは動揺を露わにする。その様子にエレイラはそっとため息をつく。冒険者を見下した彼らの傲慢は、エレイラの指導不足だ。
「そして冒険者たちはこれから“暴行亜人”を狩り続ける、戦士と成る。今は考え無しな冒険者ギルドのせいで、“依頼書の奪いあい”なぞしているが。
商人の取り引きを真似して、報酬・依頼件数が増加すれば。“暴行亜人”どもにイロイロ荒らされることは減るだろうな」
「「「・・・・・っ」」」
サヘルの・・サヘル殿の言葉に下級シャドウたちは沈黙する。彼の視ているものを、理解できていないとはいえ。“荒らされる”ことが減れば、すさまじい利益が出ることを察したのだろう。
それもエレイラがモラッドの街で行っている『宝探し競技→大きな商い』など問題にならない。莫大な利権・メリットが発生すると、財務C.V.は予測する。
「サヘル殿の主張は理解しました。ですが『取り締まり』の強硬策をとらないで、どうやってこの事態を治めるのですか?」
「そうですね。ここは利益で釣るのがよろしいかと」
「利益で釣る・・まさか買収ではないでしょうし・・・・・」
「『宝探し競技』は冒険者だけのものではありません。雇い主の商人・金主がおり。街の住民たちも注目しています。
何より流血のゲームではありませんから・・・」
「っ!理解しました。無様ではありますが、『競技』のルールを大勢に利益が出るよう変更する。
死闘ではないのですから、『敗者復活』も有りということですね」
「仰る通りでございます」
こうしてルール変更・ゲーム盤のひっくり返しが行われることになり。
数日後・・・
〔『金貸し』を行う者たちは、小口の『借金証文』を持って出頭せよ。
なお逃亡・出頭を拒否する者が多い場合、“借金棒引き”の特別政令を発動することもあり得る。そのことをよく考慮したうえで、正しい判断を行うように〕
「「「「「・・・っ!?」」」」」「なぁー~~!!!」「いったい何を考えているっ!!」
各商会へ秘かに出された布告。それはモラッドの商人たちを仰天させた。
『金貸し』はもちろんのこと。契約の信用を失わせ、長期的には経済を大きく停滞させる“借金棒引き”の特別政令が発動する。その知らせに商人たちの間に激震が走り。
「皆さん。急な招集に応じてくださりありがとうございます。これにより“借金棒引き”などという暴挙は行われません。
8級虹焰属性のC.V.エレイラ・ベルチルドの名にかけて誓います」
「「「「「「「「「「・・っ?:+:??」」」」」」」」」」
エレイラの宣誓に首をかしげた。何故、商人の悪夢とも言える〔“徳政令(借金帳消し)”を発布することもあり得る〕などと言って『金貸し』たちを集めたのか。そのことに疑問を抱くも、“債権放棄”を強制する事態がなくなり、とりあえず胸をなで下ろす。
そんな商人たちにエレイラは笑顔で告げた。
「実は今回、私が催した『宝探し競技』で不具合が発生いたしまして。商人の皆様にはその解決に、ご協力いただきたいのです」
「〔イベントに出資せよ〕ということですか?」
「いいえ。資金提供はけっこうです。貴方たちに協力いただきたいのは、別のことです」
エレイラの言葉に聡い商人が推察する。
〔今日の招集で『小口の契約書』を持ってくるよう命じられた。ならば『巨額の投資・借金』は保護して。貧乏人に貸している少額の借金を帳消しにしようと言うのか〕
C.V.の【誓い】を舐めている。“詭弁”“ザル法”の有名無実と一緒にしている、商人たちが失礼なことを考えた。
そんな商人たちにエレイラは笑顔で告げる。
「私が協力してほしいのは『被債権』の買い取り。〔借金を払う〕義務を私が負うこと。
それを貸金業を営む皆さんに、認めてもらうことです」
「・・・??」「なんだそりゃ?」「C.V.様が債権者になる。借金した奴の身代わりになって、金を返すということか?」
「はい、その考えであっています。私は『宝探し競技』を企画しました。ですがそれに参加する選手の冒険者が借金を背負っている。借金をたてに、誰かの干渉を受けては困ります。
そこで私が代わりに借金を払うことにしました」
「「「「「「「「「「・・・・・」」」」」」」」」」
トレジャーハンターへの理解不足からルール変更を行うことになった。トップの冒険者たちを次々と失格にした、自らの失敗などおくびにも出さず。エレイラは平気な顔で建前を述べ。
それに対し商人たちに逆らう術はない。“借金棒引き”のような暴挙なら、権力者相手だろうと抵抗したかもしれない。
しかし〔冒険者の代わりに借金を払う〕とエレイラは言っているのだ。『被債権』の買い取り・移譲など理解が及ばない。とはいえ金持ちのエレイラから借金を返してもらえるなら、商人に損はないだろう。
そう考えた商人たちはエレイラに『借金証文』を見せ。彼女は『速読術』でそれを読み、計算を行っていく。そうして利子も含めて返すべき金額を算出し、次々と清算を行い。
金を受け取った商人たちは、自らの商家に帰って行った。
けっして後ろを振り向くことなく、足早に去った。
「どうなさったのかしら。残りはアナタたちだけ。
私が代わり返す金額が記された『借金証文』を見せてください」
「あ、あのっ!これは些少でございますが、代官就任のお祝い品でございます!」
「ワシが先だっ!エレイラ様、どうかこちらの品をお納めください!」
「C.V.様には馴れぬ習慣だと理解しています。ですが今日はコレでお許しください!」
まっとうな商いを行っている『商人』たちが退出した後に。“詐欺商売”を行っている連中が、エレイラへ賄賂をさしだしてくる。
その目的は命乞いであり。『速読術』で契約書をチェックする姿を目の当たりにして、“ヤクザ商人”たちは怯え。『高速演算』で借金およびその利子を算出する光景に、顔面蒼白になっていた。
おおかた魔術という幻想世界で生きるC.V.は数字に弱い。〔“高利貸し”を行う契約書の詐欺などわかるはずがない〕と高をくくっていたのだろうが。
膨大な『借用書』を処理したエレイラを目の当たりにして、連中はその認識を改めていた。そんな“賊商人”にエレイラは笑顔で通告する。
「・・・私が賄賂を受け取るようなC.V.に、あなたたちは見えるというのですか?」
「「「・・・-~~っ!」」」
「初回だから大目に見ましょう。それに今の私は契約を遂行しています。大事の前に、ことを荒立てたくありません」
「「・・・?」」「それはいったいどういう・・」
「お待たせしました。どうぞお入りください」
エレイラの呼びかけに応じ、数人の冒険者が入室してくる。彼らはこの場に残った商人たちに、借金をしており。同時にエレイラが開催した『宝探し競技』で上位にいる冒険者パーティーの代表だ。
そんな彼らにモラッドの代官を務めるエレイラは頭を下げる
「このたびはせっかく『宝探し競技』に参加し、好成績をおさめていたのに。
私の未熟さ、勝手な都合のために『ルール変更』を行ってしまい、申し訳ありません」
「「・・・・・」」「いえいえ、そんな・・」「どうか、お気になさらず」
「私たちは迷惑料さえいただければっ」
冒険者たちへ、自らの不手際をエレイラは謝罪する。それに対し彼らは一切、エレイラを責めたり下手な交渉を行うこともしない。その瞳には隠せない、怯えの色があった。
それを無視してエレイラは言の葉を続ける。
「せめてもの償いに、借金をなかったことにする。単に借りた金額を返すのでは、迷惑への補償として足りないでしょう。
そこで少しばかり珍しい演劇を催すことにしました。ご笑納ください。」
「「「「「・・・・・っ」」」」」
こうして狂宴の本番が幕を開けた。
そんな『魚座』ですが、突っ込みどころが多いと愚考します。
まず一つ目。一度は『大神ゼウス』をも破った『大怪物テュポーン』から逃げるためとはいえ。神々の敗走する姿を星座にする。天上にさらすのはどうかと思います。
とはいえ一度敗れても逆襲する神々は、『英雄』のようであり。〔苦難に立ち向かう人気の神々を宣伝している〕ともとれます。
そして二つめはメジャーな神格『アフロディーテ』と『キューピット』二柱が変身した『双魚』であること。
『陰陽』『三女神』や『双子』のように近しく一緒に行動する存在ならともかく。古代において子は独立するものであり。『親子』はそこまで近しい存在ではありません。
『大熊座』『小熊座』が独立しているのと同じように。『アフロディーテ』と『エロース』は別々の生き物に変身して、ばらばらに逃げるべき。それぞれ独立した『星座』であるべきでしょう。
それなのに『双魚座』はリボンをまきつけ、はぐれないようにしている。親子・兄弟姉妹の関係でも、そこまでべったりなことは珍しいでしょう。というか世界中の神話を探しても、そんなエピソードはあり得ません。
『魚座』は不思議というか、異常と言っても過言ではない。黄金星鎧でも神話の力を使うのは、キャパシティを超えていると愚考します。




