181.今昔:怪火と魔術師ギルド
『カワウソ妖怪』その伝承を読むと首をかしげたくなる。〔重箱のすみをつつきたく〕なる表現があります。
それは『カワウソ』が〔人間を喰い殺す〕ときがあること。
『鬼』『山犬?』などの食人妖怪なら、『喰い殺す』のもわかります。ですが『狐狸』が人間を『喰い殺す』ことはまずありません。『祟る』『妖術で制裁』することはあるでしょうが。
それなのに『狐狸』に近い『カワウソ』は人間を生のまま喰い殺すとのこと。あの悪名高い『九尾の狐』ですら、人間に噛みついたりしないのにです。
『タヌキ』のほうは残酷話がありますが。それでも『山犬』のように牙を使ったりしません。
それなのに『カワウソ妖怪』は人間を『喰い殺す』という、バイオレンスな伝承がある。『狐狸』と比べ、明らかに不公平であり。『カワウソ妖怪』に恨みでもあるのかと、愚考します。
エレイラの計画する大商い。円筒型の骨組み・魔術陣を複数作り。それらを連動させて『防火』を行う『虹焰結界』を作るというものだった。
ただし平時は個々の『虹焰結界』で気持ちの良い風を送る。微量の魔力を回して〔『公園』のような快適な空間を作ろう〕〔それによってC.V.のイメージアップを行おう〕という計画を立てる。
衛士たちを束ねるドンケル衛士長に、その説明をエレイラは行い。さらに『快適な空間』を作るためとはいえ〔情報収集を勝手に行っていたこと〕を謝罪した。
その最中にエレイラは〔魔術師が面会を求めて来た〕というしらせを、配下のシャドウから受ける。
「魔術師・・・面会の約束が無いのは置いておくとして、この場で会いたいですって?」
エレイラとドンケル衛士長が会談を行っている『時』に、割り込むだけでも礼を失している。
それに加えて衛士たちが住む、区画に押し入ってくるなど言語道断だ。
エレイラが自分のことを棚に上げていられるのは〔『虹焔結界』を調整する〕という大義名分があり。イセリナの代理とはいえ、モラッドの街を支配している。衛士たちの上官だから、横車を押しとおせるのだ。
しかし人間の魔術師には、そんな名分も権力もない。モラッドを支配するにあたって、そのことは確認済みだ。
「それでも貴官が私に取り次いだ。魔術師を門前払いにしなかったのは、何故かしら」
「ハイ。どうやら衛士の中に、魔術師の血縁の方がおられるようでして。そのコネを利用しての面会希望です」
「・・っ。あのバカがっ!」
ドンケル衛士長のつぶやきを聞く限り、よい縁ではなさそうだ。
そもそもいくら血縁・コネがあろうと、衛士のそれを利用してエレイラに会おうなど。まともな人間のすることではない。
〔身分の低い貴族のコネを使って、“不審者”が高位貴族に会おうと試みる〕この魔術師がやっていることは、そういうことであり。面会の成否にかかわらず、コネを使われた衛士の評価は下がってしまう。
いっそ〔C.V.は『戦闘民族』“魔術バカ”〕と誤解して、通り道に立ちふさがったほうがまだマシだ。魔術師の行っているのは、それ以下な迷惑行為である。
「いかがいたしましょう。叩きのめしますか?」
「・・・会ってあげる。魔術師には言っておきたい事もあるし」
「ッ‼申し訳ございません!」
交渉のため尊大な態度をとっていた、ドンケル衛士長がエレイラに頭を下げる。
エレイラとしてはC.V.の権威を優先し、シャドウに魔術師の排除を命じてもよかったのだが。
衛士たちの安全を最優先に考えると、不穏な魔術師へ自ら引導を渡した方がいいと考え。その判断にドンケルは頭を下げる。
かくしてエレイラはドンケル衛士長を従え、割り込みの会談場所へと向かった。
「魔術師ギルドの賢者。ゲルマウ・シュピールと申します。
このたびは『虹焔結界』の神秘を探求すべく、まかりこしました。我が叡智をもってすれば、必ず“魔女殿”の“術式”も栄光の一端を担えるでしょう。
すべて我々にお任せください!!」
「「・・・・・」」
「・・っ」
エレイラの想像を遥かに下回る、バカがやって来た。あまりのひどさにドンケルも思考停止に陥り。コレを取り次いだ部下に対し、エレイラは視線で問いかける。
『申し訳ございません!サイショはここまでひどくは、なかったんです』
『光術信号』でシャドウが器用に弁明を行う。それに気付くことなく、魔術師の慇懃無礼は継続した。
男性社会だと呼吸レベルで、セクハラをする害悪がいるのは知っている。加えて色情狂が親愛と無礼の区別がつかないことも、エレイラは理解しているつもりだった。
しかし現在モラッドの街を支配しているのはC.V.勢力であり。都市ウァーテルを陥落させ、防衛している戦力を考えれば。誰が生殺与奪の権を握っているかなど、考えるまでもない。
この状況でC.V.を淫らな宴に狂う者あつかいしたあげく。
“エレイラの計画をタダでよこせ”
“魔術師なら、小娘よりもっと素晴らしい秘術を編み出せる”
実質、そう告げる魔術師ギルドの連中に、エレイラはあきれ返っていた。
念のため魔力を視るも、大言を吐ける実力など欠片もない。〔関わるイコール時間と精神力の浪費〕となる集団だと、エレイラは判断する。
「さあ、時間は有限ですぞ。衛士共には過ぎた魔術装置を、ふさわしい者のとこ・・」
『怪火の硬貨』
「「ッ!」」
「なあっ⁉」「いきなり何をっ!」
「・・『銅貨の流れよ』」
「撃ち返せっ!『ファイ*~ぼ・・る』⁉!^;」
『幻影コイン』を造り操るだけ。そんな火力ゼロなエレイラの『魔術能力』が、世迷い言を打ち消す。
それに対し、ドンケル衛士長とケンザは一瞬だけ硬直し。
魔術師ギルドの連中は恐慌に陥った。あげくに部屋ごと焼き払う『魔術火球』を唱え始め。
『構成術式』を『フォービィーコイン』に阻害され、『火球』が光となって消え失せた。
「何をっ、いったい何をする気だっ!!」
「『怪火の硬貨』を放って、魔術を計っただけですけど?」
「ははっ・・それならそうと言ってくださらないと」「無礼なっ」「まったく、驚かせおって・・」
「火力の無い『幻影コイン』に怯え。既に知っている術に対応できず。
あまつさえ衛士たちの住まいで『火球』を放つ。
技量・精神ともに、私の『虹焰結界』を託せる相手ではないですね」
“能力不足”を宣告するエレイラに対し、魔術師ギルドの者たちは表情を歪めた。
だがエレイラに限らず、C.V.の魔術師ギルドへの評価はこんなものだ。
その理由は連中の『魔力』『魔術文化』が低レベルだから・・・というだけではない。
人の『宮廷魔術師』『冒険する魔術師』も、C.V.にとっては等しく低レベルな術者なのだから。
しかし“魔術師ギルド”に属する術者は、C.V.にとって〔賊よりはマシ?〕というぐらいに低評価であり。恋人・伴侶の選択肢として有り得ない連中だ。
〔何故なら魔術師ギルドは都市防衛に参加しないから。
都市の発展に貢献しないどころか、“賊”に協力しているためだ〕
この世界にはモンスターが闊歩しており。時として人間社会・都市をも脅かす。
そのため武力・ある程度の力を持つ組織は、モンスター狩りが義務となっており。怪物誘導を行う者は“邪教の信者”として、人類の敵に認定される。
そんな世界において、魔術師ギルドは神秘を探求する組織であり。ほぼ魔術師のみが集まり、魔術の秘密を守っている。
『肉壁』『盾役』となる人員をギルドに加えず、雇うこともなく。都市に被害を与えるモンスターと戦う訓練を一切しない。それ以前に怪物と戦う気がない。
〔魔術の秘密を守る〕ことを最優先に行動し。都市の危機になると姿をくらます。
〔魔力が低い高いとか、以前の問題だね~。後衛で戦う魔術師たちとは比べるべくもない〕
〔事実上、都市防衛で血を流す兵士・全ての人員に“寄生”しているに等しい〕
〔そして“寄生”を可能とするために陰謀を企て。盗賊ではあつかいずらい“毒物”を調合している〕
“暴君”“盗賊ギルド”ほど大勢の人間を苦しめ、“食い物”にはしない。魔力を認識するC.V.にとって、敵ではない集団だから放置しているとはいえ。
はっきり言って〔軽蔑に値する、魔術師の面汚し〕というのが“魔術師ギルド”だ。
なお基礎学問を教える『私塾』、魔術師を育てる『学院』の役目を“魔術師ギルド”は果たしていない。そういう『学び舎』『研究所』や『魔術関連の商会』に就職できず、戦う気概を持ち合わせていない。
それでいて気位ばかり高い魔術師が、寄り集まり“魔術師ギルド”を作ったのだ。
「ハッハッ。エレイラ様は面白いことをオッシャル。人は誰でも未知の魔術に、驚くものでしょう」
「情報収集が足りないようですけど・・・。他の魔術はともかく、私の『魔術能力』は他者に『観測』してもらう。
それにより『幻影コイン』の枚数・機能が上がっていく『幻術』です」
「それがいったいどうしたと・・・」
「「・・・・・っ」」
ドンケル殿とケンザは気付いたようだが。『観測』させるのは“露出”とは異なる。単に観衆の視界に入れば成立するわけではない。
〔観客が舞台劇を観る時と同様に。役者は舞台から、観客の顔が見えており〕
「つまり『幻影コイン』が他者からどう見えているか。仲間と敵の双方がどう感じ、両者の認識にどのくらいズレがあるのか?
『怪火の硬貨』を発動する術者は少しばかり視ています」
『偽金』として使えず、『悪貨』を模倣できない。面倒くさい『幻影コイン』を造り操るのだ。
『深淵』のようにのぞかれ/見返す。『観測者』を視て、『幻影』に磨きをかけ続けなければ。
『フォービィーコイン』などすぐに飽きられ、看破されてしまう。
イリス様たちのように、『魔眼・視線』を逆探知する技量があればよいのだが。エレイラなりに『観測者』『被術者』の反応を気にしていくしかない。
「その必要はないと愚考しますが・・・」
「幻術師C.V.様のこだわりは、小官には理解しがたいですな」
配下たちのつぶやきを聞こえないふりをして、エレイラは続ける。
「つまり魔術師ギルドの反応で、『フォービィーコイン』が既に知られているか否か。それぐらいはわかるということです。
そしてアナタたちにとって未知の魔術能力ですから。情報収集を咎める気などありません」
「ハハッ、よくおわかりで・・」「・・(小娘が偉そうに)」「・・・(だったらどうした!)」
「ですがこの反応はお粗末すぎます。情報収集をしただけで“終わってしまっている”
『怪火の硬貨』の応用方法・裏技に連携など。解析し、それが無理なら想像力を働かせる。
そういう考察をしていないから。少し初見の使い方をしただけで、アナタ方は大きく動揺するのでしょう」
「「「・・・・・ッ!」」」
情報収集だけで終わったあげく、それをエレイラに見透かされている。その言葉に魔術師ギルドのメンバーたちは、今度こそ怒りの表情を隠すことに失敗した。
エレイラとしてはもっと挑発して、そんな彼らに引導を渡してやりたいが。衛士たちの住まいで、魔術戦闘を行うわけにもいかない。
「とはいえC.V.として魔術師ギルドに敵対する気はありません。それに私のような『幻術能力者』は珍しく。神秘を探求するヒトの魔術師が、馴れない『マヤカシ』に驚くのはしかたありません。
そんなアナタたちにチャンスを進呈します」
「何だとっ!?」
世間なれしてない魔術師たちは、エレイラの言葉にあっさり飛びつく。あるいは命がけの戦いを避けられるなら、何でもいいのだろう。
「先日、始まった『宝探し競技』で、上位に入賞してください。そうしたら魔術師ギルドの敷地にも『虹焰結界』を構築しましょう。エレイラ・ベルチルドの名に賭けて誓います」
「それはっ・・我々は野蛮な荒事を行っている暇は・・」
「もちろん魔術を使える者にとって『宝探し競技』の謎かけを解くなど、造作もないこと。
誇り高い魔術師として、そんな不公平は認められないと言うなら。この話はなかったことにいたしますが」
「喜んで、その話を受けよう」「そうだっ。競技への参加が遅い我々は不利なのだ」
「『火剣』」に『ルビー』。それを得るだけでも火属性の魔術が・・・」
色々と言いながら、魔術師ギルドのメンバーは『宝探し競技』への参加を表明する。
それに対しエレイラは商人たちとの宴で行った、『剣舞』と『幻影コイン』を併せた舞を披露して。
『宝探し競技』のヒントを教え、彼らを送り出した。
『カワウソ妖怪』が人間を『喰い殺して』いる伝承がある。『狐狸』妖怪と比べ、凶悪妖怪として扱われているのは何故でしょう?色々、理由が考えられます。
まず私は『ニホンカワウソ』の動画を見たことがありません。あくまで外国に棲む、野生カワウソの番組を見た感想ですが。
〔魚を頭からかじる食事風景は、かなり野性的だ〕と思いました。キツネ・タヌキはもちろんのこと。ライオンですら獲物の頭をバリバリかじったりしません。
肉食獣の食事風景は〔地面横たわった、獲物に鼻面をこすりつけて。ムシャムシャ肉を咀嚼している。あるいは肉を丸呑みにする〕というのが大半であり。極論、ペットの犬猫と似たような食事風景です。
それに対し獣の『ニホンカワウソ』が〔魚を持ち上げて、頭からバリバリかじる〕食事をしていたら。
さらにそれを〔肉食を忌避する昔の日本人〕が見ていたら?
現代人なら肉食猛獣の食事風景を、明瞭な動画でいくらでも見られます。そのためカワウソの食事も〔少し野性的〕ですむでしょう。
しかし昔の人が(おそらく)夜行性のニホンカワウソを目の当たりにしたら。暗がり水音のする川の淵で、〔魚の頭をバリバリかじっている〕カワウソと遭遇したら。
〔妖怪カワウソはヒトを喰い殺す〕という伝承を作りたくなる。そのぐらいの恐怖体験をしたと、私は愚考します。“そんなの迷信”と笑えるのは、『動物番組』や肉食になれている。現代人だから言えることだと思うのです。




