18.最上級のシャドウ 旋天属性
魔術における『属性』。その中で天属性とはどういうものでしょう?
最低でも『地水火風』の四大を使えるのは必須であり。加えて『光属性』があるなら、きらびやかな演出・外面も求められると愚考します。
そして世界によって『雷』『時空』に『闇』などの属性も存在するなら。それらの魔術も行使できるチート賢者が『天属性』といったところでしょうか。
どう考えても人間のキャパシティを超えています。『大英雄』どころか、各神話の主神クラスに何柱いるかどうかでしょう。
そこでこんな魔術・異能者を考えてみました。
『旋天・小飛竜』
扇奈の発動した『魔導能力』を聞き、彼女のマスターが顔をしかめる。それに気づかないふりをして、扇奈は己の能力を開放していった。
「・・・ちょっと扇奈!どういうつもりなの?」
「緊急任務でございます、マスター。イセリナ団長から指令が下されました」
イセリナ・ルベイリー。イリス様の義妹ということになっている、光属性のカオス・ヴァルキリーだ。今回、ウァーテル侵略を行う軍勢の参謀であり、本隊の陸戦師団を率いている。
当然、、秘匿通信である『フォトンワード』は使用可能であり。とはいえ彼女の現在位置からは、距離的に『フォトンワード』の範囲外だ。そのため〔指令のやりとりなど不可能だ〕ということは全員が周知している。
にもかかわらず〔緊急任務の指令が出された〕と扇奈は告げる。腹心二人の勝手な行動に、イリス様の瞳が冷たい光を放つ。
「それで、どんな任務なの?」
とはいえここは敵地の最前線だ。そこで内輪もめの醜態をさらすほどイリス様は愚かではない。
そんなイリス様の聖賢と慈愛につけこみ、扇奈は〔緊急任務〕を伝えた。
「マスターはこれより、少数でウァーテル政庁に突貫なさってください。
そして敵方の王を討ち、ウァーテル占領を宣言していただきたいのです」
「・・・・・・・・・・ゴメン。もう一回言ってくれるかな」
ウァーテルを占領する。それは多種多様な文化・勢力と外交を行う。交渉し、取引きを行い、武威を示し続けることだ。よって安直な暴力・軍事力の強さを示せばいいというものではない。
〔既存の支配階級が無能である〕ことを知らしめ、宣伝する広報戦を行い。
都市を半包囲しつつ、住民に被害を与えない。善政を敷く可能性のある名君であることをアピールしつつ。敵の補給・経済を妨げずに攻城戦を行う。
さらに各勢力という観客が見守る中で、一進一退の攻防劇を行う。イセリナ騎士団と現ウァーテルの軍勢が、同レベルの戦力を持っているように偽装しつつ。劇的な勝利によって、都市ウァーテルの占領を成し遂げる。
とにもかくにも広報戦で勝利し。住民・各勢力の心理誘導を行うのが、カオス・ヴァルキリーたちによるウァーテル制圧作戦だった。
「マスター、イリス・レーベロア様にはこれより少数の配下とともに政庁へ突撃していただき。敵の王を討ちウァーテル占領を宣言していただきます」
それなのに広報の計画をぶちこわしにする。〔戦闘力のゴリ押し〕をしろという指令が出される。イリスが疑問に思うのは当然だった。
そもそも“盗賊ギルド”に対し正面戦闘はリスクが高い。戦争で勝っても四六時中、暗殺者に狙われ続けるはめになる。それも家族・友人に至るまで、全員が暗殺・なぶり殺しの対象だ。
『軍事作戦に質問がまずいのは承知だけど。作戦変更の理由は言える?』
『無論でございます』
『光術信号』による秘匿会話を行う。
イリス様の意思は本来ならば絶対であり。それをだまし討ちのような形で曲げる言い訳は、扇奈としてもぜひ行いたい。
『端的に言えば人的資源を守るためです。広報戦によってプライドを傷つけられた連中。資産が減ると判断した“盗賊ギルド”がどんな凶行に走るかわかりません。
ですがマスターが優しい顔を見せれば、彼奴らは必ず非道な作戦を実行します。広報戦の効果が現れる寸前に、絶対、間違いなく』
えらい言いようである。だがこれに関しては扇奈たち上級シャドウ、イセリナと配下の知将たちも完全に意見を一致させた。悪徳都市ウァーテルにはそれだけの前科・血塗られた歴史がある。
『それゆえに作戦を急遽、変更いたしました。お叱りはいかようにでも』
『・・・作戦中にこれ以上の雑談はまずいか。わかった、ボクは政庁に突撃する。扇奈、加速術式のサポートをお願い』
『申し訳ありませんが、私はこの場で殿を務めさせていただきます』
「ハイィ!?」
『マスター、〔フォトンワード〕を維持してください』
動揺でイリス様の秘匿通信の術式が一時的に切れる。
イリス様にとって、扇奈の別行動はよほど意外だったのだろう。扇奈としても本来なら、主のお側を離れるなどあり得ない。だが今回のウァーテル占領では不興を買ってでも、イリス様に単独同然の突撃をしてもらわねばならなかった。
『先ほどから不穏なつぶやきが聞こえてきます。私はシャドウの長としてその芽を絶たなければなりません。どうか別行動のご許可を』
ここでイリス様が別行動の許可を出さなければ、それはそれでかまわない。扇奈たちシャドウの主はイリスしかいない。本来なら一騎駆けなど、聖賢イリス様が取るべき行動ではないのだ。
作戦は中途半端になるが万に一つのリスクを冒して得るほどの戦果でもない。それよりもイリス様がマスターとしての自覚を持つことのほうがはるかに重要だ。
『しょうがないね。扇奈がそこまで言うなら任せるよ』
どうやら扇奈の本当の願いは通らなかったようだ。
『その代わり!いい機会だから扇奈も名前を売ること。
殿を務めるんだからそのくらいはしてよね!』
『私は一応シャドウの長なのですが』
『これは命令だよ!ボクも少し本気を出すから扇奈もねっ』
どうやら扇奈の望みは当分、かないそうになかった。
一方そのころ・・・
「ヌガァッ!頭がワレッl、割れる`;+:**」
「落ちつけっ!これは幻覚だっ!召喚術など伝説にすぎん」
「でもっ!だけどっ!だったらこいつらわぁー/:**~--」
正門の周辺は狂乱の只中にあった。
『旋天・小飛竜』
その一声と同時に旋風が巻き起こり。空中から無数の『飛蛇竜』が出現したのである。大人の腕ほどの大きさで、東方の龍を模した外見の『飛妖』。それは中級冒険者と同等の戦闘力があるならば、どうということのないモンスターであるはずだった。
実際、怪龍の攻撃力は低く、その牙で倒れるものはおらず。体当たりも突風程度の威力があるかないか。後衛の魔術師がよろめいた、転んだという程度である。
人の命を奪う戦闘職が、そんなものにひるんでなどいられない。速やかに排除するか、無視して元凶の術者を抹殺するか。
そう考えた悪徳都市ウァーテルの用心棒たちを“吐き気”が襲った。
「こっ、これはいったい⁉」
疑問をなげかけつつも、大半の者が考えたのは『毒の魔術』だった。暗殺で毒の刃が使われるのだから、猛毒の霧をふりまく『魔術』があって不思議ではない。多対少数ならば、有効な攻撃手段と言えるだろう。もっとも備えを怠る愚か者に対してだが。
「落ちつけ!解毒薬を飲みほせ!」「「「「おおっ!」」」」「へっ、もうやっている・・?!*;」
ここは悪徳の盗賊ギルドが支配する都市であり。毒を用いる者など珍しくもない。戦闘に携わる者なら解毒薬は標準装備だ。
上を目指すなら解毒手段を複数備えるのは必須事項と言える。よって自衛の武器と同等に、解毒薬も大量に様々なものが普及している。用心棒たちは次々と解毒剤を飲み干していき。
「うぐっ!?」「おぼぉっ‼」「「「「・・;`/*ェェーーー」」」」
そして本当の悪夢が始まる。
「「「オ『それではマスター、どうかご武運を』ーーー」」」
『行ってくるね扇奈。あ~、君も油断しないように』
『かしこまりましたマスター。全ては貴女様のお望みのままに』
そんな返答をする扇奈に、イリス様はため息をついてからウァーテルの中心部に突撃する。
お優しいマスターのことだ。目をつけた人材を取り込みたかったのだろうが。扇奈の無事を優先して〔油断しないように〕というウィプス・トークなのだろう。
個人的にそれは嬉しい。だが扇奈はシャドウの長であり。
マスターの願いは可能な限りかなえたいものの。それには一定の条件がある。
「さてと。気分はどうかしら?ゴロツキども」
「「「「「「「「「「・・^`;+*!,/:!!*」」」」」」」」」」
北風より冷たい、扇奈の問いに答えられる者はいない。
先ほどまで仮にも戦場だった正門の周辺は、今や酸っぱい異臭で惨憺たるありさまだった。
『旋天・小飛竜』
それは扇奈の編み出した『魔導能力』であり。風属性をメインに、『他属性』にも干渉する。『下位の天属性』というべき、魔導の技だ。
その力は天の属性に魔力量で及ばず、万能にもほど遠い。ビリヤードの玉突きのように、どうにか『他属性』の玉を動かそうという術式である。
その証拠にゴロツキ連中を七転八倒させるのにこんなにもかかってしまった。
「ヒューッ、ヒューッ・・・;*っ」「何をしたっ。何をしダ貴様はっ!」
今回、扇奈が行ったのは空気を薄くすること。真空・窒息の術式に近い結界をはって、敵の呼吸を支配下に置いたことだ。高山病にかからせたと解釈してもいい。
当然、高山病は毒ではない。よって勘違いして解毒剤・水分を急にあおれば、高山病の嘔吐感は増幅される。それどころか服毒してない者が『解毒剤』を飲めば、その副作用に苦しむのは必至だ。
「それが人にものを尋ねる態度かしら?まあ今の私は機嫌がいい。貴様らがどういう攻撃を受けているか教えてあげる。
『旋天・小飛竜』これは空気の成分を偏らせ、邪妖と化す魔導よ。空気が濃くなれば突風となり。薄い空気は山神の息吹(高山病)をもたらす」
『風術の窒息』の場合だと、球状の『結界内部』で空気を薄くして敵の息を止める。もしくは薄い空気塊を撃つ攻撃魔術だ。『死の魔術』に近い効果をもたらすが、せいぜい中の下程度の『魔術』に過ぎない。
『結界』を破壊できなくとも、落ち着いて息を止める。結界の範囲から脱け出せばレジストは可能だからだ。
「だけど『小飛竜』にそれらの対処法は通じない。吹きつける旋風をかわせないように。
私の『小飛竜』から逃れることはできない」
というか『幻影の飛竜』に右往左往している連中に、窒息の波状攻撃をさばけるはずがない。本来、飛竜の幻影は空気成分を可視化する目印にすぎなかった。
だが敵の混乱を誘うのに有効なため、通常は空気の成分操作と幻術はセットで発動させる。
「そういうわけだから今さら『呼吸』の術式を唱えても無駄よ」
「ッ!」
『呼吸術式』の発動を妨害、効力の激減に、発動する座標をあさってに変える。他者の『風術』に干渉するなど、扇奈にとって造作もない。もっとも薄い空気の流動・波状は魔術による呼吸をすぐに囁きへと変えるだろうが。
「さて、ネタばらしも終わったところで。貴様らには二つの選択肢がある」
ネタばらしというセリフとは裏腹に、扇奈の口調に得意気なところはない。
『高山病』どころか『窒息の魔術』にすら抵抗できたか微妙の連中など、彼女からすれば牙のない蟻も同然だからだ。そんなザコを踏みつぶして、愉悦にひたる趣味は扇奈にはない。
「聖賢の御方に降伏して忠誠を誓うか。それとも身の程をわきまえず無駄なあがきを続けるか。好きなほうをえらぶといい」
そう告げる扇奈に答える声はない。高山病は命を脅かす病だ。その症状が解毒剤の副作用と相乗されれば、文字どおり死の苦しみとなる。
返答などできるはずがなかった。
そういうわけで人間に分相応の天属性、下位互換を登場させました。
神様にはかないませんが、魔人・勇者とはそれなりに戦うのを目指します。




