172.歓楽の街~波乱の前に
江戸時代に行われていた『宗門改』。キリシタンをあぶり出すため、全国の寺社が住人の宗派をチェックしていた制度です。これにより幕府は労せずして、全国の『戸籍情報』を得られた。
本来、独立国に近い『諸藩』『外様大名』の『戸籍』も知ることができたと愚考します。
しかも単なる『人口』の推移だけではなく。『石高』『経済情報』に関しても知ることができた。あくまで土地の『収穫量』を調べるにとどまっていた『検地』よりも、正確に『経済』について知ることができたと愚考します。
ルサーナの魔術能力である『多色怪毒』によって、オークの唾液を砂利のように固体化し。口の中を乾燥させる。加えてサヘルが得意とする『錬金光術』で、その固体化した唾液を口内・気道に吸着させた。
そんな『合魔術式』は突然、編み出され。
それによりオーク共は渇き・呼吸困難に陥り。鈍重な身体を動かすのに必要な空気を求め、戦闘どころではなくなってしまう。こうして“暴行豚”はサヘルとルサーナの2人によって壊滅させられた。
その後、援軍がやって来て。『合魔術式』でオーク集団を壊滅させたサヘルたちが、真っ先にやったこと。
それは『オークバスター』の痕跡を隠蔽することだった。
「『液化毒塊』×15」
「よしっ、次に行くぞ」
ルサーナが『毒』と認識したものを、『気体』『液体』と『固体』に形態変化させてしまう。
彼女のメイン【魔術能力】である『ワンダーヴェノム』。
サヘルは珍しくルサーナに命令して、オークの口内にある塊を液化させる。これで砂利と化した唾液は吐血・吐しゃ物にまぎれ。『オークバスター』の術理は謎につつまれるだろう。
「主様。何故、このようなことをなさるのですか?」
「オレはオークスレイヤーになる気が無いからだ」
今回は突然の襲撃で、イズン村を防衛するため戦ったが。サヘルの役職は歓楽街のボス(仮)であり。本業は術式をアレンジ・考察する『研究者』でありたいと思っている。
“殺戮”の魔術を編み出す、魔術兵器あつかいされるなどゴメンこうむりたい。
「それに今回はオークだけを狩る術だったが。
そのうち〔他の“暴行亜人”を抹殺する魔術を作れ〕〔暴行亜人を退治し続けるため転戦せよ〕“敵国の人間だけを殺す魔術を作ろう”なんてことになるのは嫌だからな。
『オークバスター』は今日、この時をもって封印したい」
「・・・・・」
「もちろんルサーナとの『合魔術式』は、もっとすばらしいものを考てみせる。
そのためにも『オークバスター』は封印すべきだ」
「マイマスター・・・コホンっ。主様が色々とお考えなら、仕える私が言うことはございません」
「すまん、戦闘後なのに無理をさせる」
「ッ・・・‘`・・`」
サヘルの謝罪に対し、ルサーナは魔力補充を求めてくる。やわらかい唇を小さな舌がなめて、甘い吐息を吹きかけきた。
「ところで主様。同僚の方なら、この処置(痕跡の抹消)は通じるでしょうけれど。
私より格下のC.V.でも、処置を解析する。隠蔽の意図に気付くのでは?」
「・・・・・・・・・・ッ」
それはルサーナの杞憂というものだ。清浄を好むC.V.様、お忙しい聖賢の御方様がこんなオークの死骸が転がる山中に来るはずがない。それが人間の組織というものだ。
サヘルはその事例をパートナーのC.V.に対し、懇切丁寧に説明し。
即座に隠ぺいとその理由を説明しました。
「やはり、このような不誠実なオトコなど、ルサーナにふさわしくない!」
「まあまあ、クララ魔導師団長。サヘル君にも言い分があるんだし」
「「・・・・・」」
設営された陣幕の中。そこにはサヘルにとって雲の上におわす御方たちが、来訪されていた。
聖賢の御方様。シャドウ一族の恩人であり、主君であるイリス・レーベロア様。
そして魔導師団長を務め、かつてルサーナの属していたパーティーリーダーだった。ルサーナにとって姉や母親がわりであり。
同時にお館様が敬意を払う重要C.V.のクララ・レイシアード様がいらっしゃった。
〔何故、ここにお二方がいらっしゃるのか〕〔クララ様の正体は?〕
そんな興味を抱いただけで、サヘルなど破滅させられる。超常の理不尽が降臨されていた。
「サヘル君の危惧したとうり。『暴行豚を殲滅』の魔術(能力)は、“愚王”に悪用されかねない。
まあバカに『ワンダーヴェノム』のサルマネはできないけど。奴等の試行錯誤イコールまともな人々の苦しみだからね~」
「だったらそもそも『種族殲滅』を編み出すべきではなかった。私たちに任せて、撤退すべきでしょうに」
クララ様の言葉にルサーナが身を縮める。それを歯がゆく思うも、サヘルは額を地面にこすりつけることしかできず。
「・・・クララ・レイシアード。それはボクの【本業】に対する侮辱かな?」
「・・・」
「「っ!?」」
イリス様の冷たい魔力にさらされた。陣幕を突き抜けて、放射されないソレは殺気とは違う。
上位C.V.が己の意思を押し通すための、研ぎ澄ました刃であり。
冷静さを失っているクララ様が、対抗できるような力ではない。
「まあクララ魔導師団長が昔のパーティーメンバーを心配する気持ちはわからなくもない。
だからサヘル君はクララ団長が喜ぶような提案をできるかな?
君の得意分野で彼女が能力を認める。もしくは幹部がフォローしたくなる意見を言えるなら、事を荒立てなくて済むんだけど」
〔事を荒立てる〕これは上位C.V.による魔術戦闘と考えるべきであり。人族の大軍を壊滅させる広域魔術か、それに対抗しうる身体強化の理不尽が激突することを意味する。
“誤射”ではなく余波で地形が変わる、終末の始まりだ。
「少々、お待ちください」
「いいよ。期間は三週間ぐらいでいいかな?」
「・・ただ今から提案いたします」
〔〔〔絶対に最初から準備していたな〕〕〕
そんな視線3人分をものともせず、サヘルは企画を述べ。
「イセリナにどう伝えようか?〔“暴行亜人”のせいでこの企画が消えるとこだった。テヘッ〕
な~んて言ったら、『ハンドレッドデイ』が発動したりして」
「・・・・・全くこれっぽっちも笑えないジョークね。姉君の貴女が伝えるべきでしょう」
「え~~、ヤダなあ」
上の御方にあるまじき、口調が飛び交う。
とりあえず功労者として、サヘルは憐れな『伝令役』を免除されたものの。
〔報奨に【休み】をください〕と言うべきか、真剣に悩んだ。
昼でも暗い山林の奥。エルダーオークに『寄生』して、オーク集団を操っていたヨグスは命の危機に陥っていた。
『キャリアーアラクネ!アラクネレギオンッ・・レギオンワンダー!!』
「ヒィッ!?」
クモオンナが襲いかかってくる。『竜爪獣』とかいう、聞いたことの無いバケモノを操り。
〔頭でっかちの女衒と聞いていたから、危なければ助けに入るつもりだったけど。必要なかったわぁ〕
そのセリフと共に、ヨグスの切り札は“喰われて”しまった。えぐり引き裂かれ叩きつけられたあげく、妖糸に絡め取られ。クモ型のナニかに“貪り”喰われた。
〔オレはオーク共の腹に仕込んだ、『病毒』を川に流し込もうとしただけなのに。何でひどいことをするのだろう!〕
そう考えた、瞬間には利き腕、両脚が削り取られた。かくしてヨグスは触手を伸ばし、ヒル・ナメクジのように地面を這い進み。
「・・・・・」
「ッ!?」
「貴女様はっ・・・」
分体・養分を蓄えていた場所への道をふさぐように、ソレはたたずんでいた。
『*』
「ガポッ・・+・;・・・っ*」
そしてすぐに違うと理解させられる。唐突にヨグスの身を水塊が覆い、ひさしく忘れていた溺死の恐怖を思い出させた。魔薬で『寄生』能力をもつ身体になり。ヨグスは水中呼吸の能力も併せて得たにもかかわらず。
冷たい水が能力を封じ、殺気が思考を凍てつかせる。
「魔導師団長・・・ソレは私の獲物なのですが・・」
「ああ、悪かったわね。少しばかり、妹分が世話になったので、お礼に来たのよ。
タダでとは言わない。コレの始末、私に譲ってくれないかしら」
「対価をいただけるなら、不満などあろうはずもございません」
「そう、よかった」
そんなやり取りが交わされ、ヨグスの身柄はたたき売りにされる。青白い宝石が宙を移動して渡され、追手のクモ女は素速く姿を消してしまい。
「ふぅ、やっぱり私に無詠唱の才能は無いな。これで魔術を発動すると、アリを踏んでいると錯覚してしまう」
〔やっぱり処刑の魔術には詠唱が要る〕
「・・+`:*ーー>~ッ」
聞きたくもない心の声を理解し、ヨグスは全てを捨てて命乞いした。同時に冷たい水のカタマリが異形の身体をしめあげ。ナメクジのような身体が、中途半端に人間態へと戻らされる。
人間の痛覚・異形の生命力が混在する、最悪に無力な姿をさらす。
「:っ*ッ-~」
『天の滴にして陽を隠すもの 瞬きは慈雨に、咆吼は地を削る濁流の杖と化せ
渇きの領域を侵し、罪科の悲鳴を雲海にいざなえ マトリェルハイロゥ!』
空の色が変わる。それは怪物の『目』であり『陣』を兼ねた。ヨグスの全てを見通し、処刑するための刑場だというイメージが突きつけられ。
そこからヨグスの地獄が始まった。
混成都市ウァーテルの軍団において、騎馬は珍しい兵種だ。実戦部隊が複数の身体強化を行使するため。馬の機動力・突破力が勝敗を左右する切り札たり得ない。むしろ『錬金アイテム』『魔竜鬼』に怯えてしまう、馬は維持コストばかりかさむ。
そういう考えのため騎馬は少ない。
しかしその少ない騎馬を駆って、サヘルのところへ要人が急行して来た。
「お目にかかれ・・・」
「挨拶などいい!貴官の口から直接、企画を聞きたい!」
「お~い。いつも礼儀にうるさい、宰相閣下が何を焦っているのかな?
企画は逃げないんだから、」
「姉上!大事な話をしますから少し、ちょ~っと口を閉じていただけますか?」
「ハイ・・」
サヘルは何を見ているのだろう。中級シャドウにすぎない小人は、眼前の主君・要人によるやり取りに理解が追いつかない。時は金なりと言うが、これはないだろうと思う。
「防陣を展開!重騎士隊は周辺を固めよ!工兵隊は(偽装)工作を始めなさい!」
「「「「「了解でございます!」」」」」
オークとは比べるのもおこがましい、巨漢たちが迅速に行動する。その威勢に腰が引けそうになるのを耐えつつ、サヘルは企画の内容を反芻して。
「落ち着いてください、サヘル様」
知的な女性に、背後から言霊を投げかけられた。
それに対しルサーナが守るように割って入る。
「貴男様の提案はまさに英断と言えるでしょう。
私の名はエレイラ・ベネチルド。8級虹焰属性のC.V.として、イセリナ様のパーティーで財務を務めております」
商人風の服飾を動きやすくアレンジして着こなしたC.V.が正式な挨拶が行う。
それは新たな波乱が確定した瞬間であり。
「それで?〔オーク共の魔石を処分する〕という計画をどう進めるおつもりでしょう」
歓楽街で首を長くして待つマリーデたちによる、サヘルへの“お仕置き”も確定した瞬間だった。
この妄想をした理由は、某金帝王にあった〔宗派の総本山〕に関することを読んだため。各地の寺社は、総本山に収入の半分をも納める必要があるとのこと。それなら『上納金』が増減した場合、必ず理由を報告しなければならなかった・・・と私は推測するのですが、いかがでしょう。
“御仏・天運によって上納金が増減しました”“豪遊して、商売に失敗しました”
こんな理由で『上納金』が減ったなどと、報告できるはずがありません。
そもそも『宗門改』で人口は数値化されており。人口比からどのくらい『上納金』が納められるか、総本山は計算でき統計を作れる。『宗門改』を閲覧でき、総本山を監督できる『寺社奉行』やその上役は、日本全国の経済状況を知ることができたのではないか?・・・と愚考します。
そして不自然な数字が出てきた場合、生臭坊主の横領を疑う。もしくは“飢饉”“悪政”によって住民が貧しくなり、寺社が得られる『お布施』が減ってしまった。総本山やその上の権力者は、そういうお財布事情を知ることができたのではないか?
そんな妄想をしてしまう、今日このごろです。




