167.歓楽の街~戦闘準備
徳川十五代の将軍たちの中で、最も名君としてあげるなら誰でしょう?私なら八代将軍、徳川吉宗を推します。
たくさんの兄が次々と病死したり。失禁癖のあるわが子に、将軍を継がせようと躍起になる。後継問題に関しては、不穏・愚かさがある将軍という話もありますが。
アンチ忠臣蔵の私としては『参勤交代』を止めただけでも、名将軍だと考えます。
〔諸大名に財政改革・再建の機会を与え、将来的に徳川幕府が倒れる一因になった〕という説もありますが。あのまま『参勤交代』が続いて、諸大名が弱体したままだったら。
〔幕末、外国勢力に日本が蹂躙される歴史もあり得た〕と愚考します。
『竜爪獣』を操る女シャドウの霧葉様。彼女から情報を得たサヘルとルサーナの二人は、オークの集団を討つべく出撃した。
魔薬でオークに化けた賊が『混成の暴行亜人』を増強する。あげくに指揮するとなれば、イズン村の住人たちでは防衛どころか避難すらままならない。
多分に憶測のはいった、行き当たりばったりな行動だと思う。だが最悪を想定して二人は出撃した。
「悪い知らせよ。こちらに向かってオークの集団が行軍しているわぁ」
上級シャドウの霧葉様が直接、知らせにやって来た内容は最悪に近い。
魔力感知ができるC.V.を従えている。ご自身も上位C.V.である聖賢の御方様は、高魔力を持つ変異種が出現したら感知が可能だ。
しかし現状、そういう情報が無いにもかかわらずオークが組織化され行軍してくる。明らかに異常事態であり。その全容をつかむまで、情報収集などしていたら。
略奪暴行の災禍はイズン村だけにとどまらないだろう。
「それでは予定通り、私たちは出撃してオークを狩ります」
「悪いけど私はこれ以上、手伝えない。
ウァーテルの脅威にならないかの、探索を優先させてもらうわぁ」
「ごもっともでございます」
サヘルたちはお館様に仕える組織の一員であり。情熱で動けるヒーロー・冒険者ではない。
上級シャドウの霧葉様は『暴行亜人』の集団を調べ、上に伝える。“魔薬”や他の脅威がないか、探り伝える義務がある。
〔『分割払い』の計画を守るため〕という理由で、サヘルとルサーナがイズン村のために戦う。それが許されるだけでも、融通の利く組織だろう。
「とはいえ貴方に〔ご武運を〕などと言うのは、私の趣味ではないし。餞別をあげるわぁ
『ドラゴンクロウ!アラクネクロウ!ターンアラクネ!!』」
霧葉様の言霊によって、竜の爪?が灰色グモの竜爪獣へと変じていく。軽装甲で、明らかに戦闘用ではない。
だがサヘルたちには必要であろう手札が誕生する。
「これは?」
「術者が進んだ道を、戻ってくる。帰り道にだけ使える、脱出用の竜爪獣よ」
「・・・」
「不満なのはわかるけど。あの村を守る契約は、私たちは結んでいないわぁ。
〔援軍を呼んでくる〕と言っても、問題無いでしょうね」
間違いなくイズン村の住人を皆殺しにして、余り有る戦力が近づいている。そして足の遅いトロールはともかく、ゴブリンや未知のオークもいると考えるべきだ。
「上級シャドウ霧葉の名において、命じる。生存を最優先に、情報を持ち帰ることをその次に優先しなさい。上の御方たちも貴方が発明する術式を評価なさっている」
「もったいないお言葉でございます。ご命令、確かに承りました」
こうして決死を禁じられた、戦いが始まった。
『オーク』という“暴行亜人”がいる。肥満体にみあったパワーと耐久力を併せ持ち。ゴブリン・トロールなどより、はるかに強固な『集団』を作る。移動経路の食料を食らいつくし、飢えをもたらす。女性を確実に“使い潰す”魔物だ。
「だけどオレにとっては、いい点数稼ぎができるザコにすぎない。『光術目印』」
体重とそれを活かすパワーで攻撃できるのはオークの長所であり。動きが遅い短所は、集団の力によってカバーする。
とはいえ豚男の名のとおり、『猪』の長所は失われており。感覚が鈍いオークには、サヘル程度の『隠行術』でも接近できる。加えてその重い体躯を二足歩行させるため、移動ルートの予測もたやすい。森林・山間部なら得にだ。
サヘルは設置した術式で、オーク集団の全容を知るための『光術目印』をその足首に付与していく。不可視・微細の光による『フォトンポイント』に、オーク集団は気付く様子もなく。俯瞰視点にオークを示す光点が刻まれていく。
「『『『アンチヴェノム』』』『ポイズンポット』そして『『『ワンダーヴェノム』』』」
一方、サヘルの隣ではルサーナが戦闘準備の魔術能力を連発していた。
まず『毒の術式』を無効化するための『アンチヴェノム』をサヘルに重ねがけする。それから『ワンダーヴェノム』を効率よく発動するための『毒液の貯蔵』を用意してから。
その一部を『毒の固体化』で凝縮・錬成していく。
「準備が整いました主様」
「わかった。こちらはもう少しかかりそうだ」
そう言いつつサヘルは魔力補給を行うべく、ふところのアイテムを探る。その手を押しとどめ、ルサーナが身体を密着させてきた。
「んっ・・・」
軽装の魔術装備をまとっている身体にやわらかさはない。
ただ舌だけが艶めかしく動き、サヘルに熱量を流し込んでくる。
「戦闘準備中だぞ、ルサーナ。いったいどうした?」
「せっかく恋敵殿が(逢瀬の)時間を譲ってくださったのに。それを活かせない愛人の不甲斐なさが出てしまいました」
イズン村との厄介な恫喝外交をするのだ。敵地に近い場所で、逢瀬を楽しむ余裕など無い。
だが久々(ひさびさ)に逢ったのも事実。ルサーナとしては、余裕が無いのは仕方ないとしても。
圧倒的な魔力を行使して、強酸の範囲攻撃でオークの軍勢を殲滅したい。そうしてサヘルの安全を確保しつつ、ささやかな逢瀬を楽しみたいのだろうが。
「んんっ!?」
「すまないな、ルサーナ」
口先だけの謝罪をしつつ、サヘルは熱を彼女に送り返す。驚きつつもルサーナは返された魔力以上の量を、ヒモ野郎流し込み循環させた。
それによりサヘルは一日だけ、単なる人間としては有り得ない魔力を得る。魔力量はもちろん、それを巧みに操るための『認識』の力を獲得した。
「おまえが全力を出せば“混成の暴行亜人”どもなど敵ではないのだろう。
だがそれで地形を破壊しては、口さがない連中が騒ぎ出す。治政が安定せず、たまの逢瀬を楽しむだけの状態が続いてしまう」
『ワンダーヴェノム』の魔術能力は使い勝手がいい。力押し、奇襲に錬成まで自在にこなせる。
しかし『毒』の術式というだけで、邪悪な魔女あつかいされてしまう。“毒殺”を行う貴族は必要悪と言われ。タバコ、地下水路の病毒には目鼻をふさぎ。
あげく間接直接の両方から惨殺を行う。そんな“外道集団”に媚びを売って、『ワンダーヴェノム』を使うルサーナたち魔女系C.V.だけを迫害する民草。病を治療し、解毒を行う魔女狩りを扇動しつつ、病毒を利用する賊の何と多いことか。
「そんな現状を変えるためとはいえ、苦労をかける。
以前から考えていた『術式』がある。この作戦を終えたら、試してみよう」
「マイマスター・・・」
舌が浮くサヘルのセリフに、純情C.V.が瞳を輝かせる。その表情を目の当たりにして、サヘルは己の最期が地獄行きだと確信した。
数時間後。ほとんどの戦闘準備を整えたサヘルは、ルサーナに俯瞰視点の操作を委ね。
「では出撃する『旋風閃光』!」
「どうかご武運を『ワンダーヴェノム』」
『ワンダーヴェノム』の発動と同時に、サヘルに付与されている『アンチヴェノム』の一つに負荷がかかる。そうしてサヘルの片耳に付着させた碧色の溶液が明滅した。
『聞こえますか、主様』
『ああ、聞こえている。指示は頼むぞ』
『お任せください』
サヘルとルサーナ。二人とも器用だが、万能にはほど遠い。秘匿性の高い魔術通信を、遠距離で戦闘中に交わす。それを『ノーリスク』で行うことは不可能だ。
そしてオーク集団を確実に全滅させるため。俯瞰視点で眺めながら、適切な指示を出す者と、前衛が連絡を密にする必要がある。
よって通信アイテム代わりの碧色の溶液を錬成した。二人の魔力でのみ震動し、互いの声を伝える。
もっとも『アンチヴェノム』を付与しても長時間は使えない、リスクつきの『術式』だが。〔退治〕ではなく、少人数で〔全滅〕させるためには、やむを得ない。
『前方にオーク二体を確認』
『こちらも確認した。近接で仕留める』
そうしてサヘルは機動性と怪力を両立させた身体強化・・・ということになっている『旋風閃光』を加速させた。
そうして“にわか”肉食獣なオークの死角から、間合いを詰めていく。
「・・・ッ」「ブグァッ!?」
標的の側面から、片手斧を振り一体を仕留め。その一体目を二体目のほうに倒れさせ、動きを封じたところで脳天を割った。
『二体の撃破を確認』
『フォトンクリーン』
オークの血脂がついた斧の刃を術式で洗う。そうして次の標的を求め、サヘルは移動した。
オークにはいくつか短所がある。特に邪法の類で急成長したオークは、その短所が顕著だ。
それは視界が狭く、死角が広いこと。獲物を狙う肉食獣のように、射程視力(遠目)は悪くない。
だが太い首は回らず、安物兜など装備すれば、視野はさらに狭まってしまい。
『光学情報』を重視なさる聖賢の御方様に仕える者として、サヘルがその死角をつくのは造作もない。風向きにもよるが、サヘルにとってオークへの奇襲は成功して当然のことだった。
私が最も徳川吉宗公の偉いと思うところ。それは『米将軍』とあだ名をつけられたことです。
米相場に介入して、価格調整をした。〔武士の棟梁にあるまじき、商人の真似事をする〕と嘲笑う“バカ”もいたそうですが。
米相場は今でいうところの、食料価格に直結する最重要事項であり。高すぎれば平民が飢え。安すぎれば年貢で生活する武士が困窮する。ジョークが通じない重要事項です。
よって米相場に介入しない将軍・老中たちは〔他人が困窮しようが、飢えようが知らん〕と言っているに等しく。
米相場に右往左往して、介入する徳川吉宗こそ〔他人の苦しみが理解できる為政者〕だったと愚考します。
まあ〔結果が全て〕〔経済の素人が、権力を乱用して引っかき回しただけ〕という意見もありそうですけど。




