166.歓楽の街~ワンダーヴェノム
北欧神話の『トール神』〔『トールハンマー』は帯電しているだけで、天空の雷神らしくない〕〔農業の神と言うより、漁業・船大工の神様だと思う〕
好き放題、言いましたが『神話』は地域・時代によって変化するもの。このぐらいの変化は何処にでもあり。まして剛勇の神『トール』の威名が傷つくはずもありません。
それでも『トール神』を雷神・農業神と主張するなら。『トール神』の戦車をひく二頭のヤギ。
『タングリスニ』と『タングニョ-スト』の神話を分析すべきでしょう。このヤギ二頭がひく戦車の音が『雷鳴』をあらわし。『トール神』に食べられても骨と皮を残しておけば復活する、二頭のヤギは『畜産=農業』の象徴かもしれません。
カオスヴァルキリー、通称C.V.と呼ばれる戦争種族がいる。(戦闘種族ではない)
ヴァルキリーのように武術・魔術を操りながら。神に仕えず、様々な文化を混成した女系種族。それがカオスヴァルキリーという存在だ。
その魔術能力ゆえに、C.V.は人間からすれば混沌の魔族に等しく。殺しあいから経済・芸術など、あらゆる戦場で勝利をおさめ。その結果、C.V.は、ヒトの努力を踏みにじる魔女と忌み嫌われている。
しかしC.V.は無敵の戦乙女などではない。
少なくともルサーナはサヘルという人間の男性に敗れ。それをきっかけに、従属し男女の関係になっている。
〔全てのC.V.が理不尽な存在だ〕と言うヒトは少なくないが。それは口先だけの無能が嫉妬しているにすぎない。ルサーナと同程度のC.V.なら、しかるべき勇者が勝利することは充分に可能だ。
「反応があったのは、この辺りのはずだけど・・・」
主様が村の長と会談をしている最中、ルサーナは騒々しい『声音』を捉えた。魔術にうとい人間たちは、それを『念話』『術式通信』と呼んでいるのだろうが。
『五感』で魔力を感じられるC.V.にとって、ヒトの『念話』は秘匿に失敗した暗号に等しい。隠しているつもりで、悪目立ちしている。ヒトの『術式通信』は魔力の騒音に等しい。
「これはっ・・・」
『術式通信』が行われた場所に赴くと、そこには一人の人間が倒れていた。そうして倒れている人物の脈を確認しようと、ルサーナは手をのばし。
その手が触れる寸前で、異様な視線を感じた。
「何者っ!」
『『『『『Gurrrrッ!』』』』』
五連の複眼が草むらで明滅し、五ヶ所で魔力と擦過音が響く。それらはルサーナを囲むように広がり。
「クっ!?」
ルサーナがとっさにかざしたバックラーに衝撃がはしる。闇夜を切り裂いて投じられ、襲撃者のもとに戻っていくそれは五連の怪光を放っていた。
『『Gurッ』』『『『Girr!!』』』
しかしルサーナに襲撃者の正体を探っている暇はない。草むらの五連複眼が陣形を組みつつ、地面を疾走してくる。それらは体毛の無い『クモ』のモンスターであり、灰白色をしていた。
「戦闘を開始します・・・シールド展開。さらに『ワンダーヴェノム』!」
バックラーに魔力を流し、大盾へと変型させる。同時にルサーナは魔術能力を併用した。
前衛の『クモ』が足を狙うと見せかけ、ルサーナの両脇を通り過ぎ。本命の後衛が跳びかかってくる。その多脚は刃の光を放っていた。
「膝狙い・・・けどっ!」
既に『ワンダーヴェノム』は発動しており。毒の盾、障害の罠が、怪物の爪を迎撃すべく待ち受けている。
『『『Girlrッ!?』』』
「続けてっ、『イージスヴェノム』」
ルサーナの魔術で『変型する盾』に頑強さまで付与するのは困難だ。『ワンダーヴェノム』の発動起点として活用する。
『液状の毒』を盾の表面に塗り。それに攻撃した脅威の刃・爪牙に対し、毒の呪縛をかける程度だ。
「『固形の毒』さらに『毒の形態変化』」
『ワンダーヴェノム』はルサーナが毒と『認識』したものを形態変化させる。
自然界に存在する『毒』、敵が持つ『毒』に、彼女が魔術で発生させた『毒』。それらに付与魔術の理で魔力を加え、錬金術を発動する。
そうすることで『気体』・『液体』と『固体』の形態変化を『毒物』に行わせ。
「捕獲完了。だけど『酸』はないか」
『液状の毒』が塗られた大盾に攻撃したクモ。それらの多脚に毒の粘液が固まって、動きを封じている。
だがその『口』にあるべきもの。仮にも生物の蜘蛛なら、獲物を溶かして食べるための『酸』はなく。『毒の形態変化』は空振りなってしまい。
「クッ!」
再び闇夜から放たれた凶器が、ルサーナの上半身を襲う。魔術の空振りで、隙だらけになった彼女にそれを完全に対処するのは不可能であり。衝撃をまともに受けた、大盾の上部が割り削られる。
しかし収穫もある。ルサーナは飛来する凶器が、地面をはう『クモ』と同じモノを妖糸の先端にくくりつけたムチ・糸分銅?の類だと気付き。
「お待ちください!私の名はルサーナ・ロニム!中級シャドウ様に従属する柴虹属性のC.V.でございます!」
それが悪名高き、上級シャドウの技だと確信する。
『魔術印』を展開して身分を証す。大盾を捨て、戦闘意思がないことを表明しつつ。ルサーナは戦闘継続に備え『切り札』の準備に入る。
「・・・我が名はシャドウ一族の霧葉。・・:、・・・*、・・・・・+。『身分証明』は間違いなく本物ね」
そう言いつつ霧葉様も臨戦態勢をとかない。お互い汚れ仕事もする身だ。いつ敵の外法で洗脳・入れ替わりがあるかしれたものではなく。
その後、いくつかの符丁によるやり取りを交わし。正常な反応を確かめ。
それでようやく同士討ちの危機は回避された。
そして次の危機を知らされた。
「一大事です、主様!」
『魔術通信』が何を話していたか。霧葉様がどんな任務についていたか。
色々と情報交換をしたかったルサーナは、彼女の一言でそんな時間がないことを知った。
「どうしたんだ?」
「・・・・・」
『ここではちょっと・・・場所を移しましょう』
イズン村の村長に知られたくない。主様にしか見えないよう『光術信号』で意思を伝えつつ、ルサーナは要人を誘導しようとする。
「かまわん、ノクス殿にも聞いてもらおう」
ソレは一秒で失敗した。
「・・・承知しました。現在、この地に『混成の暴行亜人』の一団が接近しつつあるとのこと。
『(霧葉様に知らされた)』確度の高い情報です。主様は対策を練るため至急、拠点にお戻りください」
「なっ!?」
「マジかよ。これからって時に・・・」
ようやく『分割払い』による変化が起ころうという時に、凶事が起こる。こんな偶然があるわけが無い。
ルサーナの予想だと、先刻の『魔術通信』は会話目的ではなく。何かの合図だった可能性が高い。理由は言の葉が聞こえず、騒音のみが放たれていたから。
加えて霧葉様のお話だと、現場に倒れていた者に彼女は何もしてない。勝手に気絶したとのこと。おそらく何らかの『暗示』がかけられ、『シャドウの接触等』で合図を行うよう仕向けられたのか。
しかし今はそんな謎解き“ゴッコ”をしている場合ではない。
「お急ぎください!遅れればそれだけ対策が・・・」
「霧葉様が来ているんだろう?あの御方が来ているということは・・・桐恵様も来ているはず」
要人の避難誘導にも失敗した。
「サヘル殿・・・」
「普通なら〔村の女子供を避難させよう〕という話になるんだろうが。闇討ち盗賊が関わっているとなると、道中の安全が保証できないし。
それはやめたほうが、いいだろうな」
「・・・・・」
しかも主様は先回りして〔避難する者たちを護衛する〕という提案を断った。
ならば彼に仕えるC.V.としてやるべきことは一つ。
「わかりました。六級柴虹属性のC.V.ルサーナ・ロニム。
イズン村を防衛するため死力をつくします」
「急いで、村の自警団を召集します。報酬の件は後ほど必ず・・・」
「期待している」
こうして防衛戦が始まった。
そんな会話をノクス村長と行って、間もなく。
『実際のところ桐恵様は来ているのですか?』
『残念。桐恵は別の場所で任務中よ。ここに来るのは不可能ねぇ』
「・・・・・」
村長一家が提供した部屋で、主様と霧葉様が密談していた。
正確には『竜爪獣』が妖糸を運んできており。その妖糸通信で会話をしている。
『そもそも貴女様が何故、イズン村に来られたのでしょう?』
『・・・まあ、言ってもいいか。私がここにやって来たのは“魔薬”を追ってきたためよ』
“魔薬”:それは“麻薬”であり、『魔術薬』でもある。飲めば亜怪人・獣人モドキの力を得られるものの。常習性があるうえ、錬金術師によって調整を受ける必要があり。
その安くないアイテムを乱用したにもかかわらず。侍女シャドウのユリネ(・水那)様お一人?に束になっても勝てなかったとか。ルサーナもウワサだけは聞いているが、〔“弱い賊”には必要なアイテムだろう〕という感想を抱いた。
しかし主様の考えは違っており。
「その魔薬とやらの生産拠点がある?・・・違いますね。それなら貴女さまが一般人が集まる、この村に来る必要はない。
まさか・・・“魔薬”で暴行亜人に化ける賊が、誘引を仕掛けようというのですか?」
「ッ!!」
『サヘル殿。その話を、どこで聞いたのかしらぁ?』
『いえ、単なる小官の憶測です。ただオークの類は直立したブタ亜怪人に見えなくもないので、ロクでもないことを考えました』
『確かにロクでもないけど。後が無い奴等の考えそうなことね』
これがサヘル様である。〔補給部隊が大事〕で終わらない。農業生産→補給→調理の連鎖を考える。お気楽にザコを侮る、ルサーナごときとは知見の次元が違うのだ。
モンスタートレインは厄介だが、軍勢のような作戦行動は不可能に近い。わずかなアクシデントで見当違いな方向に行ったり。仕掛ける時間が大幅にずれる。
数の暴力を突進させるだけの、軍事などとは言えないモノだ。
しかし“魔薬”でオークなどに変身した賊が、工作を行えば話が違ってくる。標的、タイミングの指定はもちろんのこと。武装の調達・オークを訓練するなどの『軍事モドキ』が可能になってしまう。
『至急、姫長様に連絡を取る。貴方たちはすぐに、その村から撤退しなさい』
『落ち着いてください、霧葉様。ゴブリン・トロール共ならともかく、オークなら撤退の必要はございません』
『何ですって?』
『ここに控える、ルサーナと小官が組めば。オーク主体の軍など鎧袖一触でございます』
〔まあ、ちょっともったいないけど〕
ルサーナの耳が主のつぶやきをとらえる。その響きに焦りは欠片たりともなかった。
しかし『タングリスニ』と『タングニョ-スト』と言われて〔『トール神』の戦車をひくヤギ〕と知っている人が、どれほどいるでしょう。私は検索しないとヤギの名前は全く出てきませんでした。
そういうマイナー神具で〔『トール神』が雷・農業を司っている〕と言われても、説得力に欠けると愚考します。それに戦車が雷鳴になるなら、他の戦車に騎乗する神々も『雷神』になるのではないでしょうか。
さらに戦車をひくパワーを持つ『タングリスニ』と『タングニョースト』。『トール神』と比べれば小柄ですが、あれを『家畜』の象徴とするのは厳しいと愚考します。トナカイを家畜にする文化圏の近所なら、大きなカプリコーンも家畜=農業かもしれませんが。
例えるなら征服大王の戦車をひく『神牛』を、家畜の枠にはめる。そんな無理を感じました。
以上のことから『タングリスニ』『タングニョ-スト』を雷神・農業の神具と位置づけるのは厳しいと愚考します。少なくとも雷神と農業の権能を束ねる神格は無理がある。
その結果、誕生したのが〔ミニョルのみをふるう、昨今の『トール神』〕ではないでしょうか。




