165.歓楽の街~村への仕込み
北欧神話の『トール神』その神話を読んで、考えたことがあります。
それは〔農業神より労働の神のほうがふさわしいのでは?〕ということ。
〔悪神ロキのイタズラにより、髪を切られた妻のためトール神は激怒した。それによりロキは小人の鍛冶師をあおり、様々な神器を作らせ。そのうちの一つ『カツラ』によって、トールの妻は髪を取り戻した〕
これが『トール神』が農業の神たるゆえんだとか。妻が『地母神』系なので『髪=大地の恵み=農作物』であり、それを復活させた『トール神』が農業の神だそうです。
しかし私の感想は〔『カツラ』を作った小人。もしくはそれをもたらした『ロキ』が農業に縁が深い〕となります。『ロキ』を動かした怒りは、さすが『戦神トール』だと称賛に価しますが。
それは農業と関連がうすいと愚考します。
イズンの村に交渉を行うべく訪れた。村から冒険者ギルドへの依頼料を、『分割払い』にする交渉をまとめにきた中級シャドウのサヘル。彼を『主』と呼ぶカオスヴァルキリー、ルサーナとともに“ドウカツ外交”を行ってでも交渉をまとめる。
そんな決意をもってやって来た二人。それなのにサヘルは『光術筆』で似顔絵を描き。ルサーナは村人たちにマッサージを行い続けていた。
「御使者サマ~。シチューの灰汁をまとめました~」
「よし、それでソースを作る。シチューのほうはそのまま焦げないよう、かき回してくれ」
強権で村の家を借りた、お詫びに作っていたイノシシ肉のシチュー作りはサヘルの手を離れつつある。当初は借りた家の持ち主家族と、近所に配る量しか作る気はなかったのだが。
「うわ~、いい匂い~」
「まだかな。もう少しで、できるかな」
「・・・・・」
似顔絵描きに集まった子供たちとその家族。さらに調理道具や追加の野菜を持ってきた村人たちにもふるまうしかないだろう。遠巻きに眺めている野次馬のことは知らん。
「サヘル殿!いったい何をなさっているのです」
「やあ、ノクス村長。ちょっと時間つぶしをするはずが、何故かこうなってしまってな」
「ちょっと・・・?」
「・・・・・」
ちょっとしたお祭り状態の光景を目の当たりにして、村長が不満を述べようとする。村の権力者からすれば、異物たちが好き勝手ふるまう。村の秩序を破壊しているように、見えるのだろう。不満を言いたい気持ちはわかる。
「貴方さまは、(ある意味)権力者でございましょう。そんな御方が料理人、芸人の真似事をしてよろしいのですか?」
「別にかまわないだろう。お貴族サマだって、趣味を楽しむことぐらいある」
「ですが・・・ッ!」
「・・・・・」
サヘルの背後から視線を感じる。ルサーナがサヘルを援護しようと、村長を威圧しているのだろうが。この場で、それは好ましくない。
「ケッ、別に好きにさせれば、いいじゃねえか」
「クラム!?」
「どうせ使いっ走りの、チンピラなんだろう?だったら宿泊費がわりに、働くのは当然だろう!」
何故ならここにはバカがいる。現状を理解してないバカが、破滅フラグをおっ立てた。
男尊女卑・家父長制の村において。〔料理人=オンナで、男に従うモノ〕という考えなのだろう。それを野蛮と断じるのは、安直だ。兵士として戦地に赴き、モンスターに生きたまま喰われる。そのリスクの代償として、集落の男は特権を得ており。
しかもそれを先祖代々、続けてきたのだ。男女平等??・実力主義のルールを押しつけるのは、お門違いというもの。
「このっ・・・バカ」
「確かにオレは使いっ走りの器用貧乏だがな。それでも中級シャドウの位を賜っている。
何より大皇帝サマの御言葉を知らないのか?」
「大皇帝様だと?」
かつて『補給』の失策により、若かりし覇王は敗走するはめになった。
後にその時のことを語り〔補給に携わる人員を、侮ることは許さん!〕と配下の将を戒めたとか。
「だから、どうした!」
「ここで補給を行う将兵だけに敬意をはらって、終わったら“アホ”だということだ」
補給物資を運ぶには、まずそれらを【生産】しなければならない。食料生産を行う農村に対して、誠実な応対をするのは当然なことだろう。
「そして補給された食糧は『調理』されることで、料理に成る。それを食べて満足した兵士は、暴食の悪魔に取り憑かれないそうだ」
「わけのわからんことを・・・」
「美味しい料理を食べている兵士は、理性的になる可能性があり。逆に雑な加工の栄養補給しか得られない。食事に満足できない山賊・暴行亜人どもは、凶暴化して食糧の略奪を行う・・・と言えばわかるか?」
「「「「「・・・!!」」」」」
「まあ奴等が略奪を行う理由はそれだけではない。襲ってきたモンスターに、心のこもった料理を出しても止められないしな」
飢えた兵士の凶暴性はひどい。それは歴史が証明している事実だ。
そして命をかける兵士に、誇りや軍規だけで〔おとなしくなれ〕というのは困難だろう。
〔大将についていけば美味しい食事にありつける〕という特典が必要だ。
「だから俺たち(シャドウ)は分割払いを提案した。面倒な仕組みだが、これで“暴行亜人”の脅威に対抗できる。
冒険者たちを巡回させることで、村の防備を高め。“暴行亜人”どもの被害をゼロにする!そうすれば、こういう美味しい物も食べられるようになるわけだ」
「さすがです主様」
「くっ・・・」
「「「わ~~い」」」
暴力的に食欲をそそる、イノシシ肉シチューの匂いが漂う。
お館様の金言を話しつつも、サヘルは錬金光術を維持しながら、並列使用していた。
シチューを作る大鍋が焦げないよう、薄い『鎧光』を調理道具に付与する。イノシシ肉から肉汁が溶けすぎないよう、ある程度火が通ったらこれも『鎧光』で覆う。
砕いた骨・内臓の旨味は一時的に鍋の底に沈め、灰汁は取りやすいよう『浮遊する怪光』で浮かせた。
「主様、そろそろよろしいかと」
「わかった。肉串の調理を・・・誰か手伝ってくれないか?」
「はい、喜んで。私に任せてください!」
今回はルサーナがいるので『多色怪毒』による力技が使えた。弱毒性の術式は薬や香辛料に転用しやすい。某経穴を突き刺す医術のように、殺法活法の両立が可能だ。そのため毛皮・蹄を除き、イノシシの身体で食べられないところはほとんど無い。
本来は調理に数日かかり、様々な香辛料を必要とする。事実上、食べられないイノシシの部位が『多色怪毒』で柔らかく加工されシチューに溶けていく。それを『錬金光術』で成分調整を行い、旨味を抽出していく。
「よし、そろそろ完成だ。手伝いをしてくれたものから、先に並べ」
「・・・・・」
「「「「「「「「「「ハ~~~イ」」」」」」」」」」
結局、野次馬と不平を言っていた者たちも一緒に並んだ。
村長の屋敷。その客間でサヘルはノクス村長の歓待を受けていた。
〔美味しいシチューをふるまってくださった、お客人にお礼をするため〕という理由で押し切られ。サヘルとルサーナは一晩だけ村長の屋敷に泊まることになる。
『主様』
『わかっている』
壁を隔てて、人が動いている気配を感じる。どうやらサヘルたちは権力者の『使者』として認められたらしい。大急ぎでもてなす準備を整える下働きの者たちに、サヘルは胸中で頭を下げ。
「それで。先程のお話について、詳しく教えていただきたいのですが」
「『先程のお話』とは?」
「ゴブリン・オークに対抗する。奴等の被害をゼロにするという『お話』でございます!」
ノクス村長は駆け引きもせずに質問を行ってくる。その表情は平静を装いつつも、不満の影が見え隠れしていた。
「〔ゴブリン共を退治するクエストを出しやすいように、依頼料の『分割払い』を行う〕
最初からそう仰ってくだされば、よろしいのに」
「そうは言ってもな。冒険者への依頼を増やす。それに伴い【一大事業】を起こす。それらにウソはない。
そもそも依頼料の『分割払い』は面倒な話だ。村の上層部で、よく話し合ってもらいたい。そう考えて全容を話すのは控えた」
ウソである。村人がサヘルとルサーナの二人を警戒したのと同様に。サヘルたちもイズン村の住人を、善良な農家と見ていたわけではない。
比較的、豊かな村の様子を見るに。〔かつての悪徳都市と密約を結んで、平穏を得ていた〕という話は真実だろう。もちろん一般人が盗賊ギルドの暴力に逆らえるはずもなく。生きるために必要悪の選択を責める気など無い。
加えて身体強化で怪力を見せ。似顔絵・マッサージやイノシシ肉シチューで驚かす。それらで恫喝し、驚かせることで感情のふり幅を大きくする。
そうして動揺する村人たちの表情を観察したかぎり、サヘルはイズン村と『分割払い』の契約を結んでもいいと判断した。
「この村に配慮してくださるサヘル様に、不満などあろうはずもございません。
ただ御覧のとおり田舎ですので、無学の者も多いのです。彼らでも理解できるメリットを示していただければ、説得もしやすいのですが」
変化を嫌う者。聞いたことのない『分割払い』を“詐欺”ではないかと、疑い警戒する者は多い。彼らにとって将来の脅威に対抗するための『分割払い』は面倒な事務仕事でしかないのだろう。
「ふむ、それは難しいな。ゴブリン・オーク共を殲滅する。一種の『架空取り引き』を行うことでクエストの数を増やす。
そうして暴行亜人の動きに対応するため警戒網をしいたり。まともな冒険者たちに巡回させたり、ささやかな行商・力仕事に情報交換を行う。
それらが村に富をもたらすのは、時間が必要だからなぁ」
「ほほう・・・行商ですか」
〔時間が必要〕と伝えたにもかかわらず、ノクス村長は舌なめずりしている。そう見えるのはサヘルの錯覚ではないだろう。それほど『分割払い』の計画は村に利益をもたらすのだ。
1)『分割払い』によって、『暴行亜人』への警戒網をしく。奴等の被害が出る前に退治する。
2)素人・村人が警戒する手間が省け、村人が農作業・生産活動に集中できる。
3)暴行亜人・モンスターの脅威が減れば、冒険者が暇になる。〔『分割払い』だろうと依頼料を無駄に払うのはもったいない〕と村人たちは考える。
4)そこで冒険者たちは、新しい仕事を模索する。冒険者は村人が求める採取・行商や臨時の力仕事を行い。その対価として村は冒険者の宿泊・移動を手伝う。
「要はイズン村に冒険者ギルドの『出張所』を作る。そうすることで街の冒険者ギルドでは受け付けないクエスト。
だけど村人のニーズがある開墾・臨時教師や獣狩りなどの依頼を、暇?な冒険者にやってもらう。
それが『分割払い』の目標だ」
当然、冒険者ギルドの『出張所』を経営するのは村長一族となる。ノクス村長の権力は大きくなるだろう。ただし村人と冒険者。どちらが誤解・不誠実なことをしても争いになるわけで。
まずは『分割払い』を成功させて、実績を作り。規則を作ったり、不届き者を制裁する戦力を整えていく必要がある。一朝一夕にできることではない。
「夢の広がるお話ですなあ。そうなると最初に悪印象を与えないよう、注意しませんと」
「そのとおりだ」
『分割払い』の仕組みを利用して“金銭トラブル”が発生するだろう。それ以前に『分割払い』が始まったら、『混成の暴行亜人』共は確実に殲滅する必要がある。
〔分割払いをしたのに、モンスターの被害が出た〕などというイメージダウンは、一連の計画を破綻させかねない。
そんな話し合いを交わす二人に、沈黙を保っていたルサーナが声をかけてきた。
「申し訳ありません、主様。少し、席を外させていただきます」
そう告げる彼女は瞬きの『符丁』で異常をサヘルだけに伝えてきた。
『トール神』の神話で着目しているのは〔世界蛇を釣り上げようとして失敗した〕というエピソードです。
『人間の昔話』『島を釣り上げる創造神』ならともかく、上位神格の神話で漁業のエピソードは少ないでしょう。『戦神』が『宿敵の上位竜』を釣ろうとする。あげくに失敗するなど前代未聞です。
しかし『宿敵』との闘いは、重要な神話であり。それに伴う『釣り』『漁業』もトール神にとって重要な事柄だと愚考します。
そもそも『トール神』を信仰するヴァイキングは船を操る海の民であり。漁業と無関係という可能性は低いでしょう。
よって『トール神』は北欧ヴァイキングが生活の糧を得るための、『労働』を司る。『漁業』や『舟作り』も守護する神格だと愚考します。




