164.歓楽の街~ドウカツ外交
北欧神話の一柱『トール』。大海に縁の深い、世界蛇『ヨルムンガンド』と争う。ライバル関係である『トール』に対し、私は突っ込みたいことがあります。
それは〔トールは本当に『雷神』なの?〕という突っ込みです。
『雷』がいくら強力でも、大海を破壊することはできません。むしろ荒れた海に『雷』が鳴ったら怖いでしょう。
海に由来のある『ヨルムンガンド』、『氷雪の巨人』たち。北欧神話において、それらは『トール』に敵対しています。
しかし『雷』はそれら自然の猛威の一つであり。『雷神トール』が『霜の巨人』や『ヨルムンガンド』と敵対していることに、しっくりこない。むしろ『雷神』は嵐の海・氷雪のモンスターに近い存在だと愚考します。
友好的にふるまいつつ、大きなイノシシを振り回す『身体強化』を見せつける。
事実上の“恫喝外交”により、サヘルは村の上層部を交渉の席につかせる。“ゴロツキ”と同レベルの行動に、反吐が出そうになるも。
盗賊ギルドが健在な現状を鑑みると。サヘルの実力では、速さ最優先の外交を選択するしかない。シーフに嗅ぎつけられれば、全て台無しになってしまう。
冒険者ギルドへの依頼料を『分割払い』にするのは、そんな綱渡りの計画だった。
「ふ~む。依頼料の『分割払い』か」
「はい。そうすることで、依頼人の財政負担を減らす。依頼料を一括払いするため、依頼人が苦労したり。依頼を出すのをためらって、事態の悪化を招く。〔人身売買して依頼料を稼ぐような、『冷たい方程式』を減らす〕
それらを一挙に解決するのが依頼料の『分割払い』です」
村長の家。そこでサヘルは熱弁をふるっていた。『錬金光術』に頼って、歓楽街で『錬金アイテム』を作っていたのとは異なる。商品セールスの苦労をサヘルは味わっていた。
「しかし、それであんた達はどんなメリットがあるんだ?」
「冒険者ギルドのメリットは、依頼の増加です。大金をかけて、一生の買い物をするのは、誰でもためらって当然でしょう。だからといって命がけで戦う冒険者への報酬を値切るわけにはいきません。
そこで依頼人と冒険者の間にギルドが入って、両者の負担を減らす。依頼人の財政負担を軽減することで、依頼を行う(心理的)ためらいを下げ。
そうすることでクエストの件数を増加させる。冒険者側は、不毛な依頼書の取り合いを減らし。やがては一度の移動で、複数のクエストを行う『流れ』を作る。
こうして冒険者側の雇用を増やすのがメリットです」
冒険者に限らず、旅行・移動には様々なコストがかかる。だから一度の移動で、ルート上にある複数の簡単な依頼をこなすのは効率的だ。
だが依頼の件数が少なく、大声で依頼書を取り合いしている。一度の移動で、一件のクエストにのみ集中するという不文律がある。
そんな現状では、機動力に優れた冒険者パーティーは育ちにくく。加えて冒険者ギルドの戦力・対応力の低下につながる。
大半の冒険者パーティーが器用貧乏を目指し。するとパーティーの移動力は足の遅い重戦士・術士が基準となってしまう。
〔その結果、盗賊ギルドに先手を取られる。目端の利く権力者の私兵たちに、先回りされてしまい。
年がら年中、待ち伏せされる素人集団が結成されてしまう〕
シャドウ一族のサヘルとしては、その方が都合がいい。冒険者がのんびり移動している間に、高速で事件を解決してしまえる。
だが未来を見通す聖賢の御方様は問題視しており。冒険者の頭数を頼んで、戦力に数えることもできない。そのくらい冒険者たちの鈍足はヒドイものだ。
「ふむふむ、なるほど。冒険者には雇用増加の利点があると」
「その通りです」
「だがワシが聞きたいのはあんたらシャドウ様たちが得られるメリットだ。そちらについて教えてもらいたい」
「・・・・・」
一瞬〔今は冒険者ギルドに所属しています〕と告げて、サヘルは返答を拒否したくなる。
だが“詐欺”に利用しやすい〔『分割払い』の契約を新たに結ぼう〕・・・と提案しているのはサヘルのほうだ。あまり見えすいたウソは、村長の心証を悪くしてしまう。
「我々、シャドウが望むのは冒険者たちのレベルアップです」
「冒険者の実力を底上げする・・・。それで何の得があるというのだ?」
「現在、都市ウァーテルでは様々な術式が編み出され、街を発展させている。それが一段落したら、開発した術式を広めて【一大事業】を行うというウワサがあります」
「ほほう・・・」
『錬金光術』による物質の比重操作、及び【どぶ川のお掃除】により。ウァーテルの都市環境は急速に改善されていった。この仕組みを周辺各国に広げ、水の浄化を広大なエリアで行う。
「オレ程度の中級シャドウでは詳細を知らされていない。
だがこの計画を実行するのに必要な、最低限の『水の浄化』を広めるために。大勢の冒険者には実力をつけてもらわねばならない」
そのために魔術師だけレベルアップしたり、彼らをパーティーから引き抜く。そんな“不義理”をしたら計画は破綻する。
何故なら冒険者たちには『水の浄化』術式を広めるのと併行し。最低の汚物をまき散らす“暴行亜人”たちを狩り続けてもらわねばならないからだ。
そのために冒険者の収入と戦闘力の底上げする。さらに機動・移動力を重視して『足』に投資するように、意識改革を行い。効率よく依頼をこなすタイプの冒険者パーティーを育成したい。
アホな“依頼書の早取り競走”などやっている場合ではないのだ。
「その【一大事業】に参加したいなら、『分割払い』に協力しろと」
「そういうとこになります」
「返事は何時までに出せばいい?」
「三日後で、お願いします」
サヘルとルサーナの二人は武力を見せた。まっとうな村人たちに選択の余地などありはしない。
それでも村の上層部に話を通す。『分割払い』の提案を受け入れるため、最低限の条件は出さなければならないだろう。
こうしてサヘルたちは村に泊まることになった。娼館の経営もしなければならない、マリーデはここにおらず。久しぶりに会うルサーナと二人きりですごす時間は三日となった。
イズンという名の村がある。かつて悪徳の都ウァーテルに食料を供給していた。より正確には周辺の村からも農作物を集め、ウァーテルに輸送する。そういう食糧倉庫であり、輸送の中継地点を兼ねる拠点がイズンの村だ。
「さて、どういう条件をつけて『分割払い』を行うか」
「なっ!?あんな奴の提案を受け入れると言うのか?」
「〔三日で決めろ〕などと性急すぎる。もっと返答を引き延ばして、侮られないようにしないと」
そんなイズンの村で、開かれた会合。そこで出された意見に、村長のノクスは頭をかかえたくなった。食料供給の重要拠点として、盗賊ギルドの良識派?から特別あつかいされていたとはいえ。
現在の状況でサヘル殿の『命令』を拒否したり、安易な駆け引きを行える。そんな余地があると思っているイズン村の上層部に、ノクス村長は頭痛がしてきた。
「悪徳の都ウァーテルが陥落して数ヶ月。治安は保たれ、(まっとうな)商売は盛んに行われているのだ。C.V.の軍勢が新たな権力者になったことを、認めてもいいころだろう」
「それはっ・・・だけど盗賊ギルドがこの村を裏切り者あつかいしたら。報復を仕掛けてきたらマズイんじゃないのか?」
「その心配はない」
ウァーテルが陥落してから数ヶ月。最初のころは何度か、盗賊ギルドからの接触があったものの。
一ヶ月経ってからは、全くコンタクトはなくなった。使者はもちろん、手紙や『符丁』も含めて盗賊ギルドからの連絡は消滅してしまい。
かつて盗賊ギルドの中で派閥争いがあったときと同じように。死体の一つも転がっていれば『戦争中』という実感もわくのだろうが。
「誰かシーフ組織からの連絡や指示を、受けた者がいるのか?誰もいないなら、彼らに何かあったと考えるべきだろう。
そして便りが来なくなって、数ヶ月が過ぎたのだ。そろそろ次のことを考える必要がある」
新たなウァーテルの支配者に、恭順の意を示さなければならない。もし盗賊ギルドが文句を言ってきたなら〔連絡がなかったので、やむを得ずシャドウに従いました〕と言えばいい。
もっともシーフからの使者は永久に来ないだろう。少なくとも以前と同じ使者は、(始末されて)来れないとノクスは見ている。
この状況でサヘル殿からの提案を断るなど自殺行為だ。
「『分割払い』の提案を受けるにしても、〔ハイ、そうですか〕と認めては侮られる!
もっと村の利益になるよう、条件をつけなければ!」
「村の入口でならともかく、交渉の席ではしっかり敬語を使った。
こちらの顔を立ててくれたと、見るべきだろう」
「そんな上っ面の言葉だけでは足りない!もっとこう贈り物とかあるだろう」
そんなモノをノクスは受け取った記憶はない。まあ村の情報をシーフに流す、内通者はどうだか知らないが。こいつは情報料より、命が大事ではないのだろうか。
〔もっと条件を吊り上げろ〕と声高に主張する村人を、ノクスは冷めた目で見やる。
そんな白けた空気が流れる中で、集会所の扉が激しくたたかれた。
「大変です村長!客人のサヘル様がっ・・・」
「・・・いったいどうした。落ち着いて話せっ!」
もし(サヘルが害される)最悪の事態が発生したら、シーフに村の内情を流していた奴をイケニエにしよう。そう考えながら、ノクスは現場へと向かった。
「わ~~、すご~い!」
「次は私っ!私の番よ」
「何を言っている。ボクの方が先だ!」
サヘルとルサーナが滞在することになった建物。元々の住人を追い出すことになった家に、数十人の村人が集まっていた。
「こらこら、ケンカはやめろ。順番に並んで待っていろよ」
「「「は~い」」」
本来はサヘルたち二人は村長の家でもてなされるお客様だ。とはいえサヘルも暇では無く、客間で三日近くも呆けていられる状況ではない。
『分割払い』を成功させる鍵となる『光術筆記』は、あらゆる状況に対処できるよう。
冒険者ギルド文官の労力を最大限に軽くできる、『術式』でなければならず。
返事を待つ三日の間、その改良を行う。いくつかの状況をシミレーションする空間が必要だった。そのため無理を言った結果、住人を追い出すはめになり。
「お詫びにイノシシ肉のシチューをふるまうだけ、のはずだったんだが」
「お次の方、どうぞ」
「よろしくお願いしますじゃ」
サヘルの隣で、何故かルサーナが村人たちにマッサージを施していた。どうしてこうなったのか。
状況を順番に整理してみよう。
1:『錬金光術』でイノシシ肉を処理して、シチューを作り始める
2:ルサーナが『ワンダーヴェノム』の魔術で野草から苦みを除去して、シチューに旨味をつける
3:その匂いにつられて、村人が集まってくる
4:シチューが完成するのは『アルケミックライト』を使っても夕方になる。仕方ないから暇つぶしの余興を考えた
5:『フォトンライター』の下位互換の術式。『光術筆』で動物や都の建物を、地面に描く
6:物騒な都市への憧れを、増大させるのは好ましくない。そこでイズン村が農作物をつくる風景を、気合いを入れて描く。〔都より村が良い〕とアピールするため『似顔絵』もたくさん描く
7:滞在場所の家から追い出した、持ち主の家族が来ているのにようやく気付く。迷惑をかけているお詫びに、マッサージを提案したら。ルサーナが代わりに行うと【宣言】する
「う~ん。村人というのはもっと排他的だと思っていたんだが。やはり原因はルサーナが料理に旨味を加えたせいだろう」
「申し訳ございま・・・」
「ウソです!全ての原因・元凶はオレが調子に乗った自業自得でございます!」
「冒険者様~。パンとお酒をお持ちしました」
「よし、そこに置いてくれ」
村には、その村の味付けというものがある。何より、にわか料理係にすぎないサヘルが、万人の喜ぶ食事を作るなど不可能だ。よってその土地の主食・水を分析し、それらと相性のよい味付けを行う必要がある。
「・・・我が主。いつもの『酒の成分調整』はなさらないのですか?」
「あれは酒が大量にあり。毎晩、消費する(歓楽街の)蔵で行うことだ。この村のように酒が貴重で少ないところでは、(酒の量を減らすから)使うのに向いていない」
「なるほど。理解しました」
〔それに今は似顔絵描きで、手一杯だからな〕
まさか客人の使者を夕食の時間まで、こき使うなどということはないだろう。
そもそも『フォトンペン』は書きやすいが疲れる。魔剣よろしく筆へと魔力を流し続ける、欠陥術式だ。その負担から〔文官が使うのに向いていない〕と判断され『光術筆記』が採用されている。
〔そろそろ休みが欲しいし。シチューの調理にかこつけて休ませてもらおう〕
サヘルはそんなことを考えつつ、『フォトンペン』を走らせた。
ちなみに公平を期すため、村の子供たち全員の似顔絵を三日間で描く約束をさせられた。呼ばれてやって来たノクス村長が止めなければ、きっと婦女子たちの似顔絵まで描くはめになっていたと愚考します。
昨今、『トール』やその力をふるうアナザー『トール』を拝見して思うことが一つ。
〔『ミニョル』はふるっているけど、雷撃魔法を放っているのはゲームキャラぐらいでは?〕
しかもメインは『トールハンマー』で、雷撃魔法はついでという感じです。そして『雷電』とともに放たれる『ミニョル』は多いですが。あれは『帯電』しているのであって、『○イデインス〇ラッシュ』になっているかも怪しい。電撃を発する『魔剣』と大差なく、天の雷を操っていない『ミニョル』に見えるのです。
ギリシャ神話の『雷神ゼウス』は雷を放つ、神話が複数あり。
インド神話の『雷神インドラ』は〔水をせき止めた邪竜ヴリトラを退治した〕。干ばつの魔物を討つ、『雷雲の神』という面があります。
それらと比べ『トール』ときたら『ミニョル』をふるい、投擲することばかり。雷神・農業の神として、『雷』がダメなら『雨』にまつわる神話があってもいいと愚考するのです。




