161.歓楽の街~マリーデ vs C.V.冒険者
今回はこの作品世界の魔術について。その中でも『無詠唱』及び『詠唱』について書きます。
あくまで[ヴァルキリーズシティ]の中での話なのであしからず。
〔物理的に困難なことは、魔術で成し遂げるのも困難だ〕
こういう面倒なルールがある世界において。魔術の『無詠唱』は、拳闘の『ジャブ』であり。飛び道具の『速射』『早撃ち』に近く。剣術の『抜刀』『連続突き』のようなものだ。
つまり魔術の無詠唱は、その速さゆえに先手を取り、戦闘を有利に進められる。ただし『ジャブ』他と同様に必ずしも無敵・最強になれるわけではない。
その理由は魔術師の個性・才能のためであり。誰もが『速さ』に適正があり重視するわけではない、ということだ。
『魔力量』『射程・範囲』に『精密性』。個々人で重視し、才能があり、必要とするものは様々であり。それらが『速さ』と両立するとは限らない。まして魔術戦闘のみを行うならともかく、生産・建築など生産性の高いことを行うならば。
『無詠唱』という速さにばかり執着するのは、いかがなものだろう。
以上、学生用の教科書に載っている、正論アレンジより抜粋
下級C.V.となって力を得たマリーデ。彼女は敵であるオンナ冒険者たちへ報復を開始した。
整体マッサージへの参加を女性だけ有料にして、制限をつける。さらに暴行亜人を討伐する依頼への参加を拒否する。
〔他種族の女性を贄として増殖するに等しい暴行亜人に対し、何の対策もしてない〕
うっかり正論だと勘違いしそうだが、これは虚言である。少なくとも『避妊薬』を飲んで奴等と戦う者など錬金チート持ちにすら一人としていない。薬を買う軍資金があるなら、他にもっと勝率を上げることに金を使うべきだ。
そもそも程度の差こそあれ『身体強化』の術式を使う戦闘職にとって、身体の深いところに影響を与える『避妊薬』は副作用が強くなる。よほど良品でない限り、服用は避けるべきだろう。
〔もっとも『クスリ』を服用する娼婦を、淫魔あつかいする女冒険者たちは知らないだろうけど。
反論の機会のない娼婦たちを中傷して、まっとうな男性冒険者を奪う。稼げない娼婦を増やして、盗賊ギルドに使い潰される者を増やす。そんな連中がどうなろうと知ったことではないけど〕
そんな昏い悦びにひたりながら、マリーデは自らの『魔竜鬼』カレイドに魔力の細剣をふるわせる。
『魔人形』として構成されたカレイドは人間平均より力・速さに優れ、ある程度は自立で行動する。とはいえ不可視のフルーレは厄介な武具だが、それだけで冒険者パーティーに対抗する力はない。
「このっ、バケモノっ!」「回り込めっ、囲んで倒すぞ!」「くっ、このっ、キャァー!!」
『マスカレイド、リッパー!ネイルズ!!マッドネストリップ!!!』
しかし女冒険者たちの動きにキレはなく、連携はとれていない。『魔竜鬼』の別形態時に作成した『死臭』を術式で操り、連携の間隙に放つ。
それにより、腰が引けた冒険者たちの隙をついてフルーレの刺突が放たれ。女冒険者たちへ傷を負わせていく。
「このっ、舐めるな『+/`*』」
「無駄なコトを」
無詠唱の術式。速攻であろう魔術もサヘル様たちが使う『光術信号』に比べれば遅く。魔術師団の魔術に比べれば軽い。
カレイドは余裕をもって防御を行い、『風球』をそらし。
「そんなっ!?私の魔術が通じないの?」「バッ・・・」
「ひるむなっ、魔術をかけ続けろ!」
動揺を露わにした魔術師が、自分の不利を叫ぶ。その動揺が広がるのを防ごうと、誰かが被せるよう怒鳴り声で指示を出し。
〔そろそろチェックメイトね。覚悟は良いかしら〕
マリーデは自慢の髪をくしけずる。口舌以外の動作で魔術を発動させる、『静音詠唱』によって練り上げられた魔力が『魔竜鬼』の背骨に流入していき。
『ワンダーヴェノム』
「ッ!?」
『魔人形』が動く、一瞬前に戦局をひっくり返す魔術がマリーデに向かって放たれる。冒険者ギルドの1階が紫色の霧で満たされ。その中を紺色の液体がスライムのように床を這い進んでくる。
〔これはっ!?魔術能力?まさかっ・・・〕
『そのぐらいになさってください。〈ソレ〉を発動すれば本当に殺しあいになってしまいます』
マリーデの驚愕に答えるよう、『光術信号』が瞬く。その発光元で見覚えのない顔の女戦士が大盾を構えていた。ついさっきまでは視界に無かった、それは『仕掛け大盾』というものかもしれない。
あるいはマリーデの知らない『魔竜鬼』のリビングシールドなのだろうか。
どちらにしろ最下級C.V.に成ったばかりのマリーデでは、八級のC.V.に勝てるわけがない。
C.V.とヒト。カオスヴァルキリーと魔術戦士の人間には隔絶した差がいくつかある。
その一つは『五感』だろう。視覚に依存している人間なら、『魔眼』で神秘情報を見られれば『チート異能』と言える。そして『聴覚・嗅覚・味覚・触覚』の四感覚で神秘を感じられる者は皆無に近い。
一握りの職人・巫女はその域に踏み込んでいるだろう。だが戦場で活かせる種類・レベルで、魔術を知覚できる四感覚の持ち主は、人間では『魔眼』持ちの一割にも満たない。
それに対してC.V.は五感全てで『魔術』を知覚している。『視覚』以外でも神秘情報を解析し、魔術文化を発展させて、その力を戦場に持ち込んでいる。
〔要するに人間がC.V.の魔術を十全に理解するのは不可能に近く。逆にC.V.側からはヒトの魔術・異能を解析し取り込みし放題となる。それどころか人間が気付いていない能力の可能性・応用方法まで、使い手より先に知覚してしまう。
異能・魔術の弱点について?アハハッ、知りたいの?〕
マリーデへ魔術・『魔竜鬼』について教えてくれた導師クララの言葉。それは彼女にとって厳しい現実を示していた。
C.V.の活動目的の一つに伴侶を探すというのがある。そしてサヘル様たちシャドウの殿方たちが、いずれC.V.を正妻とするのは確定事項であり。
その時、マリーデたち歓楽街の住人たちに居場所があるのか?楽観できるほど、平穏な人生をマリーデは送ってはいない。
〔“今まで世話になったな。これは少ないが身請けの金だ”〕
そう告げてサヘル様は大金を置いて去ってしまう。そんな不安を払拭するため、自らの有用性を示すためにマリーデは今回の任務に志願したのだ。
よって敗北は許されない。
『冒険者のC.V.様ですか?何故、私の邪魔をなさるのです?〔C.V.には敵わない、負けてしまう、失敗してしまう、捨てられてしまう。イヤよ、ダメっ、そんなの認められない。やっとここまで来たというのに、全部失ってしまう〕』
光術信号で会話をしつつ、マリーデは悲観の言葉を唱える。感情が陰鬱の深みに沈んでいく中で、彼女は秘かに冒険者C.V.を観察した。
『数は力です。確かに不良冒険者は少なくありません。ですが、賊と同様に強攻策を行えば、冒険者ギルドを著しく弱体化させるでしょう。
ならば依頼人から依頼料を分割して徴収する。そうして報酬・依頼件数を増やし、冒険者たちの待遇改善を図る貴女の計画こそ良策です』
『この計画を考えたのはシャドウのサヘル様です。私ではありません』
『・・・そうでしたわね。すみません、私の勘違いでした』
マリーデの質問に対して、冒険者C.V.は律儀に受け答えする。その様子から人間への侮りはなく、『読心系』能力もなさそうだ。
そう判断したマリーデは、床を這い進んでくる紺色の液体を『魔竜鬼』カレイドのフルーレで突かせる。するとフルーレの刀身半分が溶解したが、同時に紺色の液体も消滅した。
マリーデは魔力を流して、フルーレを再生させつつ賭けに出る。
〔冒険者C.V.は本気を出していない。ならば私にも勝機はある〕
格上のC.V.に対して、分の悪い賭けだと思う。だがマリーデとしてはアバズレ冒険者たちに、サヘル様の編み出した術式・それらのもたらす富を渡したくない。
加えてシャドウの殿方たちは、本物の紳士だ。女に甘く、女冒険者たちの悪行を裁くことは心理的な負担になるだろう。たとえ盗賊ギルドに内通しているオンナだろうと〔暴力に逆らえなかったのだろう〕と手心を加える。
さすがに証拠をつかんだ、現場を押さえたなら適切に処分するだろうが。男同士の戦いより、女盗賊を狩るのはシャドウ様たちの負担になっている。
「だったら私がオンナの賊を狩る。その手始めに貴女たちは、ここで終わらせる」
『・・・‼落ち着いてくださいマリーデ。リスクをもっと考えればっ⁉』
『マスカレイド、ライアー!ダミーデット!!ミストリップ!!!』
C.V.の冒険者は戦闘停止にもっていきたいようだが。あいにくマリーデにその気はない。
『魔竜鬼』に呪力を流して、使用するメイン能力を転換する。仮面をかぶる幽鬼にふさわしい偽りの力を発動させ。
「悪く思わないで。命までは取らない」
そう言いつつ、マリーデは『死臭』『赤霧』の術式を発動して、C.V.の感覚を惑わし。
さらに『魔竜鬼』カレイドに命じ、全力でフルーレの連続突きを行わせる。魔人形の腕部が劣化・破損してもかまわず、連続突きが放たれ。フルーレの切っ先が『赤霧』を切り裂き、C.V.冒険者の大盾を打ち据える。
しかしいくら速くても、軽いフルーレの切っ先は大盾の表層を打ち据えるのみ。盾を貫通どころか傷を刻むこともできない。
「無駄です。その細剣で、私の防御を脱けることはできない」
「そうかしらっ!」
紫と赤色の霧がそろそろ消える。そうなれば色付き霧を『毒霧』と勘違いしていた、女冒険者たちもマリーデに殺到するだろう。
「そうなる前に、決着をつける。覚悟なさい!」
「ッ!!」
浮遊させていた『魔竜鬼』カレイドの身体が床に伏せる。そうして素早く足下を薙いでから、魔人形の身体は天井へと跳躍した。
「上っ!?」
「ここっ!」
頭上からの攻撃に対応すべく、大盾が掲げられる。その瞬間にマリーデは下投げ(アンダースロー)でダーツを投じた。
魔人形のフルーレとダーツによる上下からの挟撃。それは未だ消えぬ霧も相まって、必中の一撃だった。ダーツには麻痺毒が塗られており、これが命中すればC.V.冒険者の足を止められる。
その間に他の女冒険者たちを〈正当防衛〉を理由にして始末するのだ。
そう勝利を確信したマリーデに対し、再びC.V.冒険者の術式が放たれた。
『ワンダーヴェノム』
「なっ!?」
赤紫色の霧が消える。正確には魔力の砂粒と化して、床に落下し。さらに麻痺毒の塗られたダーツが色付き水晶片と化して、力なく転がった。
「これはっ・・・いったい!?」
「『ワンダーヴェノム』私が毒、及び毒が付着していると認識した物体に付与の術式をかける。それにより霧、水晶片に毒粘液へと状態を変化させ。無毒化したり操作を奪います」
「毒の形態変化を行う術式ですって!?いえ、そんなことより毒を認識した、ということは・・・」
動揺するマリーデの前で、大盾が投じられ魔人形が半壊する。それにより『魔竜鬼』の具現化を維持できなくなり、核の魔力がマリーデへ逆流してきた。そうして意識を保つのも困難な疲労が、代償として彼女にのしかかる。
「くっ・・・ここまでのようね」
「そうですね。C.V.に成ったばかりの人間。しかも『魔竜鬼』ユーザーとしては秀逸の腕前です。その才能は誇ってよいかと」
「私の負けよ。殺しなさい」
オンナ冒険者たちを、あれほど挑発してこの有様だ。当然、覚悟はしており“ケンカ”で済むなどとは思ってない。
そんなマリーデに対してC.V.は静かに告げる。
「この場で貴女が倒れたら、混成の暴行亜人たちの討伐依頼も立ち消えになってしまいます。
何より依頼人がクエスト解決を依頼する料金を【分割する】計画も延期になりかねません」
「その心配は無いわ。私は所詮、表向き・・・」
口が滑りかけた、マリーデの唇を勝者のC.V.は指先でおさえてくる。
「あの御方が、それを認めるはずがないでしょう。今は眠って休んでください」
その言葉とともに、マリーデの意識はゆっくりと途切れていった。
魔術における『無詠唱』。その行使で最も重要なことは『リスク』に関してです。
はっきり言うと、『無詠唱』の乱用は魔術師の“迫害”につながりかねない。この説を〔杞憂〕と笑えるのは、ヒトの悪意が存在しない楽園の中ぐらいでしょう。
まず『無詠唱』をジャブ・早撃ち・抜刀術などの『速さ特化の術』と一緒にする。これがそもそも誤りです。
『ジャブ』の連撃を必殺の威力で放つ、『天馬連撃』はチートブロウであり凡夫は使えない。早撃ちの射程は短く、『抜刀術』は迷宮の狭所では十全に使えない。
そもそも船上・雨天どころか、山中の傾斜で威力が減衰する。使い物にならない武術が、魔術の『無詠唱』と同列になれるわけがない。
つまり『無詠唱』の魔術とは、万能に使える暗器であり。範囲攻撃のできる兵器であり、犯行に用いられる猛毒に等しい。一般人は無論だが、技量に劣る大半の術者にとっても忌まわしい【恐怖】の対象だ。
よってこの悪意に満ちた世界において、我々C.V.は呪文を詠唱し〔魔術には隙がある〕と広報戦を行う義務がある。最低でも〔真実を交えて、ウソを信じさせる〕のと同じように、〔通常は詠唱を行い、無詠唱は切り札にして秘匿する〕という駆け引きを行うべきだ。数の暴力による迫害を避けるために。
これが戦争種族C.V.の『無詠唱』に対する認識だ。ただし例外はある。
万人を癒す『治癒魔法』。殺意を防ぎ、圧殺に転用できない『絶対防御』。そして広報戦に参加する口の無いモンスター・死人に対してなら『無詠唱』で殲滅しても“迫害”のリスクは少ない。
とにかく大事なのはリスク・影響を考え続けることだ。
ウァーテル魔導師団長クララ・レイシアードの極秘教練より抜粋




