160.歓楽の街~マリーデの傲慢
北欧神話の主神『オーディン』魔術・策略の戦神として名高い神であり。同時に世界でも類を見ない、『権威』に不安のある主神です。その理由は『オーディン』が持つ槍『グングニル』のため。
今でこそ英雄大戦のランサーは活躍していますが。ファンタジーにおいて『槍』の扱いは低く。“テキトウ”と言っても過言ではありません。
その根拠として『グングニル』『ゲイ・ボルグ』以外で、固有名のある槍がどれほどあるでしょう。大半が『持ち主の槍』と言うように、『誰かの付属物』という扱いではないでしょうか。
『ディルムッド』の双槍は〔双剣なのでは?〕という話があり。
『ポセイドン』の『三つ叉槍』にいたっては、漁師・海賊の『三つ叉槍』も全てトライデントと呼ばれています。
これらテキトウ扱いの幻想槍のイメージを払拭するために、印象に残るエピソードが必要なわけですが。『グングニル』は〔フェンリルに通用せず、呑み込まれました〕・・・という有様。
もはや『ミニョル』『ゲイボルグ』に負けている、『グングニル』を持つ『オーディン』。その『権威』は危ういと愚考します。
中級シャドウのサヘルが冒険者講習を行っていた頃。冒険者たちの心胆を寒からしめる、ウワサとリスクの【宣告】が行われる少し前の時。
冒険者ギルドの受付に、女性たちが詰め寄っていた。
「これはいったい、どういうことかしら」
「何故、私たちが講習に参加できないの?」
「納得のいく、説明を求めるわ」
「・・・・・ッ」
男たちは半強制参加に等しい講習会からは、何故か女性冒険者たちが締め出されており。
〔男女合同で行う講習としては問題がある。というか女性には必要ないわね〕
そんな通達が今朝から出され、女性冒険者たちはギルド受付へと殺到していた。男女混合のパーティーでは男性陣が講習に拘束されてしまい、冒険ができない。女性だけの冒険者パーティーだけが依頼を選び放題になるなんて〔ズルイ〕という主張だったのだが。
「ですから、私たち【受付】担当者はそのような通達は出していません。
今回の講習会はギルドマスターの(独断による)指示なんです」
〔だから私たち受付嬢に詰め寄られても困る〕
そんな彼女たちの弁明は通ることなく。
「ハァッ!?そんな言い訳が通ると思っているの?」
「だったらギルマスを連れてきなさい。そして納得のいく説明をしなさいよ!」
女冒険者たちの言動は徐々にヒートアップしていき。涙目の受付嬢に限界が来る、寸前で階段から声が放たれる。
「そこまでにしておきなさい。あんまり大声を出すと、本性が出るわよ」
「「「「「・・・!!!」」」」」
その瞬間、ギルド建物内に火花が散り。開戦のラッパが高らかに吹き鳴らされた。
「誰だ!ギルマスの部屋でいったい何をしていた!!」
「何をしていようと、私の勝手よ。貴様たちに報告する義務などないわ」
「ギルマスッ!ご無事ですかっ!」
階段から降りてきたマリーデの言葉に、冒険者ギルドは瞬時に臨戦態勢になる。
ビルナードの安否を確認しようと、誰何の声があげられ。腕に自信のあるスタッフが、もう一つの階段を上り執務室へと向かう。
それを横目で見ながら、マリーデは言の刃をふるった。
「騒々しい連中ね。何かあったら声ぐらい出すでしょうに。そんなことも理解できないのかしら」
「もしものコトに備える行動を、愚かと笑うの?随分と平和な世界で生きているのね」
その言の刃が迎え討たれる。このまま斬り合いが始まるか・・・というところでギルドマスターが全速力で執務室から飛び出して来た。
「何をしている!ギルド内部、冒険者同士の争いは厳禁だぞ!!」
「「「・・・・・」」」
「あら、そうだったわね」
その言葉に女性冒険者たちは一応、矛を収めるもマリーデに従う義理はなく。
さらなる火種を放り込む。
「それでは説明したとおり。お美しい女性たちに美肌・色香に関する講習など必要ないでしょうから。
しっかりと周知徹底してくださいね」
「・・・・・オイッ!」
「「「それはいったい、どういうことです!?」」」
マリーデの〔女性冒険者に柔軟の講習はしない〕宣言を、ギルマスはとがめ。
女性陣は誇張でなく殺気を放つ。その中には受付嬢たちも交じっていた。
「どういうことも何も・・・有用なモノは有料になる。それだけのことですが」
「それはっ・・・」
「殿方たちにタダで柔軟の講習をしたのは〈お試し〉だから。
硬直した身体が、冒険者の活動に支障をきたす状態だから『整体・柔軟』を施しただけよ。いったいオンナ冒険者はナニをしていたのやら。
それに身体の柔らかい女性が、男と同様にタダで『整体・柔軟』をしろ・・・などと言わないわよね?」
「「「「「・・・・・ッ」」」」」
マリーデの言葉に、冒険者ギルドの女性陣は沈黙する。
そして同時に、爆発寸前な鍛冶釜のような怒気を貯め込む。正論で誰もが納得できるならば苦労しない。彼女たちの感情は“男たちだけお試し”という不公平を認めるハズが無かった。
それを目の当たりにしながら、マリーデは思う。
〔とっとと実力行使に出なさい〕・・・と。
女であるマリーデは、良人が不特定多数な異性の肌に触れることが不本意であり。まして『整体・柔軟』で身体の調子が良くなった女どもが、押し寄せるなど論外だ。
仮に『有料』にしたところで、押し寄せる人数がどのくらい減ることやら。
そして歓楽街の高級娼婦であるマリーデにとってオンナ冒険者は“敵”でしかない。
後からやって来た雌ギツネが、活躍する男性冒険者をモノにする。そのせいで娼婦の【身請け話】が、どれほど立ち消えになったことか。“痴情のもつれ”でどれほどの冒険者パーティーが崩壊したことか。
それらの所業を棚に上げて、家族を養うため苦界に入った娼婦を“色魔”“病気持ち”扱いする。
マリーデが力を得た以上、そんな悪女たちの好き勝手にはもうさせない。奴等にはここで破滅してもらう。
「それではゴキゲンヨウ皆さん。用が済んだので、私はこれで失礼するわ」
「待ちな・・・」
「待ってくれっ!いや、お待ちくださいマリーデ様!!」
オンナ冒険者たちを挑発しつつ去ろうとするマリーデを、ギルマスのビルナードが敬語を述べて引き留める。
建前として冒険者ギルドは独立組織で、権力の影響を受けていない・・・ということになっており。執務室ならともかく、衆目の前でギルマスが敬語・頭を下げるのは対外的にまずいのだが。
単独行動に見えるマリーデを侮った、女性冒険者たちがもめ事を起こすほうが〔危険だ〕と考えたのだろう。仕方なくマリーデはギルマスの顔を立てる。
「これから混成の暴行亜人の討伐が控えている。
こんなところで争う元気があるなら、討伐でそれを発散しろ!!」
〔それとも非常時にもめ事を起こして、評価を下げたいのか?〕
ビルナードの言葉・無言の圧力に、女冒険者たちは渋々ながら引き下がる。数年越しの努力と幸運の集大成である、冒険者ランクが下がることは彼女たちにとって悪夢だろう。これを持ち出されては、たいていの冒険者は引き下がるしかない。
だがマリーデにとって冒険者の評価など知ったことではなく。さらなる挑発で破滅させてやろうと、宣告を行う。
「お話のところ悪いけれど。今回の討伐依頼に、女性冒険者たちの参加は遠慮してもらいます」
「「「ハァッ!?」」」
「何故だ?いったいどういう理由で、私たちのどこが男共に劣ると言うのだ!!」
「そうですね。まずそんなセリフが出てくる、考え無しなところを私は問題視しています」
暴行亜人どころか、混成の暴行亜人と大規模な戦闘を行う、マリーデ(が依頼人ということになっている今回)の依頼。敗北の許されない『戦争』であり。普段の冒険と異なり、最低限“勝敗後”のことも考えてもらわねばならない。
他種族の女性を“使い潰して”増殖する、実質モンスターである暴行亜人との戦い。
若手ルーキーなら敗北しても〔くっコロ〕〔救出されるまで諦めるな〕というやり取りで済むだろうが。この世界の実戦でそんな甘いセリフが入る余地はない。
“女冒険者たちが囚われる→暴行亜人が増殖する→凶行による惨劇が激増する”
こういう奈落の連鎖が発動するのみであり。リベンジが行われる確立などゼロに近い。
「まともな思慮があるなら。こういう最悪の事態を考え、避妊の一つも考えるべきでしょう。
それなのに貴女たちときたら〔“不公平”だ“侮辱”するな〕と不満を述べるばかり。いいかげんバカにするのも面倒なのですけど」
「キサマぁ・・・」
「なめるなっ!」
マリーデの侮辱・挑発に対し、激昂した女スカウトがとびかかる。雌豹のような体躯が宙を舞い、マリーデの喉に刃がつきつけられ。
「売女がっ、護衛もいないくせになめた口っ⁉」
「危ないっ!」
『リッパー』
ドゥーガの刃が振るわれ、それを紙一重のところで避けられる。同時に帽子・外套が宙に浮かび、真紅の仮面が装着されて『魔竜鬼』の存在を主張する。
『マスカレイド、リッパー!ネイルズ!!マッドネストリップ!!!』
「キャァーーーっ!」「このバケモノっ!」「囲めっ、押し包んで倒すぞ」
「待てっ、落ち着いて話をっ…」
ギルマスの制止の声も空しく、女冒険者たちは陣形を組む。そうして幽鬼のようにたたずむ『魔竜鬼』カレイドに、攻撃を行おうと構え。
『フルーレ』
「キャァッ!」「カハっ⁉」「そんなっ…」
不可視の刺突によって切り裂かれ、血の臭いが漂う。
温度によって水が三態に変わるように、術者の感情によって『魔竜鬼』カレイドは能力が変わる。
現在の『マッドネス』は戦闘力を重視した形態であり。ただでさえ見えにくい魔力の細剣が、オンナ冒険者たちの肌を切り裂いていく。
「〔やめろ〕と言っているだろうが!」
「先に仕掛けたのも、頭数があるのもそちらの方。私は身を守っているだけよ」
「クソっ・・・」
ギルマスのビルナードが表情を歪める。冒険者寄りの中立であるビルナードとしては、マリーデの正論に〔ハイ、わかりました〕と言うわけにはいかず。かといって女性冒険者たちに肩入れし過ぎると。講習会をやっているサヘル様とその所属組織を敵に回し、エルク支部は壊滅しかねない。
ギルマスとしては冒険者が優勢、というところでこの諍いを止めたいのだろうが。
「いいわよ。まとめてかかってきなさい」
マリーデのセリフを聞いて、女性冒険者たちの目に怯えと殺意が同時に宿る。
そうして彼女たちは、お互いに感情を爆発させた。
とりあえず私の勝手なイメージは置いておくとして。
槍である『グングニル』は北欧の文化的にも『権威』が下がると愚考します。
というのも北欧の戦士で上位の者が持つ武具は『剣』であり。『槍』はその次、中級クラスの戦士が持つ武具とのこと。
せめて神器の『剣』を一振り持っていれば、マシなのですが。『グングニル』以外で『オーディン』が持つのは『杖』というイメージであり。
星鎧のオーディン像・ローブのように『剣』を持っているならともかく。主神なのに『槍』をメイン神器とする『オーディン』は〔トップではない〕と告げている。私はそんな妄想をしています。




