16.中級シャドウ
物事にはメリットとデメリットがあります。
私が子供のころ知った『テレパシー』能力者の場合だと。
〔周囲の人間全員と精神感応を行い、心を読みまくり。その声にテレパス能力者の心が押しつぶされかける〕という話がありました。
その後〔テレパシーを封じる鋼の部屋でリハビリを行い、能力のコントロールができるようになる〕というお話です。
悪徳都市ウァーテル。様々な闇がはびこり、周辺から生き血を吸い続けた。災禍をまき散らし続ける盗賊たちの城塞。そんなウァーテルを討ち滅ぼそうと、正義の味方が戦いを挑み。大勢の復讐者たちが牙を突き立てたものの。誰一人として、その牙城を崩すことはできなかった。
その理由はいくつかある。頭をつぶしてもそれが影武者だったり、瞬時にすげ変わる。軍勢をさし向けても将軍が病にかかったり、主戦派の大臣が失脚して“和平が結ばれる”。
時には魔人たちが都市の支配を独占しようと、強襲を仕掛けたこともあったが長続きせず。
連中はユウシャに討ち取られ、その後数年で悪徳都市は復活した。複数の犯罪・密偵の組織が入り乱れる。魔窟の中で共食いを行い、仮初の同盟を結び、裏切りを繰り返す。そこにはかつて繁栄した自由都市の面影はない。
「だがその歴史も今宵で終わる。我らが絶対の主。聖賢の御方様がふるうお力によって!」
謡うように、熱にうかされたように彼女は告げる。そんな中級シャドウのミヤホに答える者は、この場にいない。
本来、商人の旅装をまとった彼女はエモノだ。盗賊ギルドに所属するゴロツキは無論のこと。スラムの住民にとっても、無防備な愚か者など飯のタネでしかない。
「ギャァッ‼」「オレの腕、オレの腕がぁ⁉」
しかし連中にミヤホたち商人に扮したシャドウたちを、襲う余裕はないだろう。ウァーテルのいたるところで、盗賊ギルドのメンバーが少人数の下級シャドウに蹂躙されている。そんな戦場にのこのこ出てくる自殺志願者は極めて稀だ。
だからミヤホたちは好き放題に前線の下級シャドウの戦いをサポートする。
『そのまま前進を続けて』
『包囲網の維持を最優先に。そのチンピラたちは逃がしてやりなさい』
『タイミングをあわせて。奴らが合流した瞬間に術式を発動。カウント、3,2,1,今っ!』
高価な魔道具。もしくは通信系の異能持ちでなければ、不可能な作戦指示がウァーテルの空を飛び交う。それはただでさえ個の力で盗賊たちを圧倒するシャドウのチームを、より強力な兵団へと変えた。ゴロツキの集団を狩るなど造作もなく。
「おおっ!いいところに来てくれた。他所のギルドの連中が襲撃を仕掛けてきたんだ。アジトにはオレが知らせるんでお前らはここで足止め・・・」
「ハァ⁉ふざけるなよ。ここでもたついていたら奴らに追いつかれ・・」
『『衝破・烈火走』』
「「ギャァー‼」」
敗走したギルドメンバーを一箇所に誘導し、『攻撃術式』による殲滅を行う。かろうじて逃げ出せたシーフたちも、復讐どころか生存の機会すら得ることなく散っていく。それは闇の組織にとって人員の損耗以上に厄介な痛手をもたらした。
「ヒソヒソヒソ」「ギルドの連中があんなに簡単に殺されていくなんて」
「・・・だったら死体から身ぐるみ剥いでもいいんじゃねえか・:^」
「ちょっ、オレはまだ生・・/*」
都市を支配してきた恐怖が失墜していく。それはさざ波のようにゆっくりと広がり。だが確実に悪徳都市ウァーテルを侵食していく。
その結果、盗賊ギルドの士気はますます下がり。保身に走るモノが混乱を拡散させていく。その結果、戦況はますますシャドウ側の有利に傾いていった。
そんな狩り場を見つめるミヤホは、粘着質な気配を捉えた。
「・・・・・遅いお着きね。それとも賊の毒剣としては、鋭いほうと褒めてあげるべきかしら?」
わざと響かせた侮蔑の言葉に、数人のシーフが隠形・気配の隠蔽を解除する。どうやら姿を現した連中がおとりになって、本命の一刺しをサポートするようだ。それなりに実戦をくぐりぬけたのだろう。敗走・追撃の連鎖からぬけ出せないチンピラたちよちは、マシな荒事担当なのだろう。
下級シャドウよりも格段に劣る暗殺者だが。
それを確認すべくアヤセは中級シャドウの(標準技能)を行使する。
『アイズ・ウィプス』
ヒトは視覚に依存し魔力を持つ生物だ。そのため魔眼は種類の多い異能・・・というだけではなく。後天的に移植の可能性がある超常の力である。耳・鼻・舌に触覚から発動する異能の移植は、狂科学者の領域であり。仮にも正道を歩む術者はイメージすら行わない。
〔要するに人間は視覚を行使するのと同時に、微量の魔力を常に放射しているの〕
偉大なる聖賢の御方様は、そう言って奇跡の御業を行使なさっていた。ミヤホたちにその領域は遠く至ってはいない。
彼女たちが今できることと言えば、気配を消失させているつもりの毒剣使いを索敵する。隠行を行使しているアサシンの眼球に、魔術の灯火を当て。その存在を察知するだけだ。
「それで隠れているつもりかしら?」
「ッ‼」
見当をつけていた位置にナイフを投擲する。それだけでアヤセを狙う本命の刺客は、目からナイフの柄を生やして崩れ落ちた。
「・・・・・バカなっ!」「リーダーがっ、リーダーがぁっ!」
毒剣の使い手が瞬殺されて、ミヤホを包囲する連中に動揺が広がっていく。そんな隙だらけの連中に追い打ちをかけることもなく、彼女は冷めた視線を『投げかけて』いた。
『隠形・透明化』の術はノーリスクの秘術などではない。気配を隠すのに伴い血流・呼吸を鎮静させねばならず。それに伴い身体能力・五感も格段に低下する。
そんなデメリットがあっても標的・護衛の視覚をあざむける効力は大きい。実際このアサシンチームは、今までそうやって暗殺を成功させてきたのだろう。
「だけど私たちシャドウに隠形は通用しない」
格上の棲む領域ならともかく、この裏路地はミヤホたちが感知の結界をはっている。既にシャドウの陣地と化した場所だ。極細の鋼線を囮にしつつ、結界に塵を散布する。その塵を知覚・掌握するだけで、透明化の術は9割以上が無力化する。さらに塵に魔力の粉・極小の燐を混ぜれば9割9分の隠形が無効になり。
眼球からの放射魔力を逆探知すれば。英雄クラスの暗殺者ならともかく、シーフ連中に従う毒矢など悪目立ちする、滑稽な存在だ。
そんなことを考えながら、アヤセは結界の鋼線に振動を与える。それによって起動した仕掛けの矢が毒剣使いたちに放たれ。
「グッ!?」
「もう少し戦わないと実力差がわからないかしら?まあ私はどちらでもいいけど」
ミヤホの挑発の言葉に対し、下級アサシンたちは盗賊らしい行動を取る。すなわち逃走してからの情報分析と報復だ。
「退けっ!こんな仕掛けを設置してるということは追撃はない」
「「「「「・・・・・ッ!」」」」」
そんなセリフとともに毒剣使いたちは撤退していく。その背中を眺めながら、ミヤホはつぶやく。
「サヨウナラ。愚かなアサシンたち」
確かに追撃はしないし、そもそもやってはいけない。だがその判断が正解といえるのはミヤホたち中級シャドウが指揮を取っている場合だ。
彼女たちを従える最上級のシャドウと聖賢の御方様が出陣している。その時点で、暗殺を生業とする者たちの末路はすでに確定しているのだ。
前書きでは魔術による通信・伝令の話をする予定が、こうなってしまいました。
ただこういうデメリットがないと『黒妖精の毒短剣』がもっと猛威をふるう。そんな戦乱の世界があったと思います。