159.歓楽の街~柔軟に行こう
北欧神話の主神『オーディン』。その存在は他宗教・神話の常識から逸脱している。おそらく世界でも極めて稀な神性でしょう。
何故なら『オーディン』は隻眼の容姿だから。それも治癒・再生することなく、片目を失ったまま隻眼の王神として君臨する。そんな主神が他にいるでしょうか?
隻腕→銀の義手→腕が再生したケルト神話の『ヌァザ』
邪神竜『テュポーン』によって足の腱を奪われたものの、取り返し逆襲した『ゼウス』
重傷、部位欠損になった主神は珍しいながらも存在しますが。どの神も健常な身体を取り戻しており。今よりはるかに身障者への差別・虐待が強かった時代。大半の信者が主神に健常な身体・容姿を求めるのは、自然の流れだったと推測します。
そんな中で隻眼の不利をものともせず、戦神としてグングニルをふるう。
『オーディン』は世界中を見渡しても、唯一無二の神性だと愚考します。
依頼人から冒険者ギルドへ支払う、依頼料を『分割払い』にしてもらう交渉をサヘルたちは仕掛け。
当然、そんな改良を急に外部から言われて、ギルドができるはずもない。
それに対し(乙女を含む)冒険者及びギルド全体に、汚名を被せる。
〔暴行亜人を増やして、間接的に自らの色欲を満たす。そんな異常性癖の持ち主という悪名をばらまく〕
〔それがイヤなら『分割払い』の提案に従え〕
そういう宣告をサヘルの相棒マリーデはギルマスに行ったハズなのだが。
何故か数日後、サヘルたちは冒険者ギルドで『講習会』を開催することになっていた。
「・・・あ~、マリーデさん怒っている?」
「・・・知りません、サヘル様っ」
明らかに怒っているマリーデに対し、サヘルはご機嫌取りを行うものの。その効果は薄く、何に怒っているか理解していなければ謝罪の効果は低い。
よってサヘルは熟考し、思いついたことを述べる。
「すまなかった、マリーデ。危険人物のおそれもある、ギルドボスとの交渉を一人で任せてしまって。オレも護衛として執務室に同行すべきだった」
「それはっ・・・仕方ないことです。依頼人を演じる娼婦たちの護衛は必要ですから。
サヘル様は彼女たちの護衛を優先すると、作戦立案で決まっていたことです」
口ではそう言うものの、マリーデの反応は悪くない。当たらずとも遠からず・・・といったところか。
「だとしてもギルド側が強硬策に出たときに備え、臨戦態勢でいるべきだった。本当にすまない」
「本当にそう、思っていますか?」
その返答を聞いて、サヘルは解答を引き当てたことを確信する。
ただしここで“真実”を言ったら台無しだ。
〔魔竜鬼のカレイドを従えるマリーデなら、万が一にもギルマスに敗れることは無い。そう確信していたから、冒険者たちを整体していました〕
こんなホントウのことを言ったら台無しだ。
「ああ、もちろん。あの時は(精神的に)追い詰められた冒険者たちが暴走しかねないと考えて。
懐柔策として余興や『整体術』をかけてみたんだが。今、考えると優先順位を間違えていた」
「わかってくださるならいいんです」
そう言って、マリーデはサヘルに腕をからめてくる。どうやら機嫌はなおったらしい。
そんな甘いことをサヘルは考えてしまった。
「今回は許してあげます。逢い引き一回だけで」
そう告げて、マリーデは片腕を軽く圧迫してくる。どうやらサヘルの本音などお見通しらしい。
そんなことを考えつつ、二人は一緒に講習会の開催場所へと歩いて向かった。
「今日は忙しいところを、よく集まってくれた。これより冒険者講習を行う!」
「「「「「「「「「「・・・・・」」」」」」」」」」
冒険者ギルドの裏手。一夜で造られた訓練場に、数十人の冒険者が集められていた。
その表情には不満の色が見え隠れしており。
〔ベテラン冒険者の俺たちが、何で今さら講習を受けなければならないんだ〕…と顔に書いている者も少なくない。
もっともギルドマスターが〔ほぼ強制に近い依頼と考えるように〕と言えば、表立って不満を口に出す者はいなかった。
「俺の名はサヘル。不肖の身ながら、本日の講師役を務めさせてもらう!
まず講習を始める前に、皆が抱いている疑問に答えよう。冒険者としての実績がある諸君たちに、半ば強制で講習参加の通達がされた理由を今から話す!」
サヘルの言葉に大半の冒険者が聞き耳を立て、一部の冒険者が身構える。
〔人の口には戸が立てられない〕以上、先日の冒険者ギルドの一件は伝わっており。
〔暴行亜人が増えるのを放置して、人が不幸になるのを楽しむ〕
〔女に飢えているのに略奪暴行を許し、それを妄想する変態性癖の持ち主〕
そういう冒険者たちのメンタルをえぐる、言の刃が再び振るわれる。そう考えた者たちが歯を食いしばって、精神防御を固め。
「近日中に、破壊亜人たちの討伐依頼が大量に出される。同時にこれまでの依頼料を見直し、大増額を行う。
そのために冒険者の戦力を底上げし、さらに高額の依頼を受けるにふさわしい者を選抜する。今回の講習はその試験を兼ねたものだ!!」
「「「「「「「…オオッ!」」」」」」」「「「・・・!?」」」
サヘルの言葉に〔稼ぎ時だ〕と大勢の冒険者が期待の声を上げ。
少なくない者たちが〔この前とあつかいが違う!〕と無言で問いかけてくる。
その問いかけに気が付かないフリをしつつ、サヘルは説明を続ける。
「昨今のゴブリン・オークやトロールの増殖はひどすぎる。奴らは草木、木の実を暴食するだけにとどまらず。自然の恵みを食い散らかし、汚染する。
その影響で自然の恵みを糧とする獣の数が減り。それら獣をエサとする魔獣・幻獣の数まで減少していることが、賢者様の調べにより判明した」
当然、冒険者ギルドとしてこの事態を看過出来るはずもなく。『分割払い』にすることで、広く依頼人を募り報酬を工面した。
「オレたちの時と違いすぎる…」「黙って聞けっ!」「そうだっ…オレはまともなんだ」
かわいそうな冒険者の声を聞こえないフリで誤魔化し、サヘルは講習の内容を告げる。
「この場に集まった者たちが見習い・初級冒険者と同じことをしても、たいした効果は得られないだろう。
よって偉大なる賢者様の考案なされた、身体改良を行う!」
「賢者様の考えた鍛錬・・・」「めんどくせぇ」「賢者なら魔術じゃないのか?」
「・・・そこの真ん中にいる奴。ちょっと協力しろ」
そう言いながら、サヘルは瞬時に間合いを詰める。そうして有無を言わせず、転倒させてから地面に座らせ。先日の冒険者に手伝わせ、足を伸ばして開脚させる。
「・・・・!!!;*:”…ゴオオオォォォ---ーーー!!!?」
そこから背中を押して、股割りの強制ストレッチを行わせた。
「イダイ!イダ、痛い。てめっ、何しやがっ、ガァァアアア!?」
「「「「「・・・・・」」」」」
「このように今日の講習は『柔軟』をメインに行う。大口をたたく者には、一気にここまでやるが。堅実にいきたい者には、順を追って段階的に行う」
〔これからナニを行う?〕などと無駄口をたたく者はいない。泡を吹いている冒険者の隣で、サヘルが見本の股割りをして見せれば、誰もが理解せざるを得ない。
こうして誰もができる、柔軟体操が静寂の中で始まった。
冒険者は様々な場所に赴き、あらゆる状況下で、困難に立ち向かわなければならない。
そのためには〔実戦あるのみ〕〔実戦こそが最高の学び場〕であり。冒険者見習いが、ランニング・一対一の模擬戦と最低限の読み書きを学べば〔冒険者講習に参加した〕と言われてきた。
「まあ実際問題として、今まではそうするしかなかった。高い金をかけて、長時間の訓練に耐えた戦士があっさり殺される。だから〔実戦こそが一番大事〕と言われたのだろうが」
その結果、現在の冒険者が大勢育ち、今の冒険者ギルドが出来上がる。
大半の冒険者が目先の条件の良い依頼に飛びつき、依頼書の奪い合いから冒険を始める。ギルドは依頼を右から左に回すだけで、初歩的な商売すら知らない。
そんなシャドウ一族と陸戦師団の本音を隠し、サヘルは冒険者たちに語りかける。
「それでは突然・様々な状況変化に対応できず、格上の敵に挑む=“無謀な賭け”になってしまう。
ストレッチで体を軟らかくすれば、思考も柔らかくなる。やわらかい身体で受け身をとればダメージを軽減でき。関節のバネを活かせば攻撃の威力も増す。
何より体が硬直した身体では、いざという時に動けない」
「〈いざ〉という時・・・敵が奇襲してきた時ですか?」
「それが一番だが・・・狙撃や急所突きなどの即死攻撃をとっさにかわす。
何より冒険者なら、崩落する建物・迷宮から『宝』を運び出す時があるだろう」
「なるほど」「「「「「「「「「・・・・・ッ」」」」」」」」」
講習の休憩時間。柔軟の有用性について、サヘルは説明するものの。その反応は芳しくない。
最初に泡を吹かせた一人を除き。シャドウ基準ではなく、重騎士の標準でストレッチを行わせたのだが。ほぼ死屍累々といった有様の冒険者たちが、ストレッチを継続して行う可能性は皆無であり。
継続して柔軟体操を行わなければ、今日の講習は一度きりの“珍しい体験”で終わってしまい。冒険者の技能向上につながらないだろう。
〔優秀な者にはご褒美を出す〕という手もあるが。現状の低レベルで満足してもらっては困る。
何より冒険者たちの表情を観察すれば、その方法で発破をかけられるのは数人がいいところだ。
「(仕方ない。この手は使いたくなかったが、やむを得ない)それでは休憩は終わりだ。
これから股割りのストレッチを行う」
「「「「「・・・!?」」」」」「「「「「ヒッ!」」」」
半数に緊張が走り、残りが怯えた表情を浮かべる。そんな冒険者たちにサヘルは『宣告』を行った。
「しばらくしたら冒険者の評価に『柔軟性』というのが加わる。
兵士の仕事は『走る』ことと言うが。歩哨任務がある以上、威圧して立っていることも重要な役目だ。
それに対して、冒険者は『走り』様々な変化に『対応』することが求められる。『柔軟性』を評価するのは当然のことだろうな」
「そんなっ!?」「「「「「・・・ッ」」」」」「クソがっ!」「「「終わった・・・」」」
うめき声、悲鳴が上がり。一部の者たちは絶望に打ちのめされる。
その様子を見ながら、サヘルは本命の【宣告】を行った。
「まあ冒険者には様々なことが求められるから、『柔軟性』だけが評価の要ではない」
「そりゃ、そうだよな」「けっ、脅かしやがって」「「「「「「「「・・・」」」」」」」」
「ただまあ歓楽街で力加減のできない冒険者が、コトに至って事故を起こした。
娼婦・男娼の身体を傷つけたというウワサがあってな。
このままだと冒険者は“出禁”になるか。けっこうな割り増し料金を取られるとか、何とか」
「「「「・・・・・」」」」「「「「・・・、・・・??・・・!!!?」」」」「ふうん」「ほう・・・」
サヘルの【宣告】がゆっくりと、確実に講習の参加者たちに広まっていく。歓楽街に用の無いものたちとって他人事だが。〔それだけが楽しみ〕という冒険者たちに動揺が広まっていき。
「くだらないウワサかもしれない。
とはいえ、か弱い【恋人】【子供】を相手に“事故”を起こさないよう。この講習で身体の『柔軟性』を高めてみてはどうだろう?」
「「「「「「「「「「・・・・・っ」」」」」」」」」」
その瞬間、冒険者たちの目の色が変わった。
その後、〔柔軟は継続して行うのが大事〕〔冒険の最中にストレッチをして、隙を見せるな〕〔身体が柔らかくなると。眠りの質がよくなり、効率よく休める〕〔若い時から、柔軟をしたほうがいい〕
こういう講習がを行われたのだが。彼ら、彼女たちの熱意に比べれば些末なことだとサヘルは愚考して、講習は終了した。
さらに北欧神話には片腕をフェンリルに食いちぎられた『テュール』という隻腕の軍神がいます。身体部位に欠損があるのに治療しない。それを義眼・義手で補わない神が二柱も存在するなど、世界でも唯一無二でしょう。
おそらく北欧神話を信仰していた民族は戦士を尊び、戦傷を負った戦士に敬意をはらった。そういう民族性のため、隻眼・隻腕の神でも問題なく信仰したと愚考します。
ただし片目を対価に知恵・魔術の力を得た『オーディン』に比べ。『フェンリル』を欺き信頼を裏切った。任務とはいえ知己の『フェンリルを』拘束封印した『テュ-ル』の凋落は明らかであり。
上記と〔ラグナロクで敗れました〕以外の神話を読んだ事の無い。神話がメジャーで無い『テュール』は、信者獲得で他の神々に敗れたと妄想します。




