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158.歓楽の街~暇人のダンナ

 北欧神話の主神『オーディン』。魔術・知識の神であり、策略をめぐらす戦神でもあります。


 “その行いは非道の極みであり、大勢の人間が運命を狂わされ戦場のつゆと消えた”


 北欧神話を邪魔物あつかいするオトナは、こういう神話を吹聴して『オーディン』を邪神あつかいしていますが。

 昨今の凄惨な戦争ニュースを見る限り。“戦争”を引き起こしているのは“ヒト”の所業であり。安直に神のせいにする“奴”こそ戦火の元凶だと考えます。


 もっとも“戦争”の原因を邪神のせいにしておけば、ニンゲン様には責任がない。


 〔だから恨みを(都合良く忘れて)和平を結びましょう〕

 〔オーディン神の戦争は名誉・・だから、戦場で非道な行為をしても許される〕


 こういう感じに権力者が話を進める。オーディン神は都合良く利用された神様だと愚考します。

 マリーデがギルドマスターに対して、依頼()からの支払いを『分割払い』にする交渉・脅迫を行っている時。


 冒険者ギルドの1階を封鎖しているサヘルは辟易へきえきしていた。


 「オレは悪くない。そんなコトは知らない・・・」「クソっ・・・チクショウッ・・・」 

    「「「「「・・・・・ッ」」」」」       「イタい、痛ぇよう・・・」


 冒険者たちが死屍累々と横たわる、受付フロアと酒場を兼ねる空間。

 そこでは金の力に目がくらんだ冒険者たちが、サヘルによって打ちのめされ。

 いきなり〔自由な冒険が、暴行亜人ゴブリン・オークを増やす原因だ〕と罵られ、心にダメージを負った冒険者たちがひざを抱えててナニかをつぶやいていた。


 彼らの士気は最低であり。サヘルたちによる、冒険者ギルド支部の封鎖は成功するだろう。


 しかしソレを喜ぶほど、サヘルは非情になれなかった。


 〔冒険者たちが魔神の封印を解いたから、里は滅ぼされた。この恨みは絶対に返す〕・・・という風に冒険者たちを憎む仲間シャドウは少なくない。中級シャドウとして、サヘルがその報復に協力するのは当然のことだ。


 だからと言って〔暴行亜人の天敵モンスターを好き勝手に狩る。そうして暴行亜人を増やす、冒険者たちは悪党として断罪すべき〕・・・という理屈に全面的に賛同するのはどうだろう。

 聖賢の御方(イリス)様のように、上の次元に君臨する御方ならともかく。中級シャドウのサヘル程度では、冒険者と同程度の“やらかし”を既にやっている。あるいはこれからするかもしれない。


 「フゥ・・・」


 「「「「「・・・ッ!?」」」」


 サヘルのため息にすら怯えるギルドメンバーを見やり。冒険者ギルドに殴り込みを仕掛けたに等しい、今回のコレは失敗だったと思う。

 今までどおり、ギルド支部のトップにだけ話をつけるべきだったとサヘルは後悔して。


 “過ち”をそのままにすることこそ、最も愚劣だと結論づける。だからサヘルは賭けに出た。


 「オイ、貴様等。暇ならオレと賭けをしないか?」


 「・・・・・?」


 「考えてみれば、依頼主の護衛やモンスター討伐はともかく。ギルドの建物を封鎖することは、何となく受けただけだ。内容的に事前の説明も無く、受けられるような依頼じゃない」


 「「「ッ!?」」」


 冒険者たちに不満をぶちまけた娼婦・男娼(やくしゃ)たちに動揺が走る。予定とは違うサヘルの言動に驚いたのだろう。そんな彼らを目線で制し、サヘルは冒険者たちに話しかける。


 「とはいえ雇い主がいない間に、勝手に全員を逃がすというのも問題だ。

  だからオレと賭けをして、勝った者を解放するというのはどうだろう」


 「「「・・・ッ!?」」」


 〔ナニを言っているんだこいつ〕


 そんな視線が周囲全てからサヘルへと向けられる。だが先程の乱闘でサヘルの実力は明らかであり。作戦会議もなく強行突破を行っては、成功しても非戦闘員ギルドスタッフを見捨てることになりかねない。


 「賭けの方法と対価は何だ!!」


 そんな冒険者たちに、サヘルの提案を断れるはずもなく。


 「それじゃあ“ゲーム”を始めようか。カードにサイコロ(ダイス)。それとチェスはあるか?」






 「チェックメイト」


 「バカなぁーー!!」「「「・・・・・」」」「「・・・ッ!?」」


 そしてサヘルが監督兼主役のイカサマ舞台ゲームは終了した。


 冒険者たちの大半はハンデ付きの遊戯チェスだと、終了した今でも思っているようだが。


 1)三つのテーブルを並べ、同時に神経衰弱カード、サイコロとチェスのゲームを行う。

 2)最終的な勝敗は『チェス』で決するものとする。

 3)カード・ダイスのゲームで冒険者側・・・・が勝った場合、「待った」「二度駒を動かす」のどちらかを選択して行える。

 4)サヘルの長考には制限時間を設ける


 ゲーム三種類の並列思考を行う必要がある、サヘルが圧倒的に不利であり。しかもカード、ダイスのテーブルでサヘルが勝っても、何も得るものが無いという。


 〔冒険者をなめるな!吠え面かかせてやる〕・・・と知性派な後衛が言いたくなる。無茶苦茶なハンデつきのゲームだが。


 実際は『錬金光術アルケミックライト』を悪用したイカサマ劇場にすぎない。

 『光学情報アルゴス』の光属性C.V.様に仕える者にしか見えない、『光』でカードに目印をつける。極小の『光弾』でダイスを弾き、微小の『鎧光』を付与してイカサマサイコロを作る。


 よってカードとダイス勝負で、冒険者側が勝つことは不可能であり。あとはハンデの有利に期待している、素人チェスをサヘルが打ち破ればいい。

 ちなみに中級シャドウの昇格時には知力試験があり。サヘルはその際にチェスを選択している。


 そして『旋風閃光』という『旋風閃』『ランドランダー』の複合術式を使用するにあたり。サヘルは並列思考を行う、訓練とアルゴスプリズム(処置)を受けており。イカサマ劇場を行うことなど造作もなかった。


 「イカサマだっ!こんなことがあるはず・・・」


 「あきらめろ。ソレを込みでのハンデだろう」


 「不満なら再戦してもかまわない。ただしそうなると女性陣がお茶くみ(・・・・)に行くのは先になってしまうんだが」


 「「「「「ッ!?」」」」」


 屋外ならお花摘み(・・・・)だが、ここは冒険者ギルドの建物内なのでお茶くみ(・・・・)と言うべきだろう。そんなサヘルの気遣いに呼応して、一部のメンバーから圧力が発せられ。


 結局、冒険者たちは敗北を認めるしかなかった。




 「それじゃあ約束通り、賭けたモノを提供してもらおうか」


 「くっ、好きにしろっ!」


 サヘルの言葉に〈自称このギルド一の戦士ガンツ〉が進み出る。そうして筋骨隆々な上半身からシャツを脱ぎ捨て、床に五体投地した。その身体にサヘルは覆い被さり。


 「・・・、・・・、・・・、・・・・・ハッ!」


 「ギッ、ゴッ、オオオォォーー^;*:!?ノォオォォ!!!!」


 大の男が苦悶のうめき声をあげる。未知の刺激によって、痛覚が刺激され。全身がバラバラになるような錯覚に悶絶して。


 


 「どうだ?身体の調子は・・・」


 「なっ、へっ!?バカなっ!どこも痛くねぇ。痛くないどころかスゲェ気持ちいい!!」


 「よし、うまくいったか」


 サヘルの要求した賭けの代償。それは戦士職の頑丈がんじょうな肉体だ。それもできれば『身体強化』をそれなりに使っている肉体がいい。

 その肉体に『整体術』を施し、骨盤の歪みを矯正する。不規則な肉体酷使ぼうけん・身体強化の乱用で疲労した身体に活力を取り戻す。


 その『整体術』を練習するための身体を、サヘルは賭けの対価に要求したのだ。身内や歓楽街の住人なかまに、実験的な施術治療を行うわけにはいかない。

 本業の医者ではないサヘルが腕を磨くために、ガンツのような練習台が必要であり。


 「〈サイード(サヘル)〉殿。その技はいったい何なのだ?」

 「・・・・・」

 「オレにもやって・・・いや、もう少し様子を見てから・・・」


 冒険者たちの興味をひく必要があった。頑強な鍛えられた肉体を持つが、不摂生で身体の各所に歪みや疲労をため込んでいる。サヘルの整体術で矯正しても、メリットのほうが大きい奴等が好奇心で目を輝かせており。


 「これは『整体術』という。骨接ほねつぎの技だが、疲労を回復する効果もあって・・・」


 こうしてサヘルの臨時整体が始まった。










 一方その頃・・・・・


 「ウフフッ、旦那様ったらいったいナニを為さっているのかしら」


 「・・・ッ」


 一人のギルドマスターが尊厳の危機に瀕していた。その名をビルナードと言う。エルクの街にある冒険者ギルドの代表であり。現在は魔女マリーデの放つ鬼気のため、逃亡することすらできないでいた。


 先程まで魔女マリーデから依頼人からギルドに支払う依頼料の『分割払い』について、仮にも交渉?を行っていた。『魔竜鬼ドゥーガ』の作った人体標本(魔人形)による、圧力外交を受けていた役職持ち(ギルドマスター)である。


 「私がガンバッテ交渉をしていた。海千山千の幹部と依頼料の『分割』について話し合っていたというのに。私の身をどうして案じてくださらないのかしら・・・」


 まったく街の顔役であるギルドマスターをいったい何だと思っているのだろう。実戦から離れたとはいえビルナードは元中級冒険者であり、その実力は上級に迫る。冒険者たちを指揮して連携すれば、魔女の暴力に屈することなどありえ無い。


 そんな妄想をしていたのも今では昔のこと。アレはドラゴンから大トカゲへの命令通達コウショウだった。


 「アナタは私の護衛役で、建物を封鎖しているのでしょう。それが何故、整体マッサージをして肌をあわせているのかしら」


 「接近しているだけで、手指以外は触れていないと推測するが・・・」


 色々と情報がダダ漏れになっている。

 しかしビルナードにそれを利用するすべはない。むしろマリーデの勘気が鎮まるよう、危険を承知で話しかける。


 『・・・、・・・!・・・・・+:*;!!』


 〈カレイド〉と呼ばれた『ドゥーガ』と一緒に、魔女の怒りが鎮まるよう説得を行う。


 人形、怪魔ガイストの使い魔だと思っていたドゥーガは、ビルナードと一緒になって怯えており。この状況がいかに危険な状態なのか、わかりやすく示していた。

 この混沌の存在(ドゥーガ)はおそらくペットであり。ただし愛玩用では無く、無能な猟犬か戦闘奴隷の類なのだろう。


 ビルナードは魔女C.V.について一つ知識を得た。


 「こうなったら・・・ギルドの支部長さん。すこし大事な提案があるのですが」


 「承る」


 そして全面降伏の意を込め、ビルナードは簡潔に返答する。


 『分割払い』の交渉?で目の当たりにしたモノなど前座にすぎない。確信に近い勘の命ずるまま、ビルナードは全力で保身に走った。

 少なくとも他の大宗教や神話を信奉するニンゲンに、“邪神”“殺戮の神”あつかいされる謂われなど『オーディン神』にはないでしょう。

 

 端的に言って〔人死にの数を、かぞえろ〕です。


 『オーディン神』は『神々の黄昏(ラグナロク)』に備え、配下の軍勢に加える戦死者を増やしてきました。

 あちこちの主神のように『洪水を引き起こして、人類皆殺し(メツボウ)』を行っていません。むしろ“人類滅亡”に()つながる『ラグナロク』を防ごうと尽力したわけであり。『ラグナロク』に勝利するための、必要悪と言えると妄想します。


 少なくとも“世界の再創造”とやらのため“洪水”“終末”を引き起こす。そんな神々(の信徒)に“殺戮の邪神”などと言われる筋合いはないでしょう。

 〔滅ぼした人間の数を数えろ(・・・)〕と言いたいです。

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