157.歓楽の街~分割のススメ
日本に妖怪は数あれど。『ぬらりひょん』ほど様々な立場を持つ妖怪は珍しいでしょう。
策士・黒幕として暗躍し、魔王と化して主人公と戦う首魁の大妖怪。他にもタコ、海坊主や任侠ボスなど。中立?正義側まで様々な立場を『ぬらりひょん』は持ちます。
こういう『怪異』の変化を嫌う人もいるのでしょうが、私は時代・地域によって変化するほうを好みます。『不変』と言えば良さげですが、ワンパターンになりかねない。悪者がヒーローに成るほうが楽しいからです。
下級C.V.のマリーデは偽名を名乗り、“言葉の暴力”で受付嬢・冒険者たちの心をえぐる。
もっとも彼らが仲介・行った魔物退治の影響により、老若男女が分け隔て無く破滅しているのはまぎれもない事実だ。
よってマリーデは呆然となったギルド職員を飛び越え、ギルドマスターと強引に会談を行う。冒険者ギルドに干渉し、“盗賊ギルド”と縁を切らせる目的を持って。
「改めてご挨拶をさせて、いただきます。九級虹属性のC.V.マリーデ・カレイドルと申します」
「このギルドを預かる長のビルナードだ。この席を設けられたことを、幸運に思う」
そう告げるギルマスの顔にははっきりと〔吊し上げを止められてよかった〕書かれていた。
〔勝敗は兵家の常〕という言葉があり。敗北しない兵士・武将などいるわけがない。
それなのに『武将』は撤退の指揮を評価され。立場の弱い冒険者たちは中傷・ペナルティを課される。
この明らかな不公平があるために、冒険者は依頼を成し遂げることに必死になり。同時に依頼失敗や悪影響から逃げ出す。隠蔽し、他人のせいにして、あげく無責任に逃亡する。
その被害者たちからすれば“ヒトデナシ”“異常性癖”と冒険者たちを糾弾したい。とはいえ英雄でも困難な『常勝』を只人の冒険者に課すなど、“破綻”を要求するに等しく。
今は交渉によって、冒険者ギルドに改善を求めるしかないだろう。
「それで?あんな騒ぎを起こしてまで、話したいことは何だ?」
「冒険者ギルドが弱いことについて。我が主のC.V.に代わって、通告を行いにやって来ました」
「・・・・・」
今さら〔冒険者ギルドは権力の干渉を受けない〕などという建前は通用しない。権力者から破格の報酬をもらい、盗賊ギルドが跳梁跋扈している。この現状で建前を振りかざすのは、無駄どころか恥だろう。
「それで?ウァーテルのC.V.様はどんな要求がしたいんだ?」
「その前にお尋ねしたいのですが。どうして大金・大勢の人員を動かすギルドが『商人』の真似事をしないのですか?」
「??・・・しているだろう。依頼を仲介して、素材を売買している」
「そんな右から左に動かすだけのことを商売とは言いません。
個人、中小商家ならともかく、巨大ギルドがソレを『商売』と言うのは“害悪”です」
首をかしげるギルドマスターの様子に〔先程の話を聞いていたのか〕と確認したくなる。
ギルドの問題点。それは前金を払わず、成功報酬のみを払うことだ。そんな方法では冒険者たちに困難に備えて〔準備をしろ〕というのは無理があり。
〔前金が払われた〕という縛りの無い冒険者たちは、即物・刹那的に行動してしまう。よほど誠実なお人好し以外は、傭兵・殺し屋以下の契約モラルで活動するだろう。
例えば盗賊ギルドに協力する。安易に財宝へ飛びつく等々。
「そうは言ってもな。先立つものがなければ、前金を払いようがない。
相場で儲けるか、C.V.サマが金主にでもなってくれるのか?」
「それもいいですね。ですが、その前に冒険者ギルドには『商人』の真似事をしてもらいます」
「・・・??だから素材の売買をしているだろう?」
「そちらでは無く。ギルドには金銭的に苦しい依頼者からの支払いは『分割払い』を認め。依頼料を『金銭以外』で納めることを認める。
冒険者ギルドほど強大で広域に活動している組織なら、それでも利益を出せるはずです」
『即金で払う』確かにそれがもたらすメリットは大きい。金銭のやり取りが早く済み、トラブルも少ない。屋台・露店や小売り商店なら『即金で払う』のが鉄則だ。
しかし大商会が常に『即金』で取り引きすることは有り得ない。
『分割』で払ったり、『後日に収穫される予定の作物・製品』を契約して取り引きをかわす。
「ちょっと待て!冒険者に“借金取り”をしろって言うのか」
「冒険者ギルドに依頼料の『分割』を行え・・・と言っているのです」
確かに『即金』で依頼料を払わせるのは、金銭トラブルが少ない。『分割』した依頼料を回収するのはコストがかかるし、“踏み倒し”などのトラブルも起こりうるだろう。
「ですが依頼料が必ず『貯金』から支払われる保証などありません」
「どういうことだ?」
「貧しい村の共同体が依頼料をねん出する。重税・災害などで蓄えがない者が、依頼料を工面する方法。それはキケンな借金をするか、身売りするしかありません」
そしてそれは善人・弱者を犠牲にする方法だ。権力者一家が身売りすることなどまず有り得ない。
“今まで村で養ってやった”と恩着せがましく言って、孤児・母子家庭の者を人買いに売りつける。“冷たい方程式”と言えばそれまでだが、冒険者ギルドが依頼料を即金で要求するのは不幸の連鎖を【確実】に作っている。
「それともこの世に天災・重税が無いと仰るのですか?」
「それは・・・どうしようも無いだろう。この世界は残酷だ。
そもそも村は領主貴族の管轄だろう。『分割払い』はともかく『収穫、予定の物を抑える』のは奴等と戦争になる」
「ふうん。そういう危険に対する嗅覚はあるんですね。難易度の高いクエストの依頼料を高利貸しに預けて利ざやを稼いでいる。
ギルド支部の財務担当は悪知恵の回転が違うということですか」
「・・・!?オイオイ、言いがかりはやめてもらおうか。そんなことをしている証拠が何処にある?」
開き直ったビルナードの言葉にマリーデは胸中から答える。
〔私たちは探偵ではない〕・・・と
マリーデは聖賢の御方様に仕える、戦争種族(C.V.)の末端であり。違法な魔術で金の流れをつかみ、上級幹部が有罪と判断すれば。即座に刺客と化す下っ端だ。
加えて財務担当の言動は“証拠さえ突きつけられなければ”問題ないと言う。盗賊・悪徳貴族そのものであり。
冒険の難易度が高く、依頼料を預かったままの『塩漬け資金』を使っての“小遣い稼ぎ”を否定しなかった。
よって確実に善人を破滅させる、“高利貸し”の金主をマリーデが野放しにする理由など無く。
「証拠ですか。確かにソレはありませんね」
「オイオイ、ガキじゃないんだからヒトを糾弾するなら、証拠というものが・・・」
「しかし証人なら抑えています」
「ッ!?」
マリーデの言葉に、ギルドマスターはとっさに出入り口の扉を見やる。
だが扉は開かれること無く。マリーデは胸元から『指輪』を一つ取り出し、テーブルの上に置いた。それを見てビルナードは首をかしげる。
「オイオイ、証人はどうした。それとも『指輪』が証人代わりに囀るとでも?」
「まさか。証言するのは別のモノになります。
『魔竜鬼』よ造れ、マスカレイド!ネクロスト!レイストリップ!!」
「これはっ!『ドゥーガ』だとっ!?」
混沌と秩序の申し子である『魔竜鬼』。核に魔力が必須であること以外、術者(C.V.)がドゥーガの組成・ルールから決めなければならない。分身であり、ペットであり、創作物ということもあり得るのが『魔竜鬼』だ。
とはいえ戦争種族(C.V.)の魔術として、大半は戦闘用と言ってよく。
「貴様っ、やる気なのか!この場は話し合いの席ではなかったのか!!」
知識でしか『ドゥーガ』を知らない人間にとっては突然、出現した恐怖の異形だろう。
まして出現したのはマント、狩猟用の帽子と真紅の仮面が宙に浮かんでいる。不可視の『ナニカ』がそれらを装着している怪奇だった。
「もちろんです。最下級C.V.の操る『魔竜鬼』ですもの。これから“証言”をしてもらうための、術式を発動する『魔人形』にすぎません」
〔だから怯えることはないですよ〕・・・とマリーデは目線で告げる。同時にドゥーガの分析も出来ず、怯えるビルナードを内心で嘲笑った。
「ふざけるな!『魔人形』が術式で証言だと?そんなモノで納得できるはずがないだろう」
「皆さん、最初はそう仰いますが。どこのギルドマスターも最後には納得してくださいました。
始めなさい『カレイド』」
マリーデの意思を受けて『魔竜鬼』から呪力が放たれる。それは指輪にまとわりつき、やがてリングから赤い液体が滴り始め。
「これは・・・ウッ!?」
「どうかなさったのですか?まさかギルドマスターともあろうものが、この程度に吐き気をもよおす・・・などということはありませんね」
マリーデにとってはなじみ深い。ギルマスは目を背けていたい、血の臭いが部屋に充満する。
下水・墓場などの汚泥と、指輪の持ち主から『吸血した血』を混ぜた『魔物寄せ』の香りなのだが。
知らないオトナは、最底辺の色街を連想するだろう。
「無論だっ・・・この程度っ!!」
その虚勢が続いたのは、偽の血液がヒト型を形作るまで。腐臭を放つ人体標本をえぐり、引き裂き、つぶす光景に顔面蒼白となり。ソレが体液?を沸騰させながら、再生し、より強い腐臭を放った時点でビルナードは降参した。
「;*:`、もう止めろ、何だこの悪趣味はっ!これのどこが証言・・・・・まさか…」
「お察しの通りです。この指輪の持ち主。シャドウの皆様が捕らえた“盗賊ギルド”の使者たちを呪力人形で再現しました。
本体をこの場に持ってきたら、大変な騒ぎになりますし」
無論、シャドウ様たちがこのような残酷劇に興じるはずがない。ただ盗賊ギルドのせいで、“破滅”の二文字がぬるい苦界に堕とされた者たちの無聊を慰めようと。
ちょっと苦界の底辺で働かせたら、聞いてもいないことをペラペラと喋り始めただけであり。
「〔弱肉強食〕〔裏の掟〕などと言っていたわりに、口先だけでしたね」
「・・・・・ッ」
「私ごときでは知らない、裏社会のルールや金策について教えてくださいました。
やはりウァーテルから逃げ遅れ、職を失った“拷問官”と一緒にすごしたのがよかったのでしょう」
クスクスと笑うマリーデの眼前で、ビルナードは必死に愛想笑いを浮かべようとする。
だがその顔は引きつるばかりで、言の葉が口から出ることはなく。
結局、条件付きで依頼料の【分割】は試験的に行われることになる。
1)数字に明るい、商家の者を冒険者ギルドは雇う
2)依頼料の【分割】を認めるのは、日々の生活に困窮する集落の代表のみとする。個人・富豪が支配する地域からの依頼は、今まで通り即金とする
3)加えて人の命を左右する、山賊・モンスター討伐などの高額となる依頼でのみ分割を認める
4)シャドウとC.V.は上記の件がスムーズに行われるよう、あらゆる援助を行う
5)その準備として領主貴族と交渉を行い、活動の許可をもらう。『税収』を差し押さえるなど、後の禍根となりうる脅迫行為は一切禁ずる
結局、ウァーテルを事実上支配する権力者様の意向どおりの条件で契約が結ばれ。これ以後、冒険者ギルドは都市ウァーテルのC.V.たちから干渉されることになる。
しかしシャドウたちによって、盗賊ギルドの使者が行方不明になり。
〔冒険者ギルドが裏切った〕〔裏切っていないなら、ウァーテル奪還に協力しろ〕
〔(シャドウに連敗している)盗賊ギルドの権威を示すため、冒険者ギルドを支配しろ〕
こんな暴論がシーフ連中の間で飛び交っているという、情報が何故か広まってしまい。ビルナードたち冒険者ギルドの幹部たちに、選択肢などあろうはずもなかった。
ちなみに私のイメージする『ぬらりひょん』は、妖怪先生の辞典に記されていたものです。
その存在は〔忙しい商家に入ってきて、勝手に茶を飲む。追い出そうとしても、捉えられない〕という妖怪でした。
原型はいったい何なのか、想像するのが楽しいです。〔武術の達人〕〔好々爺〕〔隠居した老人が店に口出ししてきた〕〔徘徊する老人〕〔迷惑な客〕〔知将のヤクザ〕〔借金取り〕〔脅迫者〕〔裏社会の顔役〕
〔迷惑だけど、商家が追い出せない存在〕と『ぬらりひょん』を定義するなら、このぐらい原型の候補があり。これからも『ぬらりひょん』は変化し続ける・・・と楽しみにしています。




