154.水蛇の姉妹~販売される術式
源平の時代を境に力をつけた『武士』が『貴族』にとって変わりました。その理由を〔武力があるから〕と一言で片付けるのは、いかがなものでしょう。
海外の歴史・世界史と日本史を比較すると。日本のような権力の逆転現象は起きていない。
権力の権化である貴族たちは武装化して。騎士階級は貴族と血縁を結び、貴族化していく。
日本のように武士が権力を握り。なおかつ権力の弱まった貴族が滅亡しない。これは世界史と比べて珍しいことだと愚考します。
ウァーテルの中心。太守館を兼ねる政庁の一室でC.V.姉妹二人が口論をしていた。
「ナ・ニ・ガ〔おっと、ゴメ~ン〕ですか、姉上!作戦をいったい何だと思っているんです」
「そんなこと言われても。作戦というのは事を成し遂げるために立案するもの。
失策や墓穴を掘るためのモノじゃないよ」
C.V.二人は現ウァーテルの最高権力者を兼ねるイリス、イセリナの姉妹であり。先の演説でイセリナが“増税”を発表して、それをイリスが止める。
そういう演出シナリオで英雄イリスがウァーテル住民の支持を得よう。
そういう作戦だったはずなのに・・・
〔ワタシの術式『フォトンクリーン』を周辺の都市に売り出す!!その資金で大々的にお祭りの予算を組む〕
イリスの言の葉はシナリオを台無しにした。参謀としては作戦を勝手に変えられたと、怒り心頭になるわけだが。
「紅茶でございます」
「美味しいわね」
「うむ、良い香りだ」
イセリナ以外の軍団メンバーはイリスを支持しており。その中にはイセリナ率いるC.V.パーティーに所属するラケル・ファフニーまでいた。当然、イリス直属のシャドウは言うに及ばず。
唯一、陸戦師団の副団長ガルド・ログナー一人がイセリナに賛同するふりをしていた。
四面楚歌とはとはまさにこのこと。そんなイセリナに対してイリスが言の葉を振るってくる。
「正直、ボクもあの三文芝居で通用するかな~と思っていたけど。イセリナは住民たちを侮りすぎ。
〔増税がされるかもしれない〕と怯えていた者は少なくなかったし。ボクの“三文芝居”が通じる感じではなかったよ」
「【瞳】を読んだのですか?」
「ん~、勘かな?」
姉上の返答にイセリナは眉をしかめるものの、時を戻すことはできない。何よりラケル、ガルドの二人までもがイリスの支持に回っている。
忠実な副官、妹分たちとしてはイセリナが増税を課し、自らの評判を貶める。そんな悪役を務めるのは本意ではないのだろう。
「しかし『水を綺麗に』で周辺の街に影響を及ぼす。そのための準備にはもう少し時間が必要です。急いでは盗賊ギルドに足下をすくわれかねません」
「ん~、そこら辺はどうなのかな?扇奈」
「御安心くださいマスター。既に侍女シャドウのユリネが動いております。必ずや戦果をあげて帰還するでしょう」
「「「「・・・・・」」」」
自信をもって告げる扇奈には悪いが。ユリネは元侍女シャドウであり。魔竜鬼や『糸』に執心して色々、失態を演じた人物ではなかったろうか。
イセリナたちは一抹の不安を感じるものの。既に動いたユリネたちを呼び戻すことなど出来るはずもなかった。
『錬金光術』の派生術式の一つ『水を綺麗に』
軽い汚れを水面に浮かせ、重い汚れを水底に沈める。それから柄杓やシャベルをふるい、人力で汚れを水から取り除く。『浄化』の魔術が使える術師・亜人たちが、その光景を目の当たりにすれば失笑するに違いない。泥臭すぎる術式と作業だ。
しかし魔術師の使う水の『浄化』は何時間、どのくらいの区画に効果を及ぼせるのだろう。〔数秒・数人の飲み水を浄化する〕
そんな答えならウァーテル住民たちにとって失笑する価値すらない。それに『アルケミックライト』による水の浄化は汚れを分離することだ。水を錬成して有用な成分まで消滅させるのとは異なる。
「そういうわけですから。領内の生活向上のためにも『フォトンクリーン』の購入をお願いいたします。綺麗な大量の水を使って、料理・お風呂を楽しみましょう」
「お断りする」
「「・・・・・」」
元侍女シャドウのユリネと義妹である水那。彼女たち二人は『フォトンクリーン』の術式を各地の有力者たちに売りつけようと試み、失敗を繰り返していた。その理由は大まかに三っつあり。
〔無料で術式を教えようとして怪しまれ〕
〔紹介状を持参しているとはいえ、女二人の来訪を侮られ〕
さらに〔盗賊ギルドに敵対している、C.V.勢力と取引するのリスクを伴う。周辺諸国の裏組織を怒らせかねない〕という不安を抱く者も多く。
ユリネたちは『フォトンクリーン』の営業で連敗記録を更新していた。最初の問題点は有料にすることで、少しマシになったものの。
「やっぱり商売どころか、売り子のすら経験のない。私たちが『術式』を売るなんて無理があると思います、ユリネ姉様」
「弱音を言わない!私たちはいずれ『術式の糸』を世界中に広めるの。こんなところで立ち止まるわけにはいかないわ、水那」
『水の羽〇』から停滞し、退化しつつある『魔術の糸』。筋肉、異形変身の力を誇示するためだけに、“ボロ布”へと貶められる『衣服』の尊厳を守るため。
ユリネたち姉妹は水属性の『繊維』を開発しており。それを広めるための一環として、『フォトンクリーン』を広めコネを作りたかったのだが。
「しょうがないわね。この手は正直使いたくなかったのだけど」
「何か、思いついたのですか」
「〔思いついた〕わけではないわ。ただ歓楽街を担当している“女の敵”と同じ事を行う。
挑発して“嫉妬心”をあおるだけよ」
「??」
澄んだ水那の瞳がまぶしい。そう思いながらユリネは真っ当なコネづくりを断念した。
そして一ヶ月が過ぎ。
「ふむ。これが『フォトンクリーン』の仕組みか」
「「「「「・・・・・」」」」」
「ご理解いただけて何よりです。ラゼル男爵様」
ユリネは『水を綺麗に』の術式を領主に売りつけていた。正確には領主一人ではなく。
領地の有力者たち複数人を相手に術式をアピールして、買取契約を結んでいた。
「ご説明したとおり、『神秘では無い魔術』は工程を少なく、引き起こす現象が陳腐であれば、難易度が下がります。
某都市では〈汚れを認識〉〈汚れの比重操作〉を行った後に〈水と汚れの分離〉という現象を起こしていますが。皆様の事情によってアレンジを行ってください。
水質によって、詳細な認識や加重を省略して〈汚れを水面に浮かせる〉ことだけを行ってもいいのです」
ユリネの説明に誰もが一言も漏らすまいと聞き入り。従者たちは必死に記録をとる。
一月前、彼らがユリネたちを“女だてら”と侮った姿は欠片もなく。ユリネと水那の二人とも彼らに嫌味を言う気は一切ない。
むしろ〔やり過ぎました〕と謝罪したいくらいだ。
ユリネが『フォトンクリーン』を売りつけるためやったこと。
それは身分の低い娼婦たちを、上流階級のご婦人たちより【美しい肌】にしたことだ。
ウァーテル歓楽街の某娼館で行っているのと同じように。風呂の湯を『フォトンクリーン』で綺麗にして、再利用できるようにする。お湯の熱は〈焼いた石〉で補い、全員が入浴できるようにする。
そうすることで入浴時間という休みを従業員たちは取り。眠りの質が良くなり、美容体操を行う余裕ができる。そうして適切な栄養を取り、C.V.の化粧品を使えばどうなるか。
「「「「「「・・・・・ッ」」」」」」
『ユリネ姉様っ、あの人たち怖い!』
『落ち着きなさい、水那。術式での会話に絶対秘匿の効果などない。内緒話がバレたらかみつかれるわよ』
『ッ!?』
現在、ユリネと水那の姉妹。及びその話を傾聴している領主一党は、その夫人たちによって〈参観〉されていた。
別な表現をすれば男どもは背面から女性たちから威圧され。講師役のユリネは凍った視線によって射抜かれていた。その眼力はユリネの同僚と同じ種類のそれであり、絶対逆らってはいけないものだ。
〔やっぱり美貌を磨いた娼婦たちが、上流の貴婦人たちより肌が綺麗になった。
美容の要となる『フォトンクリーン』の術式を旦那さんたちが買わなかったからこうなった・・・と言ったのはやり過ぎだったわね〕
ラゼル男爵とその家臣、取り巻きたちが必死なのは背後の奥方たちだけが原因ではない。ユリネのこの講義が終わったら、娘や妹などこの場にいない御令嬢たちによる尋問・審判が待っているのだ。
さすがに同情を禁じ得ない。この償いはお酒のろ過、精製?術式を教えることで行おう。
『姉様、準備できたわ』
「『よくやったわ水那、撤収よ』
それでは『フォトンクリーン』の概要は以上になります。私はこれから拠点に戻って、化粧品の補充を行わねばなりません。今日のところはこれで失礼させていただきます」
「なっ!?」「ちょ…」「まっ・・・」
報酬を受け取ることなく、ユリネは逃走を決断する。正式な契約書を取り交わしておらず。本来なら術式を広めるために『紹介状』を書いてもらいたかったが。
「お待ちください、ユリネ様!ぜひお話したいことが・・・」
この場で紹介状を求めたらどうなることか、想像に難くない。美容の術を独占したい夫人たちは、苛烈な妨害をしてくるだろう。それに男性陣と交渉すれば、後日でも・・・否、今回の顛末を利用すればもはや紹介状など必要ないかもしれない。
『ミストブレス‼』
水那が放った霧の息吹に身を隠す。そうしてユリネたちはこの場から姿をくらまし。
「(美しくなった)娼婦の愛人が、妻の座を狙っていると苦情が来ているのだけど・・・」
「・・・・・」
当然、無責任な行動を咎められ。ユリネは再び侍女シャドウからの降格が決定した。
その理由は〔源頼朝が幕府を作ったから・・・〕で終わっては単なる教科書の受け売りです。
『武士』が権力を握った。高い教育を受けているはずの『貴族』が、武力を得られず。世界中の貴族のように武力を取り込めなかった。その理由は【言語】のせいだと妄想します。
現代では共通語が日本中?に通じますが。昔は方言だらけで、峠を隔てて言葉が通じないこともあったとか。
そして『武士』たちは身分の低い雑兵たちに通じる【言語】を操り指揮をとり。
『貴族』は自分たちの血筋と〈貴族の話し方〉に執着してしまい。高い教育を受けたところで、いつまでたっても雑兵たちと意思疎通ができない。通訳の役人がいたか知りませんが。命がけの戦場で通訳ごしに指揮をとるなど、源平時代に可能でしょうか?
私は無理だと思います。多少、傲慢でも戦場に出てくる武将なら可能だと思いますが。
その結果〔貴族は脅威ではない〕と考えた武士は、打ち首のところを遠島・闕所ですませ。貴族は存続したのかな~と妄想します。




