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152.金輝のコイン~ソロモンゴールド

 始めに断っておきますが、私は“ワイロ”を否定します。理由は悪名高き“免罪符”と同じように堕落するから。歴史を振り返れば“ワイロ”で権力を握ったものが暴走するからです。

 とはいえ金が無い者が“ワイロ”を出せる金持ちに不公平を感じ、嫉妬していると考えてもらってかまいません。


 その上で宣言します。

 〔江戸時代に賄賂を使えない、大名・家老は領地を滅ぼす無能だ〕・・・と。

 周辺国が軍事力を強化し、兵器開発を行っているのに。自衛措置を取らないのは平和ボケです。“賄賂は汚らわしい”と言う、支配階級の武士はそういう“平和ボケ”に等しく。天下の副将軍にアレコレ言う資格はないと愚考します。

 〈隠し金〉〈埋蔵金〉呼び名に多少の違いはあれど、権力者・盗賊たちは財宝を隠す。その目的は様々であり。

 〔子孫のために遺す〕〔他人が信用できない〕

 〔貯めた財貨を誰にも渡したくない〕〔危険な秘宝を封印したい〕


 他にも財宝を隠す理由はイロイロあるのだろうが。ウァーテルの財政を取り仕切るイセリナが思うことは一つ。


 〔圧政・略奪で集めた金を死蔵するな〕・・・だ。


 攻撃魔術の余波で設備が壊される。それを修理する資金コストで、どれほどの民を養い経済を回せるか。

 そんなロマンがない考えに、全面的に賛同するイセリナにとって。隠された埋蔵金など“死に金”でしかなく。人間不信で社会システムから逸脱した“クズ”が妄執にとらわれて財貨を死蔵した。彼女にとって“隠された財宝”とはそういうモノである。




 「ええ、盗賊ギルドの貯め込んだ【財宝】をお返しする。そのための使者を、お前たちに命じる」


 盗賊ギルドと内通している酒場の経営者。連中からすれば、強大な組織のために働いている密偵気取りなのだろうが。

 “牛殺し”の茶番から始まった一連の騒動により、もはや連中の存在を看過かんかすることはできず。イセリナは彼らに最期の一花を咲かせることにする。


 「バカな・・・」「正気か、この女・・・」「いったい何を考えて・・・」


 不敬なつぶやきをする店主たちに、重騎士たちの額に青筋が浮かぶ。それを制してイセリナは用意したものを持ってこさせた。


 「確認しなさい。金庫ごと運ぶのは無理だろうから、中身は取り出した。

  それを持ってウァーテルから永久に出て行くがいい」


 「「「・・・?、;・・!?、??」」」


 そこにあったのは正真正銘、間違いのない財宝だった。しかも盗賊ギルドのチンピラから幹部まで、様々な構成員が隠し貯め込んだ財産であり。

 それらが袋詰め・梱包され。発見場所を記した『地図』までつけられて、ギルド所属の店主たちの前に並べられる。


 「どうした?これはキサマらにとって大事な財産だろう。持ち主のところに返せばお礼をもらえるのではないかしら」


 「「「・・・?・・・!!」」」


 「もちろん私たちが横領・中抜きしていないと証明する手段はない。だけどここに置いていたら戦利品としてウァーテルの予算に組み込まれてしまう。それでかまわないなら呆然としていなさい」


 「・・・ッ!」「ハイ、ワカリマシタ」「わかっています。お届けします!」


 財宝の魔力に囚われた密偵店主たちが、壊れたクリーチャーのように動きだす。

 だがどんなに驚き、異常事態に警戒したとしても。盗賊ギルドの構成員としてこれら“隠し財産”を放置できるはずもなく。


 「そうそう。盗賊ギルドには“隠し財産”を返す今回の件を既に『伝えて』いる。

  間違っても、大金に目がくらんで“持ち逃げ”などということはしないように」


 「「「・・・!、!?」」」


 イセリナの警告に密偵店主たちが硬直する。だがやはり情報を扱う者として、正気に戻っているにはほど遠く。

 〔これが財宝の全てですか?〕〔どこの誰に持っていけば良いのですか?〕

 そういう最低限の質問すらなかった。



 そしてイセリナには彼らを許す気など、一欠片ひとかけらたりともなかった。






 「ヒッ、ヒィィーーー!!」


 街道に男の悲鳴が響き渡る。都市ウァーテルに続く街道は整備され、悪徳の都だったときでも治安は一応保たれていたのだが。

 莫大な財貨を背負い、輸送している元店主みっていはオイシイ獲物なのだろう。山賊たちは危険をかえりみず、街道に網を張って彼らを狙い。



 『『旋風閃』』


 高速機動で背後に回ったシャドウに襲撃され。


 『リザードレザー!レザーアーマー!!アーマーストレングス!!!』


 『トカゲの術式』で装甲をまとったウェアルに、進路を塞がれ。

 

 『『『ランドランダー!』』』


 とどめに重騎士たちの突進を受け、壊滅させられていた。


 獲物を狙う獣、首を切り落とそうとする蛮人は無防備になり。まして財宝に目がくらんだ山賊たちなどウァーテル軍団の敵ではない。

 これを好機と次々に山賊集団を殲滅していく。


 「返せっ!オレの金っ、それは俺様のカっ!?・・・」


 まして急に山賊集団に参加したシーフは、最低限の連携すらなく財宝に手をのばし。あげく後ろから刺されるという有様だった。その理由が仲間割れか、連携を乱したことへの制裁なのか。


 下級シャドウにすぎないウェアルの知ることではなく。


 『リザードクロー!クローバウンド!!バウンドサイズ!!!』


 「「ギャァーーー!!」」


 『トカゲの爪』を触媒にした術式が鎌の刃を形作り、不規則に地面をはねる。そうして刺され、刺した山賊両方の命を等しく狩りとった。

 苛烈な処置だが、奴等はまっとうな人間の生き血をすするモンスターであり。対応もそれに準じたものにすべきだろう。まして泥水をすするスラム住民を食い物にする連中に、ウェアルが容赦する理由などない。


 こうして欲にかられた。イセリナ様のばらまいた財宝エサにつられた山賊たちは次々と壊滅させられ。


 「あ、アッ、アアッ!?頼むっ。お願いします!金なら出しますから護衛についてくれ」


 身体に矢がかすめ、負傷した盗人酒場の店主。現在は“隠し財産”の運び屋が哀願してくる。

 この状況になり、ようやく頭が回るようになったのか。少しは現状を理解した元店主がウェアルたちにすがりついてきて。


 「冗談じゃない。オレたちは街道の治安を守っているだけだ」


 「そもそも聖賢の御方様と盗賊ギルドは敵対している。配下である我々が関われるはずがない」


 「もちろん山賊に襲われている者がいたら助けてやるがな(襲われるまで放置する)」


 「そんなっ・・・」


 ウァーテルから追放された元店主みっていたち。余計な相談ができないよう、一人ずつバラバラの場所に連行してから、追放された連中に護衛など雇えるはずもなく。


 何故・・か〈財宝の輸送〉について知っている、山賊たちの襲撃をたびたび受けていた。


 「そらっ!とっとと貴様の飼い主の元へ行けっ!」


 「やめろっ!このまま戻ったら責任をなすりつけられてっ…」


 もしかしたら裏社会のルールにうといシャドウが、盗賊ギルドの幹部に連絡を取れず。

〔ウァーテルにある“隠し財産”をこれから返す〕と門番を介して伝えるしかなかった。さらにチンピラ番兵が情報を握りつぶさないよう、“後から”使い魔に手紙を運ばせたものの。


 その結果、盗賊ギルドは財宝を奪い合い、醜い内輪もめを行っているとか。情報を独占すべく口封じを行い、偽情報を流す。“隠し金”の所有権を争い、臨時の上納金ジュウゼイを要求して、醜態をさらす。これに金の持ち逃げや、金銭トラブルまでからみ。


 その結果、シャドウ・重騎士の合同部隊は連中を狩り放題という状況だった。






 都市ウァーテルの権力が集う政庁。その最奥を入口として作られた、迷宮の最深部で光属性C.V.二人はそれぞれの戦いにのぞんでいた。


 聖賢の姉上イリス・レーベロアは感覚強化を行い、周囲と『魔導の術式円陣さいだん』を警戒し。 

 イセリナのほうは『準備された術式(シャインマテリアル)』に次ぐ、もう一つの魔導能力『ソロモンゴールド』を再起動しようと詠唱を続けていた。


『過去が記録されし書架は開き 現代いまを映す鏡は祭壇に有り 

 

 されど未来を示す道標は見えず 魔性と魔導の王のみが鍵を握る


 其の鍵は賎貨にして黄金 共に試練の鍵穴に挑み 等しく門扉を開きて閉じよ


【ソロモンゴールド】!』


 C.V.イセリナ・ルベイリーの魔力プライドが『術式円陣』に注がれ。円陣は神秘の車輪と化して広域に魔術の干渉を行う。そうして次の瞬間、膨大な情報をイセリナの頭脳に注ぎ込んだ。


 〔カ・・・れはオレの・・〕

 〔モットだ、もっと集めなければ・・・〕

 〔ヒヒっ、ヒャハ、アハハハ・・・〕


 物欲にまみれた連中のむき出しの感情。その邪念が術式円陣を逆流して、イセリナの思考を焼き尽くそうと襲いかかって来て。


 「クッ・・・これはっ!!」


 『アルゴスプリズム!アイズ!!・・・rise up アルゴスゴールド!!!』


 イセリナの意識が朦朧もうろうとしたところで、光明がさす。

 聖賢イリスの『認識』『解析』から増強された、『干渉』の魔導能力が『ソロモンゴールド』の負荷を半分肩代わりして。さらにイセリナの制御能力を大幅に底上げする。


 「申し訳ありません。イリス姉上」


 「謝罪は後で。まずは情報を抜き取って、解析用の地図を作ろう」


 「了解です、姉上」




 【ソロモンゴールド】という魔導能力がある。七級C.V.のイセリナには持て余す『魔導王の黄金』は金輝と禁忌の表裏コインを持つ。


 この魔導能力は簡単に言えば通貨・金銭の情報を得る魔術だ。初期・・システムでは呪力をこめたコインをばらまき、それを人間世界に流通させる。そのままではただのコインにすぎない。


 しかし“詐欺”“窃盗”に“略奪”によって呪力コインの持ち主が変えられたた瞬間に、【ソロモンゴールド】は発動する。不届きな盗人に刻印(目印)を刻み。横暴な強盗の財宝を【呪力をこめられた財貨(ソロモンゴールド)】に変成・感染させる。

 上位ヴァンパイアが人を隷属ヴァンパイアへと変えるように。


 その後、大規模な魔術儀式を行うことにより。盗人・強盗や財貨の位置情報をイセリナは得る。条件がそろうと移動ルートや表層心理まで読み取り。呪縛システムが深厚すると、さらに得られる情報は増えていく。


 かくして悪徳都市の財宝は暴かれ。現在の状況が作られているわけだが。

 バレたら通貨への信用が崩壊するか。C.V.一党が魔女として狩られるのか。

 イセリナの計算ではその両方と破滅が待っていると予測している。






 「それにしても、どうしてシーフたちはこんなにひどい内輪もめをするのかな」


 「それは奴らに送った【財宝】がワイロでは無い(・・)ためです」


 情報分析の結果を聞きつつ、首をかしげる姉上イリスにイセリナは策の説明をする。


 「私はワイロを送って〔取引をしましょう〕という類の要求をしていません。

  単に財宝を送り返した。拾った小銭を、持ち主(シーフ)に返しただけであり。


  本来なら礼の一つも言って終わり。あるいは〔マヌケな娘が命乞いのために金を出した〕と嘲笑して終わるでしょう」


 「まあ、そんなとこだろうね」


 うなづくイリス姉上は今回の件をどう考えているのだろう。イセリナは疑問に思うも、まさか魔導能力で探るわけにもいかず。策略の説明を続ける。


 「しかしウァーテルを追われ。各都市に分散して退却した盗賊ギルドは従来の迅速な連絡が取れず。利権の分配・闇の商いのどちらも阻害されている。

 

 その結果、各都市の盗賊ギルドが自らの都合を優先するようになり。

 余裕のあるギルド支部はウァーテル奪還の手柄を立てようと暗躍?し。利権や上納金が減少したギルドは利益を得ることを最優先に動く」

  

 その結果、余裕のあった(・・・)大きなギルド支部は【財宝】を罠ではないかと疑い調べ。次に組織のため、ウァーテル奪還のために財宝を使おうと強権をふるい。


 一方の中小ギルド支部は〔隠し金はそれを隠した持ち主のモノ〕と主張することで【財宝】を確保しようとする。大手ギルドがウァーテル奪還の軍資金として、全て没収するのを防ごうと動き。


 「う~ん。一応、どちらも正論で大義名分があるかな。

  まあいくら理屈を並べても“財宝はオレのモノ”という主張を怒鳴っている同類だけど」


 「仰るとおりです、イリス姉上」


 しかも最近は両者の争いはますますエスカレートしてしまい。 


 〔上納金から横領した金を隠したのだろう。今、返せば見逃してやる〕

 〔そっちこそ死人に口なしで金を奪う。負け犬が敗戦の穴埋めをするつもりだろう〕


 相手の主張が通れば、制裁が課される。ギルドのおきてに従うなら、処刑される案件になっているとか。


 「だけどこのまま都合よく、共倒れとはいかないだろうね」


 「はい。ですから私としては今回の件で“魔薬”を乱用した勢力ゲドウに退場してもらいます」


 情報を流す相手・内容やタイミングを調整することにより。大小の勢力が同じ条件で【財宝】を取り合うよう。共倒れするようにイセリナは状況をコントロールしてきたが。

 奴らときたら同じ勢力内部で個々人が【財宝】の奪い合いを始めてしまい。このままだと本当の実力者(ギルドマスター)が早期に事態収拾に動く。もしくは町中まちなかで一般人を巻き込む争いに発展しかねない。


 「ボクたちが優先すべきはウァーテルだけど。物事には限度というものがある」


 「イリス姉上ならそう仰ると思っていました。

  それで次の一手を提案します。せっかく開発した術式を譲渡するのは業腹ですが…」


 「シャドウのみんなが編み出した術式でなければ、速さ優先でいいよ」


 「承知しました」


 真の聖賢であるイリス姉上はやはり決断が速い。こうして盗賊ギルドはさらなる、破滅が確定した。



 

何故、江戸時代において大名・・やそれに近しい上級武士に“賄賂”が必要なのか。

 その理由は“参勤交代”と“国替え”があるため。特に強制引っ越しの““領地くに替え”に対抗するため、幕府に働きかける運動資金ワイロは必要でしょう。


 まあ実際のところ“賄賂”で幕閣を動かし“国替え”を防ぐのは不可能に近い。“本当はナニもしてないけど、ガンバッテ裏工作しているからワイロを追加して”詐欺・・に田舎武士は引っかかるでしょう。

 だから〔ワイロを使わず清廉に生きるべき〕と言いたいのですが。あいにく江戸時代には『情報公開法』などというものは存在せず。


 最低限のルール、事前情報くにがえを知るのにも運動資金わいろが必要となります。それら重要情報を知らず、逆恨みするのは“無能藩主”でしかなく。家老の教育に問題があると愚考します。

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