150.自称イセリナ
『グリフォン』というモンスターがいます。鳥の王である鷲の翼、足に頭を持ち。百獣の王であるライオンの身体と後ろ足を併せ持つ。鳥獣のハイブリッドであるグリフォンは、最強格のモンスターになれたかもしれません。
『紋章』に記されるグリフォン。古代メソポタミアで作られたグリフォンの『像』。そして財宝を守護したり、ギリシャ神話では神々の車をひく騎獣としての役割もあるとか。
西欧文化ではさぞや人気のあるモンスターなのでしょう。そして同時に『ドラゴン』に敗れたモンスターでもあると愚考します。
都市ウァーテルに様々な混乱をもたらした。盗賊ギルドの介入を許す発端となった“ゴミ焼き”の原因。それは豪商たちが“スラム住民の糧となるゴミ捨て場に魔薬を捨てていた”ことが原因だった。
無論、そんなヤバイ証拠を豪商たちは処分している。仮にあっても四凶刃の火はリスク計算をして魔薬の消滅を優先しており。この件で豪商たちを追求することは不可能だった。
『光術筆記』
もっとも豪商たちは所詮、すねに傷を持つ身であり。『書類をコピーする』術式によって、弱みを握られあっさり屈服する。〔疑わしきは制裁せよ〕の盗賊ギルドに見られたら破滅確定の書類を模写されたのだ。当然の結果だろう。
「よろしいのですか?」
「ナニがかな、アヤメ」
豪商たちが〈お詫び〉にと差し出した大金。それを“はした金”あつかいし、豪商たちを追い返した自称イセリナにアヤメが問い掛けてくる。その質問は複数の疑問を含んでおり。
「奴等を生かしておいては、将来の災いとなります。早急に処分することを提案します」
「こらこら、物騒なことを言わない。『双竜爪』を使えるようになったんでしょう?
アヤメはまず最優先でそれを完成させないと」
地面すれすれを低空飛翔する無数の『小風刃』を操る『双竜爪』。敵の足を切り裂き、機動力を奪う。転倒などで地に伏した身体部位を切り裂く攻撃術式だ。たとえ敵を切り裂けなくとも、大きく曲がる『小風刃』の群れによる包囲は、敵の集中力を削り取るだろう。
「小官も同意します。『双竜爪』は優先的に完成させるべき術式です」
〔いつでも始末できる商人共など放っておくべき。邪魔なら我が戦輪で討つ〕
そんな意思を視線にこめて、珍しく闇属性C.V.が追随する。武術に生きるC.V.として『双竜爪』を布石とした次の技に期待しているのだろう。武術狂いでないとはいえ、手綱は慎重に取る必要がある。
そんなマイアへのため息を飲み込みつつ、アヤメは上級幹部用の『秘匿会話』で本当の質問を偽イセリナにしてきた。
『お詫びの金・迷惑料を拒否するどころか“はした金”あつかいしてよかったのですか?』
『それは大丈夫。スラムの住民に仕事を紹介して、得られる税収にすら全く足りてない金額だよ。今回の騒動に対する賠償金としては“はした金”にすらなっていない』
権力を握る者として。好悪はともかく“賄賂”を完全に否定することはできない。
そうすると“タダで寄こせ”“正義の(暴)力で解決する”という輩があふれ。最低限の秩序すら崩壊しかねない。それならば“金で解決するほうがマシ”というのがC.V.の考えだ。
何より『財貨』の力を理解しないと、戦争に勝てないし家臣・部下たちを養えない。
しかし仮にも『聖賢』と呼ばれる者として。武装した賊が丸腰の民を惨殺するように。金を持つ者が、持たない者を蹂躙する。財貨が少ない者の尊厳を貶め、間接的に命を奪う状況を許す気などウァーテルの女王には欠片もない。
『まあ商会が傾くような大金を寄こせとは言わないけど。
ワタシたちが喜ぶような利権・情報を提示しないかぎり、償いとして認める気はないよ』
『ありがとうございます』
本音では弟分たちを溺愛している。シャドウ一族に苦労をさせた商人共に報復したい侍女シャドウが礼を述べてくる。
『こらこら。豪商たちが然るべきモノを提示すれば、〔今回の騒動を許す〕と言ったんだよ。
藤次君の姐御がお礼を言ったら駄目じゃないかな』
もっとも豪商連中が現状を把握し。然るべき利益を探し、用意する可能性は奇跡に等しい。
豪商連中に『光術筆記』をこれ見よがしに披露したのは誘いであり。奴等が『フォトンページ』の情報を密偵に流した時点で処断する。『書類模写』を奪取しようとすれば、容赦なく迎撃する。
そして利益の提示を怠り、時間稼ぎをしても豪商たちに未来はない。その時はC.V.中心の権力者ではなく、奴等が侮る者たちが引導を渡すだろう。今回の騒動でその目星はついた。
そこまで考え、自称イセリナは『思考加速』と『光術信号』を停止する。あまり乱用しすぎると、神経系に負荷かかる術式だ。自分はともかくアヤメが使いすぎるのはまだはやい。
そうしてマイアや護衛の重騎士たちに聞かせるために、口を開く。
「マイアの言うとおり。『双竜爪』は優先的に開発する必要がある術式だ。
道路の補修費用もシャレにならないからね~」
「「「「ッ!?」」」」
「それはっ!」
「マイアの編み出した『戦輪円刃』。面白い術式だけど、ちょ~っとね。
少しだけ騒がしいし、切り裂く地面の修理が大変なんだよ。
人間の魔術士だと、周りの地面をくりぬいて。それから埋め戻して舗装し直す。とっても手間がかかるよね」
「申し訳ございません!!」
ここは古代ギャグの世界ではなく、幻想世界だ。破壊された壁、地面が瞬時に修復されることはなく。〔フンッ!〕の一言で闘技場を作り、地盤チートを行使する半神闘士などいない。
魔術・武術で建物や道路を破壊すれば。請求書と過酷な労働が待っている。
「もちろん命を危険にさらして、周りの被害を抑えろなんて言わないけど。『攻撃魔術』の禁止なんて誓約はまともな戦士ならマネすべきではないし。
ただ今回、都市の住民を巻き込んで宴会モドキを行って、思ったことが一つある」
「・・・それは?」
「魔術もお金も〔道路補修に消費するより、飲食関係に使いたい〕ということだよ。
別に工事してくれる人たちを蔑ろにする気はないけど。彼らだって苦労して作った設備を、早晩に魔術・武術の余波で壊されたくないと思うんだよね」
工事をするなら開拓や新しく利益を産み出すインフラに行う。たとえ拳聖だろうと、震脚で道路を陥没したら迷惑でしかない。
「その風潮を作る一歩として『双竜爪』を完成させる。地面を滑空して傷つけない。そういう術式で戦果を上げることにより〔地面を傷つけない術式はすばらしい〕とアピールする。
“地面を破壊する”魔術・武術の乱用に圧力をかける」
「「「「・・・・・」」」」
〔それは陸戦師団の『身体強化』で爆走することにも制限をかけるのですか〕
護衛の重騎士たちが無言で問い掛けてくる。それに対して影武者イセリナはにこやかに告げた。
「それに藤次君と遙和が根城にしている地下水路を万が一にも破壊したら。そこまで行かずとも、維持費を増大させたり。逢瀬しているプライベートな領域を“ガタガタ震動”でうるさくしたら。
遙和(鬼女)はいったいどんな反応をするのかな」
「「「「・・・!?ッ!*:`---!!!」」」」
「「・・・・・」」
その言葉に重騎士たちはガタガタと震え出す。冗談みたいな話だが、C.V.は【繁殖】が目的で人間世界に来訪しており。ハーレムは容認しても、逢瀬の邪魔には容赦しないという者は多い。
〔子作りのためには、やむを得ないこと〕
かつてそう告げたC.V.遙和は鬼気を放っており(鬼気迫るでは無い)。その一件でシャドウと陸戦師団による、不毛な派閥争いは終息したとか。権力者としてこれを利用しない手はない。
そして数分後
『イリス様。遙和殿の警戒網・感知の結界を考えると。
かなり広い範囲で静かに行動する必要がある。彼女の勘気に怯える事態になりませんか?』
「・・・・・アレ?」
『グリフォン』はヨーロッパ各国の『紋章』に記されているだけでなく。検索するとギリシャ、エジプトにメソポタミアにまで存在する、文明をまたいだモンスターとのこと。
しかし『ドラゴン』の人気には遠く及びません。ギリシャ、エジプトにも登場しているモンスターだと、検索しないで知っている日本人はどれほどいるでしょうか?『ヒュドラ』『キマイラ』のように災いをもたらすこともなく、英雄とのバトルも耳にしない。神話がマイナーでドラゴン人気に質・数のどちらでも敗れた鳥獣の王?が『グリフォン』です。
一例として『下位ドラゴン』と『グリフォン』兵種が並んで登場する幻想SLGの作品がありましたが。私の知る限り『レッサードラゴン』のほうを重用している。加えてシリーズものだと『グリフォン』はサブメンバーどころか続編では消えていくという印象です。
戦群・雷装のモチーフや、カードゲームのユニットを見る限り。世界的に『グリフォン』が『ドラゴン』に敗北したのは明らかだと愚考します。




