149.殲滅の後に
奇天烈なモンスター『コカトリス』。その生態はかなり特別扱いされています。
〔雄鶏の産んだ卵から生まれ、ヒキガエルがその卵を温める〕
色々とツッコミを入れたい内容は横に置いて、皆さんにお尋ねします。
『グリフォン』『ワイバーン』や『ユニコーン』。その他【紋章】に描かれる『幻獣』の生態について、答えられるかたがどれほどいらっしゃるでしょう。
鷲と獅子の合成獣である『グリフォン』は卵生か胎生なのか?ワイバーンは卵を産むとして、毛の無い身体でどうやって卵を暖めるのか?乙女を好む『ユニコーン』に雌はいるのか?
細かい内容など知るわけないとして。繁殖方法すら検索できないはずです。
『グリフォン』他はメジャーな『幻獣』ですが、生態については謎につつまれており。はっきり言って生態に関して『コカトリス』以下ではないでしょうか。
都市ウァーテルの混乱につけ込み、正門突破を試みた盗賊ギルドの尖兵たち。
アヤメとマイアは連携してその者たちを殲滅した後。二人は他に『自爆』『病毒』の細工が施されていないか、遺体を改める。盗賊ギルドの悪辣さを考えれば、奴等に良識・誠実さを期待するのは愚行でしかなく。
アサシン集団ならともかく、冒険者パーティーのような編成の戦力が『自決』の仕掛けを持っている。その違和感は、アヤメたちにロクでもない“仕掛け”の存在を確信させていた。
「コレは・・・やられたな」
「・・・・・」
物理・魔術的な仕掛けはない。だが事実上の宰相に近しいC.V.マイアはわずかに表情を歪める。
「こいつらは現状、盗賊ギルドで権力を握っている連中を引きずり下ろした後で、後釜に座ってもらう候補の勢力に所属する者たちだ。その戦力がここで討たれれば、弱体化は避けられない」
「あるいは既に弱体化しており、挽回のために特攻してきたのかしら」
「そこまでは不明だ」
聖賢の御方様に連なる血族C.V.のイセリナ・ルベイリー様。陸戦師団長・宰相の要職を兼務する要人だが、アヤメにとっては情報特化の『魔導能力』を行使するC.V.だ。
姫長の扇奈にとっては政敵の立場にある。だがアヤメとしては政敵のふりをするだけで、絶対に敵に回してはいけない存在であり。敵対は即、シャドウ一族の存亡に関わる脅威になると確信している。
「イセリナの魔導『ゴールド』では、悪徳都市の『人員名簿』しか作れていない。
その中でマシな奴等にこんな顔があったはずだ」
そう言いつつ、マイアはチャクラムを地面に走らせ魔術円を描いていく。自爆特攻を仕掛ける連中を捕らえ、無力化するリスクを負う気など二人には無い。顔や装備の記録を取ったら、予定通り遺体は始末するしかないだろう。
そんなことを考えつつ、アヤメは思考の一部を停止する。
人員、時間と大金をかければ、理論上は『人員名簿』を製作することは可能だろう。だが危険と手間を考えれば、事実上そんなことは不可能だ。それなのに人相の情報まで集め、配下にそれを提示している。
いったいどれほどの『魔導能力』をイセリナ様は使うのだろう。そう思考・警戒する心をアヤメは封印して。
「それにしても『双竜爪』か。いい術式を見せてもらった」
「別にたいしたことは無い。魔力の低い人間にはああいう術式も必要なのよ」
「魔力の低い・・・ね。まあ術士タイプならそうだろうが。
貴女のメイン能力は『身体強化』だろう。その貴女が操作重視の『双竜爪』を使うと。
【魔王殺し】の英雄様と勘違いしてしまう」
「ッ!?」
地面をひっかく爪のような音が響く。それは倒れた敗者を分解していく、マイアの魔術陣が回る音であり。魔術的な手段も含め、盗聴される危険は少ないだろう。
それでもアヤメは背筋に冷や水をかけられた気分になる。加速して平静を保とうとする衝動を抑え、普通に驚いたフリを装う。
「【魔王殺し】ですって?侍女シャドウには過ぎた二つ名ね」
「誤解のないように言っておくが。私たちイセリナが指揮するC.V.パーティーはシャドウ一族と同盟を結べた。陸戦師団も含めて、戦友になれたことを得難い幸運だと思っている」
「・・・・・」
猿芝居につきあう気は無いが、脅迫する気もない。そう宣言するマイアはアヤメに語りかけてくる。
「私は少しばかり異能者と戦う経験が多いから、何となく思いついただけのこと」
〔他言する気は無い〕と暗に告げるマイアの口をまさか封じるわけにもいかず。
アヤメはおとなしく彼女の言葉に耳をかたむける。
「とりあえず『双竜爪』は地面を傷つけないように工夫した、新魔術ということにするといい。
猟兵・暗兵のC.V.として【魔王殺し】に敬意を捧げる。
六級闇属性C.V.マイア・セレスターとして、情報の秘匿に全面的に協力すると誓おう。そのためにリーダーのイセリナだけにこの偉業を伝える許可をもらいたい」
C.V.の等級を明かしてマイアの宣誓が行われる。
それに対しアヤメは〔これ以上の情報隠蔽は悪手〕と判断せざるをえなかった。
それから数時間後。陸戦師団の重騎士たちと魔導師団のC.V.クララに正門の防備を引き継ぎ。
アヤメとマイアは報告のためイセリナ様の元へ向かう。
イリス様は〈お楽しみ〉の最中であり。扇奈は都市の各所で起こる破壊工作に対処中だ。よって報告はマイアの上司にあたるイセリナ様へ行うことになる。
「後釜候補の勢力を返り討ちにした?別に気にすることはない」
そして報告を受けたイセリナ様の第一声はコレだった。
「裏社会で生きる者たちをコントロールするのに、私の傀儡政権が通じるはずがない。それに奴等はあくまで外道たちの中ではマシという程度の者よ。貴官たちが気にかける必要はないわ」
「「かしこまりました」」
暴行亜人・人食いモンスターと“賊”への対処は同じでかまわない。都市ウァーテルの宰相様はシーフ連中の殲滅を命じてきた。下手に情けをかけても忘恩の輩は報復しか考えない。
そもそもギルド勢力は死より凄惨な拷問を行うために、シャドウ一族を捕らえるのだ。数で劣るこちらが甘い顔をするメリットは少ない。
「「それでは失礼いたします」」
「ええ~、そんなこと言わず。見物していきなよ。面白いモノが観られるかもしれないよ?」
「「「「「ッ!」」」」」
イセリナ様の雰囲気が砕けたモノとなる。猛獣の笑みをうかべ、残酷な猫の視線を投げかける。その先には初老の男たちが背中を精一杯に丸めて、平伏していた。
「・・・この者たちは?」
立派な服装から豪商たちの正体を予想するも、アヤメは上位者につきあって問い掛けた。
「ん~~、今回の件の共犯者と言ったところかな。
貴女には弟分たちが泥あさりをするはめになった、原因と言ったほうがいいよね」
「・・・・・ほう」
「・・・ッ」
「「「「「ッ!?」」」」」
イセリナ様を名乗る御方の言葉に、アヤメは静かに殺気を飛ばしてしまう。それに対しマイアはわずかに緊張したものの平静を保ち。護衛の重騎士たちは迷わず戦闘態勢をとった。
「こらこら、そんな怖い顔をしないで。彼らはワタシの味方になった。
ちょ~っとシーフ間の敵対派閥に内通している証拠を押さえられてね。バレたら両勢力から裏切り者として制裁されてしまう。ワタシたちにウァーテルから追い出され、不満をため込んでいるゴロツキに八つ当たりされそうなんだって。
だからヤサシクしてあげてね」
その時、イセリナ様に瓜二つの御方が話し始める。団長?の言の葉が重騎士たちの動きを制し、彼らはばつが悪そうに直立不動の姿勢にもどった。
「イセリナ様。それではこの者たちは無罪放免ということですか?」
「アッハッハ。マイアは面白い冗談を言うんだね。笑っちゃうよ」
「「「「「!!ッ・・・!?」」」」」
全く笑ってない目で光属性C.V.は豪商たちを睥睨する。そうして何かの書類を連中にばらまいた。その書類に記された文字は『淡い光』を放っており。
『光術筆記』筆、書類、机に書斎。様々な筆記に関わるものに光術を付与し、それらを使って記された文字を『模写・転写』する術式だ。イリス様の一門は『魔眼』を使うが、『透視・遠見』の術式で『のぞき見』を行うことに厳しい制限をかけている。
だからと言って情報戦で不利だと考える一門の者は、愚かな新参の外様にしかいない。
「まあ暴力に疎い商人たちに〔賊と戦え〕と責めるのも無理があるしね」
「ありがとうございます」「恐れ入ります」「今後は都市のために働くことを誓います」
「とはいえゴミの中に『魔薬』を大量に捨てて、スラム住民がそれを食べるように仕向けた。四凶刃の一員がそれを焼いて泥をかぶったり。配下が夜中に駆けずり回ったというのもひどいハナシだよね~」
「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」
「それに関しては大変申し訳なく。お詫びに些少ですがこれをお持ちしま・・・」
「ああ、そんなモノはいらないよ。はした金のお詫びなんてワタシには必要ないし。キミたちから下手に大金を巻き上げると、どこかで詐欺商売をして損失補填をやらかすからね」
イセリナ様を名乗るC.V.様が豪商たちに言葉のトゲを刺す。それに対し豪商たちの愛想笑いはぎこちないものに変わっていった。
神話の怪物たちは出自が明らかなのは当然であり。成長過程のストーリーまで語られる怪物も珍しくありません。
しかし【紋章】関連のモンスター『ワイバーン』『ユニコーン』などは突然、出現した。とりあえず異界から迷い込んだか、召喚されたのか。活躍?退治される話はあっても、繁殖に関しては全くの未知に近い。
『バジリスク』にいたっては、『コカトリス』のオリジナルと聞いていますが。生態に関しては『コカトリス』の卵生を流用している、有様であり。〔ヒドすぎ〕だと私は愚考します。
以上のことから『コカトリス』は設定がしっかり作られているモンスターであり。『バジリスク』が安直に変化したと考えるべきではない。それなりの迷信・ストーリーがある『ニワトリ怪異』が『バジリスク』と融合した説を推したいです。




