148.微風の双竜
『コカトリス』は奇天烈なモンスターです。何が変わっているかと言って、本来なら毒など持たないはずの雄鶏を、ガマガエルも真っ青な『毒の塊』にしてしまった。これは珍しいことだと愚考します。
例えば魔女の使い魔、薬の材料となる動物は数種類いますが。元から毒を持っている蛇、ガマガエルを除いて、毒を持つ使い魔がどれほどいるでしょう?『黒犬』『コウモリ』『ネズミ』や『カラス』など不気味な動物は使い魔あつかいされていますが。
狂犬病を感染させる『犬』。伝染病をばらまく『蚊』『ネズミ』は毒を持つ使い魔ではありません。“病毒”をばらまくのは魔女の迷信であり。細菌感染の原因である動物すら、毒の塊モンスターにはなっていないのです。
それなのに『コカトリス』は毒の塊モンスターと化している。『バジリスク』の誤訳?融合らしいですが。農家で飼育して、御馳走のニワトリを毒々モンスターにするなど異常事態であり。まだコウモリ、ドブネズミを『バジリスクと融合』するほうが、常識的だと思うのです。
都市ウァーテルで起こった騒ぎに乗じるように、正門突破を試みる盗賊ギルドの戦闘パーティー。
しかし連中はC.V.マイア・セレスターの術式により、自決・自爆の錬金道具の発動スイッチを奪われてしまい。ロクな戦闘行為すらできず、絶望の中で殺されていった。
アヤメとしては破壊工作を行う連中が、どのように死のうと自業自得でしかない。
しかし上級シャドウとして、この惨劇を座視するわけにはいかなかった。マイアが密偵殺しのC.V.であることは察していたが、これ程の能力を持っているとは予想外もいいところ。いくらシャドウが密偵稼業から足を洗ったとはいえ、事実上の自死を強制する術式は士気に関わる。
「これを見た観覧料・代償は私がこの場で清算する。シャドウ一族を甘く見るな、マイアッ!!」
遠距離、攻撃魔術が不得手などと言っている場合ではない。『呪縛故障』の披露に返礼をすべく、アヤメは魔力を高め。
術式を記録されるリスクを承知で、マイアが設置した術式陣からも魔力を得る。そうして都市ウァーテルを覆う風の結界に共振するように、広域術式を展開した。
『空を翔けし速き刃よ、翼をたたみ臥龍となりて、禍の旋律をつま弾け!双竜爪』
風が吹く。地面をなでるよう、低空を飛翔する魔力の風が膝下を走り。正門前の領域に広がっていく。
「何だっ!?」「「「・・・・・」」」「「「ッ?」」」
その風は弱くダメージを与えるどころか、敵の注意を引くことも少ない。
その理由は威力が低いのに加え、〔風は空に吹くもの〕〔風の攻撃なら地面をえぐる〕という固定観念が強いためだろう。
「私もそんなことが可能な魔力が欲しかったわ」
『風王』を操る英雄・上位エルフの力が欲しくないと言えばウソになる。だが『旋風閃』をシャドウ一族に教える責任者として、アヤメが行使すべきは風属性の『二歩』だ。
質量のある壁にそって吹く向きを変え、地面をえぐらず踊る風属性の『二歩』は弱い。
「んっ?」
「どうした?」
「いや、靴紐が切れて・・・」
「ギャ・・・なっ・・・・ギャァァーーー!!!」
『双竜爪』現状の威力は靴紐が切れる程度にすぎず。凶兆を告げるだけだ。
ただしそれは〈正面〉から〈単純〉に放たれた場合という条件がつく。
「どうした!!何が起こっ・・・へっ!?」
悲鳴を耳にした前衛が、後ろを振り向く。その瞬間に膝裏の関節が『風刃』で薄く切り裂かれ。たまらず転倒した身体を支えようと、地面についた手指が地をなでる『双竜爪(風の刃)』によってズタズタに切り刻まれた。
「くそっ、薄汚いシャドウがっ、この傷は高くつ・・・ソっ!?」
あいにくアヤメは賊とまともに取り引きをする気はない。だから膝と同じ高さになった、腕の関節を切り裂き。そうして支えを失い下がった首筋を『双竜爪』で引き裂く。
「何がっ!いったい何が起こっている!!」「落ち着けっ!防御陣形を取り、敵の能力を探っ!?」
風属性の術式が他属性に勝っていること。速さ、射程が火・水・地属性と同レベルな風術が唯一優れていることは〈見えにくい〉ことだ。まして現在、夜であり一振りの風刃は弱い。
かくして地面すれすれを飛翔する『双竜爪』は正体を判別されるまで、犠牲者を出し続けた。
「面白い術式だ。それは貴女が編み出したのか?」
いつの間にかマイアがアヤメの側に接近していた。その表情は楽しげであり。
『双竜爪』への警戒どころか疑問すらない。闇夜だろうと地をなでる『小風刃』の群れを完全に把握しており。闇属性C.V.としては〔珍しい風術を見た〕という感想なのだろう。
「シャドウの一族が編み出した術式よ。私だけの力ではないわ」
「まあそういうことにしておこう。それよりどうする?連中、立て直しつつあるぞ」
麗人の男性言葉に『カーストラブル』で惨劇を引き起こす意思は見られない。
もしその気ならこうしてアヤメに話かけたりしないだろう。連携を打診するマイアに対し、アヤメは挟撃ですり潰すことを提案して。
「承知した。それと一応、言っておくが“自滅”させた賊共の遺体を処分する術式がある。
『臥龍の術』を見せてくれた礼に、それを開示しよう」
そう告げてマイアは再び闇夜へと消えていった。
昏い夜空に複数の戦輪が舞い踊る。円輪剣としても扱える大きさのそれが、回転音を鳴り響かせ。
「くっ、今度は空かっ!」「おのれっ、次つっ!?」「ヒィッーー!?」
意識が空に向かった戦闘集団の足下を『双竜爪』が切り裂く。風属性への対抗術式をかけているが、その防御を破る威力と手段を『双竜爪』は得ていた。
「なっ、馬鹿なっ!」「くそっ、裏切ったな!!」「!?バカな・・・なにを言って」
発動したばかりの『双竜爪』は地形の把握・地中の音波探査に敵の偵察と、『感知』に意識を割く必要があった。マイアが連携を打診しなければ、アヤメは防御にもっと気を使う必要があった。
しかし時間経過で地形・地中の情報を得て。マイアと連携を行うことにより余裕が生まれたことで。『小風刃』のコントロールに多くの意識を割り振ることが可能になる。
大きな『風刃』より、小さな複数の『風刃』を放ち。空中飛翔を断念して、低空飛行をさせる。『小風刃』の群れに狩りの連携をさせる『双竜爪』は時間を経るごとに、巧みな軌道を描き。
「敵は正門に一人、遊撃に一人しかいない!」
「だったら遊撃の奴が分身して・・・」
「そんなことより突貫しろ!このままじゃ、ギっ!?」
無数のチャクラムが上空から多角攻撃を行い。『双竜爪』も下方から多角攻撃を行う上下からの挟撃が盗賊ギルドの戦力をすり潰していく。
『小風刃』は単体では少ししか軌道を曲げらられない。だが風の刃が交錯し。前の『風刃』が風の道を作り、後続の『風刃』がその道を利用してさらに曲がる。そうして複雑な軌道を描く、疑似的な『小風刃』の包囲網が獲物に殺到する。
厄介な魔術師はマイアが真っ先に仕留めており。多少の装甲では標的の挙動にあわせ、膝裏・かかとを攻撃する『双竜爪』の風を防げない。たとえ切り裂けなくとも、急所をつつかれるだけで恐怖にさいなまれる。
「クソっ、撤退、撤退だ!」
手遅れな退却指示に賊の手駒たちが足を引きずって駆けだす。
無論、『火爆』を仕込んだ兇賊を逃がす気など、二人には一切なかった。
雄鶏の怪物『コカトリス』は何故、毒の塊と化したのか。『バジリスク』との混同が発端なのは否定しませんが、訂正する機会がゼロとは考えにくいです。それなのに『コカトリス』が成立したのは何故か?
私は【衛生状況】だと愚考します。恥ずかしながら『卵』の汚染について知ったのは、ごく最近のことであり。『卵』生産者の努力など夢にも考えていませんでした。
そういう無知な者が『卵』を食べて中毒になった場合。
〔雄鶏の産んだコカトリスの卵を食べたから、中毒になった。オレは悪くない〕こういう類の出来事がコカトリス誕生の土壌となった。
もしくは雄鶏の狂暴さを知らない、泥棒・略奪者が爪でひっかかれ。そこから雑菌が入って破傷風になり、恐慌に陥った。〔毒のないはずのニワトリに傷つけられて、破傷風になった。怪物に違いない〕地獄のように忙しい農家が鶏舎の掃除をできず、雄鶏が汚れればそういうこともありえる。
これらのことが重なって『コカトリス』は『バジリスク』と融合したのだと妄想します。




