147.アビスの戦輪
奇天烈モンスターの『コカトリス』。その原典はどんな内容でしょうか?
検索では『バジリスク』の誤訳とのこと。実際、ニワトリと『バジリスク』が混ざったレリーフが昔に作られており。『ジャマダハル』を数十年『カタール』と誤認していた日本人としては、〔そういうこともありえる〕と思います。
ただし個人的にはどういう『ニワトリ』とバジリスクを融合召○したのか気になります。
ちなみに大昔の『コカトリス』の紹介では、『毒を持つ雄鶏』という扱いでした。サイズはニワトリで『石化能力』を持っていなかったそうです。
夜の帳がおりたウァーテルの正門。そこで侍女シャドウのリーダーを務めるアヤメは盗賊ギルドの戦力を迎撃していた。
地に堕ちたギルドの面子を取り戻すために、ウァーテル陥落時の戦いを再現する。シャドウたちで悪徳都市をかく乱して、イリス様が正門突破を敢行したあの日の戦いをなぞえうべく。
盗賊ギルドは様々な部隊・集団を差し向けてくる。
「さて、どうしたものかしら」
戦力の第一波と魔術師集団を全滅させたアヤメは悩んでいた。その原因は吸えば呼吸器が焼ける『熱雲』のためである。
『インフェルノストーム』という広域殲滅の魔術が放たれ。それは高機動力で回避したものの。
獄炎が消えた正門近くには陽炎がゆらめき、大地をも灼く『焦熱の蒸気がその存在を示している。その存在が今夜の戦いにどう影響するか?何の布石かアヤメの知識で正確な予測は不可能だ。
「単に正門突破の布石ならマシなのだけど」
厄介なのは『熱雲』が魔術によって存在を維持された時だ。日中は正門を大勢の人々が通るわけで、その近くに『熱雲』という死の領域があるなど恐怖以外の何ものでも無い。
そもそもシーフ連中の勝った者が正義から言って。『熱雲』が突然、移動して一般人の“肺を灼く”確立はかなり高い。『熱雲』の領域を立ち入り禁止にするため、立て札・柵で囲むだけでは惨劇を防げないだろう。
「とはいえ、『熱雲』を吹き散らすのは私の魔力では足りないわね」
『旋風閃』と高速感知に秀でたアヤメは、『風刃』『空気操作』の術式がそれほど得意ではない。
ましてこの『熱雲』は悪意によって編み出されたモノだろう。コレで最後とは限らないし。強風で『熱雲』を吹き飛ばしても、地面に呪詛がかけられていれば死の領域は復活する。
そうして悩むアヤメの感覚は敵の増援が接近してくるのを捉えていた。
「ソノ魔術師たちを生かして尋問すればよかったのでは?」
「そんなわけないでしょう。尋問しても、奴等が真実を語っているのか確認する手段がないわ」
唐突に闇の中から声がかけられる。『風尾』の感知・魔影をかわしてアヤメに接近できる技量の持ち主は少なく。聞き覚えのある声は闇属性C.V.のマイア・セレスターだった。
かつてアヤメが決闘騒ぎを起こし、今は技術交流をしている戦輪使いのC.V.であり。陸戦師団長のイセリナ様とパーティーを組む実力者だ。
「何の用かしら?」
「ロクでもないことになっているから救援に来た。正門を通る者たちからの税収はイセリナの大事な財源だしな」
男性口調で話すC.V.マイアは直径が腕くらいもある戦輪を両手に構える。それに暗雲と魔力が集約し、回転して簡易『術式陣』を形成していき。
「安寧の帳にして宝玉の影、回り巡りて、暴威の焦熱に静かの道標を示せ!
『カームサークル』」
戦輪が投じられ、“熱雲”中心部の地面に刺さる。すると地面に術式陣が展開して、魔力の渦が生まれ。同時に“熱雲”の温度が急速に低下して単なる蒸気と化す。おそらく地中の焦熱も鎮まっているだろう。
「・・・たいした魔術ね」
「世辞は不要だ」
嫉妬混じりなアヤメの感想を、マイアはバッサリ切り捨てる。
確かにマイアからすれば、魔術師C.V.の下位互換に過ぎないのだろう。武器を地面に突き立てて、術式陣を展開する神秘の小手先アレンジを褒められても“お世辞”でしかない。
しかしその術式陣を描くのに数十分かけている人間としては、羨望の的だ。
「“熱雲”対策を考えると、正門の増援は貴女が迎撃するのかしら」
とはいえ今は戦闘が継続中だ。羨望の感情にフタをしてアヤメは問い掛け。
「そんな割り込みをする気はない。だけど敵集団がこういう邪法を使ってくるとなれば、C.V.の能力も必要だろう。共闘を申し込ませてもらう」
「了解した」
“熱雲結界”に対処できなかったアヤメに拒否権はない。了承の意を伝えC.V.マイアに協力してもらう。
「陣形は?」
「寄せ集めとはいえ、敵の陣容が厚い。まず私の戦輪で敵の心を折る。
所属組織の面子をかけ、“捨て駒”になることも厭わず攻め寄せて来たのだろうけど。
奴等には犬死にこそがふさわしい」
そう告げるマイアはヒトを暴行亜人と同列に見る無情の女神そのものだった。人族のシャドウとしては距離を置きたい。少なくとも下級シャドウたちには関わらせられないとアヤメは考え。
「承知した。だけど私の術式は大半の射程が短いわ」
「そういうことにしておこう。とりあえず魔力量が足りないならこの術式陣を使うといい」
そんな内心を冷静の仮面に隠し、アヤメはマイアと急造コンビの打ち合わせをする。
そうしてマイアは青紫色の輝きを放つ術式陣を、正門をふさぐように設置して。
『チャクラムアーム!』
さらに両手に持つチャクラムに加え、二対四輪のチャクラムを滞空させる。そうして敵の増援を迎え撃つべく、闇夜へと駆けた。
『チャクラムアーム!』
「ヒィッ!?」「くっ、このっ!」「おのれっ、おのれぇーー!!!」
闇夜に戦輪の刃が複数飛び交う。チャクラムのみを限定で操る念動の怪腕『チャクラムアーム』
C.V.マイアの異能に操られ、威力を増強した戦輪が盗賊ギルドのパーティーに襲い掛かる。それを遠くから観察するアヤメの見立てでは、賊に『身体強化』が施されたところで、勝敗は変わらないだろう。
しかし上級シャドウとして注目すべきは『チャクラムアーム』という自在の飛び道具ではない。
「やめろっ、やめてくれぇ!」「イヤだ。こんな死に方は嫌…ガッ!?」「ギャァァァーーー!!」
「・・・・・」
決死の覚悟で正門突破を試みた。武運つたなく敗れるならば、自爆攻撃も辞さない狂気の兵士が蹂躙されていく。『遠見』の術式で確認するまでもなく、連中の表情は恐怖に歪んでおり。断末魔は後悔と絶望にまみれていると断言できる。
何故ならアヤメは風属性だから。素の状態でも秀でた聴覚が、死神のささやきを捉えてしまう。
「さあ、犬死の時間だ。解毒剤は持っているか?」
「やめろっ、せめて刃で殺しっ・・・ゴフッ!」
マイアが近づき、すれ違うたびに精鋭シーフの口から血があふれ、死臭が漂う。術式の詳細は不明だが、密偵が自決のため歯に仕込んだ毒をマイアは操作している。それにより自滅を強制しているのだろう。決死の覚悟が利用され、無価値と断じられていく。
錬金術で作られた毒なら術式で干渉可能という術理をアヤメは知っている。『術式干渉』というイリス様の聖賢を何度も目の当たりにしている。
しかし下級どころか中級シャドウにもこの光景を見せるべきではない。イリス様に拾われなければ、シャドウ一族が“ああ”なっていたかもしれない惨状が闇の中に出現していた。
「こうなれば、もうあれを使うしか・・・」
「フン、手間が省ける」
「っ!?」
重厚な鎧をまとい、盗賊ギルドの手駒らしからぬ戦士がナニかを仕掛けようとする。
だがそれは即座にマイアに感知されてしまい。
『チャクラムアーム、バインドホイール、カーストラブル!』
「なあっ!?」「ぐっ!」「こんなバッ!!ガァァァッ!!!」
チャクラムの群れが襲いかかり、術式陣が拘束し、錬金道具がマイアにコントロールを奪われる。
無情な火柱が上がり、盗賊ギルドのパーティーメンバーを焼き尽くした。おそらく爆火の自爆術式を使おうとしたのだろう。だがそれを察知したマイアによって、点火トリガーを術式で奪われ。
奴等の仲間ごと、メンバーだけをまきこんで自滅爆火させられたとアヤメは推測する。
「さすがは戦争種族…などと言っている場合ではないわね」
おそらく自爆特攻の兵やモンスターとの戦闘経験が豊富だから。対抗策の蓄積があるから、マイアは自決・自爆をする連中を蹂躙できるのだろう。
そして決死の覚悟と言えば響きはいいが。奴等がにぎわうウァーテルに侵入した後に、引き起こされる惨劇を考えれば、マイアは間違いなく手柄を立てたと言える。
「だけどシャドウとして、貴女に地獄を作ってもらっては困るのよ。
悪いけど、“全力で援護”させてもらう」
魔晶石に加え、マイアの用意した術式陣からもアヤメは魔力を引っ張る。そうして魔力量を底上げしてから、都市ウァーテルを覆う結界と同調し始めた。
『バジリスク』と融合する以前、まだ毒ニワトリの怪物だった『コカトリス』にはいくつか種類があると愚考します。
まず一つは『うるさい雄鶏』でしょう。寝ている者をたたき起こす。楽しい夜の終わりを告げる刻の声を発する『雄鶏』はおぞましい存在だったと妄想します。もちろん健康で元気な人にとって『刻の声』は目覚ましに過ぎません。
ですが病人にとっては?夜の逢瀬を楽しむ人々にとって、『雄鶏』の鳴き声は迷惑な騒音でしかなかったと考えます。そういう『うるさい雄鶏』が怪物『コカトリス』になったのではないでしょうか。
そして不規則な生活を送る人が、ようやく休みを取って〔普通に朝まで眠りたい〕と思った時に、騒々しく朝を告げる雄鶏の叫びは、敵の心理攻撃に等しいと妄想します。
それはモンスターの中でも特に邪悪な怪物ではないでしょうか。




