146.微風の閃影
『コカトリス』というモンスターがいます。身も蓋もないことを言えば、『バジリスク』の能力を持つ雄鶏の怪物だとのこと。もっとも私の読んできた物語では、『石化』モンスターの中で、一番格が低い感じです。
1位メドゥーサ、2位バジリスク。3・4位が悪の魔術師と魔道具で、5位コカトリスという印象でしょうか。正直、毒を持つと言われてもぴんときません。
それに『コカトリス』の『石化能力』が毒によるもの。『石化毒』を持っているならば。
『メドゥーサ』、『カトプレパス』など他の石化能力を持つモンスターも『毒』を持っている・・・とイメージしてしまい。恐ろしくも神秘的な『メドゥーサ』が、毒々しい色合いの“中の下”モンスターに格落ちすると連想してしまう。
コメディ・劣化コピーの量産『メドゥーサ』ならそれでもいいのですが。神話・英雄の『メドゥーサ』の格を下げる、毒持ち『コカトリス』はご遠慮願いたいです。
イリス様の御力によって混成都市と成ったウァーテル。
そんなウァーテルでは今日一日で様々なことが起こった。下級シャドウと牛の戦いという茶番から始まり。スラム破壊の方針が転換され、恩赦と雇用の宣言が行わる。
その後、牛の丸焼き、野菜の肉巻炙りが作られ。歓楽街や牛肉の加工所など、都市のあちこちで騒ぎが起こった。
しかし侍女シャドウを束ねるアヤメは、それらに一切関わることなく。四苦八苦する仲間を助けることなく、ある地点で待機を続けていた。
その待ち伏せが空振りに終わったら、職務怠慢もいいところだろう。仲間を見捨てた愚か者として、侍女頭の権威は地に堕ちるに違いない。
「それはそれで、扇奈の力が強まるからいいのだけど」
老人たちや姉の扇奈は勇馬がシャドウ頭首の継承を望んでおり。『旋風閃』の指導役として人気のあるアヤメと婚約させ、勇馬の権威を高めたかったようだが。
周辺勢力のほとんどを敵に回すのに加え。【C.V.問題】がふりかかるシャドウの長には、勇馬の実力では力不足だ。せめて最低限『四凶刃の風』として二位の力を示せるくらいでないと。
「ッ、来たわね。『旋風閃影』」
そんな益体も無いことを考えていたアヤメの感覚が、門番に配置した『竜角鬼』の機能停止を察知する。それは待ち伏せていた獲物の襲来であった。
「何だこの怪物は・・・『木人形』にしては、ずいぶんと強力だが」
「そんな詮索はどうでもいい。とっとと突入するぞ。増援の気配はあるか!」
「ありません。魔術通信や伝令が走った様子も無いですし。このまま突ッ・・」
『旋風閃影』
光学情報を除く、気配感知に必要なモノを魔力の影に変化させることで隠蔽する。空気の振動、匂い成分や体内電流に術式付与を行い。それらを『魔影』と化して、敵の感知を惑わしつつ『旋風閃』を併用するアヤメの切り札だ。
その疾走は索敵を担当する者たちの首筋を瞬時に切り裂き。
「なっ、何ボッ・・・」
誰何しつつ、防御態勢をとる剣士にアヤメは飛びかかる。右袈裟切りの斬撃を防ごうと剣をかざす男に対し、アヤメは左袈裟切りで顔面に致命傷を刻む。
「ッ!?」「これはっ・・・」「うろたえるなっ、所詮はまやかッ!?」
視覚以外の感覚、全てに誤情報を与える『魔影』につられ、精鋭たちが見当外れの攻撃予測を行い。ただでさえ『旋風閃』の機動力・速さに『動体視力』が追いつかない者たちにとって、それは致命的だった。
そしてウァーテルの『正門』に次々と屍をさらしていく。
「馬鹿なっ、我々の襲撃を予測していたというのかっ!?」
別に難しい話ではない。悪徳都市が陥落したあの日、イリス様は『正門』から堂々と政庁まで攻め入った。シャドウ一族も援護したとはいえ、常人の目には〔剣一本で悪党集団を騎士様が倒した〕と映っただろう。それは伝説の始まりであり。
同時に大の男共が小娘一人に敗れた。魔術という超常の力を乱発する理不尽ならばともかく、攻撃魔術を使わない長剣一本に敗北してしまった。その結果、敵の実力分析・対応力から単純な暴力に至るあらゆる面で“無能の烙印”を盗賊ギルドは押されてしまい。
「ゴクロウサマ。だけどあの日、失った名誉が戻ることは無い」
「貴様っ!キサマ、小娘がぁぁ!!!」
泥にまみれた面子を取り戻すため、あの日を再現しギルドの力を示す。そのために混成都市ウァーテルの各所でかく乱工作を行い。戦力がそれらの対処に奔走する隙をついて、正門の突破を企てたのだろうが。
「必ず正門を狙うとわかっていれば、待ち伏せするのはたやすい」
「おのれー~~ッ!」
「その程度の腕前なら『旋風閃影』を使うまでも無かったわね」
挑発する言の刃とは裏腹に、アヤメは『旋風閃影』を使い続ける。
“勝てば官軍”“力こそ正義”と声高に叫んで、卑劣な策を弄する連中の精鋭集団だ。情けをかけて利することなど無く。
何より攻撃がこの程度で済むはずが無い。
『『『『『インフェルノストーム』』』』』
「っ!」
「なあっ・・・!?」
そんなアヤメの予想に応えるように、業火の嵐が吹き荒れる。戦闘中の味方を巻き込み、正門までも破壊する広域殲滅の魔術が放たれ。
アヤメはその爆風に吹き飛ばされ、宙を舞った。
「「「やったか!?」」」
「誰を?」
「「「「「ッ!」」」」」
加速中に視界が狭まる。感知能力が低下するようでは、実戦・魔術に対抗できない。とはいえ伝説のマスク雷装をシャドウが得られるはずもなく。
『旋風閃影』に伴い発生する魔影を振るうことで、アヤメは仮初めの感覚器とした。触手のように伸び、音波のように透過して、指先のように繊細な『魔影』。それを高速で振るう術式『風尾』が魔術師の詠唱をアヤメに知らせ。
「仮にも味方をまきこむなんて、ひどい連中ね」
さすがにシーフの精鋭集団が壊滅する前に、奴等をまきこんで『獄炎魔術』が放たれたのには少しばかり驚いたが。『旋風閃影』の機動力で射程外に退避する時間は充分にあり。
吹き飛ばされたふりをして、宙を舞って〈風術の準備を行い〉。
『旋風閃影』を解除して『旋風閃』を発動し直す。魔影が消えて、速さ・機動力にアヤメの魔力が割り振られていく。
「「・・・ッ!」」
「遅いっ!」
高速機動で間合いをつめる。今だ燃え続ける獄炎に呆然としている魔術師二人を斬り捨て。
『『障壁球』』
とっさに防御魔術を発動させた魔術師二名をアヤメは通り過ぎる。
「おのれっ、魔女めっ、がっ、ガァァーーー!!!!!」
そして憎悪の瞳を向ける指揮官らしき男の喉笛をつかみ、持ち上げる。“始末”しても捕虜にしてもいいのだが。コイツには確認したいことがあり。
「この地獄の炎にはどんな悪意があるのかしら」
「ッ!?・・・っ」
無論、喉笛をつかみ上げられた魔術師から返答などあるはずもなく。アヤメは手を放し、刹那の落下をするローブを蹴り飛ばした。
陽炎がゆらぐ『インフェルノストーム』が多重で炸裂した場所へ、肉塊を強制移動させる。あくまで強制移動であり、蹴りや落下が致命傷にならないよう加減はした。
「ッ!!!!!・・・*:/ーー~~~ッッッッッッ」
にもかかわらず、術者のリーダーは無音の断末魔をあげる。喉をかきむしり、顔面から様々な体液を垂れ流して魔術師のローブを汚す。伸ばした手は助けを求めているのだろうか。だが改造しているであろう肉体は安易な死を許さず、断末魔は止まらない。
その光景にアヤメは冷ややかな視線を送る。
「魔術インフェルノストーム。火力もさることながら、指定した領域の空気を灼熱の『熱雲』へと変える。火がおさまっても、そこで下手に呼吸法を行えば肺を焼いてしまう。
風属性の身体強化には致命的になり得るわね」
「「・・・・・ッ」」
防御魔術にこもり続ける魔術師二人が顔を引きつらせる。
同時に地面がわずかに削られ、『障壁球』がゆっくりと転がり始め。生きながら焼かれるおナカマが倒れる場所へ、魔術師二人はゆっくりと移動していく。
「さてと次の相手は・・・」
『旋風閃』を『旋風閃影』へと昇華させていく。そしてアヤメは『風尾』で索敵を行い、敵の陣容を走査し始めた。
そのため『メドゥーサ』を含めた石化能力を持つ怪物ブランド?のために。『コカトリス』の特殊能力は石化能力のみを持つタイプが良いと愚考します。
そもそも原典?のコカトリスは家の中に潜んでおり。ニワトリと同じサイズなら隠れようもありますが。『バジリスク』と同じレベルで毒をまき散らしたら、どんな鈍い人でも気付くでしょう。
結局、コカトリスは最初から設定が矛盾・破綻している、奇天烈モンスターであり。サイズを大きくする昨今のアレンジは、適切な処置だと思うのです。




