145.小隊長と火蛇
『河童』を最近のwebで検索すると。“尻子玉をぬく”どころか“生き血”をすすると説明されており。『絵』も凶悪バージョンで完全に人食いモンスターあつかい。
別に私は『河童』のファンではありませんが。昔話を読んだ人間としては、“西洋の凶悪水妖と一緒くたにするな”と大声で言いたいです。
『河童』を川の神、ため池のシンボルとして〔崇拝しよう〕とは言いません。ただせめて『河童』が恩返しをする昔話もある。『魚』『酒の出るお銚子』や『傷薬』を贈る知性をもつ。
そのぐらい頭の片隅にとどめておいてもいいと思うのです。
〈牛の畜舎〉兼〈食肉の加工所〉。そこを訪れた重騎士の小隊長ゴルンは生きた牛を数頭、購入しようとするも。加工所の親方に怒鳴られたあげく購入を断られ。
それならば〔強行手段もやむをえない〕と考えたところで殺気を感じる。
『鎧光』
とっさに唱えた防御術式が発動するのと、ほぼ同時に。畜舎の壁を突き破り、ゴルンたちに向かって牛が突進してきた。
『『『『『ランドランダー!!』』』』』
ゴルンの部下たちが陸戦師団の『身体強化』術式を発動する。パワー重視とはいえ、並の強化魔術と比べれば機動力もそれなりだ。素早く散開して回避行動をとる。
しかし小隊長としてゴルンにそれは許されない。先刻の茶番劇で状態異常を重ねがけされた肉牛と異なり。今、ゴルンに向かってくる牛の目は本物の『狂化』で真っ赤に染まっていた。
様子見のためゴルンも本音では退避したい。
「なっ、なんだこっ・・・」「ヒィッ!?」「あ、ッ!?、アア・・」
だが一般人が周りにいる状態で、ゴルンが回避を優先すれば彼らの安全は絶望的であり。イセリナ団長の正騎士として、暴走牛の行動を許すわけにはいかない。
たとえそれが見せしめ候補で、血税を浪費して肉牛を育ててきた連中だとしてもだ。
『鎧光・兜』
初手の『鎧光』で自身の防御を高めたゴルンは、合掌した両手に頭部のみの『鎧光』を発動する。そうして『光球』同然のそれを手の力だけで撃ち出した。
「ッ!?ブルァ!オオォーー!!!」
『光球』が角に直撃した狂化牛が、家畜にあるまじき吠え声をあげてゴルンを標的に定める。
前足で地面を蹴り、角で狙いを定め、全身のバネを使って突進の力を高め。
「遅すぎる。『鎧光・兜』!・・・総員、民を守れ!」
「了解」「「「ハハァ!」」」「了・・・」
狂化したとはいえ、所詮は家畜牛にすぎない。日常的に人を襲い、同じ怪物と縄張り争いをしている魔獣の突進と比べ。畜舎で肥育された牛の予備動作は大仰で無駄が多すぎる。
無論、ゴルンはそれを嘲ったりしない。ありがたく容赦なく、その隙を突き。
「ブモォ!?ブル・・・ブッ!?」
狂化牛の頭部に重騎士の『鎧光・兜』を展開する。先程の『光球』や錬金成分の比重をいじる『鎧光』ではない。
正規の重騎士が鍛えた巨躯にまとう、重厚激重の『鎧光・兜』だ。その術式欠片に牛の角が刺さり、脱けなくなった頭部にすさまじい加重がかかる。
「ここっ、『ランドランダー』!!」
ゴルンを覆っていた『鎧光』を解除し、『身体強化』に切り替え間合いをつめる。そうして加重にもがく狂化牛の頭部を『鎧光・兜』ごとつかみ、首をひねるよう投げ倒した。
「ゴッ!!?」
「まっ・・・」
「一人は後方を警戒。一人は畜舎を術式で索敵しろ。残りのメンバーは護衛対象を集めて、防御円陣を組め!」
指示を出しつつ、ゴルンは『鎧光・兜』で赤い目の視界を封じられた狂化牛に追撃を加える。そうして間を空けずトドメを刺した。
それから数時間。牛の購入どころではなくなったゴルンたちは現場の走査と後かたづけ行い。
〔こんなことは許されない。こんな狂化牛なことが有るはずがない。ワシは知らん!!〕
牛が狂わされ、事業存亡の危機に陥った親方ギルツをどうにか落ち着かせ。
〔無実の確約はできないが、弁明に協力する。俺が誠実に事実だけを証言するから安心しろ〕と言質をくれてやった。文武官としては甘いを通り越して“愚劣”と言っても過言ではない。だが団長閣下(イセリナ様)に仕える者として、安直な暴力・略奪に等しいことをしたくはない。
それにゴルンの甘さにつけ込んで、敵が権謀術数を仕掛けたなら。イセリナ団長が仇をとってくださる。愚か者たちは間違いなく高い代償を支払うだろう。ゴルン程度の知力で清濁併せのんで策を弄するなど、不遜というものだ。
「とはいえ物事には限度というものがある。見ているんだろう?シャドウ殿」
「・・・騎士団長様は良い騎士を従えていらっしゃるのですね」
部下たちに加工所の警備を任せ。一人になったゴルンの呼びかけに対し、暗がりから赤い髪の女が現れる。同時に彼女を守るよう、複数の影が陣形を組んだ。
「侍女シャドウが一員、カヤノと申します。ゴルン殿」
「・・・ご尊名はうかがっております、カヤノ様。小官のゴルンと申します」
〔誰何などするんじゃなかった〕ゴルンは心底、後悔する。相手は上級シャドウであり、トップの側近でもある。小隊長のゴルンごときが話しかけられる御方ではない。
ゴルンは〔藪をつついて蛇を出す〕という言葉を心底、実感した。とはいえ今さら〔失礼いたしました〕などと言って無かったことにもできず。
「伺いたいことがございます。質問をお許しいただけるでしょうか」
「「「「「・・・」」」」」
「静かになさい。ゴルン殿の疑問は当然のことよ」
護衛シャドウたちから放たれた殺気を鎮め、カヤノ様は質問の許可をくださる。
「今夜、加工所で牛が『狂化』しました。それはシャドウの自作自演でしょうか?」
「貴様っ、無礼なっ!!」
「お黙りなさい。私が重騎士の小隊長ゴルン殿とお話している最中ですのよ」
「申し訳ございません!」
まあ護衛シャドウが怒るのは当然だ。シャドウ一族が自作自演の陰謀に手を染めたなら、こうして姿を現すことはない。情報交換が可能なレベルのオハナシなのだろう。
そもそもゴルンの実力で壁越しに『牛』の暴走を察することなど不可能だ。あれはカヤノ様が警告代わりの殺気を飛ばしたに違いない。
そんなゴルンに対してカヤノ様は穏やかに微笑む。
「申し訳ございません。牛が突進した原因の何割かは私のせいですわ」
「・・・・・〔聞くんじゃ無かった〕」
「もともと畜舎にいる牛たちには『狂化』の呪いが待機状態でかけられておりました。賊の反攻作戦の際に、その突進力を活かそうとしたのか詳細まではわかりません。呪詛は私の『火蛇』で焼いてしまいましたから。
ただ“ウッカリ”一頭だけ呪詛を発動させてしまい。『狂化牛』が暴れたのは残念な“事故”だと思いますわ」
牛を狂わせ操る『呪詛』をかけたのは外道連中の仕業である。カヤノ様はそれを『解いた』わけで、悪いことはしてない。
ただし“ウッカリ”呪詛を発動させて牛を暴走させており。その結果、一般人に犠牲が出るリスクは高かった。しかも“狂った”牛を飼っていたとなれば、廃業もあり得るわけで。
その後は借金苦から破滅への一本道しかない。権力者・悪党から特権を与えられて、牛を肥育していたのだ。奴らの性格から言って、牛のブランド維持に失敗した親方たちには制裁が課される。あるいは口封じのために消されるかもしれない。
「警備の者をつけます」
「よろしいのですか?貴方に無礼な態度をとっていましたし。それはイセリナ団長様のお顔に泥を塗るに等しいでしょう」
「閣下の御威光はこのようなことで陰ったりしません。それに加工所の職人たちが生き残るには、我々に頼るしか道はないはずで…」
だから一頭だけ火蛇シャドウは牛を暴走させた。その手段はゴルンたち騎士からすれば“悪辣”な策と言いたい。
だが『呪詛』を仕込まれていた牛が操られ、盗賊ギルドの手駒となればどれほどの被害が出るか。
それに無礼をとがめ、職人たちを見せしめにする気だったゴルンが、カヤノ様の行いにとやかく言う資格はない。
「陸戦師団の方たちはそれでよろしいでしょう。イセリナ様は牛に関する料理がお好きですし、けっして悪い様にはなさいません。
高級肉牛をあつかうこの加工所も、『多頭の蛇竜』に頼ればどうなるか理解できたはずですし」
『多頭の蛇竜』それは破壊の邪竜を示すと同時に、悪徳都市のギルド連合をあらわす隠語だ。奴らは各国の密偵組織・裏稼業の集合体であり。いくら倒しても、周辺国から人員が補充される。
加えて『多頭の蛇竜』のようにそれぞれ『頭』があり。他勢力を出し抜くため、非道な謀略を仕掛けることなど日常茶飯事だ。
「君臨していた時ならともかく。少し傷を負わせると、すぐにそのダメージを他者に押し付けようとする。卑劣な不意打ち・火事場泥棒を“カシコイ策”と吹聴するのが“賊”はお好きですからね」
「仰る通りでございます」
「奴らに比べれば、ここの加工所は充分にまともな範疇に入りますわ。ブランドを守るための取引先と利益を分け合っていますし。
お館様も、ここは残すようにとのお達しですわ」
「・・・・・・・・・・」
できれば団長のさらに上に君臨する御方のご意向は真っ先に教えて欲しかった。だが雲の上におわす主君の意向を、小隊長ごときにいちいち伝える義理などなく。聖賢の御方様が〔気にかけている〕のは店として光栄だろう。とはいえそれをシーフ連中に知られれば、加工所はかえってトラブルに見舞われる。だったら放置して普通の肉屋として扱った方が・・・・・
ゴルンの中で要望・卑屈に一長一短の考えがグルグルと回る。だが、それで結論など出るはずもなく。時間の流れも止まらない。
「それではイセリナ様へのご報告を、よろしくお願いいたします」
「承知いたしました」
結局、ゴルンにできることはカヤノ様を見送ることしかできなかった。
「ご安心ください。今夜の件は早晩、解決いたしますわ」
「なっ!?それはどういう・・・」
問いに答えないカヤノ様を見送ることしかできなかった。
『河童』がくれる贈り物。その中でも特筆すべきは『傷薬』でしょう。『魚』は釣り人、漁師のかたが獲ってくれますし。『酒の出るお銚子』は珍しすぎます。
『河童の傷薬』その正体で妄想するのは『破傷風』の傷口を洗う清流です。『河童』を冷たい清流の化身とするなら。昔は激痛をもたらす“奇病死病”と言っても過言ではない『破傷風』。その予防方法は神秘の『傷薬』と言っても過言ではないと愚考します。
現代人にとっては〔傷口から雑菌が入らないよう洗浄しよう〕というだけの話ですが。『破傷風』の仕組みを知らない、昔の人にとって洗浄は『傷薬』に成り得たと思うのです。
あとは『河童』を構成する『両生類』や『甲羅』の薬効成分が『傷薬』に成ったかもしれません。最低でもそれらの油分で肌を保湿すれば、傷の治りもマシになると愚考します。




