143.歓楽の街~プリンセスキャリー
日本のメジャー妖怪であり、世界でも稀な混合亜人・妖魔の『河童』は『冷たい清流』が妖怪化したと愚考します。『吸血・尻子玉をぬく』など河童の怖い部分は、水の事故で『低体温症』にかかった人の『青い肌・麻痺した身体』に似通っているためです。
とはいえファンタジー好きとしては『モンスター』=『自然現象』で全て片付けたくありません。
『河童』人型・クチバシ・甲羅・四肢のヒレ・頭の皿とそれを囲む笠?表皮は緑か泥色だから蛙でしょうか。これに目・骨格の種類まで追求すれば『ドラゴン』に次ぐ、混合妖怪です。
もちろん世界中の伝承を調べれば、『河童』より様々な因子を混合した怪異は存在しますが。〈一体のみ〉〈人間は目撃できない〉〈絵があっても省略されている〉などレア過ぎるモンスターばかり。『河童』のように弱点持ちで、全国区に伝承があるのは稀少だと思います。
都市ウァーテルの一画にある歓楽街。その担当を務める中級シャドウのサヘルはその日、忙しく働いた。
政庁が〔酒場の勘定は持つ〕のに、“娼館には金を出さない”という不公平を謝り。
『錬金光術』を連発して。〈酒の調整〉〈風呂の汚れ分離〉に『夜蝶宝飾』で女性たちのご機嫌を取り。
そうして盗賊ギルドの刺客を返り討ちにする。
さらに遙和様がマリーデにかけた契約(改造)に注文をつけるなど。なかなかにハードな一日だったと言えるだろう。
しかしサヘルの一日はまだ終了しなかった。
「・・・・・」
「おい!こっちだミリス」
「サヘル様ッ、お待ちしておりました!」
所在なさげにたたずむ、少女。歓楽街の娼館で働くミリスにサヘルは声をかける。彼女はサヘルが贔屓にして、半ば拠点化している娼館の小間使いであり。
遙和様とオハナシをする際に、避難させた者だ。戦いは絶対に避ける予定だったとはいえ、格上C.V.と交渉して巻き込まれれば。まっとうな人間が無事で済むとは思えない。
中級シャドウとして、彼女を退避させるのは当然のことであり。
「もう大丈夫なのですか?」
「ああ、今日の騒動はとりあえず終わった。・・・(マリーデは)これから大変だが、みんなに迷惑はかけない」
「そんなっ、若様のためなら私っ・・・」
そう言ってミリスはサヘルに腕をからめてくる。色々と拙いながらも、精一杯の努力を披露する姿がほほ笑ましい。
今の状況でなければ、散歩ぐらいつきあってもいいのだが。
「悪いが、みんなを待たせている。手早く済ませるぞ」
「ハイ、若様」
そんなやり取りを交わしてサヘルとミリスは人通りのない、路地裏に入っていく。そうして抱き合い、体を密着させる。
『旋風閃光』
「キャッ!」
ミリスを両手で抱きかかえて、サヘルは夜空へと跳躍した。
サヘルは中級管理職にすぎない。英雄たちのごとく、他人の危機に颯爽と登場することなど出来るはずもなく。シャドウ仲間ではない婦女子に対して『光術信号』で連絡を取る。
〔危険なC.V.は去ったから避難は解除する。みんな娼館に戻ってこい〕
こんな『光術信号』を空に打ち上げたら、サヘルは破滅あるのみだ。
聖賢の御方様からは〔歓楽街の娘さんたち専用のフォトンワードを構築してもいいよ〕とお許しをいただいているものの。危険極まりない遥和様にバレたら、(彼女から)避難させた意味がない。
「若様、怖いです。もっとゆっくり大事に、ミリスを運んでください」
「承知した」
よってサヘルは店から従業員の娘たちを避難させた場合、自分で走って彼女たちを回収することになっている。
『合言葉』などの『符丁』で危機が去ったことを知らせたほうが、効率がいいはずなのだが。一度〔足をくじいた〕と主張するマリーデを抱きかかえ、屋根上を跳躍移動した後日に大騒ぎになり。
〔ズルイズルイズルイ。姉さまだけズルイ!!〕
〔はしたないわよ。これからはみんな同じようにお姫様抱っこしてくださると、若様も仰っているんだし〕
〔いや、そんなことは言っ…〕
〔ありがとうございます、サヘルの若様。私、いつ【抱かれても】いいように身体を整えておきますね〕
〔道理を知らないチンピラとかいて物騒ですし。若様が【抱いて】くださるなら安心ですね〕
〔・・・・・・・・・・プリンセスキャリーの『抱っこ』だよな〕
〔〔〔〔〔もちろんです〕〕〕〕〕
こう言われてはサヘルに拒否権はない。娼館を半ば拠点化して、彼女たちを危険にさらしているという負い目もある。
〔『旋風閃』は逢引の馬ではないのだけど〕
〔硬いこと言いっこなし!とはいえ線引きは必要だから、ボクがアレンジしてあげる〕
〔・・・・・〕
加えて上のほうでこういうやり取りがあったとか、なかったとか。かくして『旋風閃光』の術式は編み出され、歓楽街の従業員たちを送迎するのにも使われている。
「よし、着いたぞ」
「ありがとうございます、若様」
一人届けたら、次の者を迎えにサヘルは走る。全員で一か所に避難できたら楽なのだが、それでは一網打尽にされかねない。人ごみに紛れ分散して逃げる。そうして政庁にたどり着いた者が救援を求めるのだ。
そのための『避難訓練』は定期的に行っており。
「「「若様!」」」
「三人は合流したのか…だったらもう歩いて帰ってもいいんじゃ」
「ダメです」「公平に運んでください」「三人一緒に、ゆっくり強く抱えてください」
抱きかかえて婦女子を運ぶ場合、荷物を『旋風閃』で運ぶ時のようにはいかない。特に頭に激しい揺れを与えては、心身両面に不快を与えてしまう。安全第一に、振動を最小限に抑えた移動を心がけるのは当然として。
娼館に束縛された彼女たちの気分転換になるよう。それぞれ好みの移動というものがある。風を切る速さが良いと言う者もいれば。高い跳躍から着地の落差を好む者もいる。逆に左右の揺れで穏やかな街並みが見たいと言う者も少なくない。
まあそれらの注文も〔みんなとは違う軌道にして〕と要求してくるマリーデと比べれば可愛いものだが。
「キャハハハ」「どうです若様。私、運びやすいですか?」「んっ、ふ…」
色々とささやいたり、息を吹きかけてくる小娘三人。彼女たちに『アルケミックライト』の疑似軽量化をかけて、何とか娼館に到着する。その姿は滑稽極まりなく、娼館の男性従業員たちはいつも色の無い視線を向けてくる。
だがそんな彼らにサヘルは言いたい。
〔オレは英雄ではない!〕・・・と。
どんなに野卑・横暴な英雄でも。ひとたびヒロインを両手に抱けば、彼女たちに不快な思いをさせることはなく。安楽の椅子と化して、余裕しゃくしゃくと目的地へと走る。
それに比べサヘルときたら婦女子の首を揺らさないよう。車酔いにならないようにと、おっかなびっくりしている有様。ささやかな気分転換にと、『曲乗り』ならぬ『曲疾走』で風を感じてもらっているが。所詮は日が沈んだ後の戯れにすぎず。
「できる事と言ったら『家族』の安否を遠回しに伝えるぐらいか」
娼館に身売りしてでも助けたい存在。もしくは歓楽街で暮らしたほうが飢えずに済むだけマシな血縁なのか。サヘルは知らない。
それでも今夜の騒動で彼らの飢えが少しでも軽くなることを願い。スラムの夜に暗躍したシャドウたちのトップとして、サヘルは姫長のもとへ出頭した。
そんな『河童』の不思議なところ。それは〈体色〉です。
名前のとおり『河童』は川・河で暮らしていますが、青い体色の『河童』はものすごくレアです。少なくとも私はその『絵』を拝見したことはありません。『河童』の色は蛙の緑系が主流であり。他に泥の茶色がたまに出てくる。
しかも背中の甲羅は亀はカメでも『スッポン』の平べったい形にそっくりです。そうなると体色も蛙と言うより『藻』の緑・茶に見えてきて。
『河童』と言うより、『沼童』と言った方が適切な気がすると愚考します。




