140.歓楽の街~卵が先か、鶏が先か?
私の嫌いな言葉の一つに〔ニワトリの足三本〕というのがあります。
〔ニワトリをよく知らない子供がその足を三本描いてしまった〕・・・というだけの話ですが。
〔そこまで動物のことを知らないのか、教えていないのか〕と考え不安になり。〔生き物とヌイグルミの区別がつくのか、つかないのか?〕・・・などと考えてしまいます。
そうすると『鳥』をモチーフにした亜怪人を見ても不安になってきます。別に『翼と航空力学』について不安を抱いたりしません。あれは飛行魔術、不思議バーニアで飛んでいることに疑問の余地はないでしょう。
歓楽街の中でも豪奢な作りの高級娼館。その一つは夜の営業時間にもかかわらず。牛の丸焼き、タダ飯のイベントに伴い、財布の紐が緩くなった客を相手にかき入れ時であるのに。
まるで灯が消えたかのように静かだった。
「シクシク・・」「・・・、・・・グスッ」「泣くんじゃないよ!」「~ー~、~ー~、~-~ッ」
一応、開店はしているものの、泣き声を押し殺した小間使いたちに接客は不可能であり。それを咎める年長の娼婦たちは虚勢をはっているに過ぎないという有様だ。
そして娼婦たちのトップであるマリーデは虚ろなつぶやきを繰り返していた。
「絶対死なないと言っていたのに。盗賊ごとき中級シャドウの敵じゃないと言っていたのに。
///言っていたのに、イタのに、イタノニ・・・・・」
ほんの少し前まで楽しく『夜蝶宝飾』で着飾り、笑い声が響いていた館。
そこに瀕死の重傷を負ったサヘルが担ぎ込まれ、館の住人たちの表情は一転した。何とか歓楽街の町医者を呼びに行かせ。シャドウや政庁に連絡を取ろうと使いを送り。
そこで腕ききの闇医者を最初から呼べばよかったと気付いたのはいつの時か、マリーデはもう思い出せない。とにかく下の者に動揺を見せないよう、笑みで表情を保ったが。
鏡に映ったマリーデの表情は彫像のように固まっていた。
「ひどい、顔ね」
「ッ!?誰っ!!」
「ひさしぶり。例の話をしたいからノックは省かせてもらったわよ」
そう声をかけてきたのはカオスヴァルキリーと名乗る女系戦争種族の一員。
小柄で極東服をまとう【遙和】と名乗る存在だ。下手な盗賊ギルドの幹部よりはるかに邪悪な空気を発しており。笑顔で他人を破滅に追いやれる捕食者だと、マリーデは確信している。
その確信が誤解だったら謝ってすむが、予測通りなら娼館どころか歓楽街の危機だ。
「クスクス。相変わらずの不届きな態度ね。できればそんな貴方と駆け引きを楽しみたいけど。
今日は使者として通告に来たのよ」
「通告ですって?」
「ええ、中級シャドウのサヘルを歓楽街の担当から外す。今後は別の者が担当をするわ」
「・・・・・」
「お返事は?」
「・・・それだけなのですか?」
遙和の言葉はマリーデにとって不可解な内容だった。サヘルは瀕死の重傷なのだから、歓楽街への担当が変わるのはどうしようもない。
しかし歓楽街で・・・その近くでサヘルは襲撃を受けたのだ。何らかのペナルティか犯人捜しがあって然るべきだろう。そんなマリーデの疑問に鬼女は見当違いな答えを返す。
「別に貴女たち娼婦が盗賊ギルドに情報を流していたことを咎めたりしない。
安全のため、必要なかぎり続けていいわよ」
「ッ!?」
答えは見当違いだが、マリーデの心胆を寒からしめる内容だった。
「娼婦なら都市を支配したシーフ共と情を交わしていたでしょう。その縁を強制的に断ち切るのは不可能だとイリス/様は考えている。むしろあっさり私たちに与したら薄情者と見るでしょうね」
「ですがっ!」
「サヘルは自分の実力を省みず、ヒーローの夢を見たから重傷を負った。
中級シャドウ程度なら自分の安全を優先すべきなのに、街の安全に執着した。ケガの原因は自業自得というもの。それで貴女たちに何かする気はないわ」
安全が保障される、かつての悪徳都市では考えられないあつかい。それなのにマリーデの胸中は平穏に程遠く、汚泥が沸騰するような感情で満たされていく。
その胸中を見透かすように、遙和はマリーデを嘲笑う。
「クスクス。怒ったのかしら?まあ腕のほうは大したこと無いけど。
サヘルは面白い術式を開発していたからね。娼婦として〔逃した獲物は大きい〕でしょう」
「別に・・・『夜蝶宝飾』など小間使いたちの戯れに過ぎません」
底意地の悪いC.V.に対してマリーデは精一杯の強がりを述べる。ここは苦界の色街だ。客ならともかく、使者ごときに侮られるわけにはいかない。
そんなマリーデの強がりは次の一言で砕け散った。
「クスクス、〔卵が先か鶏が先か?〕」
「ッ!?」
「彼はソレに一矢報いようと試みていたのだけど。残念、スコし時間がかかりそうねぇ」
〔卵が先か鶏が先か?〕世間にとっては単なる生物の不思議だろうが。
性風俗の館で働く者たちにとって“性病の原因は男女のどちら?”という隠語をさす。
客は男女を問わず、娼婦男娼が元凶と言う。世間や娼館のオーナーですら、穢れは身体を売る者にあると認識している。
そして娼婦たち客商売の者はそれを否定できない。金の力で縛られ、一夜の夢を見させることで糧を得ているのだ。
“客が穢れを持ち込み続けるから、娼婦たちは病気になる”という現実を告げて夢を醒ませば、破滅が待っている。たとえ娼婦男娼たちが身体を清め、客が腐臭を放っていても。
一部の高級娼婦を除いて、客のえり好みなどできるはずも無い。
「まさかっ!?」
「浴場は気持ちよかったかしら?『パピヨンジュエル』の改良で○○を保護すれば性病にかかるリスクは激減したでしょうに。
クスクス。術式が完成するまでいったい何人・・・」
「お願いでございます!!遙和様。以前にいただいた提案、ぜひ受けさせてくださいませ」
言の刃を断ち切り、マリーデは平服する。そうして邪悪C.V.に自らの魂を売り渡すことを誓約した。
それは盗賊ギルドと決別し、血の雨を降らせる。シーフに近しい娼婦すら巻き込む戦争の幕開けになるはずだった。
私が不安なのは脚力、脚の爪について。飛べるなら脚が弱くなり、翼があるなら手は複腕ということになるはずですが。他の亜怪人と脚力は変わらず、他に複腕亜怪人もいない。
『虫』亜怪人も四肢がメインで、多脚は折りたたまれたまま。稀に多脚・複腕を使うのもいますが、ビームより少ない非主流です。
さらに猛禽類にとって脚爪は最大の武器なのに。赤い雷装以外の鳥亜怪人たちは蹴りがいまいち。そして脚爪のつかむ力に至っては、全く出番がないに等しい。
〔ニワトリの足三本〕を笑えない。〔猛禽の爪・つかむ力は何処に?〕という状態に不安を感じてしまいます。
以上、くだらない“杞憂”の考察でした。『鳥』亜怪人が雷装のようなキックをしたり。爪でつかんでフィニッシュとか。敵味方どちらが使っても、色々ぶち壊しになるでしょう。
『鳥』亜怪人は今のまま、どうか『鳥人』でいてください。




