14.シーフリーダーへの尋問
シーフから忍者へのクラスアップ。それは魔法の力を借りないと不可能な難事だと思います。窃盗で素人を餌食にするシーフ。
それに対し同業の忍者と殺し合いをするならマシ。迷宮、妖怪屋敷の類に潜入・特攻を命じられる忍者はくぐり抜ける修羅場の桁が違うと思います。
悪徳の町ウァーテル。周辺の村、町から血と富を吸い上げて巨大化した都市は現在、自らの血によって赤く染まろうとしていた。
「やめろぉ!俺たちに手を出してただで済むと思っ!?」
「ここは一旦逃げっ、ギャァ!!」
裏社会の掟を知らない商人に対して追いはぎ、誘拐を仕掛けようとしたモノが護衛に返り討ちにあう。そこから端を発した戦闘は都市の各所に野火のごとく広がっていった。
「いったい何が起こっている!」
「わかりません」
「わからないで済むか!ギルドが攻撃を受けているのだぞ!」
盗賊ギルドの支部の奥。都市の一画を縄張りとして与えられた幹部の一人は苛立たしげに怒声をあげていた。
「そう言われても情報が集まるまではどうしようもないです頭」
「そんなことはわかっている。その情報を伝えに来る奴はまだかと言っているのだ」
先ほど「集金」を邪魔して暴れている身の程知らずがいるという連絡を受けて数分。荒事をこなす連中が助けに向かってからまったく音沙汰がないのだ。本来なら闇のルールに逆らった愚か者どもを引っ立てて制裁・全てを奪う算段をつけているべきところを。
報告すらよこさない部下の愚鈍さにギルド幹部は苛立っていた。このままでは他の幹部から介入されかねない。最悪ギルドマスターから価値の低いモノと見なされ捨て駒候補に数えられたら破滅だろう。
そんな未来の心配をしているシーフリーダーにようやく貴重な情報がもたらされた。
「大変だ。頭っ‼」
「どうした!報告をしろ‼」
ようやくもたらされる情報。それを持ってきた部下の顔は青くなっており良い知らせでないことは明白だ。それでも全く状況がわからない現状を変える鍵にはなるだろう。
「みんな、みんな、全員殺されてしまった」
「・・・・・はぁ⁉」
しかし状況はシーフリーダーの予想をこえた最悪だった。
「奴ら速くて。俺たちよりずっと足が速くて逃げてもまこうとしてもふりほどけないんだ。そうして逃げる俺たちを追い抜きながら次々とっ⁉」
子分のセリフが途中で途切れる。そうして再び口を開くことなく前のめりに倒れこんだ。
「おいっ、どうした!」
嫌な予感を抑えつつさらなる追加情報を求める。そんな薄情な質問に応えたのは見知らぬ男だった。
「泳がされているとも知らずにアジトに逃げ帰った。そうして用済みになったから始末された。これがアンタの部下に起こったことさ」
その答えは貴重ではあったがシーフリーダーの求めたものではなかった。彼が求めたのは自分に迫っている脅威の情報でありそれに対抗するための秘密情報。眼前に突き付けられた理不尽や避けられぬ死の予感などではない。
「なっ⁉何者だ、貴様はっ‼」
「おいおいぜいたくな奴だな。本来なら問答無用で抹殺してもいいところを値千金のネタをかかえて逝けるんだぜ。遺される連中に何とかして重要情報を伝えようと算段を立てるべきところだろう?」
そんな死神のセリフを聞きつつもシーフリーダーは後方に跳躍する。こんな時に備えて作られた秘密の回転扉。東方由来の脱出仕掛けがある壁に最速で走った。
のん気にほざいている奴はそれなりに強いのだろう。ならば正面から相手をする必要などない。ここで逃走すればそれは後日の暗殺、復讐へと確実につながる。せいぜいその時まで惰眠を貪って・・・・・
「誰が逃げていいと言った?」
「ッ⁉」
そんなシーフリーダーに虫を見る視線を投げかけながら死神の男は瞬時に間合いを詰めてくる。そうして回転壁の隙間に身を滑り込ませようとした片足を一瞬だけ踏み抜いた。それによってもたらされる刹那の硬直。その停止は脱出用の回転壁をハンマートラップへと変えた。
「ガァッ!」
脱出路に半身を滑り込ませかけて仕掛け扉に挟まれたシーフリーダー。それは靴底に踏みつけられた虫も同然に惨めで無力な存在だった。
「他人様の話は最期までしっかりと聞けよ。貴様の飼い主からはそう躾られなかったのか?」
「待てっ、待ってくれ!話は聞くっ。金もマジックアイテムも出すっ!だから命だけはっ」
そう言いつつもシーフリーダーは必死に逃げ道を探す。この命乞いが通じる可能性は零に近い。なんとか距離を取って時間を稼ぎ部下たちが来るまで持ちこたえるのだ。
「おいおい寝ぼけたことを言うなよ。貴様は今までそう言って助けを乞う人間を何人なぶり殺しにしてきたんだ?ここは潔く覚悟を決めろよ」
残虐な死の宣告が下される。にもかかわらず盗賊を束ねる者の頭脳に閃きが走った。この死神の影にはすぐに自分を殺す気がないと。幹部の末席にいる自分の持つ機密に用があるのかもしれない。
「とは言え貴様が役に立つならもう少しだけ生かしてやってもいい」
やっぱり!!そう快哉を叫びそうになる口をつぐんでシーフリーダーは目の前の凶悪が発する言葉を一言も聞き逃すまいと耳をそばだてる。
「貴様の部下たちの名前を言ってもらおう。しっかりと大きな声で知る限りをな」
「はいっ⁉そんなことで良いんで」
黙って従え。そんな意思のこめられた圧力が回転壁の重さを通して全身をはさみきしませる。ならば『その程度の情報』を守るために意地を張る、駆け引きをするのは愚か者のすることだ。本命の尋問が始まるのはこの後。ならば機嫌を取るためにここは素直に話すべき時だろう。
暗黒街を生きてきた盗賊はそう考えてしまった。
悪徳の都ウァーテル。そこを支配する盗賊ギルドは強大な組織である。山賊の群れを壊滅させる戦闘力を持つ者でも背中から刺され毒を盛られれば終わりだ。あるいはギルドの情報網によって弱みを握られたり四面楚歌の状況を作られ生き地獄に堕とされた勢力など珍しくもない。
盗賊ギルドの抱える闇はそれほど深いのだ。
しかしその闇が猛威をふるうにはいくつかの条件がある。もしその条件を満たせなければ盗賊ギルドは今までのツケを払うことになるだろう。
もちろん戦闘、探索で重要な役目を果たすシーフが皆無とは言いません。ですがそういうシーフはたいてい兼業のシーフ。偵察兵、冒険家にアサシンとして厳しい訓練、経歴があるシーフもどき。盗賊ギルドとつてがある軽戦士ではないでしょうか。




