135.歓楽の街~色々な錬金術
戦国“乱世”の時代。『武田信玄』に行われた塩の禁輸。セン国の魔王に行われた?カッパ巻きの経済封鎖。骨肉の争いを繰り返す“乱世”において、そういう流通への攻撃がわずか二件と考える。それは平和な現代人の性善説が過ぎるというもの。
仇敵を倒すのに有用なら“巻き込まれた民草に餓死者が出ようと”経済封鎖を行う勢力は少なからず存在した。下手にコレを記録すると、恨みつらみが残るから抹消した。そう私は愚考します。
そのため【塩】という生命線を運べる『川並衆』のような集団は必要だった。密貿易をする闇商人か、はたまた忍者を兼業する商人なのか。バレたら“塩の備蓄がなくなる”という地獄になりかねない。
他にもいくつかリスクを抱えているため、秘密厳守が鉄則ですが。河川の水運で商売をする『川並衆』の〈モデル〉となった集団は“乱世”に必須だと妄想します。
都市ウァーテルの一画。歓楽街の建物で中級シャドウのサヘルは習い覚えた術式を発動していた。
『知識の巨人と肩に乗る小人、神聖から遠い英知の光よ!輝き導き、金より価値ある財貨を示せ
〈アルケミックライト〉』
〈今夜、外食の食事代を政庁が代わりに払う〉という御触れ。それは娼館に対しては適用されない。
何故なら〈酒代がタダ〉に便乗して“風俗の料金まで負担しろ”などとゴネるいう不届き者が絶対に現れるから。サヘルたちはヒトの節度を信じられる世界で生きていないからだ。
よってそのことを歓楽街に伝え、詫びをいれ。
“筋は通した。後は知らん”というのではガキの使い以下である。歓楽街を担当するシャドウとして。当然、今回の埋め合わせをサヘルは後日行う予定だったが。
『いいよ~。ごちそうになってきてね~~』
そんな『光術信号』が返信されたことにより。サヘルの予定は大幅に変更され。
聖賢の御方様から習い覚えた『錬金光術』を乱発することになる。
『アルケミックライト』
娼館の倉庫。酒蔵、食料庫でサヘルは物質を『透過』して解析を行う光を放つ。
人間がいつも見ている光は『照射』されているものが大半であり。それ以外の『透過』は水槽にためた水、清流の川でのみ行われ。光が『反射』するのは鏡と誤解されがちだ。
だが実際はあらゆる物質で『透過』『反射』は行われており。単にそれを人間の視力で視ることができず認識できないだけだ。
無論、サヘルも他人に大きな顔ができるほど光の三元を知覚しているわけでは無い。だがお館様の『認識変動』の加護により。『錬金光術』の初歩を習い覚えた。
「痛んでいる食材は無しと。酒は・・・相変わらず安酒だな」
別に酒を作る醸造元の技術が低いのではない。山賊対策のため酒造りに集中できない。酒造りにかける予算、手間を輸送コストに持っていかれる。身勝手な“通行料”を払うために、“利益優先の安酒”を作らないと生き残れないのためだ。
「まあ山賊連中がこの世から退場すればいいだけの話なんだが。それまでささやかな飲み物を作らせてもらおう。『アルケミックライト』」
まずは酒樽の状態を解析する。『照射』した光で密閉がしっかりしてない酒樽を選別して。補修して使い回せるタルは破損箇所に光術の目印を付与して後ほど知らせる。
「この酒樽はもうダメだな。だったらこっちで買い取って、『アルケミックライト』」
樽を『透過』し酒に『透過しない』する種類の光を選択する。そうして中のお酒に魔力を流し『アルケミックライト』をかける。そうして酒の不純物である澱に『鎧光』の術式をかけて樽の底に沈め。
続けて酒の組成を『錬金光術』でいじる。別に神の飲み物を作ろうというのではない。
『料理酒?』とそれなり『銘酒』の二種類に分離する。そうして料理酒を空樽に移し。
「おい!力を貸してくれ!!」
「へい、旦那!」「喜んで」「くっ、匂いだけで酔いそうだぜ」
歓楽街で働く男たちに運ばせる。『料理酒?』を買い取りシャドウの厨房に持ち帰り。
『銘酒』の半分は今夜の客に〈特別製〉と言って飲ませ酔わせ。残り半分は歓楽街で働く男手たちへの迷惑料として進呈する。
サヘルとしては急造の『銘酒』モドキにすぎないが。彼らの嗜好にあわせたそれはおおむね好評のようだ。水で割って量を増やしているというウワサを聞くが、気のせいだろう。
「よし、次の蔵に案内してくれ」
「へっ?ここだけじゃないんで?」
「お館様が【居続けなさい】と命じたんだ。今日は多めに作る」
その言葉に男たちの表情が緩む。それに対して〔仕事が終わってから飲め〕とサヘルは言いたくなったが。雇い主の領分なので沈黙を保った。
歓楽街の酒蔵全てをサヘルは回らせられそうになったものの。【センサイな商売】があると告げて次の予定に取りかかる。サヘルとしては男たちに引き留めて欲しかったが。
「「「サヘル兄貴、御苦労さんです!!」」」
あっさり見捨てられた気がするのはサヘルだけだろうか。
唱和する野郎たちの声に送られ、“長いシゴト”に取りかかる。それは男性のサヘルにとって多大な精神力、繊細な判断力を必要とする戦いの道のりであった。
そうしてサヘルは一軒の娼館の扉をたたき。
「邪魔するぞ」
「若様!ようこそいらっしゃいました!!」
「忙しいところすまないが・・・」
「姐さん!サヘル様が来られました」
サヘルの挨拶が終わる前に、下働きの少女は娼館のトップへ来訪を告げに走る。同時に建物で働く者たちがせわしなく動き始めた。
「ようこそおいでくださいました。サヘル様」
「「「「「お待ちしておりました。若様!」」」」」
娼館のトップ、高級娼婦が着飾ったまま滑るようにやって来る。他に同じ建物で働く女性たちも、肉食獣のような気配を隠しサヘルをとり囲む。その移動力・連携に内心引きつつもサヘルは彼女たちが求めるセリフを告げた。
「突然、来訪してすまない。今日は予定の日と違うが、みんなには〈流行〉について教えてもらいたい」
「かしこまりました、サヘルの若様」
「「「「「かしこまりました、喜んで!」」」」」
〔それではどこか広い場所に案内してくれ〕そう告げる前にサヘルは〈広い場所〉へ向かって身体を加速させられた。一人のシャドウとしては〔どんな手段を使って?〕と聞いてみたい気もする。
だが途端に頭の中で警鐘が鳴り響くのは気のせいではないだろう。
そうして広間に到着して。
『灰の煌めきにして、ガラスの輝き。夜光の羽根と積み重なり、一時彩りと化せ〈夜蝶宝飾〉』
その詠唱により『幻灯』の術式が発動する。女性たちそれぞれの宝飾品に『発光』の術式が付与され。それらの光が持ち主の望む『色』『デザイン』のアクセサリーを形作る。
「「「「「・・・・・、・・・、・・・・・ッ・・・・・!」」」」」
「貴女たち。サヘル様へのお礼は?」
「ああ、気にしないでくれ。『宝飾』のイメージに集中していい」
「そういうわけには参りません、サヘルの若様。貴男様の足が遠のけば、この楽しい時間も来ないのですから」
「ッ!?」「「「・・・・・」」」「申し訳ございません!!」「御無礼をお詫びさせてください」
サヘルがやっていること。それは女性たちの望む宝飾品を『幻灯』で形作る。もしくはアクセサリーを核として『幻灯』でそれを覆う。
疑似的なアクセサリー購入?・製作を行わせる。忙しく借金を抱えている娼婦たちに、気晴らしの〈買い物〉をしてもらっているにすぎない。
もちろん本物の宝石・アクセサリーとは比べるべくもなく。たった一夜で消えてしまい、『鏡』に映すと像がぼやける。一夜の“ささやかすぎる”『幻灯』のつもりだったが。
「こんばんは。そろそろお時間が迫っています」
「「「「「・・・・・!!」」」」」
「あら、あら。余所の娼館のかたがここに、いったい何の御用かしら」
「もちろんサヘルの若様をお迎えに来たのです。若様の『パピヨンジュエル』は私たちにとって得難い楽しみですから」
「・・・」
サヘルとしては“ちょっとした気分転換”を提供したつもりだったのだが。歓楽街で働く女性たちにとっては貴重なお楽しみらしい。
ホンノスコシダケ引っ張りだこになっており。『パピヨンジュエル』を発動するお店は厳密に当番制となっている。単に公平に扱えば良いというわけではなく。娼館の格や貢献度?によって審議されているとか、いないとか。
とりあえず『パピヨンジュエル』はとっとと同僚に広めてしまおう。そうしないとサヘルの心身が色々ともたない。
「礼儀のなっていないお店はコレだから・・・」
「あら、先程の貴女たちは礼も失していたようですが」
何も聞こえない。何も見てないしノーコメントでいたい。
そう念じながらサヘルは今夜の姐さん専用の『夜蝶宝飾』を形成しつつ。他の女性陣たちの『一夜のみアクセサリー』へ仕上げ調整の魔力を注いだ。
「サヘル様~。ご一緒に入りましょう~」
「お背中を流させてください~。よろしければ他のところも洗いますわ」
「おい!後が詰まっているんだ。早く洗って、とっととあがれ!」
「「「「「ハーーーイ、若様」」」」」
娼館では商売柄、身体を清潔に保つことが必須であり。“病気になりました”“うつしました”などというのは文字通り“疫病神”扱いされる。
実際のところ『未知の病』、“ロクでもない客”を相手に健康を保つのは困難の極みであり。
誰かの〈秘密を探る〉〈籠絡する〉ほうがよっぽど簡単だろう。
そんな歓楽街に対してイセリナ様は契約を持ちかけてきた。
〔身体を清潔に保つ共同・大浴場を作る。無論、お湯を沸かす燃料も都合する。その対価として健康に関する情報を提供しなさい〕
〔健康情報・・・要人の病について知りたいということでございましょうか〕
“一緒にするな”を見る視線が投げかけられ。だが瞬時に思考が行われ、平静を装い宰相C.V.様は口を開く。
〔くれぐれも個人の秘密は守るように。私が知りたいのは、市民全体の疾患を把握するのに必要な情報の欠片だ。加えて水商売から病が広がると面倒だからね〕
かくして娼館街に様々な浴場が作られ。お湯、燃料も雇われ魔術師たちが供給する。
焼いた石を水に放り込んで、お湯を作るのは最初のうちだけ。お湯を沸かす『釜』の役割を代替する魔術陣が描かれ、魔術師たちがそれに魔力を込めるようになり。
『水浄化』『怪光よ。濁りを水面に束縛したまえ』
『聖賢の御方様。どうかその御力をお貸し下さい。〈アルケミックライト〉』
さらに使い回しの古く濁ったお湯も、術式できれいにすれば。一晩中、高級娼婦から下働きまで入浴できる。
古代遺跡の家屋でもあるまいし、『散水』などない。湯船から〈かけ湯〉をすれば、お湯が減っていき。後に入る娼婦たちほど湯を使えなくなる。
そのため現状、湯船の中で身体の汚れをおとし。その風呂を術式で浄化してから、次の者が入浴するという流れができている。人力では湯沸かし以前に、水くみの労力・時間もかかるため。
術式に依存する仕組みだが、これで大勢が入浴して身体を清潔に保てる。
「ーーーーーッ」
「ッ!?」
「どうです若様。私の吐息は気持ちいいですか?」
「戯れはよせ!」
「そうだよ。サヘル様はお仕事が終わったらアタイとしっぽり・・・」
「やらん。任務が終わったら報告を行ってッ!!」
「クスクス」「「・・・・・」」
浴場で笑い声が響き。明らかに扱いが違う、中級シャドウに対し。魔術師二人が青筋を立てているのは容易に想像がつく。こうして娼館街に夜の帳がおりてくるのだった。
『川並衆』が何故、乱世に必要なのか。それは【塩】などの生命線を切らさないようにするため。
“バカ殿”“戦狂い”を信頼して【塩】の流通を任せっきりにした場合、命がいくつあっても足りないからです。戦場で血に酔い、骨肉の争いをいつはじめるか知れたものではない。商人を侮り、経済を軽視する武将に塩の安定供給ができるでしょうか?
こんな連中に塩の流通を頼れるはずもなく。村・集落で秘かに協力して生命線を維持する。領地の枠組みを越えて『密貿易(塩買い)』を行うルートを維持しなければ生き残れない。
そのためには関所のない『河川での水運』と陸路を併用するのが得策だと愚考します。無論、『密貿易』なので秘密厳守が鉄則ですが。少し計算のできる役人は流通のため必要悪と見逃していたと思うのです。




